-衝突-
***
すべてを停止させる【氷】と、すべてを無に還す【闇】。
二つの始祖の力が中庭で激突し、傑聖高校は白と黒の世界に完全に二分されていた。
「はぁぁぁぁっ!!」
俺が放つ絶対零度の斬撃が、迫り来る闇の波を次々と凍結させていく。
空気中の水分はおろか、空間そのものの時間を局所的に停止させる俺の氷。
だが、和真の放つ闇は、その『凍りついた空間』ごと次元の彼方へ削り取っていく底なしのバケモノだった。
凍りついた端から闇は自己崩壊し、さらに巨大な質量となって俺に襲い掛かる。
「無駄だよ、結城くん。君の氷は確かに美しいけれど……僕の『闇』には勝てない」
和真が悲しそうに目を伏せ、両手を広げた。
その瞬間、学園中を覆っていた闇が一斉に俺の頭上へと集束し、空を覆い隠すほど巨大な漆黒の隕石となって落下してきた。
「くそっ……!」
俺は両手を天に掲げ、氷の防壁を何十重にも展開する。
だが、闇の隕石は分厚い氷の壁をまるで紙切れのように次々と破り、凄まじい重圧と共に俺を押し潰そうと迫り来る。
(ここまでなのか……!)
俺の防壁がすべて砕け散り、漆黒の絶望が俺の全身を飲み込もうとした、まさにその時だった。
――チクタク、チクタク。
すべてが凍りつき、あるいは無に還ろうとしている極限の空間に、場違いな『秒針を刻む音』が響き渡った。
直後、俺と闇の隕石の間に、巨大な『黄金の時計の文字盤』がホログラムのように浮かび上がった。
「――『タイム・リバーサル』!!」
凛とした声が響き渡る。
すると、あわや俺を押し潰す寸前だった闇の隕石が、まるでビデオの巻き戻しのように、不自然な軌道を描いて上空へと逆再生されていったのだ。
「なっ……僕の闇の時間が、巻き戻っている!?」
和真が初めて、その端正な顔に驚愕の色を浮かべた。
「こんなとんでもない能力を使えるのは、あなたも邪魔しにきたんですね」
どうやら、和真はこの能力の正体に瞬時に気づいたらしい。
黄金の光の中から、見覚えのある一人の少女がふらふらと舞い降りる。
「恭子……!」
世界に八人しかいない【ランクS】。
時間操作の個性を持つ、御門恭子だった。
だが、その様子は明らかにおかしかった。
いつも春の陽だまりのように笑っている彼女の顔は蒼白で、口の端からは一筋の赤い血が流れている。
立っているのもやっとという状態で、肩で荒く息をしていた。
「恭子! お前、その怪我……無茶しやがって!」
俺が駆け寄って細い体を支えると、恭子はゴホッと小さく咳き込みながら、無理をして笑ってみせた。
「ごめんね、結城くん。……ううん。おじいちゃん」
「……え?」
俺は自分の耳を疑った。
今彼女はなんて……。
おじいちゃん……?
この、俺がか?
