ミモザの城ーそれぞれの想い・6
ルナは天の声を待った。
しかし、パトリスは呆れたか見放したか、黙している。
ロベールは不器用なのではなく、女性の褒め方を知らないほど女性にご縁がないのかもしれない。だとしたら、どれだけ待っても次の会話は始まらない。そうルナは気がついた。
暗い庭は、考えをまとめるのにちょうど良い。
外見がいいからと言って、必ず女性に人気があるとは限らない。王国女性の好みは知らないけれど、目付きの鋭いロベールは「実は女性に避けられている」という可能性もある。
この交流会でも、ロベールとお近づきになりたがるご令嬢は―――失礼ながら―――いなかった。
そこに思い至ったルナは、ロベールが少し気の毒になる。高位貴族であらせられ、外見的にも問題はないように思われる。性格と行動と目付きには難があるものの、誰か彼を好きになる女性が出てくれば、改善されるかもしれない。
僭越ながら。ルナは決心してちらりと横目でロベールの様子を窺った。こちらを向いていたロベールと、すぐに視線がぶつかった。
どうやらロベールは、黙考しているルナをずっと見ていたらしい。「それもどうなのだ」と思うけれど、ひとまずそれは置いておく。
「ロベール様は、本当に不器用でいらっしゃいますのね。小娘の申し上げることで、ご不快にお感じになったら申し訳ございませんが」
無表情のロベールに、ルナは先に断りを入れた。
「ここはドレスそのものを褒めるのではなく、ドレスを切っ掛けにして着ている女性を褒めるところでは?」
美しい色のドレスがあなたに良くお似合い、とか。
そのドレスを着たあなたは一段と美しい、とか。
ルナの人生初の恋愛指南だ。
口を開こうとするロベールを止める。
「私のことは無理に誉めていただかなくとも」
自分の口にした誉め言葉がそのまま返ってきても、嬉しくもなんともない。次の機会に多少なりとも役立ててくれれば、それでいい。
ルナに止められた事で、また沈黙が広がる。
「はい。時間切れです」
姿のないパトリスが告げた。
仕方がない。別れの挨拶はしておきたい。ルナが口を開いた。ロベールは瞬きもせず、彫像のように姿勢良く隣にいる。
「ロベール様、色々と失礼を申し上げましたこと、お詫び申し上げます。どうぞ道中お気をつけて。お元気で」
初日の印象こそ悪かったけれど、その後は問題なく過ぎた。今日あらためて会い、パトリスの言うように不器用なのだろうとも思えるようになった。
お酒の席でのちょっとした行為を責める気は、少しもない。
「美味しいワインをご馳走になり、よい思い出になりました。きっと私のこれから飲むなかで、あのワインが一番美味しいワインです」
パトリスに聞こえないよう小声で言う。
ワインは実際、とても美味しかったし、ワイナリーで最高級の品をルナが今後口にすることなど、絶対にない。侯爵家の誇るワインを尊重する気持ちを、自分の言葉で拙いなりにも伝えられた。
ルナは自分に満足して、微笑を浮かべた。
ロベールがハッとしたように二度三度と瞬きをする間に、軽くお辞儀をして室内に戻る。
「待って」
「待たない」
ロベールの「待って」に、パトリスがきっぱりと「待たない」と被せると、合わせてルナの肩を抱き寄せた。
「機会は作って差し上げた。活かせなかったのは、ご自身ですよ」
パトリスは呆れたように言い、見せつけるかのようにルナを後ろから抱え込む。
何もされていないのだからこの行為は不要だ。ルナがパトリスの腕を「外して下さい」とトントンと叩くと、パトリスは不満そうにしながらも解放してくれた。
テラスから動こうとしないロベールに再び一礼して、出されたパトリスの腕をとり室内へと戻る。
「何もお話になりませんでしたけれど……やはり、好意があるとは、とても?」
思えない。小さく聞くルナに、パトリスは溜め息をつくだけで話には乗ってこない。
ヘザーはと見ると、部屋の一角で供されたお茶とお菓子を楽しんでいるところだった。
テラスでのやり取りは、誰の目にも留まらなかったらしい。ルナは安堵して、肩からショールをはずした。
翌日朝食を済ませるとすぐに、ご令息方は帰宅の途についた。
ルナたち公国側は、順次立たれるご令息全員の見送りに出るわけではないが、侯爵家令息の見送りには暗黙の了解で、残っている全員が立った。
人垣の後ろにいてロベール本人の姿を見ることのなかったルナに、執事長がさり気無く細長い包みを渡す。
「ロベール様からルナさんに、です。ご伝言がございます『宜しければ、いつか当家所有のワイナリーをご案内したい』と」
言われて、紙包みの中身がワインだと知る。もう発ってしまったロベールにお礼の言いようがないと、受け取りを迷うルナに、執事長が重ねた。
「あの方の、精一杯のお詫びでしょう。受け取って差し上げるだけでいいのですよ」
「あなたにお渡しした事は、この度の訪問の礼状に私が付け加えますので、ルナさんはお礼状などはお気になさらず」
執事長の配慮に感謝して、ルナは遠慮なく頂くことにした。
別れを惜しむうちに、残るはコルバン家の人々と公国使節団のみとなった。




