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推しが処刑されるエンドは認めません!最凶ネクロマンサーを救ったら執着されました  作者: 悠・A・ロッサ @GN契約作家


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第15話 二人とも助けるって決めたから

 研究室へ戻ると、私は机の上に資料を広げた。

 セイル様の術式メモ。私の記録。現世から持ち帰ったスマホ。


「……まず、確認します」


 二人の視線が集まる。


「リリアナ様の蘇生は成功した。でも、完全には定着していない。セイル様の魔力は、蘇生後からずっと減り続けている。……それに、聖教会と帝国が二人の存在を感知して動き出した」


 私はスマホの画面を向けた。


『蘇生された聖女リリアナは、その完全な定着と引き換えに、術者セイル・ノヴァリスの魔力核へ細く接続されていた』


 沈黙が落ちる。

 先に目を伏せたのは、リリアナ様だった。


「……やはり、私が」


「まだ確定じゃないです」


 私は即座に遮った。


「そう書いてあるってだけです。ここから術式と照らして確認します」


 セイル様が指先を滑らせる。

 青白い魔導数式が空中に展開された。

 私は第三層の接続式を指さした。


「……ここです。この補助線、今はセイル様の核と繋がってる」


 研究室に、重い沈黙が落ちた。


 最初に口を開いたのは、セイル様だった。


「切る必要はない」


「……え」


 思わず顔を上げる。

 セイル様は、術式から目を離さないまま、低く言った。


「お前に吸われるなら、それでいい」


「よくありません」


 きっぱりと言ったのは、リリアナ様だった。


 その声は弱っていて、かすれていた。

 けれど、不思議なくらいまっすぐだった。


「そんなの、少しもよくない」


 セイル様が、ゆっくりと彼女を見る。


「リリアナ」


「私は、あなたを吸ってまでここにいたくない」


 その一言に、胸の奥がぎゅっと締まった。

 リリアナ様は、震える指を膝の上で握りしめる。


「あなたが無理をして、削れて、冷たくなって……それで私だけ生きているなんて、そんなの嫌です」


「嫌でも何でも、お前が生きるなら」


「よくありません」


 今度は、さっきよりも少しだけ強い声だった。


「そんなふうに守られても、私は嬉しくない」


 セイル様が言葉を失う。

 その沈黙の隙間に、私は息を吸った。


「……だから」


 二人が、同時に私を見る。


「だから、その二つ以外の道を探るんです」


 私は机に手をついて、はっきりと言った。


「リリアナ様が消えるのも駄目。セイル様が削れていくのも駄目。だから、そのどっちでもない方法を探すんです」


 セイル様の銀の瞳が、わずかに細くなる。


「そんな都合のいい答えがあると?」


「あるかもしれないでしょう」


 私は一歩も引かなかった。


「聖典も、禁書も、術式の別解も、まだ全部洗ってない。終わりって決めるのは、それをやってからです」


 リリアナ様の睫毛が、かすかに震える。


 セイル様はしばらく黙っていた。

 やがて、低く息を吐く。


「……やってくれるのか」


 その声は、命令じゃなかった。

 縋るというほど露骨でもない。

 けれど、自分一人では届かない場所へ、初めて手を伸ばすみたいな響きがあった。


 胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。


「はい」


 私は、はっきり頷いた。


「だから、二人とも勝手に終わろうとしないでください」


 ***


 リリアナ様は、最初こそ「私も残ります」と言い張ったけれど、席を立とうとした瞬間に足元をふらつかせた。


 それを見たセイル様の顔色が、一段冷たくなる。


「寝ていろ」


「でも……」


「命令だ」


 低い声だった。

 強くはない。けれど、有無を言わせない響きがある。


 リリアナ様は唇をきゅっと結んだあと、申し訳なさそうに目を伏せた。


「……ごめんなさい」


「謝るな」


 セイル様は即座にそう返した。

 けれどその声は、さっきまでみたいな鋭さではなく、ひどく疲れて聞こえた。


 私はそっとリリアナ様の手を取る。


「今は休んでください。たぶん、体力温存も立派な仕事です」


 リリアナ様は私を見上げる。

 その瞳にはまだ不安が残っていたけれど、やがて小さく頷いた。


「……分かりました」


「何か変わったことがあったら、すぐ呼んでください」


「はい。遥様も……無理はなさらないで」


 その一言に、少しだけ胸が詰まる。

 この人はこういう時まで、ちゃんと人の心配をするのだ。


 セイル様がリリアナ様を隣室まで送り届けるのを見届けてから、私は研究室へ戻った。


 静かだった。


 さっきまで三人分あった気配が、今は二人分しかない。

 それだけで、部屋が急に広く感じる。


 机の上には、術式メモ、禁書、聖典の写し、私のバインダー、スマホ。

 資料の山が、まるでこれから始まる長い夜を予告しているみたいに見えた。


 やがて扉が開き、セイル様が戻ってくる。


「……眠ったか?」


「横にはなりました。すぐ寝たとは思えないですけど」


「そうか」


 短く答えたあと、セイル様は机の向こうへ回り込み、迷いのない手つきで魔導灯を二つ追加で灯した。


 青白い光が、研究室の隅々まで満ちる。


「時間がない」


「ですね」


「聖教会と帝国は、次は正式な書類と戦力を揃えて来る」


「はい」


「それまでに接続の正体を突き止め、切断方法を見つける」


 私は頷いた。


「やりましょう」


 セイル様は一瞬だけ私を見た。

