↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/77

第61話 壊すな

 早朝、広間に1人の男性の姿がいきなり現れた。微妙に背中を丸めている痩身のその正体は……若林だ。他の参加者はまだ誰も来ていないのを確認すると、彼は最寄りの壁際まで歩いていった。

 (はいっ! ということでですね、今回はこのゲーム『透明な殺人鬼ゲーム』をやっていきたいと思います。 ゲームゲームって被っているけれども、これ、いわゆるデスゲームですねー。いやーもう31日目ですよ。あと14日、僕はのりきれるのでしょうか……?)

 頭の中で「透明な殺人鬼ゲーム」を無理やり気楽に考えながら、彼は壁に沿って歩き始めた。


 (えーこのゲームはですね、100人の参加者、これが性別や年齢なんかもバラバラなんですけど、その100人が50人になるまで毎日1人ずつ誰を死なせるべきか投票するというゲームですね)

 数歩ごとに上下を見渡しながら何もないことを確認し、また再び数歩進んでいく。


 (同時にマイナスの票を入れることができたり、投票のポイントがランダムで1.0から1.9になったり、複雑なところはあると言えばあるんですけど、要は結局多数決みたいなところがあるわけで――)

 途中で90度向きを変えながら彼は進んでいく。壁や床、天井付近に何か目立つ出っ張りのようなものは存在しない。つまり、監視カメラも盗聴器も仕掛けられていない。


 (で、今のところ、31日目なのに36人亡くなっているんですけど、これはですね、3日目に近藤が宮本さんを襲ったのと、10日目にニニィが間違えて2人死なせてしまったのと、25日目に吉野さんがメンバー3人を毒殺したせいで多くなっているんですね。偶々最多票数の人が2人いたということは今のところないんですね)


 次の壁近くにも何も置かれていない。そこは今や誰も使っていないフリースペースであるにも関わらず、埃1つ落ちていないことが逆に不自然であるが、若林は気に留めなかった。


 (えーっと……)

 分かりやすく眉間に指を当て、若葉は次の脳内での台詞を考える。そうしている間にも壁際に何か仕掛けられていないか調べるのを忘れない。

 (あ、そうだ。ニニィについてなんだけど、一見ゲームマスターみたいだけど、さっきも言ったみたいに失敗することもあって、正体不明のままでして、実際ニニィの正体やこのゲームの目的を知ることよりも死なないことの方が最優先過ぎて誰もまともに気にしていない感じですね)


 (一応今のところニニィに関する情報をまとめておくと……まず、モニターの中に少女型のロボットの形をして現れる存在で、声も女の子みたいな声だね。それから日本語、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、アラビア語を話すことができるハイパースペックの持ち主で、あっ、ゲームマスターだからこのゲームに関して嘘をつかないってのが暗黙の了解ですねー。そうしなければバランスが崩壊するので)


 ぐるりと一周回ったところで壁にもどこにも盗聴器や監視カメラは仕掛けられていなかった。若林は特に何と思うこともなく、そのまま広間中央、歪な円状に並べられた大小ばらつきのある白いブロック群の方に向かった。


 (あっ、ちなみに今やっているのはですね、参加者が話し合いの時に座る白いブロックがあるんですけど、それの確認ですねー。というのも透明に近い針か何かに毒でも塗られて置かれているんじゃないかっていう心配のためですね。実際今まで見つかったことはないんですけど、というか監視カメラも盗聴器も見つかったことはないんですけどね)

 彼は心の中で宣言した通り、白いブロックを斜めから見て何か尖ったなどがないか確認して回る。ないことが前提となっている割に一つ一つを注意深く確認しているのは生来の生真面目さ故であった。

 (意外とこういう隙間に隠されていたり……ってありませんねー)


 確認を終えた若林は再び壁際まで移動するとそこに腰を下ろした。

 (はいっ、後は待機ですね。鷲尾さんがやってくるまであと数時間、僕はここで本を読みながら後から来た人たちの行動を探ります)


