表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しが処刑されるエンドは認めません!最凶ネクロマンサーを救ったら執着されました  作者: 悠・A・ロッサ @GN契約作家


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/19

第13話 「手続き不備につき、却下します」

 塔の中央ホールは、戦場寸前の空気に満ちていた。


 高い天井まで届く黒い石柱。

 壁一面を覆う魔導刻印。

 その中央で、セイル様がたった一人、階段の上に立っている。


 黒い魔導衣の裾が、張り詰めた魔力に煽られてゆらりと揺れた。

 銀の瞳は氷みたいに冷たく、階下に並ぶ二つの勢力を睥睨している。


 片方は純白の法衣に身を包んだ聖教会の使節団。

 もう片方は濃紺と金の軍装をまとった帝国の魔導官たち。


 どちらも「礼儀正しい顔」をしているくせに、目だけが獲物を前にした捕食者のそれだった。


「聖女リリアナは教会の管理下に置かれるべき存在だ」


 先頭に立つ老神官が、いかにも厳かに言い放つ。


「死の淵より戻ったその奇跡は、教義上も国家的にも看過できぬ。ネクロマンサー、貴様が独占してよいものではない」


「独占、だと?」


 セイル様の声音が、一段低くなる。


「彼女を蘇らせたのは私だ。彼女を繋ぎ止めたのも私だ。今さら貴様らが神の名を騙って現れ、所有権のように語るな」


 ひやりとした殺気が、ホール全体を這った。


 でも、その直後。

 階段の手すりに置かれたセイル様の左手が、ほんのわずかに揺れたのを、私は見逃さなかった。


(やっぱり、無理してる)


 顔色は蒼白に近い。

 いつものように完璧に立っているようでいて、その均衡はもうかなり危うい。


 帝国側の女魔導官が、一歩前へ出る。


「話を単純化しましょう、セイル・ノヴァリス。聖女は教会へ、術者は帝国へ。そうすれば両国間の均衡も保たれる」


「なるほど」


 セイル様が、皮肉げに口角を上げた。


「ずいぶんと美しい言葉だ。要するに、貴様らは私たちを別々の檻に入れたいだけだろう」


「それが最善です」


「私が従うとでも?」


「従わせるのです」


 その一言で、ホールの空気が完全に切り替わった。


 帝国の魔導官たちが一斉に杖を構える。

 聖教会の神官たちも、白金の法具を掲げた。


 魔力の奔流が空間を軋ませる。

 ホール中央の床石に、細かな亀裂が走る。


 なのに、セイル様は一歩も退かない。


「……最後に言う」


 低い声。


「そこを退け。今ならまだ、塵にせずに済む」


 その言葉と同時に、セイル様の背後に無数の黒い魔法陣が展開された。

 槍。鎖。刃。骸骨兵の召喚陣。


 圧倒的だ。

 美しくて、冷たくて、ひどく強い。


 でも。


 その美しさの奥で、私は見てしまった。

 彼の指先が、ほんの少しだけ白く震えているのを。


 次の瞬間、ホールの奥からか細い声が飛んだ。


「……セイル、だめ……!」


 階段上の小扉が開き、そこにリリアナ様が立っていた。


 白い寝衣の上に薄い外套を羽織っただけの姿。

 顔色は悪く、手すりに縋るようにしてやっと立っている。


「リリアナ様!?」


 思わず叫びそうになった私の声は、ぎりぎりで喉に引っかかった。


 セイル様が振り返る。


「なぜ出てきた!」


 それは怒声というより、悲鳴に近かった。


「寝ていろと言ったはずだ!」


「だって……あなたが」


 リリアナ様がふらついた瞬間、ホールにいた全員の視線が彼女へ集まった。


 まずい。


 あれはまずい。


 聖教会側の老神官の目が、狂信的な光を帯びて見開かれる。


「……聖女」


 帝国の女魔導官も、ほとんど同時に息を呑んだ。


「本物、か」


 その瞬間、セイル様の魔法陣が一斉に唸りを上げた。


「見るな」


 低く、殺意のこもった声。


「彼女を見るな」


 その一言だけで、背筋が凍った。


 だめだ。

 このままだと全面衝突になる。

 しかも、セイル様の今の状態で。


 私の身体が、気づくより先に動いていた。


「ちょっと待ったあああああああ!!」


 全員の視線が、一斉にこっちを向く。


 しまった。

 いや、しまってない。

 でも最悪のタイミングで、最悪に目立つ乱入をしてしまった自覚はある。


 私は半壊した横廊下の陰から飛び出し、勢いそのままホール中央へ滑り込んだ。


「…………」


「…………」


「…………」


 全員が固まっていた。


 聖教会も。

 帝国も。

 そして何より、階段上のセイル様が。


 銀の瞳が、信じられないものを見るみたいに大きく見開かれている。


「……は?」


 ぽつり、と。

 ものすごく小さく、でも確かに聞こえた。


 その声に、私は心の中でガッツポーズした。


(よし。推し、ちゃんと驚いてる)


