第21話 妹は逃がさない
「ただ即座に貴女を元の場所に返せるかというと、それは難しいかもしれません」
悩む私にお姉さんはそんなことを言う。
てっきりいつでも私のことなんてぱっと帰還させられるのかと思っていたので、それは意外な発言だった。
「えっ、ぱっと消せるみたいなことを妹が言ってましたが」
「妹さんはループ中の記憶があるんですね?でしたら、よくよく考えて欲しいのですが、ぱっと消せるのに、なんで貴女はまだここにいると思いますか?」
「なんでって、それは時を巻き戻しているからで……あっ!?」
「そうなんです! 帰還しようとしても、無かったことになってしまう! だからこそ貴女の救出は難航してるわけなのです!」
お姉さんはもう心底苦々しい顔で、驚愕の事実を告げる。
つまり、妹は神々に負けたようなことを言っていたけれど、事実は違ったということか。
むしろ妹の目的としては私をこの世界に留めることに成功しているとすら言える。
負けているのは救出失敗を続けている神々、つまり運営の方だったとは!
「しかも、繰り返すたびに権限もどんどん狭くなって来てまして、私たちの監視や干渉もどんどん難しくなっています。だから、エラー復旧という理由付けがなければ、こうして目の前に姿を表すのも難しかったでしょう」
「あの、実はかなり運営さんも追い込まれてますか?」
「追い込まれてます! めちゃくちゃ不祥事です!」
お姉さんの泣いてるのか怒ってるのか悩むほどに複雑な表情を見ると、どれだけ運営が切羽詰まってるかが分かる。
どうやら余裕そうに見えたのは雰囲気だけであり、実はもうかなりヤバいらしかった。
運営、それはこの世界における神みたいなもので、もう何でも出来るのかと思いきやそれはそうではないらしい。
考えて見れば、世界の時間が巻き戻されているというのは、ゲームの運営を乗っ取られているのと同じで、その点で見れば完全に運営がキャラに負けてしまっている。
キャラより弱い運営。
それは確かに超不祥事だ!
こうなってくると、そもそもこの運営さんがどこまで情報を持っているかも怪しくなってきた。
もしかして魔界神とかも知らない……?
「魔界神って運営さんは知ってますか? アルテヴァさんと言うのですが」
「一応、存在は知っているのですが、正直分かっていないというか……はっきり言います。ゲームとして想定されていないキャラです」
「ええええええええええ!?」
「いえ、正確に言えば魔界神というゲームキャラはいます。でもアルテヴァなんて名前ではないし、意思も存在しているわけではありませんでした」
「じゃあ、あのママママしい性格は何処から来たんですか!?」
「それが、謎なんです……」
なんと魔界神アルテヴァさんは、そもそもこのゲームとしては存在すらしないおかしなキャラらしい。
じゃあ、あの人……なんなの!?
急に魔界神という存在が私のことを娘のように思っているママ界神から、こちらを娘扱いしてくる詳細不明の人になってしまった!
元々怪しかったのに、もう不審者すぎる!
「そういうわけで、あの、敵対の意思はありません。そのことをハナにも伝えてくれませんか」
「はい……あと、その、もしかしてハナって主人公ではない感じですか?」
「ハナは案内キャラです」
「ああ! ゲームでよくある最初の方で色々説明してくれる人ですか!」
「そうです! まずこの『ハナのマジカルエデンライフ』と言うのは『マジカルライフシリーズ』と呼ばれる長い歴史のあるゲームの続編にあたるもので、没入型にするにあたってエデンと名付けたのですが当初は批判も多く……」
「えっと、妹に説明してきますねー」
お姉さんはゲーム愛が強い人なのか、ゲームについて語らせるともう早口で長々といつまでも語れそうだったので、私はそそくさと退散する。
そっかー、ハナ、主人公じゃなかったんだ。
看板キャラみたいな立ち位置のキャラを私が勝手にSNSに流れてくる情報だけで勘違いしていたんだね。
妹の言動って確かにあんまり主人公っぽくないかも。
「お姉様! ほ、本当に会話できたのですか?」
「うん、あのね、信じてもらえないかもしれないけれど、もう隠すわけにはいかないから、全部話すわ」
心配する妹の頭を撫でつつ、私は覚悟を決めて私の全てを、そしてこの世界の全てを語ることにした。
妹からすれば荒唐無稽な話のはずで、どこまで理解して貰えるか分からないけれど、妹は無言で、時に頷きつつ、真摯に私の話を聞き続けた。
★
「なるほど、ゲームというのはよく分かりませんが、要するにお話の世界ということですね」
「すごい受け入れが早い!」
「いや、その辺りまでは想定してましたから。っていうかツバキ丸ちゃんがああなんですよ!?」
妹の指差す先では、こちらの長話が退屈で飽きてしまったのか、適当に小判の山に登り、ソリで滑るという超豪華な遊びにツバキ丸ちゃんたちが興じていた。
ああ、うん、色々おかしいよね……。
「それにお姉様が他の世界から来てたことも理解してましたし……ただ、これは困りましたよお姉様」
「うん、魔界神が完全に謎の存在で、絶対に脱出できないんだよね」
「いやそちらではなく。あのですね、妹は前にも言いましたが、お姉様と一生一緒にいるのが望みなんですよ?」
「そうだったっけ?」
「そうなんです! なので、元の世界に帰還など、許すつもりはありません!!!!!!」
「そうなっちゃう!?」
まるで娘をくれてやらん!みたいな空気感で、妹は私の帰還を拒否する。
そっちの世界にお姉様はくれてやらん!みたいな感じ!?
