第13話 ナツキは女の子でしょ?
走りながら腕を大きく開き回すことで、肩甲骨周りをリラックスさせ、膝を腰の高さまで上げて足踏みをしたら準備完了だ。
背中と腰をひねるようにしてストライドを広げ、腰を前に引かれるイメージを持ちながら、後ろ足をタイミングよく地面から離すと一気に速度が上がる。
星野の右側を音もなく抜き去り、前に出る。
走り出してから1時間を過ぎたくらいだ。トップレベルならゴールしているだろうから、遠慮なくスピードアップを続ける。
残り5kmとなったところでトップスピードまで上げた。このまま、走り切る。
必死に背中についてきていた星野を置いて走り去る。
ゴールゲートの500m手前でラストスパート……。
白黒の影が悲鳴を上げる女子高生を背中に乗せて、オレを抜き去りゲートを抜けた。
「くそっ! 負けたか……」
ゲート近くの芝生に座り込んだオレの隣に、大型犬ほどの大きさになったナツキが寄ってきた。
こいつ、息一つ切らしていないな。やっぱり獣には勝てないか。
いや、こいつが特別なんだな。
両腕でナツキにしがみついている歩の顔が涙と鼻水でぐしょぐしょになっていたので、タオルでごしごしと拭いてやったら、背中をポコポコと無言で叩かれた。
しばらくすると、フラフラになった星野がゲートで倒れ込みそうになったので、慌てて飛び出して抱き留めてやった。
「オーバーペースだ。って言うか、呼吸が大事だって教えただろうに」
「はぁ……。はぁ……」
息をするのが精いっぱいって感じだな。
「まったく、お前はいつも全力なんだな。それは、お前のいいところだな」
崩れ落ちそうになる星野をお姫様抱っこで抱え上げた。
わずかな抵抗を見せたが、力が入らないらしく、赤い顔をそらして静かになった。
芝生におろしてやると、両手で顔を隠して寝ころび、悶えていた。
「歩、スポーツドリンクを取ってきてくれるか?」
歩を背に乗せたまま、ナツキがドリンクの並べられたテーブルへ歩いていく。
なぜか、帰ってきたのは歩だけで、ナツキは女子高生に取り囲まれていた。
「総一郎さん。ナツキちゃんが女子高生にもふられて、取られちゃいました」
「おまえも女子高生だろ。ナツキは飽きたら帰ってくるだろうさ」
歩から受け取ったスポーツドリンクを1本、星野に渡してやり、オレもそれを一気に飲み干す。
干からびた体に水分が浸透していくような気がする。
ゴクゴクと喉を鳴らす音に横を見ると、星野が起き上がっていた。
「あの……えっと……」
「ん? どうした」
「ありがと。その、ゴールで支えてくれて……」
「ああ」
「弟子に……してほしい」
「は? あいにくと、弟子はとっていないんだが」
星野が下唇を噛んで、下を向きしばし考える。
「……いろいろと教えてほしい」
「ここにいる間ならいくらでも。おまえ、素直で教えがいがあるしな」
「……お」
「お?」
目を合わせようとすると、横を向かれた。
「……おにいちゃん」
「妹も募集していないんだけど。はぁ、特別だからな」
視線を感じて正面に向き直ると、腕を組んで仁王立ちになった歩とエジプト座りをしたナツキに睨まれていた。
「総一郎さん。なんかズルい気がします」
「グルルル……」
「おまえたちも、星野と仲良くしてやれよ。嫌いじゃないだろ」
「そうですけど」
「シュー」
そうこうしているうちに、学生たちは全員無事にゴールしたらしく、授業は終了となった。
「汗流したいよな。なあ星野、学舎に大きな風呂ってないのか?」
「大きなお風呂なら、寮棟にある。お兄ちゃんは男子寮の方に入っていいよ」
「ナツキは女の子だから……歩、頼めるか?」
と言うと、一瞬で小さくなったナツキが頭の上に乗り「ブー」と鳴く。
仕方なく、ナツキを連れて男子寮へ向かった。
男子寮の大浴場には一人の先客がいた。
「よう、玄川も風呂か。奇遇だな」
頭からかけ湯をして、ナツキの汚れもざっと流す。
「学園長は何をやってるんだ?」
「体育の授業に参加して、ちょっと走ってきた。それとな、学園長って呼ばれるの慣れないからさ『御子柴』で呼んでもらえないか?」
ナツキを腕に抱えて、湯船につかりながら話しかける。
「学園長は学園長なので」
「あっそ。まあ、お前はそうだよな」
ナツキがオレの腕から離れて、湯船を自由に泳ぎ出す。
「その猫。えらく強そうなんだが、何者なんだ」
「森の泉にいた白黒のトラ、ナツキだ。可愛いだろ! こいつ、大きくなると3mくらいになるんだぞ」
「……泉の主!」
「もしかして、お前が最初にへりくだったのって、ナツキのせいか?」
「いや、学園長の力量も……」
「道路がなくなって、物流が止まっているみたいだな。どうしようとしているんだ?」
「問題の本質は別のところにある。それが払拭できれば、道路も物流も復旧させられる」
「なるほどな。サッチャンが頑張ってるみたいだから、しばらく待つか……」
お先に失礼しますと立ち上がった玄川はいろいろとデカかった。
何かを察したナツキが頭に乗って、ポンポンと慰められた。
体を洗いながら、今日一日の情報を整理する。
研究室では何を研究していることやら。




