第35話 姉は困り妹の元へ向かう
「せ、成功しましたか!?」
「いえ……まだ分かりません」
姿の消えたアルテヴァさんを見て、すわ世界脱出かとテンションをあげた私だったが、運営さんの声色は冷静だった。
しばしの静寂の後……アルテヴァさんは再び同じ場所にパッと現れる。
あれ!? じ、実験失敗!?
「……さっきのやつ、何?」
帰って来たアルテヴァさんの表情はシリアスだった。
眉を顰めて、少し動揺したように指を忙しなく動かしている。
その幼い顔つきは少し恐怖しているようにすら見えた。
「な、何かあったんですか!?」
「目覚めたらなんか頭に被らされてて、それを外してみたらすっごい変な世界が広がっていたのよ。紐がいっぱいで。それで変なやつを即座に被り直したら……戻ってきたわ」
「それは……成功してるかもです!」
この体感型ゲームがどんな構造の機械で我々にゲームを体感させてくれるのか、それは私には分からないけれど、変な被りものというのは、ゲーム機器の一部と考えて良さそうだ。
アルテヴァさんは一度は元の世界に戻ったものの、怖くなって戻ってきたと言ったところか。
そしてこれで証明された。
アルテヴァさんは……やはりプレイヤーだったんだ!
運営も知らなかった謎のプレイヤー、それがアルテヴァさん。
その知識によって、この世界を改変するような事象を起こした。
「あれが外の世界ってやつなの? にわかには信じがたいのだけど……それにあの世界じゃ、私の魔法も使えなくなってたわ」
「魔法が使えないと不安ですか?」
当然の話として、元の世界に帰ったアルテヴァさんはもう魔界神ではなく、ただの人だ。
それは絶大な力を手放すようなもので、間違いなく恐ろしい話のはず……大丈夫かな。
「あら? なんでこんな風に子供になってると思ってるの?」
「なんでですか?
「力を失おうと、娘と共にいたいからよ」
「……そうでしたね」
そう、そうだった、アルテヴァさんは私のために時間を巻き戻し、私のために無理やり復活し、私のために力を大幅に失った。
全ては私と共にいるためなのだ、
この世界を滅ぼしかねない存在のアルテヴァさん。
私が世界の全てであり、私のいない世界の許せない狂気の愛を持つ人。
だけど、だからこそ、私と一緒にいられるなら他は何も求めない……それがアルテヴァさんの正体のようだった。
うちの妹に少し似ているようで、その方向性は異なる。
だって妹は、世界も私も諦めないのだから。
「アルテヴァさんは元々その世界にいたはずなのですが、記憶はありませんか?」
「まるでないのよね……まあ、そんなのはどうでもいいのよ」
「よくはないですよ!?」
「大事なのはこの世界から出られることが分かったこと。だったらママもこの世界を破壊する意味は無くなったわ」
「そうなんですよね……問題、だいたい解決しちゃいました」
ここまで問題となっていたのは『運営によって私が消されると魔界神が時を戻す』という構造にあったのだけど、この前提が崩れ『魔界神と私が一緒に外の世界に出ることで時を戻す必要がなくなった』。
結果、もう私が外に出ることを拒む物は何もない。
でも、私はその選択肢をとることは出来ないのだ。
何故なら、妹がいるからだ。
妹もまた私と一緒にいることを第一とする存在であり、世界からの退室なんて絶対に認めることはないだろう。
そして、私も離れたくはない。
もしかするとこれは……妹と魔界神とで立場が入れ替わっている!?
そんな馬鹿な!?
「ええっと、アンジェラ様とお呼びした方が良いですよね。アンジェラ様、どうやら全ての障害は取り除かれたようですが、如何なさいますか?」
「……とりあえず妹に会いに行きます」
「はい、最後の会話ということでしたらどうぞ! ただし、これ以上、事態が長引くようなことであれば……強制退室いたしますがご容赦ください!」
全ての問題がなくなったことで、運営さんはもう今すぐにでも私を帰したがっている。
いや、むしろこちらの意見など聞かずに強制的にやればいいのだからこれでも優しい対応ではあるのだろう。
けれど、色々と厳しくなってしまったのは間違いない。
当初の目的である妹と私が一緒にいる……というものがドンドン難しくなってきているのだ。
なんということだろう、全ての問題が解決したが故に、巨大な問題が浮き彫りになってしまうなんて!
とにかく、妹に相談しなければならない。
何か良い手があればいいのだけど……。
★
瞬間移動によって帰って来たのは停止した世界。
波も微動だにせず、美しい弧を彫刻のように留めていて、なんとも不可思議である。
そんな海の上に降り立った私は鬼ヶ島を一望する。
この鬼ヶ島から隠れるようにして置かれているのが……私たちの乗っていた船だ。
船の上に飛び乗ると、懐かしの我が家に帰って来たような望郷への思いが込み上げてくる。
何もかも皆懐かしい感じだ……。
というか、こうして改めて見ると……ツバキ丸ちゃん多すぎる!
な、何体いるんだっけ!? もうそれすら覚えていないのだけど!
そんな騒がしい船の上で、妹はベルンちゃんの隣で鎮座していた。
改めて見ても可愛いなうちの妹……。
世界一の美少女じゃなかろうか?
さて、こうして帰ってくると安心感もあるのだけど、問題はここからだ。
まず停止を解除する必要があるのだけど、これを解除するには運営さんをここに呼び出さなければならない。
呼び出しは空に浮かんでいるウインドウを操作すれば良いだけで、お手軽なものなのだけど、これを押すと妹との会話のタイムリミットが狭まる。
どうにか運営さんを呼ばずにこの停止を解除できないだろうか?
「お困りのようねアンジェラちゃん」
「もう極限まで困ってるかもです……」
「あらかわいそう。なら、ママに任せなさい! 実は外の世界に出たことで得たものがあるの!」
アルテヴァさんは今はもうない胸を張って自信満々にそういうけれど、得たものとは一体?




