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第63話 正すな

 「やっぱり町内会ってひどいわよね」

 利原が笑顔を浮かべながら言った。


 「ににぉろふ」が使えなくなっても彼女たちの生活はすぐに変わらなかった。飲んでいるものがティーパックの紅茶であり、お茶請けのお菓子はないとしても、彼女たちは気にしなかった。というよりもたとえ不満に思ってもどうすることもできなかった。


 「そうですよね、あれ、よく分からないままお金を取られている感じがしますし」

 依藤は首を傾げた。


 「あんまり何に使われているとか聞かないですよね」

 政所もやや上方に視線を動かした。


 「そうなのよ」

 利原が髪をわざとらしくかき上げる。

 「普通の会社なら何のために何に使うからお金を集めるってアナウンスするでしょ? でもうちの町内会は、とりあえず集めてそれから考える、なのよね。もう理解できないわ」


 「賃貸物件だと、町内会費って家賃と一緒に引かれているんです。だからそれを払わないってわけにもいかないですし……」

 依藤は唇を結んだ。利原がティーカップを取ろうとした手を止めた。

 「使途も納得いかないのよね。ほら、全員にとって役に立つもの……暗い道に街灯を設置するとかだったら文句は言わないわよ。でも、子供会とか老人会とか、そういうところにお金を出すのは違うと思うのよ。だって町内会費を払っている家庭って、うちみたいに小さな子供もお年寄りもいないところだってあるじゃない? 何で他人のためにお金を払わなくちゃいけないのって思うのよ」


 「でも、払う以外に選択肢がないのが現状ですよね」

 政所が肩を落とした。


 「そう、百歩譲って払うのはいいとして、ちゃんとしたことに使ってお金の出入りを明確にしてくれればいいのに……ねえ?」

 利原は分かりやすくため息をついた。


 「そうですよね。ちゃんとしてくれればいいんですけど……。私、前にアパートの管理会社に聞いたことがあるんです」

 依藤がため息交じりに言った。


 「えっ何々?」

 「何を? 依藤さん?」

 2人が飛びつくと、依藤は小さく手を振って「そんな大したことじゃないんですけど……」と前置きをした。

 「アパートの管理会社に町内会費を払っているから町内会長の連絡先を教えてほしいって聞いたんです」


 「それで、どうなったの?」

 待ちきれない利原が前のめりになった。

 「それで、びっくりしたんですけど、町内会長が登録された人から変わっているって言われて、今は分からないって返事が返ってきたんです」


 「分からないところにお金払っていたの?」

 利原が目を丸くした。


 「そうみたいです。で、これ以上踏み込んでも分からないって言われたので、仕方なく現状維持みたいな感じで払い続けているんです」

 依藤は困り顔のまま微笑む。


 政所が「大変ね」と淡白に行ったのに対して利原は片眉を吊り上げた。

 「ダメよ。多分、近所の人に聞けばわかるわよ」


 「私たち、あまり近所の人と親しくないんです。だから聞き辛くって、それに……」

 依藤はスッと笑みを落とした。

 「下手に関わったら役員とか押し付けられそうで怖いんです」


 「確かに、それ、あるわよね」

 利原がニコリと笑った。

 「確かに、巻き込まれないように現状維持のままでいるってことも作戦勝ちなのかもね」


 「本当はなくなるか、もっとオープンになればいいんですけどね。うーん……」

 依藤は珍しく自分からティーカップを取ると紅茶を口に入れた。2人も追うように紅茶を飲んだ。

 (……)

 いつものようにほとんど一口ごとに飛び出していた味の感想は3人から出てこなかった。


 (……)

 満たされない分不満が多くなる……こともなかった。お茶とお茶菓子が先のようになるだけで文句を言い並べる元気もないらしかった。



*



 (中津さんは何を考えていたのか……)

 水鳥は独り、リビングの椅子に座って考えた。


 (何故、あんなことをしたのか……理由……)

