第53話 剣聖、家を借りる
『闇を裂く剣』 ―剣聖、家を借りる―
王都ルメリア。
冒険者ギルド本部の最上階にある重厚な執務室に、カールとセリアは呼び出されていた。
「久しぶりだな、カール。セリアも元気そうで何よりだ」
そう言って大きな笑みを浮かべるのは、ギルドマスター・バルド=グランダス。筋骨隆々の身体に、短く整えられた銀髪と鋭い眼光。王都ギルドを束ねる存在でありながら、飾り気のない言葉遣いは今も変わらない。
「で?今回はどういう用件で?」
カールが簡潔に尋ねると、バルドはごそごそと机の引き出しから一枚の紙を取り出し、テーブルに置いた。
「家だよ、家。王都でのお前らの拠点な。ちょうどいい物件が空いたんでな、紹介しようと思ってな」
「……家?」
カールが眉をひそめ、セリアも目をぱちくりと瞬かせる。
「王都に常駐するなら、宿暮らしより拠点があった方がいいだろ?
それに今後は、あちこちから指名依頼が増えるだろうからな。個室付きの一軒家。庭付きだ。しかも破格の値段で借りられる」
「……うーん、でも家って、掃除とか……」
セリアが珍しくしおらしい声を出した。
「料理とか、掃除とか……そういうの、わたし、王族の頃からほとんどやったことなくて……」
指先を突き合わせながら呟く姿に、バルドは苦笑した。
「まあ、予想はしてた。だから提案だ。人を雇えばいい」
「雇うって、使用人を?」
「そうだ。住み込みで。ちょうど心当たりがある」
バルドが取り出したもう一枚の書類に、カールとセリアの目が釘付けになる。
「これは……」
「そう、ティナとレーナだ。あの獣人の母娘。今はギルドの保護施設にいるが、最近本人たちから“働いて恩返しがしたい”という申し出があってな」
「でも、まだティナは子供だぞ」
「働かせろってんじゃねぇよ。住み込みで暮らして、日々の家事をレーナが引き受ける。ティナは勉強しながら、無理のない範囲でできることをすればいい。生活の安定と、彼女たちの心の再建にも繋がるだろう」
カールはしばし無言になった。
その提案は、あまりにも“温かすぎた”。
「……ふむ。でも、俺たちが断ったら……」
「その場合は、他のギルド支部へ斡旋することになる。だが、本人たちはお前らと一緒に暮らしたいって言ってたぞ?」
セリアがそっとカールの腕を引っ張った。
「いいじゃない、カール。わたしたちだけじゃ不安だし、それに……ルゥのこともあるしね」
その言葉に、カールはぎくりとした表情になる。
「そうだ、ルゥ。アイツ、もうすぐ完全に成長するだろ。庭付きの家じゃないと無理だぞ?」
──ルゥ。
カールが森で救い、今では忠実な相棒となったフェンリルの仔狼。
カールとの契約により人間の言葉を話すことができる。しかし、体は子狼のままだ?あとで謎を聞いてみたいところだ。いつまでも宿屋暮らしでは肩身が狭いだろう。
「……わかった。借りよう。その家を」
ようやくカールが折れ、バルドは満足げに腕を組んだ。
「そうこなくっちゃな!鍵と書類は手配しておく。お前たちの新しい拠点、王都ルメリア第三区の西端。静かで治安も良い。すぐに気に入るだろうさ」
数日後、カールたちは引っ越しを終えた。
広々とした敷地に、二階建ての家屋。
石畳の玄関と、南に広がる庭には立派な柵があり、ルゥが嬉しそうに駆け回っていた。
「わあ……ほんとに、広い家……!」
ティナが目を輝かせ、尻尾をふりふり揺らす。
「いいのかしら、私たちなんかがこんな場所に住ませてもらって……」
レーナが感極まった様子で呟くが、カールは首を横に振った。
「俺たちの方こそ助かる。これからよろしく頼む」
「はいっ!」
明るく元気に返事するティナに、セリアが微笑んだ。
「ふふ、じゃあまずは荷物の整理ね。……掃除は、レーナさんと協力して、わたしも覚えます」
「セリアが……掃除を……?」
「わ、笑わないでよ!」
にぎやかなやり取りが、ようやく“日常”の音として広がる。
家には、暖炉と広いダイニング、清潔なキッチン、そして二階には個室が三つ。ルゥには専用の犬舎も設置され、満足げにあくびをしていた。
「……こういうのも、悪くないな」
カールが庭先で呟くと、ルゥが「この庭、気に入った」と返事をした。
かつての放浪の剣聖は、ついに“帰る場所”を手に入れたのだった。




