収穫祭ー当日・再会 3
待ち合わせ場所の枯れた噴水には、ランタンを持ったセドリックが先に着いていた。
「ごめんなさい。遅れてしまった?」
小走りになるルナに、セドリックが首を横に振る。
「いや。見咎められずに出られそうな機会を見計らっていたから、早いのは分かっていても来たんだ」
君が遅れた訳じゃないよ、と言いながら手に下げていたランタンを噴水の縁に置く。待ち合わせの目印の為に持ってきたらしい。空は少し曇りがちで、昨夜ほど物の輪郭がくっきりと見えない。それでも足元が危ないほどではない。
「今日もよく働いていたね。疲れていない?」
ランタンの隣へ腰掛けるよう勧めながら、セドリックがルナを労った。
「大丈夫。いつもあれくらい動いているから。……お客様のお相手で大変だったのでは?」
ルナはセドリックの名前を知らない事になっているので、呼び掛けることができない。
「まあ、それはね。お茶ばかり飲んでいて、お腹がいっぱいになったよ」
セドリックが顔をしかめて軽口を叩く。
ルナの緊張を見て取ってのことで、自分の緊張を解く意味もあるのだろう。ルナも合わせて笑ってみせた。雰囲気が和らぐ。そのまま当たり障りのない会話が往復して、頃合いをみてルナが切り出した。
「昨日言っていた『試してみたい事』というのを、聞いてもいい?」
すっとセドリックの表情が固くなる。
「うん。もちろん」
声も僅かに低くなっている。「見て」と広げられた手のひらにあったのは、使い込まれた様子の丸い金属だった。
「これは……銀貨?」
セドリックの掌の上には、少し黒ずんだ、今流通しているものより大きく厚みのある銀貨が一枚載っていた。
「触ってもいい?」
セドリックの許可を得て銀貨に指を伸ばした。自分の掌に載せて近くで見ると、普段馴染んでいる物より倍は重く、過去にずいぶん使われたのだろう、表面の月桂樹の模様はかなりすり減っていた。
「これは二百年位前の銀貨で、たぶん騎士様の時代の物だ」
「こんなもの、どこにあったの?」
「本邸の古い物ばかり入っている物置」
それは「物置」じゃなくて「宝物庫」だと思う。物置などと事も無げに言うセドリックに、ルナは訂正したくなった。伯爵家では宝物庫を「物置」と呼ぶ習わしがあるのかもしれない……ということにしておく。
「剣とか杯とか他にもあったんだけど、隠して持ち出さなきゃいけないし、時代のはっきりとした物というと、これが一番良かったんだ」
「ちょっと小さいけど」とセドリックが付け加える。
隠して持ち出すなどと恐ろしげな発言も聞かなかったことにして、ルナは歴史が加わりより重く感じる古い銀貨を、しげしげと眺めた。
「来た」
ルナより早くセドリックが小さく声を上げた。
弾かれたように立ち上がるセドリックにつられて、ルナも勢いよく立ち上がった。セドリックの視線の先を追う。
雲が流れ青月の光が辺りを照らす。騎士が月光を連れて来たように思われる。
透けるように輝く金色の髪、白磁のような肌、鼻梁の通った彫りの深い顔立ち。
鈍い銀色の鎧をその身に纏った騎士が、三年前の夜と全く変わらぬ様子で、真っ直ぐに丘を見据え進んで行く。
思うより時間の経つのが早く「試してみたい事」の内容を聞かない内に、騎士と遭遇してしまった。
ルナは指示を乞おうと隣のセドリックに目をやる。セドリックは、瞬きひとつせず食い入るように騎士を見詰めている。
三年前と同じようにルナ達に気付きもしない騎士は、すぐそこまで来ていた。
どうしよう。ルナはぐっと手に力を入れた。ハリーに指摘されるまで自覚は無かったけれど、ルナには無意識に首から下げたオスカーの指輪を握りしめる癖があるらしい。
今も銀貨を握った手でそのまま、服の上から指輪を握りしめる。
何も変わらない。何の音もさせていない。のに。
騎士の歩みが止まった―――ルナにはそれがとてもゆっくりしたものに感じられたが―――様子を探るように騎士が頸をめぐらせて、ルナの存在を認めた。
合わせて肩が開かれ、腰、脚と体全体がルナに向けられた。初めて騎士と正面から向かい合う。驚き過ぎて声も出ないルナは、指一本動かせない。
これ程までに蒼い瞳を見るのは初めてだ。
こんなに美しい瞳で本当に物が見えるのかしら。ぼんやりと思う。
どれくらいか見つめあい、急に騎士の目が大きく見開かれた。信じられないものを目にしたかのように。
前は私達に一切目を止めなかったのに今夜はどうして。困惑したままのルナへと、騎士が一歩ずつ足元を確かめるような動きで、小石を踏み締めて距離を詰める。
砂利を踏み締めて……つまり音がしている。
今まで全く聞こえなかった騎士の足音が、する。
ルナがそう伝えようと見たセドリックは、全く変わらない表情ながら少し顔色が悪くなっているように感じられる。
セドリックの様子で、騎士の足音が聞こえているのは自分だけだと、ルナは悟った。
覚悟を決め、ぐいっとセドリックの腕を掴んで、自分の後ろに突き飛ばすように追いやる。
「ええっ!?」
セドリックの戸惑う声が響いた。
「私、騎士様の立てる音が聴こえるの。騎士様に姿が見えているのは私ひとりみたい。だから、私がお話ししてみる」
有無を言わせない調子で、言い切る。
「もっと離れていて。おねがい」
振り返りもせずに言うと、迷うような間を置いて、少し離れるセドリックの足音がした。




