第32話 姉は裏をかく
流れるように、そしてこちらの反応などまるで見えていないように、天使は笑顔を崩すことなく、スラスラと説明を続ける。
「――となります。最後になりますが、ゲーム内で3年間の時間が過ぎますとクリアとなり、その時点での進行度によってエンディングが決定されます。説明は以上です。もう一度、聞きますか?」
「あっ、いいです! 理解しました!」
ここではい!必要です!と言えば間違いなく、あの長い文章が全く同じ形で繰り返されることになるだろうことを察した私は、慌ててそれを拒否する。
けれど、いいです!という返答は今になって考えるとかなり怪しいもので、肯定と受け取られてもおかしく気がした。
ただ、さすがにそこまで要領の悪い天使ではなかったらしく、天使は説明を終え、案内を開始する。
よ、良かったぁ……虚無の時間が流れるところだった。
「それではゲーム開始まで少々お待ちください。現在、3名のプレイヤー様が――アンジェラちゃん大丈夫!? 起きて起きて起きてー!」
急に天使の声がアルテヴァさんのものに変わると共に、私の視界は大きく揺れて、ぼんやりとしていた意識が鮮明になっていく。
これは……幻覚、じゃなくて、夢か!
私、自分でも気づかない内に、ずっと昔の出来事を夢を見ていたんだ!
やがて夢の世界はパッと消え、後に残るのは僅かな光。
ゆっくりと目を開けると、私の顔を心配そうに覗き込むアルテヴァさんの姿がそこにはあった。
★
「お、おはようございますアルテヴァさん」
「起きたー!? 起きたわね!? 起きてるわ! 良かったー! 子供になったところまでは超可愛くて良かったのだけど、そこから全然目が覚めなかったの!!! それで、急いで成長促進の方の液体に浸けて、元の状態まで戻したのだけど、それでもなかなか起きないからママ、心配で心配で……元の力があったらこの研究所ぶっ壊してたわ!」
「壊さないでください! すいません、昔の記憶を思い出してたみたいで」
「じゃあ作戦は成功したのね? よかったわぁ……」
アルテヴァさんは安心しているけれど、成功かどうかはまだ少し怪しいところがある。
何故なら、思い出せた記憶は今の一部のみだったからだ。
それ以外はのことは全く思い出せていないので、結局外の世界のこともあまり分かっていない。
まあ、でも、一部だけでも分かったのなら大成功なのも確かかな?
0と1はまるで違うのだから。
「そういえば、アルテヴァさんが私を元に戻してくれるのはちょっと驚きでした。一生、子供のままかと……」
「そんなことママほんの少ししか考えてないわ!」
「ほんの少しは考えてたんですね……」
「それにね、動かないアンジェラちゃんは死んでるのと変わらないでしょ? 娘の元気を望まない母親はいない! 当然の話よね――まあ、娘が消えたらその時は世界も消すけれどそれはそれ、これはこれよ!」
「なにがなにで、どれがどれですか!?」
とんでもないことを言い出すアルテヴァさんに私はやや引き気味で応える。
アルテヴァさんの倫理観としては、私が生きているうちは私を全力で保護するけれど、私がいなくなったらそんな世界に価値はないので、腹いせに破壊する……というものらしい。
うーん、神話的な思考をしていらっしゃる。
私の推理ではプレイヤーさん、つまり人間のはずなんだけどなぁ……。
「それで思い出した記憶ですけど」
「ああ、言わなくても大丈夫よ! どうせママには理解できないわ。それより、思い出した記憶はどう? 使えそうだった?」
アルテヴァさんは清々しいほど早々にこの世界についての理解を諦めていた。
今回の思い出した記憶も運営関連のものではあるので、確かにアルテヴァさんには理解できないものかもしれないけれど、それにしたって諦めの良い。
ただ、分からないものを分からないものと切り捨てられるのもまた強さなのかもしれないと私は思う。
「使えるかどうかはこれからの実験次第です」
私は思い出した記憶から1つの裏技的行動を思いついていたけれど、それが実現可能かはやってみなければ分からない。
そしてどちらかといえば失敗しそうな気もするので、分の悪い賭けになりそうだ。
「あら、それはもう使えるって意味じゃない」
「えっ? そ、そうですか?」
「そうよ! だって、実験に無意味なものはないわ。実験をした時点で、必ず何かの結果を得られる。それは今後の使える知識になるはずよ」
理解をさっさと諦めた人とは思えないほど、アルテヴァさんは理知的なことを言う。
それは、洞窟で魔物は倒せないと分かった時の私と同じ考えだった。
そうだ、失敗なんてして当然なんだった。
大事なのは失敗から学ぶこと!
それを私は妹から学んだはずだ。
「そうでしたね……じゃあ、あの、失敗するかもしれないけれど、やるだけやってみましょう! 瞬間移動を利用した方法です!」
「瞬間移動を?」
「はい、この魔法が私の思い付く場所に行ける能力であるなら、きっと夢で、記憶で見た場所にも行けると思うんです。そして、記憶で見た場所は運営にとって重要な場所だったと思います」
「つまり、敵の本拠地に一気に乗り込もうって考えね! 素敵!」
素敵かどうかは人によるところだろうけれど、好戦的なアルテヴァさんとしては大満足な作戦だったらしく、元気よく腕をブンブンを振り回している。
そういえばアルテヴァさん、日に日に動きが幼くなっているような……?
体に思考が引っ張られているのか、弱体化が思考に影響を与えているのか、どちらか分からないけれど、ここ最近の彼女は色々と幼くなっているように思う。
可愛いからなんでもいいのだけど。
「よしよし、とにかく試してみましょうね」
「何故、ママの頭を撫でるのアンジェラちゃん!? ママはママなのよ!?」
「すいませんちっこいので」
「そんな理由で!?」
可愛らしいアルテヴァさんを撫でまわしながら、私は瞬間移動発動のために精神を集中し始める。
そう、これは癒しを手にすることで、リラックスした状態で魔法を発動するという理にかなった方法なのです!
……今考えたけど!
「夢の場所へ」
しっかりとあの天使のいた場所を思い出しながら、私が慎重に瞬間移動を行うと……視界が一瞬暗くなった。
すぐに視界は光に包まれ、目に入ってきた光景は、夢で見たのと全く同じ空の上のような不思議な場所だった。
じ、実験成功?




