後期祭ー騎士の姫君・1
「あの、若君……」
「なに? 助手君」
片手にランタンを持ち、もう片方の手でルナの手を引くセドリックに、ルナは遠慮がちに声を掛けた。
狩猟用ジャケットと助手の制服に身を包んだ二人は、暗いなかを、レアード館の裏庭を通り抜けて丘上の砦跡に向かって進んでいた。
「藪のなかを行く、と聞いていたのですが」
セドリックの背中にかけるルナの声には、戸惑いが混じる。藪を歩くための装備でルナはフードまでかぶり、ブーツも履いて準備は整っている。
にもかかわらず、二人が歩いているのは、人が楽に通れるよう切り開かれ、足元も踏み固められた小道だった。
聞いていたのと全然違う。藪はこの先にあるのだろうか?
まるで昨日今日整えられたかのように、横から飛び出す草木もないこの道なら、ピクニック用の服でも問題は無さそうにルナには思われる。首をかしげていると。
「うん」
セドリックは肩越しに視線だけ寄越した。
「お祭りの後、ひとりで昼間に行ってみようと思ったら、とてもじゃないけど藪が繁りすぎてて通れなくて。お祖父様に『歴史の勉強の為に史跡を訪ねたい』とお願いして、下男に道を作ってもらったんだ」
何でもないことのように言う。
「一週間もかかったけど、おかげで登りやすい」
良い笑顔を見せるセドリック。それは歩きやすいはずだと、ルナは納得した。
先代伯は、全ての使用人に午後から暇を与え、「明日の昼過ぎまで戻らなくて良いから家族と過ごすように」と申し伝えたそうだ。
館に残った先代伯夫妻も「今夜は早くに休む」と、わざわざセドリックに伝えてきたと聞けば、セドリックとルナの夜の行動を知っているとしか思えない。
ルナがそう指摘すると
「お祖父様が何も言われないってことは、お祖父様が『知らない』ってことと同じだから、僕達が気にする必要はないよ」
セドリックは清々しいまでに、言い切った。
先代伯は、若かりし頃から階級差を気にせず、友人に会う為に町に来ていたたという。孫息子と庶民が行動を共にするのも、ある程度は黙認するつもりなのだろうとルナは推測した。
堂々と荷物を部屋に置き、使用人が喜んで出掛けた後の人気のない館で、セドリックとルナは、夜まで打ち合わせと称してとりとめのないお喋りをして過ごした。
ハムとチーズとパンで夕食を済ませた後、とっぷりと日の暮れた頃に、丘の上の砦へと続く道を辿り始めた。
「セディと呼べばいい」「それは難しい」攻防を経て、人ではないモノの前では名前を呼び合わない方が良いだろうと話がまとまり「若君」と「助手君」に落ち着いた。
セドリックに「人ではないモノに名前を聞かれても教えない」「万一名前を知られていて呼ばれたとしても返事をしない」と念を押され、ルナは「しない」と誓わされた。
三十分ほど登り坂を歩き、目的の砦に着いた。
暗いなかでは色ははっきりしないが、濃灰色と白灰色の石が崩れて積み重なっている。
二百年近くの間に、石組の隙間に木の根が入り込み崩壊を手助けしたらしく、石を包み込むように木が伸びている。
セドリックはルナの手を離すと、ポケットから紙包みを取り出し中身をランタンにくべた。セドリックお手製の反魂香というものだ。あたりに嗅ぎ慣れない香りが広がる。
再びセドリックがルナの手を握り、慎重に足下を確かめながら、崩れ落ちた石壁の内側に足を踏み入れた。
昼間に何度も下見に来たセドリックは、砦の中央より少し奥に気になる場所を見つけたという。夕食を噛りながら、その様子を図に書いてルナに説明した。
大きな平たい一枚岩があり、不自然な気配が漂うのだと。
理由は明かさなかったが、セドリックは丘の上の砦に「騎士の姫君」がいる、と確信を持っている様子だ。明確な理由は、セドリック本人にもわからないのかも知れない。
「ここだ」
セドリックに言われて、足元の瓦礫から目を上げると、ルナの目測ではダブルベッド程の高さと大きさの石が、ランタンに照らされてぼんやりと浮かび上がった。
自然崇拝者なら、この石は崇拝対象になりうるだろうと思う。石の表面は磨いたように滑らかで、ルナにはとても自然に出来た物とは思えなかった。
ルナは空いている右手できゅっとマントのあわせを止めた騎士のピンを握った。
「銀貨は持っている?」
ルナの言葉に、二百年前の銀貨をポケットから取り出したセドリックが、銀貨ごとルナの手を握った。
風が巻き、香の薫りが強くなったと感じた瞬間、岩の上に淡い無数の光の粒が出現した。どこからともなく湧いた柔らかな光に目を奪われ、いつかのように二人は言葉もなく立ち尽くす。
光は互いに結び付きながらひとつの形を作り出していき、みるみる内に横たわる人の形となった。 光の潮が引いていく。
光の去った後に残ったのは、目を閉じて眠っているように見える女の子だった。
鏡のようにつるりとした岩の表面に、流れ落ち広がる金色の髪、目を閉じていても美しいとわかる左右対称の顔の造作。ほっそりとした首から繋がるなだらかな肩。細い腕。白く繊細な指は、胸の上で軽く組まれている。
ローブ姿の美少女は、まるで女神のような美しさだ。
目は閉じられているけれど、その瞳を見る前からルナにはわかることがある。
眠っている美少女の瞳はすみれ色で、名はエステレイル。騎士が再会を待ち焦がれていた、騎士の「姫君」に違いなかった。




