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第62話 壊せ

「ににぉろふ」がなくなると参加者の生活の幅が狭くなります。つまり、書くことがなくなるので私も困ります。文字数が減ります。

 高円寺は自分の部屋にもどるとすぐ飛びつくようにキッチンの戸棚の1つを開いた。

 「あった、ある……、あった……」

 そこには入れ物に仕舞われた多くの薬の束があった。彼はケースごと取り出すと中の薬を改め始めた。


 (あと2、3、5日分はある。……ある。14日分は……ある)

 その事実、つまり某薬がこのゲームが終わるまでの分があるのを確認すると彼は別の種類の薬の数も数え始めた。

 (あと……7日分……14日分は……ある)

 「ある、全部ある。14日分、ある」


 高円寺は体中の力が抜けるのを感じた。

 (この薬飲まないと……死ぬから……。よかった……。あらかじめ多めに出しておいてよかった……。本当に良かった……。こんなの誰も予想できないのに……偶然、出しておいてよかった……。今までの自分なら絶対に先に準備なんかしないのに……偶々出しておいて……よかった……)


 彼は薬を元あった場所に丁重に戻すと、別の棚からペレットの入った紙袋と水の入ったペットボトルを取り出した。

 (夕飯は……じゃなくてこれから食事は全部これになるのか……)


 ダイニングテーブルの上にそれらを置くと、彼は椅子に座った。そして、紙袋を開き、その中合ったペレットを1粒摘まんで口の中に入れた。

 (うまくも不味くもないこの味……)

 ペットボトルの蓋を開け、水を少量飲む。

 (あまり腹減っていないけれど……。今食べないといつ食べるのか……ってなるんだよなあ)


 (そもそもなんだが……)

 彼は食事をしながら考えた。

 (薬だけは『ににぉろふ』がなくても補充されるようにしてくれてもいいと思うし……)


 彼は知っていた。ここで生活してこの1ヶ月近く、薬が少なくなっても自動的に補充されることは一度もなかった。


 (それか、そもそも薬を飲まなくてもいいくらいまで体調を回復してくれればよかったのに……)

 彼はでっぷりとした腹を嫌そうに見つめた。その姿は紛れもなく、ゲームに巻き込まれる前の自分とそう変わらなかった。


 (でも……薬があって……よかった……本当に……)

 高円寺は喉の詰まりを覚えて慌てて水をゴクゴクと飲んだ。それからペレットを2粒掴んで口に入れた。

 (しかし、あと14日……薬がギリギリ足りないということもなく、14日分以上あった……これは奇跡、かもしれない……)

 彼はげっぷをすると水をゴクリと飲んだ。


 (参加者の中に私と同じように、薬がないと生きていけない人はいるのだろうか? もしいたとすれば……近いうちに脱落していくだろうが、……私の病気でここまで回復するのだから、他に同じような立場の人はいないと思う……)

高円寺はペレットの入った袋に手を突っ込んで数粒掴むと一気に口の中に入れた。歯ごたえの良い感触が顎に伝わる。


 (仮に同じ薬が必要な人がいても……教えちゃいけない。俺の必要な分まで取られたらたまらないし、やっぱり話し合いでも言っていたけれど、持っていてずるいって憎まれたらどうすることもできない。健康な振りをしてごまかすしかない……。そもそも薬を飲んでいること自体知られちゃいけない……弱い者は攻撃される……)

 色々と考えながら彼は次々にペレットを口に収めていく。不味いわけではないが飛びぬけて美味しいわけでもない。


 (もうこれからどうすることもできない……。できることはひたすら目立たないように隠れてやっていくしかないんだ……)


 (もう、それ以外にできることはないんだ……)

 高円寺は深いため息をついた。彼の言うように、今から何か新しいことをするにはもはや手遅れであった。どこかにグループに入っているわけでもなく、かといって1人で戦う準備をしているわけでもなく、ただ漫然を生きている以上、何もできないのである。それは彼自身がよく知っていることであった。このゲームに参加する前からそういう性格で生きてきて、実際そうなって生きていたのである。


 最後の1粒を口に入れるとバリボリと噛み砕き、水で流し込む。

 (薬飲んで……歯磨いて……風呂、入るか……)

