幽霊は全てを知っている
メリッサと俺は城に帰り、ふよふよと浮かんで待っていたベルに、五千万ルピアの借金を背負ったことを話した。
そして俺とメリッサのお母さんが初対面を済ませたことも。
するとベルはにまにまと嬉しそうに、
「きゃーっついに!? ついに言ったのねぇ~! お嬢さんを僕にください! って!」
「う、うん、まあ」
「やーん順調じゃないサトーくん!」
ベルは俺の背中をバシバシ叩く代わりに、俺の椅子をがたがた揺らした。ポルターガイスト式激励。
それを見たメリッサは、微かに顔を赤らめつつも、
「し、しかしだな、万事が万事順調というわけではない」
「ああ、五千万ルピアの借金をチャラにするために、ダークエルフの城に向かう、ってやつでしょ。結構ヤバイ件任されちゃったかもねぇ~」
おおむねぼんやりした様子のベルが、難しい表情になった。自分の死にざまもジョークにしてしまう彼女にしては珍しい。
「ダークエルフってヤバいやつらなのか?」
「そうねえ。金儲けにうるさくて、戦闘的な魔法を使って、仲間の絆は大事にするけれど、それ以外には目もくれない冷血な種族って感じかしら」
「ヤクザみたいだな」
「ヤクザ……がどんなものかは知らないけれど、お金にうるさくて、色んな種族から恨みを買っているのは確か。そのせいかお城の防備はガッチガチで、ドラゴンだって攻め入れないって聞くわねぇ」
ベルの言葉に、メリッサがムッとした表情を浮かべた。
「軟弱なエルフの亜種どもなぞ、我らが炎で蹴散らすことはたやすい。……しかしだな、あれらが卸す宝石はそれはもう見事なのだ」
「あーなるほど、好み熟知されちゃってるわけね」
「鉱山から宝石の製造所まで、だいたいがあやつらの支配下にある。発掘から販売までをダークエルフが一手に担うことで、かかる費用を押さえながら、販売価格を自由に釣り上げることができるわけだ」
「お金持ちのドラゴンからお金を吸い上げる仕組みが完成されてるのねぇ。ほんと、その賢い頭を別のところで活かしてほしいわ」
ますますヤクザだ。自分たちなしではいられないようにして、たんまり搾取する。
「にしても、ドラゴンの皇后ともあろうひとが、ダークエルフに弱みを握られるなんてねぇ」
「うむ……。お母様は冷徹な商売ドラゴンとしての一面もあるのだが、ギャンブルに目がない面もあってな……」
「皇后さまってのも、ストレスがたまる仕事なんでしょうねぇ。あたしのお父様も、ダークエルフの賭場でだいぶ身を持ち崩したのよ……」
「それは……。お前も苦労したのだな……」
ベルとメリッサは二人でうんうんと頷き合っている。
しかも、とメリッサは暗い表情になった。金色の目を伏せると、孔雀みたいに長いまつ毛がゆっくりと瞬いた。
「ダークエルフの城は、攻め入られないよう迷路のような作りになっている。トラップも多いし、そもそも内部で魔法が使えん。魔法に長けたエルフやドワーフとて、二の足を踏む場所だ」
「ふーん」
「か、軽いなサトー」
「え、だって、城でしょ」
そこがどこであろうとも、城と名がついているのなら。
「俺『古城清掃人』だからな。ドラゴンのだろうとダークエルフのだろうと、城の中に入って、お母さんから頼まれたものを持ってくることくらいはできると思う」
「……か」
「か?」
「かっこいいなサトー!? いや、元々かっこいいが、今のは特にすごかったぞ!?」
「え? ああいや、行ってみないとほんとにできるかどうか分かんないけどさ!」
事実を述べただけのつもりなんだけど、なんか小生意気に聞こえるな。
でも、メリッサを世界一の古城に住むドラゴンにしてやりたい、ってことを考えると、五千万ルピアの借金は早々に返済するのが吉だろう。
あとなんかほっといたら、また勝手に利子とかつけられそうだし。
「で? 何を持ってくるように頼まれたの?」
「『メリアデスの玉座』だ。宝玉でできた玉座でな、お母様の持ち物の中でも高価なものだそうだ」
「……ふうん。『メリアデスの玉座』ねえ」
ベルはすうっと目を細め、首の傷を指でそろりと撫ぜた。
妙な表情だ。何かを懐かしむような――それでいて、悲しんでいるような?
