後期祭ー騎士の姫君・2
「若君」
先頃騎士と出会った時と同様、食い入るように姫君を見つめているセドリックの横顔に、呼び掛けた。
「あまりに上手く行きすぎて……びっくりして」
セドリックの返事に、そうだろうとルナはうなずいた。セドリックは、「姫君は丘の上のいるけれど、何らか妨げがあり騎士に会うことが叶わない。僕らなら会うことが可能かもしれない」と考えていたのだから。
まさか、こんなにあっさりとお目にかかる事が出来るとは嬉しい誤算だ。
「声をおかけしましょうか?」
セドリックと手を握りあったまま、ルナは姫君の横たわる岩の脇、土に両膝をついた。手を伸ばしても触れることのない距離。集積した光が散ってもなお、姫君の周囲は他より数段明るい。
「……姫君、エステレイル様」
健やかに眠っているように見える姫君の表情は、ルナの呼びかけにも、何ひとつ変化はない。
ルナは膝をついたまま、振り返ってセドリックを見上げた。
「なに?」
ルナの顔から何かを読み取ったようで、セドリックが困惑した表情を浮かべた。
ルナは思い付いたことを、そのまま告げる。
「若君は、女の子向けの童話などお読みになったことはありますか?」
セドリックの困惑顔に警戒の色が重なる。
「白雪姫も眠り姫も、目覚める方法は同じ・です」
ルナの言葉に目を丸くして後ずさりしそうになるセドリックの手を、させじとルナは引っ張った。
「もう、おわかりですね? 若君」
「いや」
言葉とは裏腹に、狼狽し泳ぐセドリックの瞳が「予想はついた。まさか・まさか」と、雄弁に語っている。
「そうです。『王子さまのキス』です」
ルナは必要以上に高らかに宣言した。
セドリックが目に見えて慌てふためく様がおかしくて、ルナはあえて生真面目な顔を崩さないでいる。
「いや、それは……よそう」
明らかにセドリックの腰はひけている。
「若君」
「だいたい失礼だ。知らない男にいきなりキスされるなんて、姫君から見れば災難だ」
「若君?」
「世が世なら、僕の首が飛ぶ。……いや、今でも飛ぶかも」
「若・君」
大きく息を吐いて「勘弁してくれよ」と言わんばかりに、セドリックが空を見上げた。騎士と遭遇した夜より月は朧で、ぼんやりとしている。
「君の目の前で、女の子にキスしなくちゃいけないなんて、どうしたらこんな羽目になるんだろう」
「わ・か・ぎ・み」
とうとう笑いを堪えきれなくなって吹き出したルナに、セドリックが恨めしげな眼を向ける。
「君が騎士にキスをされたからって、僕にふることはないだろう」
「されていません」
ルナは、さらりと否定した。騎士に「目を閉じて」とは言われたが、キスはされていない。その証に、別れの時の唇にはなんの感触もなかった。
「え?あれはどう見ても。……そうか、もう消えかかっていたから……僕が見せつけられただけなのか」
独り言めいたセドリックの呟きに、ルナが被せた。
「これだけ私達が近くで騒いでいるのに、姫君はお目覚めにならないのです。やはり、ここは」
「助手君は無視しているようだが、そもそもの前提が間違っているのはいいのか? 僕は『王子様』ではなくてただの領主の息子なのに」
ぼやきながらも、徐々に諦めのついてきたらしいセドリックは、光りに包まれた姫君に目を移す。
「家族の頬にしかキスなんてしたことはないのに。まして、寝ている人にしたことなんてない……」
ルナは目で「どうぞお早く」と促す。自分だって、唇にキスなんてしたことがない。やり方なんてわからない。
ルナの隣からでは、姫君まで遠すぎる。セドリックは「失礼する」とまるで淑女の部屋に入るかのように丁寧に一礼し、岩の上に片膝を乗せた。
姫君の顔の横あたりに肘を着き手で自分の体重を支えながら、セドリックが姫君に体を寄せる。
息を呑んで見つめるルナにその姿勢から、
「頬でいいかな……」
困り顔で視線を飛ばし、なおも聞いてくる。
「白雪姫も眠り姫も。みな、唇でした」
一片の期待も持たせないよう、きっぱり言い切る。
「本当に、君は―――悪魔め」
いつもの「絵に描いたような見事な」御令息ぶりとはかけ離れた言葉を、聞かなかったことにしてあげようと心に決めたルナの眼前で、ほんの一瞬、セドリックの唇が姫君の唇に触れた(ように見えた)。
セドリックが慎重に姫君の上から身を起こし、岩から下りてルナの隣まで戻る。
二人で固唾を呑んで、瞼を開けない姫君を凝視する。
―――まるで変化がない。
セドリックがルナを見、ルナがセドリックを見る。
これではお伽噺と違い過ぎる。上手くいかなかった理由をルナは考える。
姫君を目覚めさせるのはいつだって「王子様」のはずだ。確かにセドリックは王子ではないけれど、「王子様」が血筋のことだとは思えない。他国の王には、生まれながらの王ではなく、平民から成り上がり国を盗って「王」を名乗る者もいる。
それに比べれば、よほどセドリックのほうが「王子様」らしい。
そこらを歩いているわけではない王子様を、ここにお連れするのは不可能であることだし。
別の理由を思案して……ルナは思いついた。
「短すぎましたか……一瞬過ぎてキスだと認定されなかったのでは?」
セドリックは、信じられない生き物を見る目付きをルナに向けている。しかし怯まずにルナは口にした。
「若君。もう一度」
―――くすくす クスクス―――
どこからか、可笑しくてたまらないというような笑い声が聞こえてきた。
我慢していたのに、つい笑いだしたらもう止まらない。年頃の少女らしい、そんな笑いかた。




