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推しが処刑されるエンドは認めません!最凶ネクロマンサーを救ったら執着されました  作者: 悠・A・ロッサ @GN契約作家


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第18話 似合いすぎて腹が立つほどの偽装と、残酷な答え

 夜半過ぎ。


 研究室の空気は、張りつめた糸みたいに静かだった。


 リリアナ様は隣室で眠っている。

 起きているほど接続が揺れるなら、今は休ませるのが最善。

 それが分かっていても、あの人の顔を見てしまうと胸が痛んだ。


 だから、今は考えない。


 私は目の前の問題に集中した。


「……ええと」


 私は目の前の人物を見上げた。


「思った以上に、腹立つくらい似合いますね」


「褒めているのか?」


「九割褒めてます」


 セイル様――いや、今の見た目は完全に高位司祭だった。


 漆黒の魔導衣ではなく、重たげな白銀の法衣。

 肩から流れる刺繍入りのストール。

 胸元には封印監査官級の識別印を模した徽章。

 いつもの鋭い黒と銀の美貌が、今夜はそのまま神に選ばれた冷酷な聖職者みたいな方向へ振り切れている。


 まずい。

 顔が良すぎる。


(え、待って。推しの教会コス……いや違う、コスじゃない、偽装。偽装なんだけど、破壊力が高すぎる……!)


 髪色までわずかに淡く落としてあるのがずるい。

 銀灰に近いその色が、白い法衣と噛み合って、むしろ本物の司祭より神秘感がある。


「……おい」


「はい?」


「顔に出ている」


「何がですか」


「くだらないことを考えている顔だ」


 即答だった。


「失礼ですね。潜入前の最終確認をしてただけです」


「どこを見て確認していた」


「顔面です」


「正直すぎるな」


 呆れたみたいに言いながら、セイル様――高位司祭様は、自分の袖口を見下ろした。


「この格好、動きづらい」


「でしょうね。でもそこは我慢してください。えらい人ってだいたい動きにくそうなので」


「偏見だな」


「経験則です」


 私は自分の格好も確認した。


 地味な灰色の記録係用の衣。

 胸元には補佐官用の小さな木札。

 地味。すごく地味。

 でも今夜の私は、それでいい。


 目立つのはセイル様だけで十分だ。


「識別印、あとどれくらい持ちます?」


「入ってから一刻ほどだ」


「短い」


「だから言った」


「でもゼロよりはマシです。よし」


 私は深呼吸して、バインダー代わりの記録板を抱え直した。


「じゃあ、確認します。セイル様は高位司祭兼封印監査官。私はその随行記録係。目的は第二祈祷庫奥の保管庫。失敗例の記録確認。長居はしない。見つけたら読む、写す、戻る」


「発覚したら?」


「逃げる」


「簡潔でいいな」


「今さら潜入倫理とか言ってる場合じゃないので」


 そう返すと、セイル様は少しだけ目を細めた。


 その視線が一瞬だけ、私の頬をかすめる。


「顔色が悪い」


「それはたぶん、緊張と寝不足と推しの別衣装が重なってるせいです」


「意味が分からん」


「大丈夫です。私もよく分かってません」


 言いながら笑ったけれど、たしかに心臓はうるさいくらい鳴っていた。


 緊張している。

 怖い。

 失敗したら終わりだ。


 でも、それ以上に、今は行かなきゃいけないという気持ちのほうが強かった。

 セイル様が手を差し出す。


「行くぞ」


 その一言で、余計な雑音が全部消えた気がした。


「はい」


 私は、その手に一瞬だけ触れてから、すぐに離した。


 冷たい。

 やっぱり、まだ冷たい。


(待ってて、リリアナ様)


 心の中だけでそう呟いて、私は研究室をあとにした。


 ***


 聖教会本部は、夜でも眠らない。

 むしろ夜のほうが、祈りの気配は濃いのかもしれなかった。


 高い尖塔の窓に灯る青白い明かり。

 大理石の回廊に反響する、遠い詠唱。

 白い壁。白い床。白い法衣。


 その全部が、清らかというより、少しだけ冷たすぎた。


 私たちは正門ではなく、監査官用の裏回廊へ向かった。


 外套のフードを深くかぶって歩くセイル様は、いつもと違う意味で近寄りがたい。

 高位司祭の偽装が似合いすぎていて、普通に怖い。


(やばい。今ここで「顔が良い」とか言い出したら、たぶん本気で置いていかれる)