 高円寺は腹をポンと叩くと重そうに立ち上がった。



*



 柘植は瑞葉とともに寝室のテーブルにつきながら、ベッド裏に隠したホワイトボードと参加者の顔写真付きマグネットを見ていた。


 「『ににぉろふ』が使えなくなっても私たちの生活にそう影響はなさそうだ。もともと私たちは贅沢に慣れていない。現に今日の夕食はペレットと水だった」

 柘植が重々しく言うと瑞葉は頷いた。


 「シャンプーもボディソープもデフォルトの物を使っているし……」

 柘植がそう言うと、瑞葉は鼻をスンスンと鳴らし、にこりと笑った。同じ匂いがしているのが嬉しいらしい。


 「生きるのに必要な薬があるわけでもない」

 柘植は瑞葉をじっと見つめた。

 「ただ、3つ問題がある」


 瑞葉は背筋を伸ばした。


 「1つ目は、参加者やその一番大事な人の情報をこれ以上漁ることができなくなってしまったことだ。これは私たちのような少人数のグループにとってかなり厳しい。もし誰かから狙われたらその時に庇ってくれる者はいない。その穴を埋めるためにこれまで集めていたわけだが、これ以上詳細を知ることができなくなった」

 柘植は苦々しい表情で言った。

 「2つ目は瑞葉の一番大事だった人……佐原絹江に関する情報を集められなくなったことだ……」


 瑞葉はメモ帳にすらすらと文字を書くと柘植に見せた。

 『大丈夫です』


 「そうか、それならいいが……手持ちの資料で何とかなるかもしれない……」

 そう口にはしていても、柘植には望みが薄いのがよく分かっていた。


 「3つ目は、この食料だ。無論食べることはできるが、もしにおいに敏感な人がいた場合、ペレット以外の何かを食べていることを気付かれてしまう。そうなれば何かストックに余裕があると思われて、実際事実だが、攻撃の的になってしまう。要するに持っていても食べることが難しい。物々交換など攻撃の的にされるだけだ。私たちは2人しかいないから……」

 「2人」というところで瑞葉は再び嬉しそうな表情を取った。

 「あの食料はニニィの手違いか何かでペレットも水も出なかったときに食べることにしよう」


 「つまり、生活には影響がなくても、このゲームをクリアするには非常に不都合なことばかりだ。中津め、まあよくもやってくれたものだ……。しかし、言ってばかりじゃ何にもならない。私たちは今あるもので何とか生き抜かなければならないんだ……」

 柘植が再び瑞葉をじっと見つめると、瑞葉は大きく頷いた。


 「今日の犠牲者は中津だ」

 柘植はそう言いながら中津の顔写真が貼られたマグネットに赤いペンでバツ印を書くと、ホワイトボードの下の方に貼り付けた。

 「これで、水鳥たちのグループは7人いなくなったことになる。高橋、鈴木、本村、犬塚、仁多見、北舛、そして、中津だ」

 彼は顔写真を眺めながら犠牲者を読み上げていく。


 「中津が引き起こしたことはともかく、もともとそういう性格だったのだとしたら水鳥としてはグループから彼女を外すことができて万々歳だろう。このグループの犠牲者は大体自業自得でそうなったように思える。違うのは本村と犬塚くらいじゃないだろうか。大抵全員に敵視される要素を持っていたか、無能かのどちらかだ」

 柘植は自然と眉間に皺を寄せていた。瑞葉が頷いた。


 「残りが……11人。参加者は全員で63人……11割る63は0.17くらいだ。水鳥達は、あくまでも数字上の話だが、ひとまず自分たちから人数を減らす必要はなくなった」

 柘植は瑞葉の方を見た。

 「そうだね、外部から狙われる可能性はどちらにしてもある」


 「まあ、水鳥たちは上手いことやっているのはともかく、『ににぉろふ』が使えなくなった影響を考えよう。瑞葉は何か思いつく?」


 瑞葉はさらさらとメモ帳に書き込むと柘植に見せた。

 『みんな、余裕がなくなります』


 「同感だ。今までは生活に彩があって様々なことを考えたり色々なものを食べたりできたと思うが、それらは消えた。だから、無味乾燥な生活が始まると思う」

 柘植はホワイトボードをじっと見つめた。




*






 時田の部屋に集まった面々の表情は暗い。理由は極めてシンプルである。酒もタバコもこれ以上取り出すことができなくなった。更に、彼らの目の前にあるものは豪勢な料理ではなく、ペレットと水である。


