第46話 ルゥの日記より、黄昏の旅人亭
【ルゥの日記より】
ボクは、ルゥ。フェンリル族の末裔で、今は“黄昏の旅人亭”の裏にある小さな物置小屋を、ひとりで使わせてもらっている。もともとはボロボロだったけど、セリアさんが直してくれて、今では立派な“ボクの城”だ。
……本当は、カールと一緒に旅をしていたかった。
でも今回は、「少し危ないかもしれない。ここで待っていろ」って言われた。
「すぐに戻る」とも言ってた。
けど――もう、2週間が過ぎた。
毎日、朝と夜に宿の外を見に行くけど、カールの姿はない。足音も、あの黒いマントの気配も、まるで風のように消えてしまった。
心配だ。
もしかして、ボクがついていったら、何か変えられたんじゃないかって、そう思うこともある。
でも、カールの目を見た時に、ボクは逆らえなかった。
あの人は、ボクに「待つ強さ」を教えようとしてくれてるのかもしれない。
でも……待つって、つらいな。
とはいえ、毎日泣いてるわけじゃない。
この宿には、子どもがたくさんいる。
ケインっていう6歳の子は、朝からお母さんのお手伝いをしていて、とってもえらい。ちょっと照れ屋だけど、ボクの尻尾を触るのが好きみたいで、よくこっそり近づいてくる。
「それ、ふわふわだね」って、目をきらきらさせて言うんだ。
仕方ないから、特別に1回だけ触らせてあげた。そしたら感動して泣いちゃって、びっくりした。
もう一人、マリーって子は10歳。
毎日散歩に連れていってくれて、花や雲の話をいっぱいしてくれる。
マリーは強い。弟や妹の面倒を見ながら、宿の仕事もしていて、時々「お姉ちゃんは疲れた〜」ってぼやくけど、ボクにはその背中がすごく大きく見える。
この二人は、今のボクの“家来”みたいなものだ。
……あ、もちろん、いい意味で!ちゃんとボクのこと、「ルゥさま」って呼んでくれるし。
ケインがミルクを運んでると、ボクが後ろから「王子よ、その杯を我に捧げるがいい」って言うと、ちゃんと膝をついて差し出してくれる。
マリーは「ルゥ様、今日はどちらに狩りに出ますか?」って言ってくれる。
……うん、演技とはわかってるけど、ボクにとっては嬉しい遊びだ。
でも――やっぱり、どこか胸の奥が寂しい。
夜になると、ときどきカールの声を思い出す。
「無理するな、ルゥ」
「お前はお前のままでいい」
あの低くて、落ち着いた声。
そっと頭を撫でてくれたあの手の感触。
一緒に焚き火のそばで眠った時の、あたたかな空気。
……帰ってくるよね、カール。
ちゃんと、「ただいま」って言ってくれるよね?
ボク、いい子にしてるよ。
宿の仕事も手伝ったし、ケンカもしてない。
セリアさんの言いつけも守ってるし、リアナさんの持ってた変な本も、勝手に開いてない(ちょっとだけ匂い嗅いだけど)。
だから、お願い。
早く帰ってきて――
ボクの大事な“背中”を、また見せて。
あの背中を見てると、怖いものなんてないって思える。
ボクがボクでいられる場所なんだ。
牙も、爪も、耳も、尻尾も、すべて“そのままでいい”って思える唯一の人。
ボクはフェンリルの末裔。
誇り高く、強く、そして……優しくありたい。
それを教えてくれたのは、あなただから。
明日も、宿の前で待つよ。
大丈夫、ボクの“鼻”は覚えてるから。
きっと、遠くの風に、あなたの匂いが混じった時、すぐにわかる。
だから、ボクは信じてる。
“ただいま”って言ってくれるその日まで――
ここで、ずっと、待ってるよ。
――ルゥの日記・黄昏の旅人亭、物置の小窓の下で書いた。




