ミモザの城ー恋愛遊戯・2
脚の部分にまで植物が彫られた優美な丸卓には、バラの薫りが漂う紅茶の入ったカップが四つ。
公国から持参したスミレの砂糖漬け―――ハリーのいる商会で扱うものだ―――と、薄いビスケットを添えて公国らしさを出した、ということにした。
どちらも他国にもあるだろうけれど、砂糖漬けの甘さとビスケットの薄さは公国好みのはずだ。女主人を務めるヘザーが不足を気にしていないのに、自分だけが拘っても仕方がない。ルナは気持ちを切り替えた。
「ルナも一緒に飲みましょうよ」
ヘザーの提案に「是非」とシャルルが賛成し、アランにももちろん異存はなく、ヘザー・シャルル・ルナ・アランという並びで丸テーブルを囲んだ。
窓辺の大きな花瓶に活けられたミモザを見て、真っ先にシャルルから出た話題が、ルナがパトリスに花束を渡された一件だった。
パトリスによれば、事前に承知しているはずのアランだが「パトリスがねぇ」と初耳であるかのように愉しげな顔で聞いている。
花束を渡された時点でルナは、恥ずかしくていたたまれなかったのに、名乗ったパトリスは周囲の興奮を楽しむ素振りをしていた。
「三日のうちに、あなたを恋に落としてみせますよ」
そう宣言してパトリスは、ルナの頬に触れそうなほど唇を近づけて、派手なリップ音を立て、観客と化したご令嬢ご令息方を煽ったのだった。
ルナにしてみれば、裏にいたのに強引に引っ張り出され注目を浴びてしまった、そんな衝撃だ。そのあと、どうやって部屋まで戻ったのかは記憶にない。
シャルルは気を遣ってか、花を受けとるところまでで話を切り上げ、それ以後を口にしないでくれている。にもかかわらず、思い出したルナは顔から火が出そうで、両手で顔をおおった。
「耳まで赤い」
アランに指摘されて、さらに赤みが増す気がする。
「ルナでも、そんなに照れることがあるのね」
妙なところで感心したヘザーが、くふふと笑う。
何か別の話題に移って欲しい。恥ずかしさのあまり顔の上げられないルナが念じていると、ヘザーが急に真顔になった。
「確かにパトリス様はお強くて素敵だけれど」
ヘザーが愛らしく小首を傾げる。
「セディはいいの? ルナ」
突如、別の特大の何かが、テーブルの上に音を立てて置かれたようだと思った。顔を伏せているルナには見えない何かが。
なぜ、ここでセドリック。「エステレイル様の青い表紙の冊子」を入手するという使命も果たせていない今は、出来れば聞きたくない名前だ。
ルナが赤面を隠していたことも忘れて、ガバリと顔を上げてヘザーを見る。無邪気なヘザーの笑顔は、いつもと同じように可愛い。けれど。
「だって、ルナはセディとお付き合いしているんでしょ」
ヘザーは「私知っているのよ」と言わんばかりに、得意気に言い放った。
シャルルが、二度・三度と瞬きするのが目の端に入り辛い。逆隣のアランの顔は、もはや怖くて見られない。なぜ怖いのかはルナにもわからないけれど、一気にアランの周囲が冷えた気すらする。
「えっと。質問してもいいですか、ヘザー嬢。その『セディ』という方は……?」
ルナにとっては永遠にも思える間をおいて、シャルルがヘザーに問いかける。
「私のイトコよ。伯爵家の長男なの」
何でも聞いて、と胸を張ってヘザーが答える。
「伯爵家のご嫡男であるセディ様と。セドリック様なのかな?」
言いかえながら、細かい事はひとまずそのままに、シャルルが「メイドの」という言葉を呑み込んで、続ける。
「ルナさんが恋仲で、今現在お付き合いをされている、と」
聞き間違いのないようにと、慎重なシャルル。
「ええ。そうよ」
シャルルの慎重さなどおかまいなしに、ヘザーがざっくりと肯定した。
「そのような事実は、ございません……」
呻くような声が出たのは許されたい、とルナは思う。
ヘザーが何を根拠に「ルナはセディと付き合っている」と断定したのかは不明だけれど、まずは正しく否定しなければ。
思うルナにヘザーが含み笑いをする。
ルナにしてみれば、嫌な予感しかしない。
「だって。セディが、ルナにドレスを贈ったのでしょう? 靴も。こっそり『着心地はどうだった?』ってセディが気にしてるの、見ちゃったんだから!」
「『あれは試作のようなものだから、もっと良いものが出来たら届けさせる』とも言っていたわね」
まさか聞かれていたとは。確かに、そんな会話があったことは覚えている。覚えているけれど。驚きすぎて、もはやルナは声も出ない。
「それは……」
絶句するシャルルに、取って置きの秘密を打ち明けるかのように、ヘザーがキラキラした眼を向ける。
「王国をお訪ねするのに失礼のないようにって、ルナと一緒におじい様のおうちで、マナーやダンスのレッスンを集中して詰め込んだのだけど」
……詰め込んだ、はないわよヘザー。さすがに「詰め込んだ」は。お嬢様なのに。そう思っても、今のルナに注意する気力はない。
隣の席から「お祖父様とは、先代レアード伯か」アランの呟きがルナの耳に届く。さすが、参加する令嬢方の家系図は、予備知識として頭に入れているようだ。
なぜ、ヘザーの瞳はあれほどキラキラしく輝いているのだろう。げっそりと削がれた気分のルナは、この後に続くヘザーの発言が恐ろしくて、ぐっと胸を押さえた。




