第45話 カールの母、アリシアの願い
【アリシアの願い】
静かな封印の底で、私は長い時を眠っていた。
――この世界を護るために。
私が自ら望んで封じたのは、かつて人の欲望によって呼び出された“災厄”の意志。それは、人の心に囁き、世界を蝕む、形なき黒。
止めなければ、王国も、人の営みも、きっと灰になる。
だから私は、自らを鍵とし、この神殿にその“核”を封じ込めた。
けれど、時は流れ、やがて私の記憶も、人々の記録から消えていった。
それでも私は後悔していない。たとえ家族と引き離されても、誰かが生きる未来を残せたのなら。
……そう思っていた。
でも、あの日。
閉ざされた意識の隙間から、“あの子”の声が届いた時――私の心は、大きく揺れた。
「母さんを、探している」
その一言が、どれほど私の心を震わせたか、誰が理解できるだろう。
幼かったカール。
泣き虫で、でも一度決めたら最後までやり遂げる、不器用な子。
私に剣を教えてほしいとせがんできた時、笑って剣を振るう姿に、誇りと同時に一抹の不安を抱いた。
「この子は、戦うために生まれたんじゃない」
そう願っていた。
けれど、皮肉なことに、私のいない世界で、あの子は戦い、乗り越え、強くなっていった。
そして今――カールの傍らには、仲間がいた。
一人は、銀髪の剣士、セリア。
まっすぐで、強く、優しい子。
あの子がカールの隣にいてくれて、本当に良かった。
息子の弱さも痛みも受け止めてくれるような、そんな芯のある少女。
もう一人は、リアナという魔術師。
知識を渇望し、時に無謀なまでに真実に踏み込もうとする。
けれどその目は、ただの学者ではなかった。
誰よりも真実に近づく覚悟と、誰よりも“人”を理解しようとする目。
彼女がいなければ、この封印に辿り着くことはなかっただろう。
――誇らしいわね、カール。
母親として、何もしてあげられなかった私の代わりに、あの子はたくさんのものを得て、たくさんのものを失い、それでも歩き続けている。
「私の息子が、ここまで来たのね」
囁くように声を出すと、空気が震えた気がした。
封印の“意思”が、目覚め始めている。
もう、時間がない。
この先、あの子が何を見るのか、何を選ぶのかは分からない。
でも私は信じている。
あのまっすぐな瞳が、決してこの世界を裏切らないことを。
私は、母親としての時間を失った。
けれど、こうして彼を見守れるなら、それだけで幸せだと思える。
もし、最後に一言だけ伝えられるなら――
「あなたを、誇りに思うわ。どんな未来を選んでも、あなたは私の――大切な子よ」
――カール、ありがとう。
あなたが歩んでくれた道が、きっとこの世界を照らす光になる。
たとえ私が、このまま消えてしまっても――その光を、胸に抱いて、生きてほしい。
それが、母としての、最後の願い。




