第14話 こう見えて慎重なんだよ
『総ちゃん! 私は今日、部屋でお休みだよ。寝不足、ゴメン! 補佐は歩に頼むからよろしく!』
スマホの振動で目を覚ますと、サッチャンからのメッセージが届いていた。
報告に来ないってことは、そういうことだな。
時計を見ると食堂で朝飯が提供される時間まで5分だったので、起きることにした。
腹のあたりで丸くなって寝ているナツキをつまみ上げて、ベッドから出る。
備え付けの洗面所で顔を洗い、寝間着代わりのスウェットにジャケットを羽織って廊下へ出ると、隣の部屋のドアが開いた。
「歩、セーラー服も似合うな」
「あ、ありがとうございます」
連れ立って、食堂へ入りトレイを手に取る。
「ちゃんと眠れているか?」
「昨日は心身ともに疲労困憊でしたから、熟睡しました」
トレイにはベーコンエッグとサラダ、トーストが乗せられた。
「北では米は作っていないのかな?」
「作っていますけど、主産業としてほとんどが輸出されているんですよ」
「島内では高級品ってことか……。米食いたいな……」
一日一食のナツキにはボウルに水をもらって、テーブルに着く。
トーストに発酵バターを塗っていると、隣に星野が座る。
「おにいちゃん。ご飯に行くならメッセージか電話」
「ごめん。朝早かったからさ、気を遣った」
「ならいい」
「総一郎さんと星野さんって、距離が近すぎないですか?」
「ニャー」
「このベーコンもうまいな!」
言い訳をすると、長くなりそうなのではぐらかしておく。
「学舎で作ってるから美味しい」
「自給自足の飯はうまいか。海の幸と加工食品を除けば贅沢なのかもな」
昨日と同じように、星野の授業を参観しながら時間を過ごしていく。
歩は膝に乗せたノートパソコンで事務処理をこなしており、話し相手も今日はいない。
「学園長、よかったらこちらを使って下さい。学生と同じものでテキストが収録されています」
暇そうにしていたら、後ろの扉から入ってきた事務員のような男にタブレットを渡された。
タブレットを起動し、認証を求められたので入館証をかざすと、オレの名前が表示され一通のメールを受信する。
オレは火の粉は振り払うって言ったんだけどな。
メールは昼食への招待だった。
「歩、用事が出来た。ちょっと、上層まで行ってくる」
「え? でも、星野さんの同行がないと――」
「昨日のランニングで全身筋肉痛になってダウンしたって、ねっ!」
「余計なことをするとサッチャンにも怒られますよ」
サムアップして、ナツキを頭にのせたまま静かに教室を出る。
指定された研究フロアの一室には「食文化研究室」とプレートが掲げられていた。
ノックをするとギャルソンの格好をした小太りの中年男がドアを開ける。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
恭しく腰を折る男の後ろは、まるで高級レストランのような内装が施されており、とても研究室には見えなかった。まあ、食文化を研究するならおかしくはない。
「ご案内します」
と男が奥へ歩き出したので、少しの間を開けてついていく。
案内されたのは最奥の二人掛けのテーブルセットで、座るなりメニューを差し出された。
開くと「季節の〇〇、△△を添えた☆☆仕立て」なんてのが書かれていた。
「研究の一環として、教師たちへ向けたレストランを開設しているんですよ。学園長もぜひともご利用ください」
「せっかくだけど、水だけもらえるか?」
こんな状況で、何が混入されているかもわからんものを食べられないだろ。
「こちらは学食では提供されない新鮮な海の幸や、最上級の米食も用意してますが――」
「いいから、水!」
「はい。お待ちください」
男はテーブルにメニューを置いて、厨房へと消えた。
テーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せ、目だけで周辺を眺めていく。
シャンデリア、花瓶、絵画と仕込まれたカメラを見つける。丹念に探せばまだあるのだろうが見られていることは確認できた。
まもなく、男が出てきて銀色のトレイから透明なグラスを目の前に置いた。
「悪いな。朝飯を食いすぎたんで、まだ腹に余裕がないんだ」
「でしたら、サンドイッチなんかの軽いものでもいかがですか」
「いやいいよ。それより、話があるから呼んだんだろ? 交渉役さん」
後ろに何人いるか知らないが……。
「私はこの研究室を預かっている、小松と申します。学園長には前任の方針を受け継いで、北地域の独立裁量権を認める方向で動いていただけるんでしょうね?」
「はぁ、最初のあいさつで言っただろ。オレは別に何もしないって」
氷と水の入ったグラスを持ち上げて匂いを嗅いで、一口だけ口に含み飲み下す。
どうやら薬の類は混入されていないらしい。
用心しすぎたか? だったら、なにか食べればよかったな。
「しかし、学園の行政は学園長が――」
「オレは学生たちから政を取り上げるつもりはないぞ。お前らが、北地域を独裁したいなら勝手にやれば?」
「それは認めるということでしょうか?」
小松がオレの前に立ち、暑苦しい顔で尋ねてくる。
ギャルソンにするなら、もっとシュッとしたやつを選んだほうがよいだろうに。人選ミスだな。
「さあ? ただ、オレの身内に何かしたら敵認定はするぞ!」
さて、釘は刺したし帰るかな。
立ち上がると、緊張が抜けたせいか盛大にグーっと腹が鳴った。
「小松、サンドイッチのテイクアウトってできる?」




