収穫祭ー当日・再会 2
言外に滲ませた事情に気付いたらしく、彼は小さく頷いた。そっと手を伸ばし、いつの間にかルナの肩から落ちていたショールを優しい手つきで、かけ直してくれる。
「君を困らせるつもりはないんだ。ただ、君の名前が聞きたかったんだ」
打ち明けるようにひっそりと呟く。
「せめてこのお祭りが終わるまでは、どうかこのままで」
ルナの願いに少年は、承知したと口元に笑みを浮かべると、話を変えた。
「あの後、僕なりに調べたんだ」
ルナも「何を」とは聞かない。決まっているからだ。二人共に気にかかることは、ひとつしかない。
「あの騎士様は、おそらく二百年程前の方だ」
生きてはいない存在だと、ルナも承知しているという前提で話がすすむ。
「今、あの型の甲冑は、儀礼でしか着用しない。それも、公国ではなく隣国でしか。甲冑の型にも変遷があって、あれは二百年前の当時の流行最先端のものだと思う。君は知らなくて当然だけど、今は剣の訓練でも着用は胸当てのみなんだ。長く戦のない今、あんな重々しい装備は必要がないから」
滔々と説明される。男の子は皆、武具や防具が好きだから彼も詳しいのか、これが彼の「僕なりに調べた」成果なのかは、ルナにはわからないが、騎士様が人でないことは分かった。
人が二百年もの間、生きるわけがない。
ルナが思いに耽る間も、彼の言葉は続いている。
「横からしか見えなかったけど、僕の調べた限り騎士様のブレスプレートの紋章に該当する家は、公国にはなかった。知ってるかな? 二百年前、ここは隣国の領土だったんだよ」
「騎士様はおそらく、隣国の方だ」
そこで一息入れた彼は、森から繋がる小高い丘を見上げた。ここからは見えないけれど、視線の先には廃墟となった砦があるはずだ。
「あの騎士様は当時ここを守っていて、何か心残りがあるんじゃないかと思う」
これまで黙って聞いていたルナは、月光に照らされた騎士の姿を思い出す。悲壮とでもいいたくなる表情で、まっすぐに砦だけを見詰めて歩む様子を。
「私に、して差し上げられることは……ない?」
ルナの口からぽつりと零れた。
長くここにいて、これからまだ何百年もここに留まる。騎士の凄絶な孤独を思うだけで、胸が痛い。
「僕もずっとそれを考えてた。それとなくお祖父様にも聞いてみたけれど一族で僕以外、騎士様を目にした人は居ないんだ。だから、僕が見たということに、何か意味があるんじゃないかと思って」
少年は地面に手を伸ばすと、小石を選り分け始める。
「正直に言うと、あれ以来、夜にここに来るのは初めてなんだ。ひとりで来るのは、少し怖くて。このハートは昼間作ってた」
恥じているのかルナと目を合わせようとしない。
思いがけない告白に、気付かぬ内に緊張していたらしいルナの肩から力が抜けた。並んで、ルナも小石を拾い上げる。
彼は今年の分を一緒に作ってくれようと言うのだろう。ちょうど良い小石を見つけるのは、やはり彼の方が何倍も早い。
「今日も騎士様はお通りになると思う?」
彼の並べた小石の隣にひとつ置いて形を整えながら、聞いてみる。
「いや、今日はまだ時間が早いから……」
そこで彼は正面からルナの眼を見て、少し固い声で続けた。
「君が良ければ、明日、三年前と同じ時刻にここへ来よう。試してみたいことがある」
考えるまでもない。ルナはうなずく。
「ぜひ」
即座に答えて、ひとつ質問する。
「それまでに何か私がすることは?」
見上げた少年の顔に笑みが広がった。
「ひとつしかない。ハート形を一緒に完成させること」
二人一緒に戻るところは他人に見られない方がいいと言う彼に同意して―――まだ子供とはいえ未婚の娘に妙な噂が立たないようにという配慮だろう―――ルナが先を歩き、しばらく空けて館の反対側の脇道から彼が戻り、誰にも怪しまれずに済んだ。
今朝の食事の用意の時間に、本宅から来ているメイドの口から彼の名を知った。
「セドリック・レアード」
セディ様と親しみを込めて呼ばれる彼は伯爵の御嫡男で、十四歳。春から公都にある貴族の子弟が通う学校で学ばれる、ということまで知った。
一目で育ちの良さのわかる彼は、やはり住む世界の違う人だったと、あらためて思う。
この話は聞かなかった事にしよう。都合良くそう決めて、ルナは素知らぬ顔で、ベッドメイクのために客室へと向かった。
お昼前に一度、セドリックとすれ違った。決められた通りに、ルナは廊下の壁際に頭を下げて立ち、中央をご令息セドリック様に譲る。
口元の動きだけで「今夜」と伝えてきた彼に、目礼を返し別れた。
昨日と同じ仕事を済ませて、夜を待った。目立たないように、借りている黒のメイドドレスからいつもの紺のワンピースに着替え、白いレース編みのショールを髪から背中まで巻きつけた。
これで遠目から見れば、ルナとはわからないはずだ。
夜も更け、篝火は盛大に焚かれているものの、町まで戻る人々は馬車に乗り合わせて引き揚げて行った。
招待客も部屋へ戻り、あらかた片付けも済んだところを見計らい、ルナは玄関から庭へ出た。
昨日「祭りの二日間は一晩中人が出入りするので、玄関は施錠されない」と彼に教えられている。
今年は、こそこそと抜け出す必要はない。
彼が先に着いているかもしれない。ルナは小道を急いだ。




