第18話 妹は実験する
妹の案内で、ツバキ丸ちゃん関連のイベントが起こるという場所まで来たのだけど、ここまで来るだけでもかなり大変だった。
なにせ、この場には私と妹とツバキ丸ちゃん、全て足して34人も人間がいるのだから。
通常、それだけの人間が一度に移動するだけでも大事に違いない。
もはや1学級の遠足だ。
もしくは予約の店まで急ぐ忘年会?
「あそこにいるお爺さんに話しかけるとツバキ丸ちゃんの過去が聞けるのですが、さて、どうなるでしょうか」
妹は実験を開始する研究者みたいなことを言いつつ、峠のそばにある休息所……日本風にいうと茶屋の前に腰掛けている初老の男に目をつける。
ツバキ丸ちゃんの過去はそれなりに気になるのだけど、今回はそれが目的ではない。
目的は何が起きるかだ。
「普通に考えれば『ツバキ丸様がいっぱいおられるー!?』って感じでござらぬか?」
「その可能性もあります。ただ、ここまで歩いてきて思ったのですが、ツバキ丸ちゃんがいっぱいいることに関してはさほど気にされませんでした。もしかすると通常は認識できないのかも」
言われてみれば、移動が大変だったのはその人数が問題であり、ほとんど同じ人間というのは問題にはならなかった。
同じ人間がゾロゾロと移動する光景は、普通は無視し切れるものではない。
もはや現実的な現象を完全に離れてるいるからこそ、普通の人間にはそれを感じとることすら出来ないのかもしれなかった。
ゲーム的に考えれば、想定されていない事態なので、反応も制作されていないというだけなのだけど。
「全ては話しかけてのお楽しみです。そこのお爺さん! 少しよろしいですか?」
「うん? なんじゃ……そ、そこにおられるのはツバキ丸様!?」
椅子に腰掛けていた老人は驚いて椅子から立ち上がり、ツバキ丸ちゃんの姿を目を丸くして見つめている。
しかし、その驚きはツバキ丸ちゃんがいたことそのものに対するもので、複数人いることには向けられていない。
やっぱり認識されてない?
無視されて終わりになるのかな、なんて私が思っているところで、求めていた異常事態は起こった。
老人が無言で椅子に座り直し、こう言ったのだ。
「うん? なんじゃ……そ、そこにおられるのはツバキ丸様!?」
「えっ? お、お爺さん?」
「うん? なんじゃ……そ、そこにおられるのはツバキ丸様!?」
老人は座り直し、驚き、座り直し、驚きを繰り返し始める。
こ、これは……処理がループしてる!
ツバキ丸ちゃんがいるとイベントが開始するという条件で、ツバキ丸ちゃんが複数いるため複数回の開始になっているのか!?
「うん? なんじゃ……そ、そこにおられるのはツバキ丸様!?」
「なるほど、異常な事態にはなりましたね! しかし、これは32回繰り返されるまで待つだけの退屈な異常ですね。役立ちそうにはありません」
「言ってることがマッドすぎるわよハナ」
繰り返される異常を前にしても平然と、そして淡々と所見を述べる妹。
世界を破壊する異常を捜索する妹としては、もはやこの程度の異常では満足できないらしい。
めちゃくちゃ恐怖体験なんだけどね……。
妹はお気に召さなかったようだけど、私は世界がおかしくなってきている気配を感じていた。
なんだろう……本当にこの世界が壊れてしまいそうな、そんな危うさを感じさせる光景に私は冷や汗が止まらない。
私が死ぬより、もっと悲惨なバッドエンドになったりしないよね!?
「次はツバキ丸ちゃんの武器のところへ行きましょうか」
「お爺さん大丈夫かしら……」
「32回言い終わったら元に戻るでしょう。それで、場所なんですが鬼ヶ島です」
「鬼ヶ島とは!?」
「魔界の海にある謎の島です。本来なら超危険地帯なのですが、今回はキュキュさんが制圧しているはずなので、気楽に鬼退治と行きましょう」
「もう事態は気楽さから遠く離れているんでござるが……」
結局、ツバキ丸ちゃんの過去は分からないままに、私たちはまた魔界に行くことになった。
かなり気になっていたので普通に残念ではあるけれど、また次の機会はきっとある、はず!