恭子は俺の腕の中で、悲しそうに、けれど愛おしそうに俺の顔を見上げた。
「私ね、今まで言えなかったけど、実は結城くんの孫なの」
嘘か、本当か確かめるすべは存在しない。
ただ、彼女の顔を見ればその言葉が嘘ではないことが伝わってきた。
でも、一つ疑問が残っている。
それでなぜ、彼女は俺を現代につれてきたのかだ。
そんな、俺の心の声を聞こえてるかのように、恭子は答えてくれた。
「おじいちゃんは、あの傷害事件のあと、自分の能力をひたすら隠して生きてきた。自分は「化け物」だと、周囲からの視線に怯えて……誰の期待も背負わない、孤独な『モブ』として、本当の自分を押し殺し、殻に引きこもってしまったの」
恭子の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
「けど、私にとっては、すごく優しくて大好きなおじいちゃんだった。でも、その目はずっと死んだように暗かったの。時々、氷の張ったスケートリンクのテレビ中継を見ながら、泣きそうな顔をしてた。そして、二年前。自分のことを一度も愛せないまま、私の大好きなおじいちゃんは死んでしまった」
恭子が俺の制服の胸元を、ギュッと強く握りしめた。
「私、悔しかった! おじいちゃんは、ずっと自分という存在を抑圧して……! だから……」
「だからって、お前……まさか」
俺は、彼女が背負っていたものの重さに気づき、息を呑んだ。
「私は学園での活動を通して、自分の『時間』の能力を極限まで鍛え上げた。自分の寿命と引き換えにしてでも、過去を遡って、おじいちゃんを救いたかったから……」
俺をこの時代に連れてきたのは、ただの偶然じゃない。
彼女が自分の命を削り、俺に「やり直すチャンス」を与えるための、文字通りの命がけのタイムリープだったのだろう。
彼女が時折見せていた、俺の癖を知っている素振り。
あの模擬戦で、俺の力を誰よりも嬉しそうに見ていた理由。
今思えば、全てがわかる。
すべては、未来で死んだはずの「祖父」である俺を、もう一度笑わせるためのものだった。
「だから、お願い……っ! もう、自分の力を恐れないで。誰かの目なんて気にしないで!」
恭子は血を吐きながら、必死に叫んだ。
「おじいちゃんは、バケモノじゃない。誰も傷つけない。誰かを守れる、立派なヒーローなんだから!!」
その叫びが、俺の胸の奥の一番柔らかい場所に、深く、鋭く突き刺さった。
親の期待という重圧。
他人の視線への恐怖。
それらが俺を縛り付けていた。
俺はずっと、自分は誰からも期待されていない、空っぽの人間だと思っていた。
だが、違ったのだ。
俺の目の前にいる、命を削ってまで俺を救いに来た馬鹿な少女。
そして、その後ろでボロボロになって倒れながらも、「結城くん、負けるな」と笑って俺を信じている、世界一ひ弱で真っ直ぐなレイ先輩。
「我らの堕天使の力……見せてやれ……」と息も絶え絶えに強がる結衣。
こいつらは、俺の『親の才能』なんか見ていない。
俺の『ヒーローランク』なんか気にしていない。
ただ、俺という『人間』を、心から信じて、必要としてくれている。
「寿命と引き換えか……ほんと、馬鹿な奴だな」
俺は恭子の頭にポンと手を乗せ、今までで一番優しく、彼女の髪を撫でた。
「え…」
「大人しく俺に守られてろ」
俺は恭子をそっと地面に座らせると、和真に向かってゆっくりと歩み出した。
もう、迷いはない。
恐れもない。
俺は、俺の意志で、この力を使う。
そんな、一連の流れを見ていた和真が喋りだす。
「過去を変えるために、時間を超えてきた? 本当にくだらないね」
和真が上空で渦巻く闇を見上げ、静かに怒りを滲ませた。
「君たちがどれだけ絆を確かめ合おうと、能力があるから悲劇が生まれるという事実は変わらない。僕がすべてを消し去る。さようなら、結城くん」
学園中の闇が、和真の背後に再び集まり、先ほどよりもさらに巨大な、漆黒の魔神のような姿を形作る。
空間そのものが削り取られ、ヒビ割れていくほどの圧倒的な出力。
「和真」
俺は、静かに彼を見据えた。
「お前のその孤独な『無』の国に、俺の居場所はない」
俺の足元から、パキィィンッと澄んだ音を立てて、透き通るような美しい氷が放射状に広がっていく。
「俺はもう、逃げない。こいつらの期待だけは……絶対に、裏切らない!俺を、俺というしょうもない人間を、必要としてくれるこいつらのために、俺は戦わなきゃいけない!」
空気を震わせ、世界を白く染め上げる、始祖の力【氷】の完全解放。
俺がずっと忌み嫌ってきたその冷たさは、今、誰かを守るための最も熱い炎となって、和真の闇と正面から激突しようとしていた。




