-中間試験-
結衣が真の覚醒を果たした実技訓練から二週間後。
傑聖高校では、全校生徒を対象とした一大イベント『中間試験』が実施されていた。
この学校に来て初めての大きな行事だ。
試験内容は、広大な人工森林エリアを用いた「クラス対抗・サバイバルフラッグ戦」。
各チームに割り振られたポイントを奪い合い、最終的な生存ポイントでクラスの順位と個人の成績が決定されるという、まさに能力至上主義を体現したような弱肉強食のサバイバルゲームだ。
「よしっ! 僕たちのチームの陣地はここにしよう!」
鬱蒼と茂る森の中、小高い丘の上にレイ先輩がチームの旗を突き立てる。
俺たちの一年Aクラスは、開始早々に各チームが散り散りになり、俺たち四人も森の奥深くへと陣取っていた。
「ククク……愚かな羽虫どもめ。この漆黒の堕天使が守る絶対防壁に踏み入れば、骨の髄まで暗黒に染まることになるとも知らずにな……」
結衣は左腕をかばうようなポーズを取りながら、周囲に鋭い視線を配っている。
覚醒してからの彼女は、魔法陣の詠唱スピードも格段に上がり、Aランク本来の火力を安定して出せるようになっていた。
中二病のポーズも洗練されてきている気がするが、そこは突っ込まないでおく。
「でも、油断しないでね二人とも。僕たち、完全に狙われてるから」
和真が、静かに森の入り口の方を見つめた。
彼の言う通りだった。
俺たち――正確には『Eランク』の俺と『C+』のレイ先輩という、クラスでもダントツの底辺二人がいるこのチームは、他の上位ランクの生徒たちからすれば「格好の獲物」なのだ。
開始の合図が鳴った直後から、俺たちを追跡してくる複数の気配を俺も感じ取っていた。
「来たぜ、底辺チーム! 黒桐はおいといて、あのEランクとCランクの雑魚からポイントを頂こうぜ!」
草むらを掻き分け、A~Bランクの生徒で構成された三人組のチームが姿を現した。
彼らの手には、それぞれ炎、風、そして岩を纏った強力な個性が発現している。
「……面倒くさいことになったな」
俺がため息をつきながらポケットに手を入れた、その時だった。
「結城くん、彼らは僕が引き受ける。君たちは、本陣を守ってくれ」
和真がすっと前に出た。
「おい和真、一人じゃ……」
「大丈夫。僕はA+だからね。それに、君たちの『力』を、もう一度しっかり見てみたいんだ」
和真は意味深な笑みを浮かべると、足元の影に沈み込むようにして姿を消し、敵の三人組の背後へと一瞬で転移した。
「うおっ!? 黒桐かよ!」
「チィッ、手分けするぞ! お前らはあの三人をやれ!」
和真が敵のリーダー格と交戦に入る中、残る二人の生徒――炎の個性を持つ男と、岩の個性を持つ大柄な男が、俺たちの方へと突進してきた。
「さぁて、大人しくポイントをよこしな、ゴミ共!」
炎の男が両手から火球を放ち、岩の男が地面を蹴って肉薄してくる。
「結城くん、結衣ちゃん! 下がって!」
レイ先輩が飛び出し、自己蘇生の能力をフル稼働させて岩の男の強烈なパンチを正面から受け止める。
「がはっ……!」
骨の砕ける嫌な音がしたが、先輩は歯を食いしばり、一歩も退かない。
「フン……光の盾よ、よく耐えた! 『漆黒の魔弾』!!」
後方から結衣が魔弾を放つ。
以前の隙だらけの詠唱とは違い、今の彼女の攻撃は鋭く、炎の男を的確に牽制していた。
だが、相手は戦闘訓練を積んだ上位ランク。
力押しでは分が悪い。
「ちぃっ、鬱陶しい女だ! 先にあの眼帯から燃やしてやる!」
炎の男が結衣に狙いを定め、巨大な火柱を巻き起こそうと深く息を吸い込んだ。
(……やらせるかよ)
俺は、木陰に身を隠しながら、極小の冷気を指先から放った。
狙うのは、男の足元ではなく、男の顔の周辺の『酸素』と『水分』。
炎を生み出すには酸素が必要だ。
俺は男の口元のわずかな空間の温度を絶対零度まで下げ、空気中の水分を急速結露させて薄い『氷の膜』を作った。
「喰らえっ!! 炎の……ごほっ!? げほぉっ!?」
男が火を吹こうとした瞬間、不自然な酸欠と、口元で発生した見えない氷の膜によって炎が暴発し、男自身の顔面を黒焦げにした。
「なっ……なんだ!? なんで俺の炎が……っ!」
「今だ! 結衣ちゃん!」
「我が深淵の重力に潰れろ! 『暗黒星雲』!」
結衣の放った重力球が、混乱する炎の男に直撃し、彼を完全にノックアウトした。
「嘘だろ!? おい、お前ら底辺のくせに…!」
岩の男が慌てて後退しようとするが、俺はすかさず彼の退路となる地面の表面だけを『摩擦ゼロ』に凍結させる。
「うおわぁっ!?」
見事にすっ転んだ岩の男の顔面に、レイ先輩の渾身のへなちょこパンチがクリーンヒットした。
「よしっ! 倒したよ、結城くん!」
「先輩、ナイスパンチです。あいつら、勝手に転んで自滅しましたね」
「フン、我が魔眼の恐ろしさを思い知ったようだな」
俺の緻密な氷のサポートに全く気づくことなく、勝利を喜ぶ二人。
俺は小さく息を吐き、ポケットから手を抜いた。
目立たずに勝つ。このチームでの俺の立ち回りも、だんだん板についてきた気がする。
「見事な連携だね」
不意に、背後から声がした。
振り返ると、敵のリーダー格をあっさりと気絶させた和真が、静かに歩み寄ってくるところだった。
彼の漆黒の瞳は、歓喜するレイ先輩と結衣を……そして、すっとぼけている俺を、まるで値踏みするように見つめている。
「結城くんの『運』の良さには、いつも驚かされるよ」
「俺は別に何もしてないよ。先輩と結衣が頑張っただけです」
「そうだね。君たちは本当に、素晴らしいチームだよ」
和真は柔らかく微笑んだ。
だが、その言葉はあまりにも他人行事で、笑顔の奥に、かつてないほどの『深い絶望』が揺れていることに、俺はこの時まだ気づいていなかった。
才能がなくとも、自分を信じて抗う者たち。
それを影から支える俺。
この不器用で温かいチームの絆が完成したその瞬間こそが、黒桐和真という少年の孤独な計画の引き金を引く、決定的な理由となってしまったのだから。




