-入学-
時が過ぎ、あのアリーでの模擬戦から二週間が経過した。
そして、あの日と同じように俺と先輩は二人で傑聖高校の門の前に立っていた。
だが、前と明確に違うのは、俺たちが傑聖高校の制服を着ているという点だ。
「えへへ……すごいなぁ。本当に、僕がこの制服を着てるなんて」
レイ先輩は自分の着ているその制服をうっとりと、それこそ穴が開くのではないかという勢いで見つめていた。
傑聖高校の制服は漆黒を基調とし、肩口や襟元に冷たい銀色の装飾が施された洗練された制服。
それは、日本のトップヒーロー候補生だけが袖を通すことを許される、『傑聖高校』の生徒の証そのもの。
全国各地のヒーロー志望が憧れる服装となっているのだろう。
しかし、先輩はその小柄でひ弱な体格のせいか、少しだけサイズが大きく見え、まるで親の服を借りてきた子供のような不格好さがあったが、先輩はそんなことは気にも留めない様子で、嬉しくてたまらないらしく、何度も袖を引っ張ったり襟元を整えたりしていた。
「そうですかね……目立ちすぎですよ、この服。カラスの集団みたいですよ」
俺は特段そんな憧れがあるわけではなかったので、この制服に特段感銘を受けることはなかった。
「失礼だなぁ、結城くん。黒は強さの象徴だよ?ほら、結城くんもすごく似合ってる!」
「嬉しくないです。俺はもっと、景色と同化できるような地味なグレーの制服がよかったんですけど」
そう言いながら、俺は深いため息をつき、俺は窮屈なネクタイを少しだけ緩めた。
どうやら、俺たちは正式に傑聖高校の生徒となったのだ。
恭子の強引な推薦により、学校側は俺たちの特例編入をあっさりと許可してしまったのだ。
果たして、日本一のエリート校がそんな特例を許していいのだろうか……。
それとも、それ程までに【ランクS】である御門恭子という存在が、この狂った社会において強大な発言力を持っているということなのか。
そんなことを思いながら校門をくぐる。
俺は、本来と同じ一年生への編入となっているのだが、どうやら、レイ先輩は傑聖高校のカリキュラムと能力測定の都合上、二年生への編入ではなく、先輩も俺と同じ一年生への編入となってしまったのだ。
しかし、先輩は入学できること自体が嬉しいのか、特段気にしている様子はなかった。
そして、今日がその登校初日なのだが、俺の思い描く「平穏なモブ生活」は、校門をくぐった直後から早くも暗礁に乗り上げていた。
「おい、見ろよあいつら……」
「あれが噂の編入生だろ? どんなすげぇ奴らかと思ったけど、リングの数値見たか? どうやらランクC+とEらしいぞ」
「ランクC+とE!? 傑聖の最低基準はヒーローランクB-からのはずだろ? どんな裏口使ったんだよ」
大理石が敷き詰められたような豪華で広大な廊下を歩くたび、周囲の生徒たちから突き刺さるような視線と、あからさまなヒソヒソ話が鼓膜を打つ。
無理もない。
自分らしさを極め、己の才能を研ぎ澄ましたエリートの巣窟である傑聖高校に、ランクEの無能力者同然のゴミが紛れ込んでいるのだ。場違いにもほどがある。
「やばい、完全にミスったな……」
先輩は、あの模擬戦での極限状態の能力発症により、ヒーローランクがEからC+まで上がることができたのだ。
しかし、それでもこの規格外すぎる高校では、底辺として逆に悪目立ちしてしまうランクらしいのだ。
そして、俺のランクはそのC+よりもさらに下の底辺、Eランクだ。
目立たないはずがない。
「恭子に言って、せめてB-くらいに偽装してもらうべきだったか……」
周囲の悪意などどこ吹く風と、ひ弱な体で堂々と胸を張る先輩の横で、俺はこれ以上周囲の視線を集めないよう、徹底的に猫背になって歩幅を小さくした。
どうにか、このまま無能なEランクの生徒として蔑まれたまま、誰の記憶にも残らず、教室の隅でひっそりと息を殺して三年間をやり過ごすんだ。
そう固く決意した、まさにその時だった。
「あっ!! 結城くーーんっ!」