 その体勢になってすぐ、広間にもう1人の参加者が現れた。武藤だ。


 「あっ、おはようございます」

 「おはようございます……」

 お互いに気の抜けたような緊張感のあるような挨拶を交わすと、後は何を言うこともなく会話は終わった。


 (えっと、今のは武藤宇佐見さんですねー。お年寄りの朝は早いと言われているみたいに、朝方よく広間で一緒になりますが……あと、は、特に言うことはないですね。特に行動を探る必要もなさそうです)





*


 福本は毎度のように同じグループのメンバーを自分の部屋に招き、お茶会を開いていた。

 「このルイボスティーってお茶、不思議な味だけど美味しいわね」

 鰐部はガラスのコップに入った赤茶色の液体をしげしげと眺めた。


 「そうなのよ、さっぱりしているでしょ」

 福本が鼻を高くした。

 「このシナモンロールともよく合うわね。優しい甘さと香りがピッタリ」

 室賀も舌鼓を打ちながらニヤリと笑うと、福本は余計に鼻を高くした。


 彼女たちはそれぞれが自分で用意した、と言っても元は福本の用意したものを「ににぉろふ」でコピーしただけなのだが、その鮮やかな赤色を楽しんでいた。そんな爽やかで優しい香りの中でも彼女たちが行うのはいつも通りの愚痴であった。

 「どうして気付かない人って本当に気付かないのかしら?」

 福本が唐突に始めた。


 「え、福本さん、それってどういうこと?」

 鰐部が待ってましたとばかりにわざとらしく尋ねる。


 「ホント、大したことじゃないのよ。大したことじゃ。でも、分かるじゃない、普通。洗濯物を干すにも、あんなキツい臭いの染み込んだ奴をベランダに並べたら周りの家の洗濯物にも染みつくじゃない?」

 福本は鼻をピクリと動かすと、思い出したかのように片手で鼻の近くを扇いだ。

 「室賀さんもそういうことない?」


 「ウチだと……」

 名指しされた室賀は似たような状況を室賀にしては素早く考えた。

 「あっ、あれがあったわ。バーベキュー。おうちの庭で何かお仲間呼んでやっている人がいたけれど、あれ、意外と煙たいし、臭いし、あとうるさいし、自分の敷地だからって何をしてもいいわけじゃないのにね……」

 言い終えると彼女は鼻から大きく息を吐いた。


 「そうそう、アレ本当に意味が分からないのよ、河川敷やキャンプ場でやればいいだけなのに、どうして自分の家の庭でやるのかしら?」

 鰐部も同じく鼻から強く息を吐いた。


 福本は大きく頷いた。

 「まあ臭いのも嫌だけれども、何が怖いかって、火の元の始末なのよね。そう言うことで火事になって、それでうちに被害があっても賠償とかできないでしょ? 周りのことを考えられない人たちがきちんと火の始末ができるとは思えないのよね」


 「本当にそうよね。で、そういう家って大体ベランダとか玄関前でタバコやっていない?」

 鰐部が尋ねると福本は一気にギアが上がったかのように目を見開いた。

 「そうそう! まさにそうなのよね! 洗濯物に洗剤の化学的な香料とタバコの臭いが混ざっていて染みついていてとても臭いのよ」


 「何がホタル族よって思わない? ホタルみたいなきれいな虫に失礼よね。あいつらはただの害虫よ」

 鰐部は鼻の穴を大きくして肩を持ち上げた。


 「ホントそうよね。確か室賀さんのところはあんまりいないんでしたっけ?」

 福本が羨ましそうに尋ねると「そうなのよ」と返事が返ってくる。

 「うちの近所は前、喫煙者の家が火事になって奥さんもお子さんも丸焼けになったことがあるから、タバコを外で吸おうなんて誰も考えないのよ」


 「でも、外でタバコを吸うことと火事って直接つながらないんじゃ……」

 鰐部が真っ当な疑問を声にすると、室賀は笑みを浮かべた。

「それがね、その火事、どうもタバコの不始末が原因じゃなくて他から火が出ていたみたいでね。でもその一家はタバコの臭いで迷惑をかけていたから、もう、タバコを原因にしようってことになって終わったのよ」


