第54話 はじまりの食卓
『闇を裂く剣』 ―はじまりの食卓―
夕暮れが王都ルメリアの空を茜色に染める頃。
カールたちの新居にも、穏やかな灯りがともり始めていた。
広いキッチンでは、レーナが慣れた手つきで鍋をかき回していた。芳ばしい香りが部屋中に広がり、ティナは鼻をくんくん動かして嬉しそうに尻尾を揺らす。
「お母さん、今日のごはんなに?」
「ふふ、ティナの好きなシチューよ。にんじんも煮込んでるから、ちゃんと食べるのよ?」
「うん!」
そのやりとりをリビングからぼんやり見ていたセリアは、何とも言えない感情に包まれていた。王族だった頃、食事は常に給仕人任せで、自分で台所に立つことなどなかった。
けれど今、そこにあるのは「家族のような風景」。
「……あったかいね」
ぽつりと呟くと、隣に座っていたカールが「ん?」と反応した。
「いや、なんでもないよ。ただ……なんだか不思議な気分なの。王都に家があって、暖かい料理の匂いがして……。ティナの笑い声が響いて、ルゥがのんびり寝てて……」
カールの足元では、ルゥが丸くなって尻尾をぱたぱたさせている。聞いているのかいないのか、しかしその穏やかな寝顔は、ここが「居場所」であることを自然に語っていた。
「カール、君は……こういうの、嫌じゃない?」
セリアが静かに尋ねると、カールは少し驚いた顔をしたあと、真剣な目で彼女を見つめた。
「嫌なわけがない。俺には……こういう時間が、ずっと遠いものだったからな」
剣を握り、敵を倒し、追われ、逃げ、戦い続ける日々。
眠る場所さえ不確かな生活の中で、カールが夢見たのは「誰かと笑える場所」だった。
「セリア。お前がいて、ティナたちがいて、ルゥがいる。それが……悪くない」
その不器用な言葉に、セリアの瞳がほんのり潤む。
「……うん。私も、そう思う」
そのとき、台所からレーナの明るい声が響いた。
「お食事できましたよー!」
ダイニングテーブルに並べられたのは、湯気の立ち上るシチューと、香ばしい焼き立てのパン。それに、素朴なサラダとハーブの香るスープ。
「わあ、すごい!」
ティナが椅子によじ登り、きらきらと目を輝かせた。
カールとセリアも席につき、ルゥには特製のミートボールを用意した大皿が置かれる。
「では……いただきます!」
ティナの元気な合図に続き、全員が一斉に手を合わせる。
静かで、穏やかな、けれど心から満たされる瞬間だった。
「んー! おいしい!」
ティナがシチューをほおばりながら、ほっぺたを押さえる。
「レーナ、この味……プロの料理人か?」
「いえいえ、村にいた頃から普通に作っていただけですよ。でも、喜んでもらえてよかった」
セリアもゆっくりスプーンを口に運び、目を見開いた。
「……すごい。こんなに美味しいなんて……私、今まで損してたかも」
「そりゃ、王族の料理とは別物だからな」
カールが冗談めかして言うと、セリアがくすっと笑った。
「でも、こっちの方がずっとあったかいよ。心まで満たされるっていうか……」
「それなら、これから毎日作りますね。ティナもお手伝いできるように頑張ろうね?」
「うんっ!」
その夜、四人と一匹は遅くまで食卓を囲んで過ごした。
剣も魔法も要らない、戦いとは無縁の時間。笑い声が響き、ルゥのあくびが重なり、どこまでも穏やかに夜は更けていった。
――この時間が、ずっと続けばいい。
そんな想いを、誰もが心の中で抱いていた。
だがその一方で、王都の陰では新たな陰謀が芽吹きつつあった。
「闇を裂く剣」は、再びその力を求められる日が近づいていた――。




