こぼれ話①~メリッサオイオス城のモーニングルーティン~
番外編です!本編とは関係ないのでゆるーくお楽しみください。
『古城清掃人』であるサトーは、日の出と共に目覚めることが多い。
別に早起きというわけではない。日が昇ると、彼の妻であるドラゴンのメリッサオイオスが、鍛錬のために勢いよく外へ出ていくので、その音で目覚めるのだ。
ドラゴンは夜目がきかない種族も多く、基本的には昼行性だ。
けれど、お昼ごろまで眠っているドラゴンも多い中で、日の出と共に飛び出すメリッサは、かなり勤勉な性質と言えよう。
彼女が外で鍛錬をしている音(木がへし折れたり、地面が割れたりしている)を聞きながら、サトーは食堂で火をおこす。
火をおこすのはたやすい。『古城清掃人』である彼にとって、古城の中の出来事は全て思い通りに運ぶ。
ちなみに彼は、一人で暮らすことを想定し、厨房と食堂を分けなかった。食堂の端に大きな暖炉があり、そこに鍋などを吊るしたり、フライパンを並べたりして調理するのだ。
「おはよぉ、サトーくん」
この城に住み着いた幽霊のアナベルが、ふいに食堂の椅子に姿を現した。神出鬼没の彼女の挨拶にも、サトーは顔色一つ変えず、おはよう、と返す。
ちなみにアナベルの行動パターンは幽霊らしく気まぐれで、明け方にふいっとサトーの部屋に現れることもあるし、夕方ごろにのそのそと寝起き顔で食堂に現れたりもする。
サトーは水を沸かし、昨日の残りのスープを暖めながら、食堂の脇にある食料庫へ向かう。
「さて、と。今日はかりかりのベーコンとか食いたいきぶん」
食料庫は、冷蔵スペースと、常温スペースに分けられている。
冷蔵スペースには肉の燻製にしたのや、塊になったのがごろりと置かれている。これらの肉は行商人から買ったり、ここから歩いて三十分の小さな村で買ったりしている。
自分で一頭丸ごと買って、さばくことも考えたが、まだ挑戦できずにいる。けれど、人型になっても肉を好むメリッサの為に、常に肉は一定量ストックすることにしていた。
アナベルはそれを、愛ね、と笑う。
サトーは冷蔵スペースに保存していたベーコンの包みを取り出し、卵を数個拾い上げる。
続いて常温スペースには、葉物野菜が保管されている。この野菜類――キャベツとかホウレンソウとかニンジン――は、サトーがこの城に来る前に、女神に持たされた鞄の中に入っていた種から育ったものだ。
女神はサトーに大した能力を与えられなかったことを、そこそこ申し訳なく思っていたようで、中に入っていた種や苗は、サトーがさほど目を配らずとも、よく実った。
しかも、種や苗は尽きることなく鞄から出てくるのだ。野菜が足りてないなと思ったら、その鞄から種を取り出して植えれば、あとは勝手に育って実る。
もはやここまでくると、鞄の中で勝手に実っていてくれたらいいのにと思うレベルである。
なんかすごい力があるんだろう、ラッキー、とサトーは気にも留めていないが、本来であれば、この種一つで一攫千金が狙えるレベルの魔法具であった。サトーは気にも留めないが。
本来であれば気候的に生育しないであろうトマト類も、畑で鈴なりになっている。
それどころか、春菊だってふきのとうだってごぼうだって、なんでも育つし一週間ていどで収穫できる。
ゲーム的に収穫できる事実に、サトーは少しだけ釈然としないものを覚えるが、まあ多種多様な野菜を簡単に手に入れられるのは良いことだろう。たぶん。
食料庫から戻ってきたサトーは、フライパンに油をひいて、ちぎったキャベツがくたくたになるまでいため、トマトをじゅくじゅくになるまで熱した。
そのあとで、ベーコンと卵をかりっとするまで焼く。彼は野菜も卵も肉も、完全に火が通っているものが好きだった。