 「中津の野郎、ろくでもないことをやってくれたな……」

 時田は厳しい表情を取ってタバコの箱に手を伸ばしかけるが、寸でで止めた。

 「っと、危ねえ」


 「で、これからどうするよ?」

 中川が声を張った。

 「一応、酒は業務用の濃い奴があほみたいに残っているだろ? 前ふざけて出した時のが。で、タバコも多少は残っているだろ? 俺ら一心同体だから、この辺のも平等に分けた方が良くないか?」


 その提案はストックを多く持っている人にとって一見デメリットでしかない。しかし、それでしか得られないものもある。連帯感である。

 「まあ、俺だけが酒飲んでいるのも悪ぃしな。結構余っているから……。でも、タバコは余裕ないからな……」


 「だよな、タバコの予備なんて偶々1カートン用意していたとかそう言うのじゃなければな……余裕、ないよな……」

 時田はそう言いながら自分の持っている数を頭の中で確認した。……他人に十分配るほどの余裕はない。

 「っし。俺は出せて半分だ。その代わり酒は割と余裕あるからとりあえず欲しい奴全員に配れるぞ」


 「じゃ俺は多めにタバコ出すわ」

 中川が勢いよく立ち上がった。

 「じゃ俺も」

 坂本も勢いに任せて宣言した。


 田名網がおずおずと手を挙げる。

 「俺らタバコ吸わないから時田さんに渡せないんだけれども、酒貰ってもいいんですか?」


 「おういいに決まっているじゃねえか。俺たちは全員でこのゲームに立ち向かっていくんだからよ!」

 頼られることに快を見出した時田は景気よくそう言った。


 彼らは水の入ったペットボトルを空にするとそこに業務用の焼酎を注いで配り始めた。同様にタバコについてもそれぞれが出せる量を考えて分配し始める。そこは怪しい市場のように物が行き来するのであった。


 (……俺ら呼ぶ意味なくね)

 橋爪は心の中で思った。タバコも酒もやらない自分たち未成年をこの場に同席する理由が彼には思い当たらなかった。




 「じゃ、そろそろ食うか」

 時田が合図を出すとメンバーたちは紙袋を破り、ペットボトルの水を少し飲んだ。そして、多少量が減ったところに焼酎を注いでお手製の酒を作り、ちびちびと飲み始めた。


 「このペレットってのも不味くはねえな。酒のおかげで」

 時田がさりげなく自分のおかげでペレットが美味しく感じると言うと、「っすね」と畚野がアシストする。


 タバコの臭いがごくわずかに漂うそこは、食べ物のにおいらしいにおいもせず、微かにアルコールの臭いはするものの、彼らにとって味気ない場所となっていた。その代わりに――。


 「っし今日は誰から宴会芸をやるのかな、っと」

 彼らにはバカ騒ぎをするうってつけのものがあった。

 「今日は……俺からだな」

 時田は立ち上がると部屋の壁際に設置されたステージ台へ向かった。




 たとえ話


 たとえ話になるけれども、何でも否定一辺倒の人っているよね。魚を取りに行くのに漁船を使うのは反対、危険! と言うのはいいとして、それならば漁船を安全に使う方法は? と尋ねられても反対、危険! だけで話にならない。魚を得なければ生計を立てられないという事実から徹底的に目を逸らして反対、危険ばかりである。また、漁船を使わないで魚を得る手段、例えば養殖をするなどいくつか思いつくだろうが、そういうことも言わない。買えばいいなど本末転倒なことを言うのが関の山である。リスクとベネフィットを正しく評価しているならともかく、単に反対、危険! だけでは話が成立しない。だって自動車や飛行機も十分リスクを伴うものでしょ? そういうのは普通に使っているのに。不思議。

いつも読んでくださってありがとうございます。

もしよかったら、ブクマ登録評価感想のどれか1つでもいただけますと幸いです。

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