ルナの帰還・4
「ミレディのその服はよく出来ているな」
温泉街とルナの住む町の間にある山の中を、レオンがルナの手を引きながら歩いている。レオンの云う「その服」とは、レアード伯の嫡男セドリックからルナが渡された「助手の制服」のことだ。
「はい。領主館の裏で学術調査の手伝いを頼まれた折りに、装備品として頂きました」
歩く速度は、おそらく普段のルナよりも少し早いが、手を引けば無理なくついて来られる。レオンはそれとなく観察しながら、調節した。
レアード伯の領主館の裏。丘の上に砦跡があり、現地調査をする若君の助手をしたのだと、ルナが説明する。レオンは、ルナのフード付のマントと編み上げブーツを見やって納得した。きちんと革手袋もしている。
「シスターリリーに袋ごと渡された時には、今日の為に作ったかと思ったが」
つい苦笑すると、ルナも小さく笑みを返してきた。
「まさか、そんな。若君は、また助手を依頼されるおつもりのようでしたが……お話しがあればお受けしてもかまいませんか?」
来春には、ルナの住む町にレオンが仕事の拠点を移し、住み込みのメイドとして留守番と管理をルナが請け負うことは、シスターリリー同意のもとに決定している。
町を拠点としての出張が多いため、メイド仕事は大して忙しくもないだろうと、短期の仕事は今まで通り好きに受けて良い、ということにした。
もちろんシスターの許可を得る必要はあるが。今迄通りルナの仕事の請け負い窓口は、シスターリリーだ。ならばレオンには何の異存もない。
「ミレディの好きにするといい」
レオンが穏やかな声で応じた。その調査は楽しいのか、と問う。
「知らない場所や、見たことのない物を見るのは楽しいです」
ルナが微笑した。椿館から離れるほどにルナが年相応に子供らしくなるのを感じて、レオンは軽く安堵した。
話しながらも巡礼道を同じペースで進んで行く。所々に石畳があることで人の手を感じさせるが、道の大半は両側から草が押し寄せ、分かりにくい。シスターリリーの的確な説明が無ければ、レオンにも迷わず山を越えられる自信はない。
同じ「能力者」として、能力持ちの技術は知っているが、アイアゲート女史は底が知れない。やはり、極めて優秀な上司が信奉するだけのことはある、とレオンは舌を巻いた。
「ミレディ。春になったら、オスカーの墓所を訪ねてみないか」
このところずっと考えていた提案をする。まだ埋まりきらない記憶を呼び戻す一助にと云うより、旧友に成長したルナを会わせたい気持ちが強い。
「でもオスカーは墓になんか居ないでルナちゃんの胸に下がる指輪にでもくっついてそうだけど?」というのが、ハリーの意見だが。
同じ精神系の使い手同士、何かしら感じる処があるのかも知れない。その手の事が不得手なレオンは、それ以上の深掘りは避けた。仕事の都合がつけばハリーも同行するという。
レオンの目の端に映るルナは、躊躇う表情を見せた。レオンの待つことしばらくの後、小さな声が訊ねる。
「私が行ってもいいのでしょうか」
「無論だ。オスカーは喜ぶだろう」
レオンの即答にルナは息を吐いて、きゅっと手に力を込めた。その手を握り返してレオンは周囲に気を配る。温泉街を出てから此処まで誰にも会わず、別段問題もない。言われた通り事が起こることはないようだ、と判断する。
「演習」についてレオンがひとつ変則だと思うのは、酒場でルナと居たという特別客の従者だ。しかしルナに確認しても酒場の主人と似たような感想で、気になる点はない。
娼館の客についても目ぼしい情報は得られなかった。客の正体についてマダムカメリアと名乗る女主人と、アイアゲート女史は察している様子だ。
上司であるジャスパー大佐はどうだろうか。今回の自分の報告から、同じ人物を思い浮かべる事が可能なのか。自分には影すら掴めない「特別客」。
「レオンさま。ここから先は、私わかります」
雇用主になると決まって「レオンさん」から「レオンさま」に呼び方を変えたルナが一歩前へ出た。
けじめだと言い張るルナに「さん」で構わないと言ってもきかない。その内に戻すよう雇用主として命じようとレオンは思っているが、しばらくはこのままだ。
「私がご案内いたしますね」
指先に力をこめふわりと笑むのが愛らしい。
レオンの目には、ルナが会うたびに娘らしくなるように映る。「子供はすぐに大きくなってしまうのよ」だからもっとあなたの姪の世話をしにいらっしゃい、と子守を押し付けようとしていた姉の日に焼けた顔を思い出す。
レオンの生まれは漁師町で、姉は父を手伝って実家の切り盛りをしている。勝手を言って跡を継がないレオンを、父母をはじめ姉も義兄も気持ちよく送り出してくれ、何時でも温かく迎えてくれる。
それがどんなに有り難いことか、大人になって気が付いた。
この辺りはシスターと一緒に見に来たので。と言いながら少し得意気に半歩先を歩くルナの手は、レオンとまだ繋がれている。
本人は手をつないでいるつもりなのだろうが、いつの間にかレオンの指を握るような形になっている。
子犬が自分の大きさを理解せずに、人を先導するようなものだな。レオンはルナにそれと知られぬよう笑みを噛み殺した。
知らない場所や見たことの無い物を見るのは楽しい、と言ったルナに、まだ見たことのないだろう海を見せてやりたい。
ルナを連れて帰ったら、姉と姪はどんな顔をするだろうか。ルナの横顔を見ながらレオンは、そう遠くない将来に海を見せてやろうと決めた。
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ここで「椿館」編は終了です
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