断言できないのが辛いところだけど!
それにしても鬼ヶ島なんて、ツバキ丸ちゃん関連は全体的に和風で纏められているらしい。
鬼退治ともなれば、ツバキ丸ちゃんが桃太郎的なポジションなのかもしれないけれど、色々なパロディがある桃太郎においても増殖するのは知らないなぁ……。
★
魔界の海はまるで闇のように黒く、ヘドロのように重い。
そんな海を32人のツバキ丸ちゃんが漕ぐ船で突き進む。
うん、シュールだ……。
「労働力は活かさないとですからね」
「ツバキ丸ちゃんを便利に使いすぎ!」
もはやツバキ丸ちゃんは盾に労働にバグにと、便利すぎる存在になっている。
不憫さがここにきて加速してきたかも。
考えてみればいくらでも増える上に、こちらの言うことは何でも聞いてくれる忠誠心の塊であり、しかもそこそこ強いと来ている。
あれ? もしかしてツバキ丸ちゃん労働力として完璧……?
まあ、根性はあんまりないのだけど。
その代わりメンタルは強い。
「見えてきたでござるよ! なんかツノが生えてる島が!」
「本当だ! なんかツノみたいに岩が削れてる!」
「鬼が住んでますからね」
冷静に考えると鬼が住んでいるからと言って、その島までツノが生える必要はないのだけど、フィクションにおいてはありがちな光景ではある。
分かりやすさは大事だからね。
ただ、実際に見てみるとすっごい馬鹿っぽい。
鬼さんよりお子さんが喜びそうな外見だもの。
「うぃっすー! みんなこっちこっちー!」
島に近寄ると、海岸沿いでキュキュさんがこちらに向かって手を振っていた。
久しぶりに見てみると、なんかすっごい癒されるな……。
妹もツバキ丸ちゃんもあんまり癒される感じではないし、影に住んでるベルンちゃんも見た目は愛らしいものの、常識に欠けているのであまり気は休まらない。
一方、キュキュさんは可愛くて常識的で優しいのでもう私の最後のユートピアだった。
魔王の娘だけども!
「キュキュさん久しぶりね」
「お姉さんもおひさー! いやー、結構鬼ども強くてさ、時間かかっちゃった」
「制圧出来るだけ凄いと思うけどね」
「それで、首尾はどうですかキュキュさん」
「ばっちし武器見つけたよ! これでツバキっちもめっちゃ強くなるね! ていうか、ツバキっちあれから超増えたくない? マジヤバいんだけど……」
「今は32人いるでござるよ」
最初の方で数人に増えたツバキ丸ちゃんを見ていたキュキュさんだけど、そこから更に更に増えて、うじゃうじゃという言葉で表現しても良いほどの数になったツバキ丸ちゃんを見たキュキュさんは普通に引き気味だった。
うん、それが普通の反応!
安心するなぁ!
「別にキュキュさんを強くさせるのが目的ではありません! いいですか? 自動的に持ち主の元へ動くツバキ丸ちゃん専用武器『ムラマサブレード』を、今、こうして増えたツバキ丸ちゃんに近づけるとどうなるかというのが目的です!」
「ヤバっ!? 悪の実験じゃん!」
「正義の実験です! 全てはお姉様のためですから!」
「なら正義っぽいしセーフ!」
「全然セーフじゃないからね!?」
悲しいことに、やはりキュキュさんも少しおかしかった。
いや、心優しいからこそだし、私もここはセーフを出そう!
「さて、正義も確認されたところで、ムラマサブレードで実験開始といきましょうか!」
「我ごとながらちょっとワクワクするでござるな」
「ツバキ丸ちゃん心が強すぎるわ……l
辛いことは嫌だけど自分の命は割とどうでも良いというツバキ丸ちゃんの特殊なメンタルが大活躍している。
こうして悪の実験は開始された。
何度でも言うけど、断じて正義ではない!