「なので結局、そこの神とは戦うことになりますね」
「あの、お、お姉ちゃんの意思は……」
「知りません」
「知りません!?」
「最初から言っているでしょうお姉様。妹はですね、どんな手段を使ってでもお姉様と一緒にいたいのです。それはお姉様の意思を無視してでもです!!!!!」
「ひ、ひえー!?」
こ、この妹、ヤバすぎる!
言われてみれば妹はずっと私の意思なんて無視してループしている間も私を救うために躍起になっていた。
普通、気が狂ってもおかしくない責苦のはず。
それを妹は私のためだけにずっとずっと続けていた。
全てはずっと一緒にいたいからである。
つまり、私がどう思っていようとそんなことは関係なく、それは妹にとって絶対なんだ。
なんというか、つまり、そう、
「愛が重い!」
「今更気づきましたか! 妹は何があろうとお姉様を死なせませんし消させませんし離れさせませんし帰しません! 何故なら、お姉様が大好きだからです!!!!」
「気持ちはありがたいんだけどね……」
妹はもう胸を張って、自慢げにそんなことを言う。
嗚呼、私の妹はいつからこんな怪物的な意思の持ち主に……。
頑固さとヤンデレは別の意味なのよ?
「あと先程の話ですが、少し気になる点があります」
「気になる点?」
「はい、魔界神ですが彼女はもうループは出来ても一回程度だと話していました。だから、お姉様の帰還は今回か次回に可能になるはずなんです。まあ、運営?の人はまだその辺りの話を聞いていないのでしょうが」
「あっ、なるほど」
そういえばそんな話もあった。
だからこそもう死に戻り前提のやけっぱちな行動はできないという話だったけれど、前までは不安材料だったこの要素が、今は脱出のプラス材料になっていた。
立場が変われば、見える視点も変わる。
なんだか不思議な感じだ。
「ただ、それはまともに考えた時の話でして」
「い、異常に考えると?」
「あの魔界神のお姉様への執着心は私レベルなので、もしかすると、ループできなくなるというのは、時間を巻き戻せないという意味ではなく、この世界が崩壊するという意味かもしれません」
「つまり……?」
「つまり、お姉様がいない世界なら世界ごと心中しようと思うかも」
「世界レベルの心中!?」
「まあ、気持ちは分かりますね」
「分からないで! 分からないでハナ!」
妹もヤバいけれど、魔界神もヤバすぎる。
そうか、時間を巻き戻せるってことは、この世界の時間に干渉できるということだから、世界を壊すのもお手のものということか。
もしや、私にとってのラスボスって神々ではなくて、魔界神なのでは。
あの人がいる限り、もう、どうしようもないのだから。
もはや私の運命はあの神に握られてしまっている。
「妹としては、お姉様がこの世界から脱出することは許容できませんが、魔界神が世界を破壊するのも許せません。それではお姉様と一緒にいられませんからね」
「でも、どうするの……もう八方塞がりかも」
「うーん……封印されてる状態なら魔界神が外に出る前に倒せたのですが、もう復活してしまいましたからね……あの魔界神を倒す方法はまるで検討も……いや、待ってください」
何かを思いついたのか、妹は急に黙り込むと、じっと虚空を見つめる。
人が考え事をするときに上を向くのは、視界の情報をなるべく減らしたいからだという。
今の妹も、必死に何かを考えている様子だった。
「……が、で……は、そうなるから……を使えば……ぎ、ギリギリかもしれませんが、やれるかも……」
「ど、どう? なんとかなりそう?」
「なんとかしてみせます……! そのためにはまず、そこの神……じゃなくて運営と話す必要があるので、通訳お願いしますお姉様!」
恐ろしきは妹の執念と頭脳で、魔界神というこの世界に混乱をもたらした相手だろうと、対抗策は思いついたらしい。
そして運営のお姉さんと話すということだけど……相性が悪そう!
かたや私を世界に留めたい妹、かたや私を脱出させたいお姉さんだ。
この話し合いはかなりの地獄が予想された。




