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スカーレットリリー・3

午後三時。

「いよいよですね」

「ああ」


 周囲の熱気もますます高まるなか、イリヤのお兄さんと言葉を交わす。

スカーレットの優勝は期待薄だとわかっていても、彼女には最善を尽くしてもらいたい――昨年新人賞を取ったイリヤのためにも。ここで善戦すれば、来年は優勝争いに絡むような馬に乗せてもらえるかもしれない。



 各馬が続々とスタート位置につくなか、リリーの目を引くのは首をぐりんぐりんと振り、騎手が必死で抑えようとしている一頭だった。


「お兄さん、ここにきて今さら嫌がってるあり得ないほど落ち着きがなく少しも騎手の言うことをきかないあの馬は……?」


 わかりきっている事を聞けば、イリヤのお兄さんが、頭痛をこらえるように顔をしかめる。

「……スカーレットだね」


 明らかに他の馬のご迷惑になっている。リリーの口から思わず率直な感想が飛び出した。

「あっの……ばか馬」

「え?」


 まさかと思い、聞き取れなかったらしいイリヤのお兄さんに、繰り返すような愚かな真似はしない。リリーは何も言っていませんと涼やかな顔をしつつ、内心煮えくり返っていた。

 イリヤを困らせないでもらいたし、どうせ勝てないならせめて皆様のお邪魔にならないよう大人しくして、隅を遠慮がちに走れ、この迷惑馬! と、思いつく限りの悪口を腹のうちで叫ぶ。


 競馬場は人を変えてしまうらしい。下町で喧嘩をした子供の頃以来、こんなに腹の立つことはなかったと、リリーは体の前で腕組みした。若い娘がするかっこうではないが、どうせみんな馬しか見ていない。ついでに脚も肩幅に開き、姿勢を安定させた。



 ごねるスカーレットを数人がかりでなだめて、機嫌をとりつつ位置につかせるや否や、レース開始となり、各馬一斉に走り出した。


 始まってしまえば何ごともなかったように駆けている。どこにいる? と目を凝らすと、大逃げをうった馬がいて、スカーレットはその後の馬群中央より少し後ろに位置を取っていた。


「お兄さん、あの位置は?」

大きな態度で解説を求める。

「悪くない」


――でも、なんだか。リリーは目を凝らした。ヤル気がないように見える。大男に囲まれて不機嫌になっている女のコっぽい。

そしてスカーレットが飛び出した。


「早すぎる。イリヤが我慢しきれなかったか」

すかさずイリヤのお兄さんが、つぶやく。


――違う、リリーにはわかる。あれはイリヤの指示ではなくスカーレットの勝手だ。囲まれているのが嫌になって出ただけ。


 そしてこの後の展開も読めた。「大きなお兄さん馬になんて勝てなくても当たり前」と考えるスカーレットは、後半他が全力を出したら、ズルズル下がるつもりだ。「頑張ると疲れるからこっそり楽をしよう」という考えの浅さが透けて見える。


 そうこうするうちに半分来てしまった。いい加減にしてもらいたい、もう黙ってはいられない。リリーは大きく息を吸って。


「スカーレット!!」

叫んだ。


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