第20話「兄さん」でよかったのかよ
なぜか怒り狂った玄川に首根っこを掴まれ、歩が待っていた武道場へ連れてこられた。
「歩、お待たせ! お土産だよ」
腕組みをして、生徒会メンバーを監視していた歩に、箱詰めにされたクラブハウスサンドをサッチャンが渡している。
生徒会メンバーはロープでぐるぐる巻きにされて、武道場の床に転がっていた。
暇を持て余した歩がやったのだろうか?
「おまえら、邪魔だ! どけ!」
玄川が生徒会メンバーを怒鳴りつけるが、それは理不尽ってものだろ。
青い顔をして、芋虫のように這いながら生徒会メンバーが壁際へ移動していく。
「西園寺さん、どうなっているんですか?」
歩がサッチャンに経緯を聞いていた。すっかり忘れていたが、サッチャンの苗字は西園寺だったな。
「玄川、そろそろ放せよ。スーツの襟がしわくちゃになっちゃっただろうが」
玄川に武道場の奥へ力づくで投げられ、たたらを踏む。
「会長ってばひどくない! おにいちゃんになにするの!」
星野が意図せずに、火に油を注いでくれる。
「お前の兄は俺だ! みどりこそ何を言っているんだ」
「……そんなこと言われたって。覚えていないんだもん、仕方ないじゃん」
「だったら、なんで学園長を『おにいちゃん』って呼ぶ?」
「え? だって、私ってあんな態度だったのに、いろいろ教えてくれるんだよ。怒らないし、優しいし……カッコいい? 弟子は取らないって言われたから『おにいちゃん』になってもらった」
星野がはにかんで、こっちを振り向く。
こいつ、煽り上手だな。
「お、俺だって、優しくしてたじゃないか?」
「んー。玄川会長の優しさは私を強くしてくれないから。過保護?」
「もういい! 俺が学園長に勝ったら、俺がみどりの兄だ!」
「おまえバカなの? 勝とうと負けようと、兄妹なのは変わらないだろうに」
「う、うるさい! いいから、勝負だ!」
この学園って、残念要素がないと会長になれないのか?
仕方なくスーツのポケットから革の手袋を出し、道場の中央で玄川と向かい合う。
両手にはめた手袋をグーパーと馴染ませ、拳を軽く合わせる。試合が始まった。
玄川の腕力を警戒して、後ろへ飛ぶ。
自然体で立ったまま玄川の様子をうかがうと、道着を脱ぎ捨てピーカーブースタイルをとり唸りを上げていた。
玄川の体が赤くなり湯気が上がったかと思うと、突如、黒く変色した。
「ふーん。それがお前の能力か?」
「ダメージを与えられるなら、やってみろ。俺の体は鋼より堅い」
軽くジャブを当てるが、まるでコンクリートの壁を殴っているような感じがする。
これじゃあ、殴り倒すのは無理だな……。
再び距離を取って、玄川を観察する。
動かないな。動けないのか?
後ろへ回り込んで、アキレス腱をめがけてローキックを繰り出す。
「い、痛いな! 下半身もカチカチかよ」
足の甲を押さえて、転がっていると玄川の拳が振り下ろされる。
横に転がり、拳をかわし立ち上がる。
ズドンと低い音がして玄川の拳は畳にめり込んだ。
「西園寺に聞いたからな、風呂で汗を流して薬を抜いていたんだ。万全な状態なら小松だろうと学園長だろうと負ける気はしない!」
「それで、いつも風呂にいたのか」
玄川の膝の裏、むこうずねへ蹴りを飛ばすが、びくともしない。
こちらが攻撃をすると、離れ際に玄川のカウンターが返ってくる。
攻撃スピードは速くないので、余裕でよけられるが……どうしたものかね。
よく見ると、玄川は反撃してもすぐにピーカーブースタイルに戻る。
グラウンドは得意じゃないんだけどな。
速いステップで玄川の左後ろに回り、肘を叩き込むと予想どおり裏拳が飛んできた。
手首を両手でつかみ両足を腕へ絡ませ、肘と手首をくじかせる。
玄川がたまらず腕を振り、オレを床へ叩きつけようとするが、手足をパッと離し体勢を立て直す。
「なんとなくわかった。おまえ、ガードしていないと硬度を保てないんじゃないか?」
「くっ」
玄川が左腕をだらりと下げて睨んでくる。
ローキックで左の膝裏を蹴り抜くと、玄川の巨体がバランスを崩し倒れる。
すかさずマウントポジションを取り、拳を構えた。
「終わりだな」
「まだだ!」
「星野の前でボコボコにされたいってか?」
「うっ……。だが、負けられない……」
「はぁ。星野、こいつのこと『おにいちゃん』って呼んでやれないのか?」
「『おにいちゃん』は嫌かな。でも『兄さん』くらいならいいよ」
「だってよ」
玄川が目を見開き、涙をあふれさせた。
「じゃあ、これで終了だな。と言うか、それでいいなら戦う必要なかったんじゃないのか?」
「「あー」」
サッチャンと歩から、同時に気の抜けたような声が漏れる。
玄川から離れて一息つくと、ナツキが頭に飛び乗ってきた。
「そこの生徒会メンバーは歩に任せる。星野は玄川を医務室へ連れていけ。サッチャンは食文化研究室の後片付けよろしく」
「総ちゃんは何するの?」
「オレは部屋で寝る。だって、今日は休日だぞ」
そう言って、武道場を出て行こうとすると、サッチャンにがっちりと腕を組まれた。
結局、食文化研究室へ連れて行かれて、一日働く羽目になってしまった。




