ミモザの城ーコルバン家の男達
ルナのほぼ完璧な王国風の発音。国境に近い土地で暮らす者ならば不思議はない。
また、逆に出身が王国であってもおかしくはない。
執事長には疑念がもうひとつある。
「お名前も本名かどうか―――その髪色も」
本来の金色を、着色してくすませているのではないか。アランも今考えているであろう事を口にした。
ずいぶんと話し込んだような気がする。執事長はアランが口を開くのを待った。
「俺がいくら知りたいと望んだとしても、お前が隠そうとするならば、意に反して暴いたりはしないと約束する―――心配するな」
アランは執事長ではなく、眠るルナに話しかけた。もちろん返事はない。
「寝言に、以前にも『騎士さま』と呼ばれた」
聴かせるともなく口にしたアランの一言に執事長が、微動した。
執事長にしてみれば「寝言ですと?」と、問い質したいところである。寝言を聞くような状況など、想像するのも恐ろしいが、ルナとアランを見るに「睦言」ではないのだと判断して、発言を控えた。
「興がわいて『お前の騎士はどんな男だ』と聞いてみた。金の髪に青い瞳だと言っていた―――髪を黒くしている俺に」
「騎士に命を懸けてまで守られたくはない。死してなお探し求めたりして欲しくない、とも言っていたか」
アランの問わず語りが、逆に室内の静けさを際立たせる。
「泪は見えなくても、全身で泣いているかのようだと思った」
ルナの髪に絡めた指を毛先まで通したアランは、そっと髪を背中に流した。
茫然とアランを見つめる執事長に、珍しいなお前のその顔はと言い、ゆるゆるとアランが笑む。
「お前達が、ご先祖の物語を飽きるほど繰り返し俺に聴かせたせいで、もうすっかり俺の記憶のようになってしまっているが」
一旦、言葉を切る。
「一族に久しぶりに生まれた金の髪に青い目の俺の城に、エステレイル様のこの城に。俺がいて。もしルナがエステレイル様と同じ、金の髪美しい紫の瞳だとしたら、それに意味はあるのか?」
執事長には言葉がない。
「お前は誰で、何を知っているのだろうな。信頼を勝ち得たら、いつかその口から話してくれるだろうか」
ルナの柔らかな頬に目を落としながら語りかける。
「今度こそ、俺の手で守らせてくれ」
アランの言葉に応える声はなく、願いは日にとけて消えていく。
しっかりと閉じられた瞼の内にある瞳は灰色で。紫ではないと分かっていても、自分たちはじっと見詰めてしまうのだろうと、執事長は思った。
そろそろルナの目覚める頃だ。
ピクニックはとても楽しかったらしい。「今度はルナも行きましょうよ」とご機嫌で戻ったヘザーは、この交流会ですっかり親しくなったご令嬢方と、公国でもピクニックへ行く約束をしたのだと、ルナに話した。
図書室で執事長と長くお昼寝をしてしまい―――もっともルナが目覚めた時、執事長はまだ眠っていたが―――その間にヘザーの部屋が、三階から二階へと移されていた。
ドアに不具合が出たせいで、古い建具はすぐに修理が出来ないという理由だったけれど、二階の客室は明らかに分不相応な広さだ。
恐らく上位貴族用だと驚いたルナが、執事長の顔を見れば「警備の都合もありますので」と、辞退の申し出ををやんわりと止められた。
簡単な炊事場までついており、湯も沸かせるようにとキッチンメイドが既に準備済みで、今後は水も不足の無いよう十分な量を運んでくれるという。
「いえ、ルナさんの為というわけではなく。どうも当家のご兄弟は揃って、公国に多大な興味をお持ちの様子で」
ルナがしきりに恐縮するのに対して、執事長は穏やかな口調で応じた。
「公国風の午後のお茶の時間を過ごしてみたい、と我儘を言い出す始末でございます。部屋で湯が沸かせますと何かと都合が良いので、勝手を致しました」
言い出すと聞かないのですよ、と執事長は苦笑を浮かべた。「特に兄の方が」と聞こえたのを、ルナは聞き流す事にする。
「急なことですので、極々簡単にお茶だけで構いません。お引き受け願えませんか」
上級使用人である執事長から、これほど丁寧に頼まれては―――そうでなくとも―――勿論お断りは出来ない。
「お返事は、お嬢様にお伝えしましてから」と体面上言ったものの、ルナも執事長もヘザーが断るとは少しも思っていない。
そのまま、明日の「午後のお茶会」の始まりの時間に話は移った。
お茶会を「急なこと」にしたのは、執事長の配慮だろうとルナは思っている。
時間があればあるだけ、お菓子からテーブル装花に至るまで伯爵御令息を迎えるに相応しい準備を、したくなるし、またしなければならなくなる。
正直なところ、きちんとしたお茶会の準備と補佐など、お客様が二人でもルナには荷が重すぎるし、ヘザーにお茶会の女主人役は―――失礼ながら―――とても務まるとは思えない。
執事長はそんな事は先刻承知で「お客様にわがままを言うのはこちらなので」と言ってくださるのだ。額面通りに取ったふりをしながら、ルナはその心遣いに感謝した。
公国風のお茶会と言えば、お菓子だけではなく軽食も用意するのが通常。それを極力省いた「ごくごく簡単なお茶会」は明日の午後。
午前のダンスレッスンと昼食の後。午後のお茶の時間に、移ったばかりのヘザーの部屋をアランとシャルルが訪問する、と決まった。