 私は必死に表情を引き締めた。

 裏回廊の入口には、見張りの神官が二人立っていた。


「止まれ。所属と用件を――」


 若い神官の声が、途中で止まる。

 セイル様が、フードを払ったからだ。


 青白い月光の下で、白銀の法衣と銀灰の髪が揺れる。

 そのまなざしは、氷みたいに冷たかった。


「封印監査だ」


 低い声。


「第二祈祷庫以降の封印状態に、不整合の報告が上がっている。立ち入りを許可しろ」


 神官たちの顔色が変わる。

 一人は反射的に頭を下げ、もう一人は慌てて識別印へ視線を走らせた。

 そこで、セイル様の胸元の徽章が、ほんの一瞬だけ淡く光る。


 十分だった。


「し、失礼いたしました……!」


「記録係も同行する」


 私のほうへ冷たい視線が流れる。

 神官たちは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたけれど、セイル様が次に眉を寄せた瞬間、すぐに視線を逸らした。


「手間を取らせるな」


「は、はい!」


 通った。


 あっさりと。

 怖いくらいに。


 私たちは止められることもなく、石の回廊へ足を踏み入れる。


 角を曲がって見張りの視界から外れた瞬間、私は思わず息を吐いた。


「……すごい」


「何がだ」


「今の。完全にえらい人でした」


「偽装だ」


「分かってますけど、似合いすぎて一瞬ムカつきました」


 セイル様が、ちらりとだけ私を見る。


「なぜムカつく」


「顔がいいからです」


「意味が分からん」


「私もです」


 そんなやり取りをしながらも、足は止めない。


 中央回廊を避け、監査官用の狭い通路を進む。

 リリアナ様の記憶通り、この時間帯は人が少ない。

 すれ違う神官も二人ほどいたけれど、セイル様の偽装が効いているのか、誰も正面から視線を合わせようとはしなかった。


 やがて、地下へ続く階段が見える。


 ここから先だ。


「……大丈夫か」


 不意に、セイル様が低く言った。


「え?」


「顔色だ」


 私は一瞬だけ目を瞬いた。


 こんな時に、そっちを気にするんだ。

 そう思ったら、少しだけ笑いそうになった。


「大丈夫です。怖いですけど、まだ倒れません」


「まだ、か」


「はい。倒れるなら帰ってからにします」


「器用だな」


「そうでもないです」


 でも、そう言ってもらえただけで、少しだけ楽になった。


 私たちは階段を下りる。


 冷気が濃くなる。

 祈りの声は消え、代わりに湿った石の匂いが鼻についた。


 第二祈祷庫の前には、古い鉄扉があった。

 白い封印札が三枚。

 中央には監査印用の小さな円盤。


 セイル様が指先をかざす。


 徽章の偽装印が淡く脈打ち、円盤が一瞬だけ青く光った。


 カチ、という乾いた音。


「開いた」


「……当たり前みたいに言いますね」


「開けるために来たんだろう」


 それもそうだ。


 扉の向こうは、ひどく狭い通路だった。


 第二祈祷庫の表側は、もっと整えられた空間のはずだ。

 でもこちらは違う。

 監査用に作られた裏の道なのだろう。人ひとり分の幅しかない石の通路が、さらに奥へ続いている。


 そして、その突き当たりに――


 あった。


 半ば朽ちた木箱と、古い保管棚。

 見つけられたくないものを、まとめて沈めたみたいな場所。


 セイル様が、いちばん奥の棚へ手をかざす。

 封印式が青白く浮かび上がり、音もなく解けた。


 現れたのは、一冊の分厚い革表紙の記録束。


 私は息を止めたまま、背表紙を読む。


【聖女候補 定着失敗例】


「……ありましたね」


「ああ」


 その声は低い。

 でも、ほんの少しだけ掠れていた。


 私たちは、並ぶようにしてその記録束を開く。


 頁をめくるたび、古い紙の匂いが立ちのぼる。

 名前。死因。儀式の失敗。器のみ残存。人格消失。


 記録というより、解体報告書だった。


「最低」


 思わず漏れた私の声に、セイル様は何も返さない。

 でも、頁をめくる指先だけが少し強くなる。


 やがて、一つの頁で、二人の手が同時に止まった。


 秘匿例 第九号