 水鳥は眉間に皺を寄せた。

 (恐らく、不満が溜まっていたのだろう。そこに自分のアレルギー物質が好きな食べ物に入っていて、多少苦しんだのは事実だ……)

 彼は顎に手を当てた。

 (アレルギーの程度はよく分からないけれども……多少暴れ回るくらいの元気はあったようだし……それならば何故あんなことをしたのだろう)


 水鳥がふう、とため息をついた。その憂いに満ちた姿はそのまま何かのPVに使えそうなくらいにサマになっている。

 (一度腹を立てて、『ににぅらぐ』に問い合わせたところまではいい……。いいとして、それで繋がらなかったから広間に出て……辛うじてそこまでは理解したとして、ニニィに噛みついた辺りから理解することができない。そんなことをして目立ったら吊るし上げられるのが関の山じゃないか。ニニィがこのゲームを管理しているのは明白なのに……)


 (やはり演技型のそういう性格を持っていたのだろう。今までもそういう傾向はあったが……まあ、自業自得で退場してもらってよかった……。そう、自業自得となってよかった……)

 水鳥は額にわずかに湧いた汗を拭った。

 (巻き込まれなくてよかった……本当に……。あの2人がいたら、同じグループだから連帯責任とも言われかねなかった。そういうことを言いそうな松葉と吉野がいなかったのが……本当に良かった……)



 水鳥はそのまま考えていたが不意に背を伸ばした。その数秒後、スマホが振動した。


 『終わりました。今から行ってもいいですか?』

 「7SUP」に丸橋からのメッセージが届いていた。


 『いいよ』

 水鳥は短く返した。

 (自由に部屋に出入りできるようにしているのに……。まあ、一声かけてくれるのはありがたいことだけれど)


 返信の十数秒後、水鳥の部屋に丸橋と住本が現れた。

 「究君、さっきまで広間にいたけどね、昨日みたいなことはなかったよ」

 開口一番、丸橋はざっくりとしたサマリーを報告した。


 「うん。明莉ちゃん、ありがとう」

 水鳥は優しく微笑んだ。

 「他の人はどうだったかな?」


 「えーと……」

 言い悩む丸橋はチラリと住本を見た。住本は小さく頷いて口を開いた。

 「特に、変な挙動をしている人はいなかったかな。みんな昨日みたいなことや毒殺みたいなことがないか神経をピリつかせていたって感じだったよ」


 「そうなんだ。理沙ちゃん、ありがとう。2人とも他に言っておくことはあるかな?」

 水鳥が柔らかく尋ねると丸橋は首を横に振り、住本も小さく同じ動きをした。

 「じゃあ、報告は終わりだね。2人ともゆっくり休んでね」


 その言葉をきっかけに、「じゃあね」「また、夜にね、究君」と2人は言うと「カードキー」を使って水鳥の部屋から姿を消した。





*



 参加者の顔には早くもやつれが見え隠れし始めている。今までの自由を享受できないだけで、早くも、である。


 「『透明な殺人鬼ゲーム』32日目の始まりでーす。参加者は全員、投票は10分後です。では、開始してください!」

 モニターとともに現れたニニィが体を揺らしながらそう告げると、モニターごと姿を消した。


 「さて、『ににぉろふ』が使用できなくなりましたが……その後、生活に明らかな不都合はあったりしましたか?」

 藤田が真っ先に音頭を取った。


 「昨日も言ったけれどよ、酒も食い物も、タバコも今持っている以外に出せなくなったよな」

 時田が大声で返事を返した。


 「食べ物があったとしても、箸やスプーン、あと、器がなかったりしますね、意外なところですと」

 笠原も一瞬遅れて返事を返す。


 「メイクの道具を追加できないのも不便よね」

 そう言う福本は化粧をしっかりときめていた。まだ使いかけの分が残っているらしい。


 「あとは昨日の話し合いの席で言っていたのと同じでしょうか?」

 藤田がまとめ上げると参加者たちは一様に頷いた。


 「何か良い対処法はありますか? 『ににぉろふ』の代わりになるような……」

 その藤田の質問は漠然とした質問であったが、誰も返事を返そうとしない。対処法などあるはずがないのである。それでも誰かが閃いてくれてはいないのかと参加者は余計に沈黙を作るのである。


