第70話 惑わせ
柘植は瑞葉と一緒に寝室で作業をしていた。それは地方紙の中から必要な情報、つまり誰かの一番大事な人に関する情報を探す作業であった。
いつものような作業を繰り返し行いながら彼らは地方紙をさばいていく。探している情報に当たる確率は低い。更に「ににぉろふ」が使えなくなったことで仮に見つけたとしてもその詳細を調べることができなくなっている。それでもやれることは少ない。
しかし、突然、瑞葉がメモ帳を手に取るとボールペンを走らせると柘植の袖を引っ張った。
『思い出しました』
「佐原絹江が見つかったのか?」
柘植が尋ねると彼女は一瞬どう反応したらいいのかと言わんばかりに固まり、そしてゆっくりと首を振った。
『佐原さんは見つかっていません。でも、少しだけ思い出しました』
瑞葉が見ていたのはG県の地方紙であった。
(何かのきっかけ……G県の地方紙にきっかけがあったのだろう)
「ゆっくりでいいから話してごらん?」
柘植は瑞葉をじっと見つめた。瑞葉は再度メモ帳にペンを走らせた。
『G県の山中にあるQ村の話です。私は村の人から逃げて、集落の外れにある佐原さんのおうちに隠れていたんです。佐原さんは独り暮らしでボケていたから孫が来たのだと思って優しくしてくれました。ずっとそうやって隠れていたんです』
「ちょっと待って、瑞葉はこのゲームが始まる前にQ村にいたということだよね。それで、どうして村人から逃げていたんだ?」
柘植が問いかけると瑞葉は頷き、それから目を閉じて何かを思い出そうとした。
『逃げないと、食べられるからです。どうして私がその村にいるのかは思い出せません。らちされたんだと思います』
(拉致……、食人……)
およそ現代の生活では考えられない単語がメモ帳に書かれている。柘植はゴクリと唾を飲んだ。
(しかし、瑞葉の言っていることは真実だ)
『でも、ついに気付かれたんです。そこに隠れているって。それで私はそこから抜け出して、山の中の見つからなさそうなところに隠れて……そこからの記憶も曖昧です』
「どこに隠れたのかも思い出せない?」
柘植がそう尋ねると瑞葉はコクリと頷いた。
『あと、佐原さんの家に隠れる前のこともあんまり思い出せません』
瑞葉は読みやすい文字でスラスラと付け加えた。
「つまり、瑞葉は食人の集落に捕まって、それで、何かされそうになったところを逃げ出して佐原さんの家に隠れた。佐原さんはボケていたから瑞葉を孫と勘違いしてよくしてくれた。だから瑞葉の一番大事だった人がその佐原さんだったということか……」
柘植がまとめると瑞葉は頷いた。
「それでもある日そこに隠れていることを気付かれてしまい、佐原さんの家から出て山の中のどこかに隠れた。どこに隠れたのかは思い出せないけれどもそのうちこの透明な殺人鬼ゲームに連れ去られてしまった、ということか」
瑞葉は再び頷いた。
「どこにいたのか……『ににぅらぐ』で聞くわけにもいかない。やりとりは全て共有されている。瑞葉の状況を知った他の参加者がすることは1つ。犠牲者に選ぶことだろう。だから……瑞葉が自力で思い出すほかないのか」
瑞葉は眉を下げた。
「大丈夫、今ので少し思い出したんだから、後はゆっくり思い出せばいいんだから」
「それから、瑞葉が話せない理由も、記憶がなかった理由も、どこかに隠れ続けて衰弱していたからだろう。このゲームに巻き込まれたときに体調は元に戻っても、それ以外は戻らなかったのだろう。つまり、瑞葉はこのゲームに巻き込まれる前は危険な状態なのかもしれない。」
瑞葉が背中を丸めて俯いた。
「でも、大丈夫。助けに行くから。このゲームが終わったときにお互いが覚えていたいと思えばお互いを覚えていられる。だから、瑞葉を助けに行ける」
柘植が優しく言うと瑞葉は柘植に飛びついた。
(記憶がなかっただけでも不安なのに、自分が死にかけていると分かったんだ……。余計に苦しいだろう……)
柘植は瑞葉の頭を撫で続けた。
「大丈夫……大丈夫だから……」
そう言って彼は瑞葉をあやし続けた。
柘植はこの「透明な殺人鬼ゲーム」の訳の分からなさを改めて感じた。山中のどこかに隠れていた瑞葉をどうやって連れ出したのか、どうやって体調を回復させたのか、到底思いつくこともなかった。そもそもここで何十日も過ごしているのに、
ゲームが終わった瞬間に元の時間に戻ることができるのである。その仕組みは思いつくはずもなかった。ただ、柘植には瑞葉が嘘をついていないことだけは分かっていた。
「大丈夫だから……落ち着いて……大丈夫、大丈夫」
*
(何でクビになったんだよ……)
坂本は早めに終わったミーティングの後、自分の部屋で飲み足りない分を飲んでいた。ペットボトルに入れた焼酎をちびちびとやりながら、彼はこのゲームに巻き込まれる前のことを思い出していた。
(俺もクビくらいなんだって受け入れたのが良くなかったんだよな……前の会社は何だかんだボーナスも給料もよかったのかもしれない……)
(退職したときはせいせいしたくらいだったんだ……。でも……)
坂本はペットボトルに口を付けて傾けた。
(仕事がなくなって自由に酒飲んだりパチンコ行ったりできたのはほんとに最初の時だけで……)
(後はハローワークに行っても同じ条件の仕事はないし、……面接行く気にもなれねえ……)
(なんで俺、我慢できなかったんだろうな……。クビになるのってこんなにきついのか……)
焼酎をあおりながら彼は知らないうちに涙をこぼしていた。
(畜生……何で俺がクビになるんだよ……。金、ねえよ……。しんどいよ……)
しかし、1度クビになった以上、最早どうすることもできず、同じ条件の仕事はなかなか見つからず、無駄なプライドが彼の再就職を邪魔していた。
(なんであの時我慢できなかったんだよ……畜生……)
(でも、ここにいれば時間は気にしなくていい……それは救いだけど、な……。でも、このゲームをクリアしても仕事が見つかるわけじゃないし……)
焼酎はどんどん減っていく。
(俺、人生、詰んでるよな……。何でこうなったんだろうな……。自殺……も難しいし、苦しいの嫌なんだよな……)
(なんでこんなに医療が発達しているのに安楽死だけはできないんだよ……畜生……)
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春
それぞれの季節はどれもいいものだけど、やっぱり春と言ったら桜の季節ではないだろうか。ぽつぽつと薄ピンク色が広がり始め、満開になると一気に美しく咲き誇る。決して華やかではないけれども詫び寂びのある落ち着いた色味がまた風情をそそる。ソメイヨシノがそこかしこで満開になっているのも美しいし、山桜がひっそりと咲いているのも美しい。そういう場所の方が隠れお花見スポットとして満足度が高いのかもしれない。そして、花が落ちて緑々しい葉がつけば、新年のスタートを一緒に切っているかのような爽やかな気分にしてくれる。




