ミモザの城ー恋愛遊戯・4
セドリックの作ってくれた乗馬服は、もちろん正式な狩猟の会などでは着られないが、ルナがそんな場所へ行く機会もない。
いわば野良着の延長で、見たシスターリリーも「これは良い仕事着をくださいましたね」と仰った。
頂いてばかりで申し訳ない気持ちです、とこぼしたルナをシスターが諭した。
「教会への寄進は富める者の義務でもあります。それに『セディ君』は、ルナをまた連れ出すおつもりなのでしょう? ならば必要な装備はあちらが用意するのが当然です」
ルナはまだシスターの境地には達していないが、そういうものなのだ、と理解した。
頂いた馬服は肌の保護も考慮して、厚いゴワゴワとした布地だが、何度も洗ううちに徐々に馴染んでくるからと説明された。
セドリックの凝り性ぶりにも驚いたけれど、ここまで用意されると、どれだけ連れまわすつもりなのかと恐ろしい気持ちもある。が、今のところ、沼地も深い藪も連れて行かれずに済んでいる。
その容貌も含めてセドリックは見るからに非の打ち所のない良家のご子息なのだけれど。
「セディは、昔から凝り性だものね」
納得したヘザーが肩を竦める。
「若君、か。古風な呼び名だ」
アランの声に視線を向けると、すっきりとした顔の口元には笑みが浮かんでいた。
「私ったら勘違いしてしまって。恥ずかしいわ」
「立ち聞きはやっぱりダメね。お行儀も悪いし」反省してしょげるヘザーを、シャルルが「仕方がないですよ」と慰めている。
普段ならばそれはルナの役目だが、今回迷惑を被ったのはルナだ。セドリックの為にもヘザーには反省してもらわなければならない。まずは他所で言われなくて良かったと、ルナは心から安堵した。
誤解は解けたようだし、お茶を差し替えようと立つルナに、アランも当然といったようすで「手伝おう」とトレイを手に立った。
今日のお茶会は、ルナ以上に心得のないヘザーが女主人役を全く果たせず、お茶会の体をなしていない。ルナから見ても、これではもう立て直しようがないと思われる。
「手伝う」と言うアランがあまりに自然で、止める間もなかったけれど、さすがにお客様にそんな事をさせてもいいのだろうか。迷うルナに先立ち、アランはさっさと隣室の炊事場へと入っていく。
慌てて追いかけると、振り向きざまにすっと手首を握られた。吸い寄せられるようにアランを見上げる。
「すべてに納得したわけじゃないが、今日はここまでにしてやる」
思わず見惚れるような微笑から、ルナは目が離せない。
「ルナ」
アランに柔らかな口調で名を呼ばれて、我にかえる。ハッとしてテーブルのシャルルとヘザーの様子を確認するルナに、アランが小さく笑った。
「大丈夫だ。あのふたりは、お互い初恋に夢中だから」
確かにヘザーは初恋だけれど、どうしてそんな事がわかるのだろう? と思いつつも、今ルナにとって重要なのはそこではない。
「アラン様。アラン様と私は、この訪問が初対面です。そんなに親しげに呼ばれては」
困ります。とまでは口にしないが、初対面は強調した。ヘザーとの関係が隠せなかった今、これだけはせめて秘匿したい。ルナは瞳に力を込めた。
「言いたい事はわかっている。だから、そういう使い方をするなと言ったろう? 瞳で語るなと」
心底おかしそうに笑ってアランは、すっと表情を戻した。
「お前が知られたくないと思っているものを、暴いたりはしない」
その真摯な声は、心に染み込んでゆく。「信じてもいい」とルナに思わせるけれど―――話せない事はある。
話は終わった手首を放して欲しい、とアランの手に目を落とす。しっかりとした大きな男らしい手は、ルナの手首を一周してもまだ指があまる。自分の手が、とても弱々しく思えて心許ない。
少し力を込められたら、折れてしまいそうだ。
「そんなに喜ぶのなら、花ぐらい毎日俺が贈る」
何を言っているのだろう? 聞き直そうとするルナが顔を上げかけると、手首が放された。脇をすり抜けるアランの表情は窺えない。
「楽しそうだな。何の話だ?」
戻りながらシャルルに声をかけるアランの背中を見送って、花と聞いたルナは何とはなしにミモザの花のある窓辺に目をやる。
花房の黄色が陽に透けて、辺りに金の光を撒き散らすようだ。
エステレイル様の髪色のような。そして自分の髪色のような。
―――言えないことは、ある。