 「何か、ありませんかねぇ」

 藤田が再度尋ねるも、結果は変わらなかった。

 そのまま沈黙は続いた。


 何も話し合いがなされない。裏切り者探しも、不要な人物決めも、誰かが声を上げればできるのに、その声を上げるだけの実力者はいない。


 (お願い、早く終わって……)

 (誰か、何か言わないですかね)

 (この時間、何なん?)


 誰もが沈黙を保ったまま話し合いの時間は過ぎていく。


 (藤田、話進めろよ)

 (どうしてこんな時間ができたの……?)

 (助けて……誰か……)


 音頭を取った人物が沈黙を破らない限り、誰もこの沈黙を破るものはいない。


 「では」

 突然藤田が沈黙を破った。

 「『ににぉろふ』がなくなった後の対処法について、現状は誰も持っていないということでよろしいでしょうか」


 参加者はみな頷いた。


 「まあ、そうみたいだな」

 時田が大きすぎるくらいの声で返事をした。


 「今日話し合うのはやはり裏切り者についてでしょうか?」

 藤田が再び問いかける。


 「いやもう時間内から明日からでいいだろ」

 中川がばっさりと否定した。彼の言うようにすでに残っているのは中途半端な時間だけであった。


 その半端な時間を彼らは再び沈黙して過ごした。


 「時間でーす」

 いつの間にか現れたモニターの中からニニィが声をかけると、参加者たちは暗黒の中で今日の話し合いを根拠にしないまま誰かと誰かに投票を行い、一瞬のうちに元いた広間に戻っていた。

「今日の犠牲者は三石怜誠さんでしたー」



*



 (ああ、彼か……)

 小野は透明なケースの中で暴れる同年代の同性をぼんやりと見つめた。

 (結構、怖かったから……それが理由かな……)


 「それじゃ、始めるねー」

 ニニィが元気よく宣言した。


 三石は犬歯をむき出しにして壁に何度も体当たりを行っているが、ケースの壁はわずかに揺れ動くのみであり、不意に赤い紐状のものが右のふくらはぎから現れて、顔をしかめるとそれを握りしめ引っ張ろうとする仕草をするも、びくともせず、そのまま紐は左脚を貫通し、右、左、右、左と巻き付きながら縫い込み、バランスを失った三石が倒れると今度は唇を縫い付け、両瞼を縫い付け、バタバタと動く腕を縫い付け、鼻を縫い付け、三石は体をじたばたと動かしていたが最後に一層激しく痙攣すると後は2、3痙攣するのみであった。


 「じゃあ、また明日ね。バイバイ」

 ニニィの声をきっかけに透明なケースは中身ごと床面に沈んでいった。参加者は体の自由が戻った途端にそれぞれ自分の部屋へ帰っていった。


 (早く……戻らなきゃ……)

 小野はスマホを操作するのにもたついていた。指先が震えていた。





**



 今日の犠牲者 三石怜誠

 一番大事な人 先輩


 ニニィにアブられたときは授業をさぼって体育館裏にたむろしているところであった。周囲の環境次第ではがっつり犯罪に手を染める可能性があった、善悪の区別がついていない人物。しかし頭が良いのかと言えば全くそんなことはなく、単に物事への理解が起承転結の起承あたりで止まっているだけ。近所の犬に格下認定されている。

いつも読んでくださってありがとうございます。

もしよかったら、ブクマ登録評価感想のどれか1つでもいただけますと幸いです。

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