ミモザの城ーそれぞれの想い・5
パトリスは、見定めるかのように注意深い視線をルナに留めたまま、切り出した。
「実は、剣の稽古の折に『頼みがある』と言われまして」
パトリスのその口ぶりと話の流れで「誰から」と言われなくても、分かる気がした。多分、予想は間違っていない。
黙って話の続きを待つルナにパトリスが伝えた。
「あなたと話したいので機会をくれないかと―――ロベール様が」
「あちらはご身分のある方ですから無下にもできませんし」とパトリスは付け加える。
けれども、ルナの様子を慎重に探るようにしているのは、少しでも嫌がる素振りを見せたら即座に、ロベールに断りを入れるつもりなのだろうと察せられた。
本来から云えば、ロベールの意に反することなど、パトリスの立場としては出来はしない。それはロベールも承知しているだろうけれど、ルナが否と言えばそれ以上の無理は言わないのではないか。そんな雰囲気が伝わって来た。
「ロベール様は明日お発ちになる。あなたと再会する機会はまず無いので」
パトリスがそう口にする。
「だからお話しするように」か。それとも「だからお断りしていい」なのか。ルナがパトリスの真意をその茶色の瞳の内に探していると。
「そんなに見詰めて頂けるとは。ロベール様のお陰で役得ですね」
大人の余裕の見える笑みと共に、腰を引き寄せられて、さらに身体が近付く。ルナが内心慌てていると、小声で伝えられた。
「不器用なロベール様に、少しばかり同情しまして。そこのカーテンの陰にもうお待ちなんですよ。会って頂けませんか。あなたが不快になるようなことが少しでもあればすぐに分かる距離に、控えておりますので」
パトリスの視線を辿ると、束ねられたカーテンの裾から、黒光りする紳士靴の先がのぞいている。
お世話をかけたパトリスが、そうまで言うのならば、ルナには断るつもりはない。
「パトリスさまが、そうおっしゃるなら」
少し背伸びをし、パトリスを真似て耳元で小さく答えると、パトリスの肩が揺れた。
何事かと思うルナに、困ったような微笑を浮かべる。
「―――それで、俺のことが好きではないなんて。あと十日くれたら、どうにかなるかもしれないのに」
ああもうこっちの話ですよ、と言いながらルナのグラスを取り上げ、指先で合図する。
「お待たせしました。ロベール様」
声を掛けると同時に、人影が現れた。
「グラスを返したらすぐに戻ります。お話は聞こえる位置におりますので」
素早くルナに目配せをしたパトリスは、グラスを二つ持ってロベールと入れ替わりでテラスを去る。
望んでパトリスに身を寄せていた訳ではないけれど、離れると肌寒い。ルナは少し捲れていたケープで肩を包み直して、ロベールに向き合った。
眉根を少し寄せたロベールは、口角も心持ち下がっている。パトリスとの会話は一体どこから聞かれていたのだろうか。
その表情からは、とても好意を持たれているようには思えない。ルナはロベールをそっと観察した。
こうして正面から見れば、手入れの行き届いたシルバーブロンドも、アランより濃い青色の瞳も、彼が正統な貴族であると主張しているし、にじみ出る品もある。
ロベールは正しく、自分のような田舎娘がお目にかかる機会などない世界の方だ。
黙りこくるロベールに、身分の低いルナから声をかける訳にもいかない。かといって黙々と見詰められ続けるのも、居たたまれない。
ルナはロベールに背を向けると、あたかも庭を眺める風にして、手摺に両腕を乗せた。
後ろで何かしら小さくパトリスの声がする。それに応じるロベールの小声。
「……少し寒いだろう、ルナ…嬢。これを」
柔らかそうな毛織りのショールをロベールに差し出された。
「そこは肩に男がかけるんですよ!」
舌打ちする勢いで、姿の見えないパトリスが指示を飛ばす。もはや小声でもない。
受け取ろうと伸ばした手を、咄嗟にルナが止める。差し出されたショールとの間に、半端な距離ができて、ルナとロベールは顔を見合わせた。
「あぁ、もう!『どうぞ、ご令嬢』でしょうよ。どうしようもないな」
パトリスの助言は、ほぼ罵倒に近い。複雑な顔をするロベールに、ルナは思わず笑いかけた。
「ありがとうございます。ロベール様」
受け取りながら広げて、適当にひだを寄せ肩から背中へと巻き付ける。一枚あるだけで、本当に暖かい。ルナの肩に入った力も抜けるようだ。
「ああ」
ロベールは固い表情ながらも頷くと、彼の為に少し位置をずらしたルナの隣に、遠慮がちに立った。
ふたり揃って見るともなく、灯りのない暗い庭に目をやる。何が見えるという訳でもない。
「男が話し掛けないで、会話が始まるわけがないでしょうが」
また「天の声」が聞こえてくる。この天は少し口が悪いけれど。耳を傾ける。
「まずは誉めろ。そこからだ」
なるほど。そこからなのかと納得する。
「美しい色のドレスですね」
棒読みのロベールに、ルナは小さく息を吐いた。これでは夜明けまでかかっても、話は少しも進まないだろう。まだ自分の方がマシな気がする。
ルナは、自分の方が年上であるかのような気持ちになった。




