第9話 妹は修行した
「ママ、プディング食べたい」
「さっき食べたばかりでしょ?」
「一万個食いたい」
「本当に食べられそうで怖いのよね」
寮に備え付けられたキッチンの使用は、許可を取れば寮生の誰でも可能なので、私はよく趣味のお菓子作りに利用してるのだけど、ここ最近はもう常連と化していた。
そう、全てベルンちゃんのためである。
少し前にプリンをベルンちゃんに与えたところ、非常にハマってしまい、キッチンに来るとプリンが食べられると学習してしまったのか、こうやっておねだりされる日々が続いていた。
普段は影の中に潜んでくれているベルンちゃんだけど、こうなると表に出てきてしまうので、私の胃は痛む一方だ。
他の寮生にバレたら、子持ち学生系令嬢だと思われてしまう……。
それだけは避けないと私の命の前に社会性が死ぬ!
「何を和んでいるでござるかー!」
「うわっ!? つ、ツバキ丸ちゃん?」
叫ぶ声で振り返ると、そこにはボロ雑巾みたいに薄汚れたツバキ丸ちゃんが這いつくばってこちらを睨んでいた。
あれから一ヶ月、修行の日々は過酷を極めているらしい。
「寮を四足歩行で歩いちゃ駄目よ?」
「拙者は犬じゃないでござる! これはもう立てないんでござるよ! アンジェラ殿! 妹君にこれ以上は拙者が死ぬと進言してくだされ!」
「お姉様に何を言ってるんですかねこの駄目侍!」
「は、ハナ殿……ぐわあああああああああ!」
背後から突如として現れた妹によって、ツバキ丸ちゃんは片手で頭を掴まれ、その剛腕によってブランブランと宙吊りになる。
さらにその背後からひょっこりと顔を出すのはサキュバスさんで、心配そうにツバキ丸ちゃんの顔を見ていた。
「ツバキっち、もっと頑張んないと、魔王倒せないからマジやんないと」
「このままでは魔王を倒す前に拙者が死ぬんでござるよ!」
「命をかけるのではなかったんですか! 命をかけるのでは!」
この一ヶ月、もう何度目かは分からないけれど、ツバキ丸ちゃんはよく私の元に逃げ込んできては泣き言を言うのが通例になっていた。
この侍娘、思ったより意思が弱い!
それだけ修行の日々が辛いということでもあるのだろうけれど。
「拙者は魔王相手に命をかけられるでござるが、修行で疲れるのは嫌いなんでござる!」
「普通は逆じゃね? 魔王様相手に戦う方がヤバいじゃん」
サキュバスさんの真っ当な意見に、ツバキ丸ちゃんはしたり顔で持論を話し始める。
「いいでござるか? 命をかけるのは一瞬、つまり割と楽な手段なんでござるよ。それにかっこよくも見えるし、自己肯定感もバリバリ高まるから気合も入るものでござる。コスパがいいんでござるな。それに比べて、努力なんてものは真逆なんでござるよ」
「つまりただの怠けものではないですかー!」
「あー! も、申し訳ないでござるー!」
妹はツバキ丸ちゃんを持ち上げると、頭越しに背骨を折るように曲げていく。
いわゆるバックブリーカー。
一ヶ月の修行で妹の筋力も相当なものになっていた。
「焼かれてる時は平気なのに、努力は無理って不思議な感じね」
「ああ、あれは役に立ってる感あるでござるからな」
「とにかく分かりやすい形で主君の役に立っていればそれでいいのね……」
すごい即物的な武士だなぁ……。
それなりに理屈は通っているところが、面白いけれど。
「もうここまで鍛えちゃったんで、意地でも魔王戦には連れていきますからね」
妹としても既に後戻りは出来ない状況にあるらしく、ツバキ丸ちゃんがパーティから外れることはない様子だ。
良かったのか悪かったのか。
「そういえば、もう一ヶ月だから魔王退治に行くのよね?」
「はい! 最も効率的な倒し方としては魔界神のツボを先に割るのが大事なのですが、今回は仲間にしないといけないので、魔王からやります!」
「魔王って仲間にできるものなの……?」
「そこはお姉様頼りな面もありますね」
「とんでもない無茶振り!」
「でも、見事に娘を一人作っちゃいましたしね」
「ママー、プディングプディングー」
妹の声に合わせて、ベルンちゃんが再び甘えてくる。
それを言われると、確かにそうなんだけど……。
この一ヶ月、とにかく甘やかしていたらこんなことになってしまった。
もうすっかりママになってしまい、否定する元気すらない。
「それで、魔王戦ではいかに拙者を使ってくれるのでござるか! それが楽しみで今日まで生きてきたでござるよ!」
「言ってること気狂いじゃんツバキっち」
「魔王の行動ルーチンには特に決まりがないんですよねー。状態異常耐性も諸々ありますし」
「じゃあ今回は正攻法で行くの?」
「え? あははははっ、そんなまさか」
笑いながら正攻法を否定する勇者な妹。
その目は口元とは違いまるで笑っていない。
ある意味では何が何でも悪を滅する正義の鑑と言える態度かもしれなかった。
いや、悪の権化である私を生かしている時点で、正義の鑑とは言えないか。
「魔王は三段階で変身するんですが、一段階目のHPをギリギリに調整したところで、一気に全力攻撃を全員で叩き込めば二段階目をすっ飛ばすことが出来ます。それで、三段階目はアイテムがあれば割と余裕なので、この方法である程度楽に倒すことが可能です」
「またとんでもない方法ね」
一段階目は様子見的な強さであり、そこまで難易度は高くないから、そこで相手の体力を調整し、二段階目突入前に攻撃力などを上げて一斉に攻撃をすれば、一番難易度の高い二段階目をスルーすることができるわけか……。
そして、三段階目はイベント戦と。
ゲーム的に考えると恐らくこんな感じで、妹の戦闘方法は裏技にすら見えてくる。
まあ、まだバグ技とかは使ってないからマシかな……?
「問題はその後に復活する魔界神ですが、これは、まあ、大丈夫です」
「何が大丈夫なの!?」
「大丈夫です。大丈夫です」
「やば、壊れたゴーレムみたいに同じこと繰り返してんだけど」
妹は死んだ目で大丈夫デスを繰り返している。
ま、魔界神に何があるっていうの!?
「本当に大丈夫ですから! まあ、そんな感じで魔王退治頑張って行きましょう! ちなみに魔王城は魔界にあります」
「この世界って、魔界とかあったのね」
冒険の舞台はついに魔界という意味が分からない世界に移行してしまった。
まだ一ヶ月しか経ってないはずなのに、私の日常、崩れすぎである。
それにしても魔界……行きたくないなぁ。
普通に心配になって、顔を青くしていると、ベルンちゃんが私のスカートを引っ張って、こう言った。
「ママ、大丈夫。魔王くらいぶっ飛ばすから」
その言葉にはラスボスとしての威厳が満ち溢れていた。
そういえば、ベルンちゃんって、今、どれくらい強いんだろう……。