 死後器残存個体に対する外部魔力核接続実験


 喉が、ひゅっと鳴った。


 私は文字を追う。


『対象個体は死後、人格と魂位相の大部分を失うも、聖女器のみ微弱に残存』


『外部魔力核を接続した場合、器の定着と一時的な人格再構築は可能』


 一瞬だけ、胸が跳ねた。

 でも次の行で、その希望は叩き落とされた。


『ただし当該再構築人格は、外部核への恒常的依存を示す』


『接続維持下では対象存続、接続切断時には器崩壊および人格消失』


 息が止まる。

 けれど、まだ終わらない。


『恒常依存の解除には、器の聖域還元処理が有効』


『これにより外部核は解放される』


『ただし、対象個体の人格的連続性は保持不能』


 そこで、時間が止まった気がした。


 文字は読める。

 意味も分かる。

 分かるからこそ、息ができない。


 方法はあった。

 ちゃんと、あった。


 セイル様は助かる。

 接続も切れる。

 教会も帝国も、もう二人を追えなくなる。


 でも、その代わりに。

 リリアナ様は、残れない。


 長い沈黙のあと、セイル様が低く言った。


「……そうか」


 その声は、驚くほど静かだった。


「結局、そうなるのか」


 私ははっとして隣を見た。


 セイル様は記録に目を落としたまま、動かない。

 怒ってもいない。

 声を荒げてもいない。


 ただ、その横顔から、すっと何かが消えていくのが分かった。


「セイル様……」


「俺は」


 掠れた声が落ちる。


「何度やっても、あいつを生かしておけないのか」


 その一言で、胸の奥がひどく痛んだ。


 諦めの言葉だった。

 怒りでもなく、否定でもなく、ただ静かに底へ沈んでいくみたいな声。


 セイル様の肩が、ほんの少しだけ落ちる。

 長い指が記録の端を掴んだまま、力なく止まる。


 ああ、だめだ、と思った。

 こんな顔、見ていられない。

 私は気づくより先に動いていた。


「……っ」


 セイル様の頭を、抱き寄せる。


 驚くほど自然に、自分の胸元へ引き寄せていた。

 子供を慰めるみたいに。

 壊れそうなものを庇うみたいに。


「遥……」


 低い声が、すぐ近くで揺れる。


「そんなこと、言わないでください」


 自分でも分かるくらい、声が震えていた。


「まだ、これ一冊です。まだ全部見てない。まだ、終わりって決めるのは早いです」


 セイル様は抵抗しなかった。

 それが余計に苦しかった。


 いつもなら、こんなふうに触れたらすぐに振り払う人なのに。

 今は、うなだれたまま、私の腕の中で静かに呼吸をしているだけだ。


 冷たい髪が、頬に触れる。


(……リリアナ様、ごめん)


 胸の奥で、そう呟いた。


 こんな時に。

 こんな答えを見つけてしまった時に。

 この人を抱きしめて、少しでも離したくないと思ってしまう自分がいる。


 ごめんなさい。


 でも、放っておけない。

 セイル様の声が、胸元でかすれた。


「……もう、十分だ」


「十分じゃないです」


 私はすぐに言い返した。


「そんな顔で十分とか言わないでください」


 自分の指先に力が入る。

 抱き寄せたまま、私は目を閉じた。


「私、まだ探します」


「……」


「これで終わりじゃない。まだ他も見る。別の記録も、条件も、補助式も、何でも」


 しばらく沈黙があった。


 やがて、セイル様が本当に小さな声で言う。


「……ありがとう」


 命令じゃない。

 諦めきれない人の、ほとんど祈りみたいな声だった。


 胸の奥がぎゅっと熱くなる。


「はい」


 私は、頭を抱いたまま頷いた。


「だから、今は勝手に諦めないでください」


 長い沈黙のあと、セイル様の肩がほんの少しだけ揺れた。

 息を吐いたのだと分かる。


「……分かった」


 その返事だけで、涙が出そうになる。


 でも、まだ泣いている場合じゃない。


 私はそっと腕を緩め、記録の頁へ視線を戻した。


「……まだ、見ます」


 セイル様は何も言わなかった。

 でも、今度はちゃんと、自分の指で次の頁を開いた。

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