ミモザの城ー王国の御令息・3
掴んだグラスを目の前に出されて、ルナは反射的に受け取った。
……もう呑むしかない。一口含むと、思ったより大丈夫そうだと感じた。
「どうだ?」
「美味しいです」
聞かれて素直に答える。
具体的に言え、とロベールに言われる。
少し考えてルナは「木の実のような香ばしさと、乾燥させた果物のような味わいがある」と、食べたことのある物に寄せて答える。
それで正解だったのかロベールは満足げに頷いた。
「うちのワイナリーの当たり年のものだからな」
さぁ飲めと勧められて、二口三口と、口にする。
「どうだ」と再び聞かれても、飲酒経験に乏しく他と比べようがない。
「今まで飲んだ中で一番美味しいです」
ルナが答えれば、
「メイドの飲めるようなワインじゃないからな」
と得意気に言い、手に持つグラスを空にした。
すかさず執事長が、なみなみとワインを満たす。
いっそ酔い潰してしまおう、という意図がみえる。
ルナも全面的に賛成だ。
ここは気分良く過ごして頂き、飲む早さを上げさせたいと下心が芽生えるのは許して欲しい。ルナは仕事用の微笑を浮かべた。
「侯爵様はワイナリーもお持ちでいらっしゃるのですね」
「そうだ。王国で最高級品を作るワイナリーだ。村ひとつが全員、うちのワインを造ってる。子供の頃はよく行って葡萄畑で兄と遊んだものだ」
子供の頃ってまだ十七でいらっしゃるのに。
印象の悪いこのご令息が兄と葡萄畑で遊ぶとは。
ルナからつい素の笑みが出た。
「お前、なに笑ってんだよ」
咎められて、急ぎ表情を戻す。
「ラベルなども、きっと特別なのでしょうね」
ルナが呟くと、ロベールの指先だけの合図で、テーブルにすっとボトルが置かれた。執事長は見事に邪魔をしない。ルナはそこにも感心する。
「さ、どうぞ。お注ぎしましょう」
ワインボトルを手に、ルナは初めて自分からロベールと目を合わせた。
椿館のお姉さん方からの評価も高い「仕事用の笑顔」を作る。
椿館ではさんざん、お姉さん達が紳士にボトルを空けさせるのを見てきた。早くロベールを酔い潰して、部屋に戻りたい。
これだけ出来上がりかけているロベールの仕上げくらいならば、自分でもできるはずだ。ルナは、腹をくくった。
ロベールの幼い頃について、ルナが当たり障りのない質問をすると、ロベールはいかに兄が素晴らしいかを力説した。
兄弟がいないのでうらやましいです、とルナが言えば、心から気の毒そうな顔をする。
今まで良い印象などひとつもなかったロベールも、根っから悪い人ではないのかもと感じるけれど、迷惑な事に変わりはない。笑顔を維持しながら、せっせとワインを勧めた。
ボトルの残りがあと二杯分になる頃、ロベールの飲む早さが鈍った。
しばらく前から言動がおかしい。
「お前の指は細いな」
なぜ自分は指を取られている? ロベールに。しかもロベールのもう一方の手は、先ほどからルナの膝を撫でている。
ひきつりそうな顔を何とか笑顔に保ち、膝に乗るロベールの手を慎重に握った。後ろから執事長の視線を感じるが、ルナは今それどころではない。
握ったロベールの手をさりげなく自分の膝からロベールの脚へと返し、そのまま別の会話を続ける。適当なところで、自分のワイングラスを取る為と見せてロベールの手を離す。
自分も飲み、ロベールにもグラスをあけさせ、やっとボトルが空になった。
ルナはグラスに二杯と少し。他は全てロベールが呑んだはずだ。
ロベールは少し呂律も怪しく、熱っぽい眼になっているので、もう出来上がっているとみていい。これは何と声を掛けてお暇しようかと、ルナが思案していると。
「空になったな」
都合よくも、ロベールから切り出した。
「なりましたね」とルナも合わせる。
「まだ夜は長いな」
ロベールが確認するように、ルナの手首を握る。
まさかの三本目は、遠慮させて頂きたい。ルナの腰が見てわかるほど引ける。
「ですけれど、私そろそろ」
明日も早いですし。やんわりと三本目を断ろうとするルナに。
「俺の部屋へ行くか」
ロベールが聞いた。
俺の部屋……飲み直し……というより、それは危険とルナの頭のなかで警鐘が鳴り響く。呑み直す誘いではない、きっと。これは、たぶん。いや、絶対。
こんな子供相手に何を。しげしげとロベールを眺めて、ルナは只今設定十六・七歳だったことを思い出した。
えっと何でしたっけ。うまく切り抜けるのがメイドの技量? ロベールにじっと見詰められて、顔に朱が差すのを感じる。これは良くない。勘違いを助長すると、ルナは焦った。
「お前も期待してるのか」
手首を這うロベールの指に肘まで撫で上げられて、ルナの肌が粟立つ。
「お放しください」
嫌気のあまり掠れる声を、何と思ったのかロベールが喉の奥で笑った。
「さっきから思ってたんだ。お前、意外とキレイな顔してるよな」
酔いに充血した眼が熱を孕んで見える。少し前まで、全く感じさせなかったのに、どこから急にこんなことに……ルナは落ち着きを失った。
今、公国のメイドの実力が試されている。などと思う時点で、現実から逃げている気がするけれど、そうでもしなくては、やっていられない。
落ち着かなくてはと思っても指先が震える。突然、思い出した。こんな時にこそのおまじない。
「助けてグレイス!」心の内で、ルナはすがるように叫んだ。
「も、いいよ、ここで。移動するのも面倒だ」
動けないでいるルナにロベールが言い放った。