廊下の向こうから、銀鈴を転がすような高く澄んだ声が響いた。
その声を聞いた瞬間、廊下を歩いていたエリート生徒たちの動きが、まるで時を止める魔法でもかけられたかのようにピタリと静止した。
誰もが慌てて道を譲るように、まるでモーセの十戒のごとく廊下の中心がパカッと割れる。
その道のど真ん中を、春の陽だまりのような満面の笑みを浮かべた少女が、俺に向かって一直線に走ってきた。
御門恭子だ。
風に揺れる美しい髪。世界に八人しか存在しない、規格外の【ランクS】。
傑聖高校における絶対的なアイドルであり、生徒たちからすれば文字通り雲の上の存在。
「恭、子……?」
「結城くんっ! えへへ、来てくれたんだね! ずっとずっと、待ってたんだよ!」
ドフッ、という鈍い音が鳴った。
恭子は勢いそのままに俺の胸に飛び込んでくると、細く白い両腕で、俺の首にギュッと力強く抱きついたのだ。
「ちょっ、おま、何やって……!!」
「嬉しい! 結城くんがこの制服を着て、私と同じ学校に来てくれるなんて! 本当に、本当に夢みたい!」
「離れろ! 頼むから離れてくれ! 周りの目が……!」
俺の悲痛な叫びは、恭子の喜びの声にかき消された。
恐る恐る周囲を見渡すと、先ほどまで俺を「Eランクのゴミ」と嘲笑っていた男子生徒たちの顔から、嘲笑が完全に消え去っていた。
代わりに浮かんでいたのは、純度百パーセントの『殺意』と『嫉妬』だった。
(な、なんだあいつ……!)
(どうして、御門様があんな得体の知れないゴミ虫に抱きついているんだ……!?)
(許さねえ……俺たちの御門様に気安く触れやがって……! 殺す! 確実に息の根を止める!)
凄まじい悪意のオーラが廊下中に渦巻いている。
俺は絶望で目の前が真っ暗になった。
あぁ終わった。
登校初日の朝一番で、俺は全男子生徒を敵に回し、この学校で最も「悪目立ち」する的になってしまったのだ。
そんな俺たちの姿を見て先輩が微笑んでいる。
「あはは、結城くん、恭子ちゃんとすごく仲良しなんだねぇ」
のんきに笑うレイ先輩を盾にして隠れようとしたが、恭子は俺の腕をがっちりとホールドして離さない。
「お昼ご飯、一緒に食べようね! あ、もちろんレイ先輩も一緒に!」
「俺は一人で便所飯を食う! だから頼む、これ以上俺に構わないでくれ……!」
俺が半泣きになりながら懇願していると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「――おはよう。みんな、朝から随分と賑やかだね」
廊下に響き渡る悪意のオーラを、静かな、けれど圧倒的な『冷たさ』で一瞬にして掻き消す声が降ってきた。
漆黒の制服。
左手首で鈍く光るランクA+のステータスリング。
黒桐和真が、いつものような優しげな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
和真の姿を見た瞬間、周囲の生徒たちはさらに青ざめ、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと廊下から姿を消していった。
恭子への羨望とは違う、絶対的な強者への畏怖。
やはり、ただ者ではないのだろう。
「黒桐くん! おはよう!」
「おはようございます、恭子さん。……結城くんも、レイ先輩も、傑聖にきてくれて嬉しいよ」
「えへへ、こちらこそありがとう、黒桐くん! 僕、傑聖で立派なヒーローになるために頑張るからね!」
無邪気に笑うレイ先輩を、和真は相変わらず柔らかな微笑みで見つめていた。
だが気のせいだろうか、ほんの一瞬――瞳の奥だけが、笑っていなかったのを感じた。
確証全く持ってないが、まるで、誰かが「ヒーローになりたい」と願うこと自体を、ひどく遠い場所から、冷めた目で見下ろしているような――そんな、温度のない静かな色。
そう思った時には、和真はもういつもの優しい笑顔に戻っていた。
そして、今日から「傑聖高校」での、俺の学園生活が幕を開けるのであった。