サトーは料理が好きでも上手でもない。ただ、好みの味や食感にできるのが良いな、と思っている。
できたものを食卓に並べたあと、そうだ、忘れちゃいけない、丸くて長いパンを数きれ切っておく。
その頃には、額に気持ちの良い汗を浮かべた人型のメリッサが、勢いよく食堂にやってくる。
「おはようっ、サトー! 今朝も良い天気だ! 水汲み、しておいたぞ」
「ああ、サンキュ。お前朝飯どうする? 肉の塊にする?」
「そうだな……。今日はサトーと同じものがいいな」
肉食のメリッサが、野菜や卵に挑むのは珍しい。
アナベルは、愛ね、とささやく。ドラゴンの少女はかすかに顔を赤らめる。
「分かった。パン焼く?」
「頼む。あ、チーズがあると嬉しい!」
「あいよ」
サトーは食料庫に戻って、これまた近くの村で買ったチーズを持ってくる。
新しいフライパンの上にパンを四枚並べ、そのうち二枚にたっぷりとチーズをすりおろしてかけた。
パンの端っこがかりかりになって、上にのったチーズがじゅんわりととろけてゆく。マヨネーズなんかを乗せたいところだが、作るのが面倒なので省略した。
その上にかりっと焼いたパンを乗せ、端っこも軽く焼く。
「チーズサンド乗せる皿くれ」
「ああ。これでいいか」
メリッサが差し出す皿に、出来上がったチーズサンドを乗せる。チーズの食欲をそそる香りがたちこめ、二人してにっこり笑う。
その間にアナベルが、スープを二人分よそっておいてくれた。親切なポルターガイストだ。
「今日は紅茶にするの? コーヒー?」
「コーヒーかな。メリッサは?」
「私はお湯で良い。幽霊、お前はどうするんだ」
「あたし幽霊だからいいってば~。でも強いていうならコーヒーちょっぴりがいいかな」
サトーは暖炉の端にあるキャビネットから、コーヒーの粉を取り出した。
これもまた女神パワーの恩恵を受けているもので、コーヒーと紅茶は無尽蔵に湧いてくる。
コーヒーは豆の状態で湧くので、挽く作業が必要になるが、それくらいの手間は惜しくはない。
手作りの布フィルターでコーヒーを淹れ、湯気の立つ三つのカップをテーブルに並べる。
「それじゃ」
「うん。いただきます!」
メリッサは戦いに挑む時のような顔でフォークを手にすると、焼きトマトに挑んだ。
少し焦げ目がついて、皮のむけたトマトのかけらを、恐る恐る口に運んでみる。
「……む。これは、美味いかもしれない。食感は少し慣れないが」
「焼きトマトって意外とうまいよな」
「不思議な野菜よねえ~。赤いのに辛くないなんて」
ベルは面白そうにメリッサがつつく焼きトマトを見ている。
幽霊であるベルは、基本的に食事はとらないし、味も分からないらしいが、食事する様子を見たり、食事の雰囲気を楽しむことは好きらしい。
お仏壇にお水を供える気持ちで、食べ物や飲み物をお裾分けすると、にこにこと嬉しそうに食卓につくのだ。
「そうそう、香辛料って意外と手に入るんだな。ちょっとお高いけど」
「塩に胡椒に唐辛子とかね」
「私はチーズというものが、思っていたより遥かに美味いのにびっくりしたぞ! 食わず嫌いであったな」
「ドラゴンのぎざぎざした歯とチーズって、なんか相性悪そうだもんなあ」
おいしそうにチーズサンドをほおばるメリッサを見、サトーは考える。
トマトとチーズがあるんなら、ピザが作れそうだ。定番のマルゲリータから、名前は知らないがいろんな種類のチーズをのせた上に蜂蜜をかけるやつとかも良いかもしれない。
――きっとメリッサは喜ぶだろう。
穏やかな朝餉は、こうして過ぎていくのであった。
お読みくださりありがとうございます!お楽しみいただけましたら、広告の下の星をぽちぽち頂けると嬉しいです。