 でも次の瞬間、セイル様の顔がみるみる険しくなる。


「……お前、なぜ」


「説明はあとです!」


 私はぴしっと人差し指を立てた。


「今はまず、勝手に聖女様とネクロマンサー様を分割回収しようとしてる不審者集団への対応が先です!!」


「不審者集団だと?」


 帝国の女魔導官が眉を吊り上げる。


「貴様、何者だ」


「そっちこそ何者ですか。保護だの祝福だの綺麗な言葉並べてるけど、要するに“弱ったところを持っていく”気満々じゃないですか。コンプライアンス違反にも程があります」


「こんぷ……?」


 老神官が顔をしかめる。


「意味は分からんが、無礼な女だな」


「無礼で結構! あとそこの老神官さん、今“聖女ゲットだぜ”みたいな顔してましたよね? めちゃくちゃ顔に出てますよ!」


「なっ……!?」


 ホールの空気が、一瞬だけ妙にずれた。


 その隙を、私は逃さなかった。


「セイル様!」


 階段上を見上げる。

 驚きで固まっていたセイル様が、ようやくはっとしたようにこちらを見返した。


「今のうちにリリアナ様を中へ! この場は、まず時間を稼ぎます!」


「お前が?」


「そうです! 再ログインした以上、今回も働きます!」


「意味が分からん!」


「あとで全部説明しますから!」


 私はそう叫んでから、聖教会と帝国の面々をぐるりと見渡した。


 心臓はバクバクだ。

 脚だって少し震えてる。

 でも、不思議と逃げたくはなかった。


 最初は事故だった。

 でも今度は違う。


 私は、自分で戻ってきたんだ。


 だったら、やることは一つ。


 推しと、その最愛の人を。

 今度こそ、ちゃんと守る。


「では改めまして」


 私は胸の前でバインダーでも抱えるみたいに両手を組んで、にっこり笑った。


「こちら、塔側の臨時実務担当、藤代遥です。以後お見知りおきを」


 私はにっこり笑って、聖教会と帝国の一行を見渡した。


「で、まず確認なんですけど。聖教会側、その護送命令書。正式な封印監査、通ってます?」


 老神官の眉がぴくりと動く。


「……何?」


「蘇生直後の聖女を移送する場合、“魂位相の再照合”が済むまでは外部移送禁止。教令補遺七章十二節。違いましたっけ?」


 聖教会側がざわついた。

 後列の若い神官たちが、明らかに顔を見合わせている。


「しかも今回、随行してるの第二位階司祭までですよね。正式な再認定には、高位司祭三名と封印監査官一名が必要なはずですけど。……書類、不備ってません?」


「き、貴様……!」


 老神官の顔が一気に赤黒く染まる。


 私はそのまま、今度は帝国側へ顔を向けた。


「あと帝国。術者保護を名目にしてますけど、対象が禁術保持者の場合、強制拘束は研究保全条項に抵触しますよね」


 女魔導官の表情が固まった。


「魔力核が不安定な術者に今ここで圧をかけたら、術式そのものが損壊する可能性が高い。そうなった場合、責任者はどなたです?」


「……どこでそれを知った」


「知ってるからです」


 私は即答した。


「あと、保護って言い方やめません? その人数、その装備、その包囲陣形で来てる時点で、どう見ても確保なんですよ」


 帝国の魔導官たちの顔つきが変わる。

 さっきまでの余裕ある“外交官の顔”が、少しずつ剥がれ落ちていく。


「ただの事務職ですので」


 私はにっこり笑ったまま、胸を張った。


「ただし、契約書の文言と、監査逃れと、手続き不備にはちょっとうるさいタイプの」


 その一言で、ホールの空気がぴしりと張り詰めた。


 やばい。

 やりすぎたかもしれない。


 でも、ここで引いたら負けだ。


 老神官が一歩前へ出る。

 その目にはもう、聖職者らしい穏やかさなんて欠片もなかった。


「下賤の女が……教会の手続きを口にするなど、身の程を知れ」


「えっ、それ反論になってませんけど大丈夫ですか? 今の完全に論点ずらし――」


「黙れ!!」


 次の瞬間、老神官の杖の先に白い光が収束した。


 まずい、と思った時には遅かった。

 あれは脅しじゃない。ほんとうに撃つ気だ。


 私は咄嗟に身を固くした。


