スカーレットリリー・2
スカーレット一頭を見るぶんには大きく見えるが、同じく公国杯に出走するジャスパーの愛馬ジェットブラックの近くにいると、細く感じる。
これまで公国杯で勝ったのは牡馬ばかりで、直前の優勝予想でも女のコのスカーレットは下位だった。
しかし、過去に挑戦した牝馬とは違う点がひとつ。スカーレットは坊ちゃまエドモンドが船で留学先から連れ帰った遠い異国の馬なのだ。
出かけた名門牧場で、よい血統の馬には珍しい赤みの強い毛色の仔馬を手に入れた。付けた名前はスカーレットリリー。
リリーが、帰国した坊ちゃまと再会した後、「馬を見せてやろう。両親ともに速い馬で期待ができる」と言われて、何気なく「名前は?」と問い「スカーレットリリー」と聞いた時には、口に含んだばかりのお茶を吹きそうになったものだ。
イリヤの家に育成を任せると聞き「別の名前に変えて。それがダメならせめてリリーだけでも取って」と懇願した。
「どうするか」ともったいぶる坊ちゃまに「リリーは私ひとりでいいと思います」馬だって同じ名前は嫌だと思う。と、粘り強く言い続けようやく「スカーレット」となった。
イリヤが言うには、勝ち気でムラッ気のある性格なうえ調整嫌い。今回も調教しきれなかったと聞いているが、馬主の馬を見る目の無さが問題なのであり、イリヤの家には何の落ち度もないと思われる。
鞍をつけるのもイリヤでなければ暴れる日があるらしく、馬主エドモンドといる時はおとなしいのに、リリーがひとりになった時には体当たりを試みた。気がついたイリヤが止めてくれなければ、リリーは地面に転がされていたはずだ。
一言で言うなら、スカーレットは性格が悪い。ちょっかいをかけられそうになり、腹に据えかねてリリーが説教したこともあった。
「スカーレット、わかっていないようだけど、そんなんじゃイリヤに嫌われるし、この国では生きていけないわ」
腰に手を当てて、体を大きく見せる。
「有名なお父さんとお母さんから産まれたそうだけど、だからってスカーレットが偉いわけじゃない。偉いのは両親で、しかもここじゃ誰もそんなこと知らないもの。あなた、ただの馬よ」
スカーレットにもわかるように、覚えたての異国の言葉で言ってやった。大きな目で睨んできたから伝わったのだろう、こちらも負けじと瞬きもせず睨み返せば。
「やめないか、じゃじゃ馬」
今どき使わない言葉で馬主に叱られたのは、リリーのほうだった。
スカーレットが「いい気味だ、バカ娘」と言わんばかりに「フン!」と鼻息荒く首を振る。
「なに、こっちこそ『ふん』っよ。ばか馬!」
とは、公国一の貴公子の手前さすがに言うのは憚られ、リリーも盛大にそっぽを向いたのだった。
それに比べてジャスパーが学院にまで連れてきていた愛馬ジェットブラックは、賢く勘も良いとイリヤもべた褒めする。全身黒い毛の馬で速い馬は少ないそうで、ジェットブラックにも絶対の速さはないが、そこをレース勘の良さが補うらしい。
馬に任せて邪魔をしないのが一番良い乗り方だとわかっていても、つい余計な手出しをしてしまう、とイリヤとジャスパーの意見は一致していた。