 その銀の瞳は、まだ少しだけ疲れている。けれど、諦めは消えていた。


「……では、始める」


 ***


 夜は、驚くほど速く深まっていった。


 セイル様は蘇生術式の原式を引っ張り出し、私は聖典の関連記述を片っ端から洗う。

 “魂の定着”“器の維持”“異物混入”“聖属性回路”“術者との同調”。


 使えそうな語を拾っては、ノートにまとめていく。


「第三巻の補遺、見つかりました」


「こっちへ寄越せ」


「はい。あと、第七章の脚注に“死後定着個体における供給元の固定化”って記述がありました」


「……脚注だと?」


「公式って大事なことほど脚注に埋めるんですよね」


「最低だな」


「同意です」


 そう返しながら、私はページをめくる。


 紙の擦れる音。

 羽ペンの走る音。

 セイル様が時おり数式を展開するたび、青白い光が机の上を流れていく。


 不思議だった。


 焦っているはずなのに。

 事態は最悪に近いのに。


 こうして二人で机を挟んで作業していると、どこか落ち着いた。


 前にも、こんな夜があった。

 まだ私が“狂女”で、でももう“ただの異物”ではなくなり始めていた頃。

 カシムの契約書を書き換えて、蘇生術式を一緒に調整して、眠気と緊張と高揚がぐちゃぐちゃになっていた、あの夜。


 違うのは、今のほうがずっと切羽詰まっていることと。


 私がもう、自分の気持ちに言い訳しきれなくなっていることだった。


「……遥」


「はい」


「その頁ではない。隣だ」


「え、あ」


 顔を上げると、私はまったく違う段を追っていた。

 いつの間にか、セイル様の横顔を見てしまっていたらしい。


「す、すみません」


「集中しろ」


「してます」


「していない」


「……ちょっとだけしてなかったです」


 正直に言うと、セイル様が小さく息を吐いた。

 呆れてるのかと思ったら、口元がほんの少しだけ緩んでいる。


(……あ)


 また、胸が鳴る。


 こういう時に笑わないでほしい。

 いや、笑ってほしい。

 でもやっぱり困る。

 情緒が忙しい。


「何だ」


「いえ……疲れてるのに、そんな顔もできるんだなって」


「どんな顔だ」


「……ちょっと人間っぽい顔です」


「喧嘩を売っているのか?」


「褒めてます!」


 思わずそう言い返すと、セイル様は「意味が分からん」とでも言いたげに眉を寄せた。


 でも、その目はさっきより少しだけやわらかい。


 私は咳払いして、慌ててバインダーへ視線を戻した。


「……見つけますからね」


「何をだ」


「二人とも助かる方法です」


 そう言うと、セイル様の指先が一瞬だけ止まった。


 長い沈黙のあとで、低い声が落ちる。


「……お前は、本当に諦めが悪いな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「褒めていない」


「知ってます」


 でも、たぶん少しは救われてるでしょう。

 そう言いそうになるのを、私はぎりぎりで飲み込んだ。


 ***


 数時間後。


 机の上には、調べた記録と却下した仮説が山みたいに積み上がっていた。


「……これも駄目」


 私は頭を抱えた。


「接続だけ切ると、今度はリリアナ様の定着が崩れる。逆に定着を優先すると、セイル様の核が削られる。何この最悪の二択」


「最悪だから問題になっている」


「正論ですけど今は腹立つ」


 セイル様は術式の最深部を睨んだまま、静かに言った。


「定着式そのものが、リリアナを“私の魔力で留める”前提で組まれている」


「つまり最初から詰んでるってことですか?」


「……そこまで単純ではない」


 その言い方に、私は顔を上げた。


「何か見つけました?」


「見つけたというより……」


 セイル様は空中の数式の一部を指さす。


「ここに、もう一段深い補助回路がある。私が組んだ覚えのない式だ」


「え?」


 私は慌てて椅子を寄せ、彼の隣へ滑り込んだ。


 近い。

 でも今はそんなことを言ってる場合じゃない。


「どこですか」


「ここだ」


 セイル様の指先が示したのは、補助線のさらに奥。

 細く、薄く、まるで最初からそこにあったように自然すぎて見落としていた回路だった。


「……何これ」


「分からん。私の術式ではない。少なくとも、私一人のものではない」


 私は息を呑む。


「聖典側?」


「あるいは、リリアナの聖属性回路が自律的に噛み込んだか」


 その時だった。


 研究室の扉が、こんこん、と二度だけ小さく叩かれた。


 私もセイル様も、同時に顔を上げる。


「……リリアナ様?」


 返事はない。


 でも扉の向こうから、かすかに何かが擦れるような音がする。


 嫌な予感が、背筋を走った。


 セイル様が立ち上がる。

 その動作が少しよろけて、私は反射で腕を掴んだ。


「無理しないでください」


「していない」


「してます」


 でも、彼はそのまま扉へ向かった。


 私はすぐ後ろを追う。


 扉を開けた先。

 そこにいたのは、顔面蒼白のリリアナ様だった。


 片手で壁を支え、もう片手で胸元を押さえている。

 息が乱れて、唇はかすかに震えていた。


「リリアナ様!?」


 私が駆け寄るより早く、リリアナ様は掠れた声で言った。


「……ごめんなさい。眠れなくて、それで……」


 そこで一度、呼吸が途切れる。


 そして次の言葉が、研究室の空気を一変させた。


「たぶん、私……何か、思い出したの」


 セイル様の表情が変わる。

 私も思わず息を止めた。


 リリアナ様は、青ざめたまま、それでもはっきりと続けた。


「この接続を、どうして切れないのか」

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