乙女のたしなみ
「なあベル、それってどうやってしがみついてんの」
俺たちは今、メリッサの背中に乗って、『メリアデスの玉座』を奪うために、ダークエルフの城に向かっている。
俺はメリッサの鱗を両手でしっかり掴んでいるかたちだが、幽霊のベルは――何というか、引っ掛かっている? 感じだ。
薄い布が風に翻弄されながら、それでも物干しざおにどうにかしがみついてるって印象。
「コツがあるのよ~。半分憑りついてる感じ?」
その言葉にメリッサが慌てて身をよじる。
『待て私は今幽霊に憑りつかれているのか!? 冗談じゃないのだが!?』
「うっふふ、幽霊ジョ~ク☆」
『笑えん! 二度と言うなこの正統派幽霊め!』
なんてことをしている間に、ダークエルフの城が近づいてくる。
『あそこがダークエルフの城だ、サトー。見えるか』
「ああ。めっちゃ城壁入り組んでるな」
城を取り囲む城郭は、整然と並んだレンガ造りで、見えない場所が多い。ここに攻め入ろうと思ったら、この蛇みたいに曲がりくねった細い道を進まなければならない。
本能的に嫌だなと思う。少し進めば、死角から攻撃されてろくに進めやしないだろう。
例えば、ドラゴンみたいに空を飛べれば、上空から攻撃することもできるのだろうけど。
『すまないサトー、ここからは歩くことになる』
「メリッサ?」
『ダークエルフどもは、城の周りに結界を張っていてな。ドラゴンやオークといった種族は、魔力の使用を制限される……!』
悔しげに言いながら森の中に降り立ったメリッサは、人間の姿になった。
ちなみにだが、メリッサは人の姿になっても炎の魔法を操ることができるそうだ。けれどその出力は、ドラゴンの時よりもずっと弱まるし、そもそも力が全く違う。
だがメリッサは、長い赤毛を翻して不敵に笑った。
「人間の姿で戦いに挑むのは本意ではないが、この日のために人型でも鍛錬を積んできた!」
「あ、毎朝やってたのってそれか」
「そうだ。別にサトーの実力を疑っているわけではない。あなたがいればダークエルフの城を攻略するのはたやすいだろう。だが」
「だが?」
「だ、ダークエルフどもは幻惑魔法や魅了魔法に長けているからな。サトーを……その、たぶらかして、前後不覚にするかもしれんっ。しかし案ずるな、その際には妻として責任を持って、力尽くで取り返すからな!」
なるほど。確かに、俺の意識を混濁させられたら、『古城清掃人』としての役目は果たせなくなる。
城に近づく前に、既にメリッサの力は制限されてしまっているのだ。城の中はもっと過酷な環境だろう。そんな中で『古城清掃人』として動けなくなったら、俺たちは良いカモだ。
俺はこの世界に来て、初めて緊張感を覚えた。
それは多分、守らなきゃいけないのが、俺一人の命じゃないからだと思う。
「気を引き締めていかないとな」
「ああ!」
奮起するメリッサと俺、そしてベルは、森の中を慎重に進んで行った。
三十分ほど歩いただろうか。
唐突に目の前に現れたのは、巨大な鉄の門だった。その先には城の一角が見えているので、城への入り口なんだろう。
門番などはいない。けれど俺たちを見て、はいどうぞ、と開けてくれるわけでもなさそうだ。
「幽霊。これは幻惑魔法ではないな?」
「ええ。あたしの目にもはっきりと見えているし、本物の城門ってことで間違いないと思うわよ」
そのやり取りが引っ掛かったので、聞いてみる。
「なあ、なんでベルに聞くんだ? そんなに魔法上手いんだっけ」
「いいえ、あたしはずぶの素人よぉ。だけどね、幽霊には幻惑魔法はきかないのよ。幻惑魔法が作用するのは肉体だから、それを持っていないあたしたちには効果がないってこと」
「なるほどな。もしかして、これを見越してついてきてくれたのか?」
「さぁねえ~?」
ベルはにまにまと笑いながら、いつものようにその辺をふよふよしている。
メリッサはそんな彼女を横目で見ながら、両の拳を握りしめ、むん、と気合を入れた。
両脚が強く地面を踏みしめ、金色の目がぎらりと光る。肌がびりびりと震えるような気迫がほとばしったかと思うと――。
「ぜぇええええりゃあああああああっ!」
メリッサの右拳が、自分の身の丈の六倍はあろうかという鉄の門を、打ち砕いた。