 でも。


 その白光が放たれる寸前、黒い影が私の前へ滑り込んだ。


「――無礼者」


 低い声。


 次の瞬間、老神官の法具が音もなく砕け散った。


「なっ――!?」


 白い光は空中で霧散し、代わりに黒い魔力の刃が神官の喉元すれすれで止まっている。


 セイル様だった。


 私の一歩前に立ったその背中は、ひどく静かで、ひどく大きく見えた。


 魔導衣の裾が、黒い魔力の風に煽られて揺れている。

 銀の瞳は、凍った夜そのものみたいに冷たかった。


「私の塔で。私の客人に。誰の許しを得て手を上げた」


 声は低い。

 怒鳴っていないのに、ホール全体がびりびり震えた気がした。


 老神官の顔から血の気が引く。

 帝国側の魔導官たちも、一斉に身構える。


 でも、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。


(……やっぱり、すごい)


 胸が、どくんと鳴る。


 分かっていた。

 この人が強いことなんて、とっくに知っていた。

 冷たくて、孤独で、天才で、圧倒的で、誰にも屈しない人だって。


 でも、今こうして。


 自分の前に立って。

 自分に向けられた暴力を、一瞬で叩き潰して。

 静かな声ひとつで、聖教会も帝国もまとめて黙らせる姿を見せられたら。


(……無理)


 好きにならないほうが無理だ。


 そんな私の心臓の限界なんて知るはずもなく、セイル様は振り返らずに言った。


「下がっていろ」


「……はい」


 反射で返事はした。

 でも、だめだ。声が少し裏返った。


 セイル様の耳が、ほんのわずかにぴくりと動いた気がする。

 うそでしょ、今の聞かれた?


 帝国の女魔導官が、目を細めてセイル様の背中と私を見比べた。


「……客人、だと?」


 その一言に、ホールの空気がまた変わる。


 聖教会も、帝国も、気づいてしまったのだ。

 この女は、ただの乱入者じゃない。

 少なくともセイル・ノヴァリスにとって、“切り捨てていいその他”ではないのだと。


 老神官が砕けた法具を握りしめ、憎々しげに唇を歪める。


「なるほど。聖女だけでは飽き足らず、今度は異界の女まで囲うか。邪悪な魔王め」


「魔王でも何でもいい」


 セイル様の声は、相変わらず冷えきっていた。


「だが、貴様らごときが彼女をどうこうできると思うな」


「……っ!」


 今度こそ、胸が止まるかと思った。


(彼女って言った)


 いや、名前じゃない。

 名前じゃないけど。

 でも今、明らかに“私を守る側の言葉”だった。


 だめだ。

 情緒が。

 情緒が死ぬ。


 私はぐっと拳を握りしめて、どうにかその場に立ち続けた。


 ここで赤くなったら負けだ。

 いや、もうかなり負けてるけど、これ以上負けるわけにはいかない。


 私は息を吸って、セイル様の背中越しに言い放った。


「というわけで、手続き不備のまま暴力行使まで始めたので、そちらの主張は現時点でいったん却下です!」


「却下、だと?」


「はい、却下です! 再申請どうぞ!」


 帝国の女魔導官のこめかみに青筋が浮いた。

 でも、その怒りの奥には、明確な警戒が混じっている。


 よし。

 効いてる。


 だったら、もう一押しだ。


「聖教会は正式な封印監査を通した命令書を持って出直してください。帝国は術者保護条項と研究保全条項の整合を取ってからどうぞ。あと、両者とも、現時点で対象が不安定状態にある以上、強制移送のリスク評価書を提出してください」


「そんなもの、この場で出せるわけが――」


「出せないなら帰ってください」


 ぴしゃりと言い切ると、ホールが一瞬しんと静まり返った。


 その沈黙の中で、私はセイル様の背中を見上げる。


 やっぱり顔色は悪い。

 それでも、誰より高く、誰より鋭く立っている。


(……ほんと、すごい人)


 胸の奥が、誇らしいような、痛いような熱でいっぱいになる。


 この人を、今度こそ守りたい。

 ちゃんと、最後まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