-家族-
俺たちは、中間試験を無事に乗り越え、学園が一時的な平穏を取り戻していたある夜のこと。
俺は一人、全寮制となっている傑聖高校の敷地内にある、夜間は使用禁止となっている『第三屋外訓練場』に忍び込んでいた。
「……ふぅ」
冷たい夜風が頬を撫でる。
周囲に監視カメラの死角となるこの場所は、俺が密かに自分の【氷】の能力をコントロールするための特訓場所だった。
俺は右手を前に突き出し、意識を集中させる。
空気中の水分を凍結させ、温度を奪う。
ただ凍らせるだけじゃない。
俺の力が暴走して誰かを傷つけないように、極限まで精密な形を創り出す練習だ。
ピキィィン……。
俺の指先から溢れた冷気が、月明かりの下でキラキラと輝く氷の粒子となり、やがて空中で一つの精巧な彫刻を形作った。
それは、等身大の『フィギュアスケーター』の氷像。
かつて両親が氷上で舞っていた、あの美しい一瞬の姿を切り取ったものだ。
「……やっぱり、俺にはこれを滑る才能はなかったけどな」
完成した氷像を見上げながら、自嘲気味に呟いた。
才能がないと絶望し、逃げ出した過去。
でも、俺の中に残っている「氷」への思いは、こんな形でしか具現化できないらしい。
『――すごく綺麗だね』
不意に背後から声がして、俺はビクッと肩を震わせた。
この現場を見られたらマズイと思い、自身の能力の痕跡を消し、なんとかして必死に誤魔化そうとするが、瞬時にその心配はなくなった。
振り返ると、月明かりに照らされて、御門恭子が立っていた。
パジャマの上にカーディガンを羽織っただけの無防備な姿だ。
「恭子!? お前なんでこんな時間にここに……」
「結城くんがいなかったから探しに来ちゃった。やっぱりここで練習してたんだね」
恭子は俺の作った氷像に歩み寄り、うっとりとした瞳でそれを見上げた。
「触るなよ。冷たいから」
「ううん、温かいよ」
恭子は氷像にそっと触れ、優しく微笑んだ。
「結城くんの氷は絶対零度のはずなのに……どうしてかな、すごく優しくて温かい気がするの」
「馬鹿言え。氷は氷だ。一歩間違えれば人を傷つける呪いだよ」
俺が顔を背けると、恭子は俺の正面に回り込み、下から覗き込むようにして俺の目を見た。
「呪いなんかじゃないよ。結城くんはいつもその力でレイ先輩や結衣ちゃん……みんなを守ってくれてるじゃない」
「それは……俺が目立ちたくないから裏でこっそり処理してるだけで……」
「ふふっ。結城くんは本当に素直じゃないね」
恭子はくすくすと笑い、そして、ふと真剣な眼差しになった。
「結城くんはすごく優しい人だよ。私が保証する」
その言葉の響きに、俺は胸の奥がギュッと締め付けられるような不思議な感覚を覚えた。
まるで、ずっと昔から俺のことを知っていて、すべてを肯定してくれているような、そんな絶対的な安心感。
「お前…たまに俺の親みたいな口調になるよな」
「えっ!?」
俺の指摘に、恭子はハッとして顔を真っ赤にした。
「そ、そそそ、そんなことないよ! 私はただの同級生……っていうか結城くんのファンみたいなもので!」
「ファンってなんだよ……」
恭子は慌てて両手を振り回した後、ふっと息をつき、寂しそうな笑顔を見せた。
「でもね。もし結城くんがこれからも自分を責めたり、一人ぼっちになろうとしたりするなら……私は何度でも、時間を超えて結城くんを見つけに行くからね。絶対に一人にはしない」
それは、ただの励ましの言葉を超えた、祈りのような響きを持っていた。
「大げさだな。俺はもう逃げないって決めたんだよ。面倒くさい先輩や痛い中二病の面倒を見なきゃいけないからな」
俺がわざとぶっきらぼうに言うと、恭子はパァッと顔を輝かせた。
「うんっ!ありがとう結城くん」
恭子が満面の笑みで頷いた瞬間、夜風が吹き抜け、俺の作った氷像がキラキラと光の粉になって夜空に溶けていった。
「ほら、冷えるからもう寮に戻るぞ」
「あ、待ってよー!」
俺の後を小走りで追いかけてくる恭子。
この時、彼女がなぜ「時間を超えて」という言葉を使ったのか。
そして、なぜあんなにも愛おしそうな目で俺を見ていたのか。
その本当の意味――彼女が未来から来た俺の『孫』であるという真実を知るのは、もう少しだけ先のことになる。




