ミモザの城ー恋愛遊戯・1
午前のダンスレッスン、昼食の後。お茶の時間にアランとシャルルが早速来ることになっている。
ご令嬢とご令息方のダンスを眺めながら、ルナの頭のなかは午後のお茶の段取りで一杯だ。
それでも一応、目はヘザーのダンスを追う。ターンに合わせて裾が綺麗に広がるようにデザインされたドレスは、期待通りにふわりと浮いて、ヘザーの可憐さを引き立てる。
他のメイドも、それぞれに自分の仕えるお嬢様に同じ事を思っているのだろう。鋭くチェックしながらも、その表情は満足げである。
ヘザーから話には聞いていたが、初めて目にする「王国風のマズルカ」は、二人がきっちりと組むワルツとは全く違うものだった。
庶民がお祭りで踊るような、女性パート、男性パートと分かれて続くひとつのストーリーのような、見ていても楽しいダンスだった。
躍りながらの隊形移動も難しいとこぼしながらも、ヘザーには笑顔が絶えない。
ふと気になりロベールはと見ると、初日の尊大さは鳴りを潜め、今は紳士らしく子爵ご令嬢の相手を務めている。
ターンのタイミングで目が合い、失礼のないようさりげなくルナが視線を外すと、ロベールに傷付いたような表情を浮かべられた。瞬時に肩まで落としたように見えて……ルナがまるで悪いことをしたような気分になる。
「では、今日はここまでに致しましょう」
声がかかり、ピアニストが鍵盤から手を下ろすとレッスン終了の合図だ。
ご令嬢方は、淑女らしくお互いのパートナーと笑顔で挨拶を交わしている。当初の緊張も薄れ、皆本来の良さを出せているようだと思いながら見守った。
三日目ともなると、何となく気の合う相手が固定されてくるもので、ヘザーはよくシャルルの名を口にする。
今もシャルルと手を取り合ったまま、ふたり笑顔で何かしら楽しげに話している。
シャルルはアランと違い眼は榛色だが、陽に透けるような金髪は同じだ。
優しく美しい少年と、おっとりして可愛らしいヘザーがうまく行けばいいと、ルナはお姉さんぶって目を細めた。
「ヘザー嬢は恋のお相手を見つけられたようですね」
いつの間にか隣に立っていた男性が、にこやかにルナに話しかける。
「はい。だといいのですけれど」
「誰だろう」ルナが少し見上げる程の背丈の男性は、見覚えのある護衛のひとりだった。
そう言えばとルナはヘザーに聞いた話を思い出す。
ロベールを負かしたのは、茶色の髪にルナに似た灰色の瞳の若い護衛だと。今となりに立つ男性は、まさにその色合いだ。ロベール様を「こてんぱん」に負かしたのはこの方だろうかと、ルナを見下ろす灰色の眼をルナも見返した。
「では、ルナさんは?」
唐突に尋ねられた。意味が分からず小首を傾げる。
「王国の男は、お気に召しませんか? 例えば私など」
キレイに並んだ白い歯が見える程の大きな笑顔で尋ねられても、ルナには戸惑いしかない。
「どうか、お受け取りください」
男性が後ろ手に持っていたミモザの花束を、ルナに差し出した。一抱えもある枝つきの黄色の花束は、ルナの腕からこぼれ落ちる程の大きさだ。とても抱えきれそうにない。
勢いに呑まれて、ルナが思わず受け取ってしまうと、部屋のそこここから「きゃあ」とか「うおっ」と冷やかし交じりの声と、本気のどよめきが伝わってくる。
「アラン様の許可は得ております」
笑みを崩さないままに周囲の声に紛れさせて、青年はルナに小声で伝えた。
それで、この彼が図書室で執事長の言っていた「虫除け」なのだと思い至る。
侯爵家ご令息のロベール様を「虫」扱いはいかがなものかと思うが、そもそもメイドである自分が虫の寄る「花」であるとは、思うだけでも図々しいにも程がある。
そんなことは百も承知で、お断りをしようとしたものの「虫対策は交流会を瑕疵なく終わらせる為の安全策ですので」と執事長に押しきられた。
しょせんルナでは、執事長に意見するなど無理な事だ。男性を「虫」と例えるのは、王国流の機知なのだろう。ということにした。
「先手必勝。他の奴らに取られるといけませんからね」
青年らしく屈託のない笑顔を見せられて、お芝居だとわかっていても、ルナの顔が意思に反して上気する。
笑顔に射抜かれたのは、ルナだけではなかった。
壁際に控えるメイドからは、悲鳴が。ご令嬢からは自分たちが照れたような、歓声が。なぜかご令息からは称賛の声が、上がる。
男子は、強い先輩に憧れるという。ロベールの剣を軽くあしらったこの方はその枠なのだろうと思う。
ルナは今まで、壁際で控えて来た。自分で望んだ訳でもないのにいきなり、部屋の中央へと連れ出されたような気分だ。注目を浴びるのはいたたまれない。
余計なことでも考えて意識をそらさないと、恥ずかしさのあまり花束を放り出して、一目散に逃げ出しそうだ。
「名乗ることが遅れました」
「失礼ながら、パトリスと申します。
どうぞトリッシュとお呼びください。可愛い方」
左胸に右手を当てて、まるで騎士が貴婦人にするかのような姿勢を取る。
大人の余裕が存分に漂い、ルナはもう一杯一杯だ。
どよめきの大きくなる室内で、ルナはいっそ気を失ってしまいたい……と思った。




