収穫祭ー騎士・1
会いたいと願った騎士様が。三年前から心に刺さった刺のように、忘れることの出来なかった存在が目の前に居る。
ルナは小さく震えた。
騎士の表情は未だ硬くはあるものの、蒼い眸には困惑が浮かんでいるようにも思え、ルナから「怖い」という感情が消えた。
「怖い」と自覚していた訳ではないが、双肩に力が入っていたことからも、やはり怖さから来る緊張だったのだと感じる。
「騎士が怖い」というより、人ではないものと相対する怖さなのかもしれない。
ふと、教会へ来る年配の女性の言葉を、口調まで含めて思い出した。「幽霊なんか怖くない、命まではとりゃあせん。怖いのは生身の人間だ」
今ここでそれを思い出すのかと思えば、つい頬が緩みそうになる。
それならば私が怖いと思う以上に、騎士様は逆に生身の人間である私のことが怖いかもしれない。そう思えばもう大丈夫と、ルナは騎士に眼差しを向けた。
お互いに手を伸ばせば指先が触れそうな位置で、騎士は物問いたげな瞳をして、美しい姿勢で立っていた。
「騎士様……?」
私の声が届くだろうか。ルナから声を掛ける。
騎士が目を瞠った。驚愕がそのまま顔に出ている。
本当に見事な蒼天のような色の瞳。暢気にもルナは見惚れた。
「姫君?」
騎士の口から声が漏れた。初めて耳にする声は、凛々しい顔つきと体躯に相応しく男らしい大人の声だった。その声にも、隠せない動揺は顕れている。
ルナは姫君では、ない。返答に困り言葉に詰まる。
「エステレイル様……。姫君?」
確かめるように重ねて尋ねられた。期待に微かに震える語尾に、ルナはたまらない気持ちになる。
ルナにはどういうわけか、分かってしまった。
この騎士の留まっている理由が。エステレイルという名の彼の姫君を、ずっと探しているのだと。
姫君もおそらく二百年前の方だ。今ここに生きている訳がない。会えるはずがない。
ならば自分のすべき事は? 騎士様の姫君になることだ。正しいかどうかはわからない。騎士の心残りが姫君にあるというのなら、話を合わせてもいいのでは、と開き直る気持ちになる。
「はい」
ひと呼吸して、口角を上げ小首を傾げた。自分は案外度胸があるのかもしれないと思いながら。
「お側に寄っても……?」
恐る恐るといった様子で騎士が踏み出す。
お目にかかったことなどもちろんない、姫君という立場の方は、ルナには言葉遣いすら想像もつかないが、こんな感じだろうかと、鷹揚に頷いてみせると、騎士が更にひと足距離を詰めた。
騎士がその長い手を伸ばせば、ルナに届く位置だ。
「本当にエステレイル様……」
呻くように呼ぶ。
「はい」
応えると、出し抜けに騎士が片膝を着いた。
「申し訳もございません」
頭を深く垂れ悲痛な声で騎士が謝罪する。
予想もしない行動に、あたふたしそうになる自分を「今は姫君として相応しくしなければ」と、ルナはかろうじて押さえつけた。
騎士の言葉に少しの間を置いて、これが最適な返答であることを願いながら、問う。
「何を謝ることが?」
「我が身が至らず、姫君をお救いすることが出来ませんでした」
騎士は更に深く頭を下げる。下げすぎて膝に付きそうだ。「きっと姫君は騎士にこんな姿をさせることを望みはしないはずだ」と思われる。
「どうぞお顔をあげてください。充分です」
「いえ。守るべき姫君をこのような場所へ置き、恐ろしい思いをさせ、あまつさえ―――」
下を向いていてルナには見えない唇は、きっと震えているのだろう。だから、途中で遮った。
「そんなに自分を責めないでください。騎士様のせいではありません。どうかお顔を上げてください」
「姫君が許して下さっても、自分で自分が許せない」
絞り出された言葉には積年の悔いが籠り、周囲の空気まで闇色に染めて行くように感じられる。
これではいけない。ルナはつられて沈みそうになる気持ちを奮い立たせた。
「騎士様に、そんな悲しいお顔をさせたくて、ここに来たのではありません。私は今ここにおります。再会を少しでも喜んではいただけませんか?」
「実感がないのです」
俯いたまま、立派な体躯に似合わないまるで途方にくれた子供のように弱々しい声が返る。
「……では。これではいかがですか?」
ルナは身をかがめて、騎士が立てた膝に載せていた手甲に自分の手を重ねた。
「いけません姫君。血で汚れております」
狼狽して引こうとする騎士の手を、ルナが、逃がさないとばかりに強く握りしめる。
「私には血など見えません。よくご覧になってください」
騎士が大きく息を吐いた。
「姫君―――姫君」
祈りのように紡がれる呼びかけに、ルナは笑んでみせる。
「はい。私は、ここにおります」
これで安心してくれればいいと願いながら。
深く身をかがめ、下から騎士の顔を覗く。蒼い瞳がようやくルナをとらえた。調った顔立ちは、彫像のようにどこか作り物めいて見える。
「姫君、お顔をよく見せて頂いても?」
遠慮がちな頼みに、ルナはためらいなく頷いた。
「どうぞ」
騎士の瞳が揺れる。何を迷うことがあるのだろうと、ルナは次の言葉を待った。




