椿館の娘ロージー
椿館は、ルナの住む町から馬車で二時間ほどの温泉街にある。
湧いている温泉は、古くは兵士が戦いの傷を癒したと伝えられおり、今も美肌になる、皮膚病に効く、体の疲労を取るなどと言われている。
この温泉街には富裕層の滞在する宿から、庶民のための宿、公衆浴場まで揃い、公国では知られた保養地だ。
マダムカメリアが経営する椿館は、富裕層の紳士の為の「娯楽施設」だ。
館の一階が温泉浴場、ショーを観られるレストラン、バー。二階・三階が客室。最上階いわゆる屋根裏部屋が、従業員達の部屋というよくある造りの館である。
椿館の女主人マダムカメリアが、隣国出身ということもあってか、他国からの客も多い。そのため、もてなす側の従業員の出身地も多様に揃えられている。
この椿館で一番の売れっ子の花形嬢は代々「ヴィオレッタ」と呼ばれるしきたりで、過去には爵位持ちの後妻におさまったヴィオレッタ嬢もいて、当時は大いに話題になった。
年の暮れまであと一ヶ月と少し、秋も深まった頃にルナとロージーは椿館へ働きに来ていた。
紳士の社交場―――つまりは娼館―――になぜ、と問われれば「ロージーの実家のようなものだから」と答えるべきか。
ロージーを産んだ女性は旅回りの踊り子で、他の芸人と一座を組み各地を興行しながらロージーを育てた。
仕事で出会ったマダムカメリアと気が合い、椿館を拠点にして出稼ぎに行っては戻るという数年を経て、ある時戻らなかった。
仕事で他国と公国を往き来している人の話では、隣国のレストランで踊っているらしい。傍らには男性―――ロージーの母よりもかなり若い―――がいたと聞けば、自ら望んで行ったきりなのだとわかる。
置いていかれた形のロージーは二年ほど椿館で育ったが、八歳になる頃にシスターリリーの元へ預けられた。
初潮を迎える前の売春は禁じられている。にも関わらず高値でロージーを買いたいという客が何人も出て来て、断るマダムが面倒になったためだ。という話を、ルナはロージーから直接聞いた。
ロージーは下働きと里帰りを兼ねて、しばしば椿館を訪れているが、繁忙期の今はルナも頼まれて、ロージーと共に女中仕事を手伝いに来ている。
日が落ちてすぐのこの時間は、日中に狩りや野歩きを楽しんだ紳士方が温泉で疲れを取り、着替えて椿館へ繰り出す仕度をしている頃だ。
合わせて椿館も客を迎える準備をする。
ショットグラスをピカピカに拭きあげてはカウンターの後ろに並べながら、ルナはショーのリハーサルを見ていた。
行楽シーズンで、常連客よりも観光客の多い今月は、レストランだけの利用客もある。お客を楽しませるショーは、奇術やら軽業やらを旅回りの一座が担当し、その合間にロージーの踊りが挟まれる。
今も頭に金色の飾りと薄く透ける紅色のヴェールを着け、共布で口元を隠したロージーが舞台で踊っているところだ。
上着は腰が完全に見えてしまう丈で、しっかり見える形のよい臍にも金の飾りが嵌まっている。豊かな胸と引き締まった腹部、薄絹のスカートの切れ込みからのぞくむっちりと肉付きのいい太腿を見せつけて、黒く縁取りをした目で魅惑的に誘いをかける。
腰に巻き付けた飾りをシャラシャラと鳴らしながら、素足で踊る。煽られた紳士はつい娼婦のお姉さんと共に二階へ上がってしまうという仕組みだ。
マダムカメリアによれば、ロージーのダンスの才能は母親譲りらしい。
あれで十二歳とは思えないと言うか、同じ歳には見えない。と、ルナは感嘆のため息を漏らした。そうは言っても、この館ではルナも施された化粧のおかげでとても十六歳未満の未成年には見えない。
唇は、普段なら使わない真紅で彩り、輪郭を大きめに取った。頬も軽く上気したかのように紅で仕上げている。
この化粧ならば、薄暗い室内でルナと接した客が町でルナに会っても同一人物と知れることはない、とマダムカメリアは太鼓判を押した。
髪は三つ編みにしてまとめ上げ、顔と手首から先しか肌の見えない黒いお仕着せを着れば、ルナの年齢は見事に不詳だ。
業界でもやり手として名が知れているマダムは、娼婦からコック給仕、女中、下働きの男に至るまで見事に取り仕切り、ルナにはマダムとは正反対の職業に思えるシスターとも友好関係にある。
「何事も勉強ですよ」
シスターリリーは、何時もの穏やかな笑みでロージーとルナを椿館へと送り出してくれた。
「あ~、疲れた。ねぇお水ちょうだい」
稽古を終えたロージーが、カウンターに腕を投げ出してねだった。水差しからレモン水をグラスに注ぎ、ルナが差し出すと一気に飲み干す。
「どう? 私の踊り」
「すごかったわ。目のやり場に困るくらい」
ルナが正直に言うと、ロージーは目を細めてねっとりと笑った。
「そりゃそうよ。そう見えるように踊ってるんだから」
「その衣装であんなダンスをしてたら……悪い殿方に襲われそう」
胸は寄せられるだけ寄せて谷間を強調し、お腹は丸見え。足首にまでかざりを巻いている。同性のルナでさえ、ちょっとその足首に触れてみたくなる。
「襲われる? そんなの―――蹴り上げてやるわ」
勇ましいロージーの言葉に、「どこを」と聞くのは止めた。
ロージーならためらいなく、最強の一撃をお見舞いすることだろう。元の原因は無駄に煽るロージーなのに。それはそれで不埒な紳士が少し気の毒に思えて、ルナは頬を緩めた。
隣でなぜか胸を張るロージーもつられて笑い出す。
お客が入るまで、あと少しだ。
お読みくださりありがとうございます
娼館ではありますが、ルナの仕事はメイドなので
今回「売られちゃったり買われちゃったり」は
ございません。
とは、先に言わない方がいいのでしょうか?
どうぞ続けてお楽しみください