俺の視線に気づいたベルが、にこっとよそいきの笑みを浮かべた。
「サトーくん『メリアデスの玉座』って知ってる? いわくつきなのよぉ~」
「いわくつき、って?」
「こういう歌があってね。”その玉座に座りし者は、一夜には毒サソリ、二夜には弓矢、三夜には毒薬を賜りて、最後の夜には短剣が、お前の命を奪うであろう”って」
「血なまぐさっ」
隣のメリッサは大まじめに、
「結局死因は何なんだ? 毒サソリなのか短剣なのか?」
「突っ込むとこそこ?」
「大事だろう! 毒で死んだのならばその肉は食べられないし、ドラゴンの中では毒で敵を殺める者は軟弱者の証だ」
ドラゴンらしい視点である。
ベルはにやりと笑って言った。
「ほんとよね。毒なんて非力な人間が使うものよ」
*
ダークエルフの城に向かうのは明朝ということにして、俺たちは休むことにした。
メリッサは、ダークエルフと戦闘になった時に備えて、スタミナをつけるべく、外でもりもりと牛を食っている。
ンモオオオという牛の断末魔が遠くで聞こえ、途中でふつりと途切れた。発情期の猫の声を聞いているような気分だ。
「牛を食べるところを見られたくない、なんて、あのドラゴン娘も乙女ねえ」
ベルがふわりと向かいの席に腰かけ、頬杖をついた。首の傷がパカパカしている。
俺は横にあったミルクピッチャーを手に取り、コップに少し注ぐと、ベルの前に置いた。
「いいのに。あたし飲めないし」
「ま、気分だけでも」
何というか、仏壇にご飯を備える気持ちに近いのだ。意思があって喋れるのならば、なおさら飲食を共にするふりだけでもしておきたい。
ベルはくすぐったそうな顔で、コップを撫でていたが、ややあって、
「あのドラゴン娘をお嫁さんにするって、本気だったのね」
「え、何だいきなり」
「んー、そこまであの子のことが好きだったんだなあ、って意外に思っただけ~」
「好きっていうか……」
「好きっていうか~?」
「……好きとか、そういう感情が明確にあるわけじゃない。まあ、ドラゴンというよりは、一人の女の子として見ている感じはあるけど」
ベルはニマニマ笑ってこちらを見ている。くそう。恥ずかしい。
「ってか普通に、一緒に住んだら結婚だ、って思ってるヤツのこと無下にはできないだろ?」
「ふ~ん? 素直になりなさいよ~?」
「くっそ……。でも、なんていうか、メリッサが最初に俺の城を見た時さ、すごく褒めてくれたんだよな。それが、自分でもびっくりするほど嬉しくて」
「城? ああ、ここのこと」
「そ。俺さ、『古城清掃人』だから、ってんで、クラスの皆から追い出されたわけじゃん?」
「マツダとかいう分からずやのせいよね。それで?」
「で、最初は城の中でスローライフ超いいじゃん、とか思ってたんだけど……やっぱ、一人だと物足りないんだよな」
どんなに見事な城を作っても、どんなに精巧な家具をこしらえても、それを評価してくれる人はいない。
褒めてくれなくてもいい。ただ俺の作ったものを見て、何か言ってくれる存在が欲しかったのだ。喜んでくれたらそれに越したことはないけれど。
「なるほどね。あなたの作品を一番最初に絶賛してくれたのが、あのドラゴン娘ってわけ」
「そゆこと。刷り込みみたいで我ながら単純だと思うけどさ」
「馬鹿ね、そんな単純なことで落ちるから厄介なんじゃない。恋ってのは」
「こ、恋とか、まだそういうんじゃないから」
「『まだ』ね」
ベルはどこか切なそうに笑った。
翌朝。城前にて。
「ではサトー! これより森向こうのダークエルフの城へ向かい、お母様から頼まれた物をうば……もとい、奪還する!」
「それもう奪うって言い切っちゃっていいと思うけど」
「建前は大事にしなければな。では参ろうぞ!」
「ええ、張り切って行きましょ~!」
間延びした声。メリッサが弾かれたように自分の右の方を見る。
そこにふよふよ浮かんでいるのは――ベルだ。
「な、なぜお前がここにいる!? 朝っぱらから心臓に悪……っじゃない、み、見送りならば結構だぞ」
「見送りじゃなくて~、あたしも行くのよ」
「は? そんなことを許した覚えはないぞ!」
「許されなくったって行っちゃうもんね~だ。ね、いいわよね、サトーくん?」
「いいけど、城出るとかできんのか? 幽霊なのに」
「できるわよ。じゃあ、オッケーってことよね? うんうん! みんなで頑張りましょ~!」
ベルの間延びした、えい、えい、お~、という言葉が、朝の前庭に響いた。