 「なるほど。タバコの煙や臭いで迷惑をかけている家なんて、実質犯罪者も同じだし、因果応報ってやつね。今まで迷惑をかけてきた分を死んで詫びたってことでしょ、結局」

 鰐部はニタリと頬を持ち上げながら羨望の眼差しを室賀に向けた。


 「まあ、運が良かっただけかもね……」

 室賀はなんでもない風を装ってティーカップに指をかけるとルイボスティーに口を付けた。同じように福本と鰐部もルイボスティーを少しだけ飲んだ。


 「でも、臭いの問題って難しいのよね。難しいって言っているのは、法的な対処が難しいってことで、洗剤や柔軟剤の臭いも結局迷惑、というか犯罪じゃない? でも、そう言うの法律で取り締待ってくれないのよね」

 福本が再び話題を進めると、鰐部はすぐに反応した。

 「あとアレもそうじゃない? 中年男性の加齢臭とか汗臭さとか。ああいうのも迷惑でしかないのにどうして許されているのよって思いません?」


 「そうよね、どうして男って臭いに無頓着なのかしら」

 福本が唸るった。

 「電車で近くにいられるとそれだけで傷害じゃない? って思うくらい臭い人がいるけど、本人は平然としているのよね。本当に意味が分からないわ」


 「ホントホント、男ってどうして臭いのかって、もう不潔なのよね結局」

 鰐部も鼻をピク付かせながら同意した。


 男も女も臭いものは臭いという事実から目を背けながら、彼女たちは男というものをひたすらに貶め始めた。会社や家庭を問わずひたすらに小さなことにまで文句を言い続けていた。



*



 広間にいる数人はそれぞれが警戒に近い感覚を覚えながら静かに滞在していたが、その静寂は突然破られた。

 「ニニィ! ニニィ! おい! 返事しろよ!」

 誰かが飛び込んできた。中津だ。顔を真っ赤にしてスマホを力強く握っている。そこには「ににぅらぐ」が表示されていた。


 「おいニニィ! ニニィ!」

 彼女は余裕で全員に聞こえるくらいの声で叫んでいるが、ニニィは反応しない。「ににぅらぐ」の画面には「お休み中です。ごめんね」と表示されている、第一、天井近くにモニターが出現していない。


 (『ににぅらぐ』が反応しなかったからここまで来た、というところか……。しかし、そこまでして尋ねたいことというのは……?)

 鷲尾は静かに考える。基本的にニニィは質問に答えるかは別にして大抵応じている印象がある。緊急の場合は特に、である。


 「ちょっと! ふざけんなよ! 死にかけたじゃん!」

 鷲尾のその質問に答えるように中津は自ら理由を暴露した。


 広間がざわつき始める。死にかけたという言葉に再び夏里らのときのような何かがあったのかと予想してしまう。


 突然、天井近くにモニターが出現した。

 「どうしたのかな?」

 子供が背伸びしたような甘ったるい声がした。水色と白をメインカラーにした少女型のロボット――ニニィだ。


 中津は現れたモニターの方を向くと「お前のせいで死にかけたじゃん! ふざけんなよ!」と怒鳴った。


 ニニィは人差し指を頬に当てて小首をかしげた。その態度に怒りのボルテージを上げた中津はスマホとは別の手に持っていた何かを床に投げつけた。それはシュークリームだった。


 「ふざけんなよ! これ! なんで! ピーナッツが入ってるんだよ! 私、アレルギーなんだから、間違って食べたら死ぬじゃん!」

 中津の質問は「ににぅらぐ」を介してニニィに伝わり、モニター内の右方に文字として現れた。

 『どうしてシュークリームにピーナッツが入っているの?』


 「おいしいからだよ」

 ニニィは答えになっていない答えを返した。


 「だから! なんでだよ! 私アレルギーだから、死にかけたじゃない!」

 ようやく、中津の怒りの理由が判明した。『アレルギーだから死にかけたよ』とモニターに文字が表示された。


 「うん、そうしたら自業自得だよね」

 ニニィの表情は変わらない。元々表情はなく、表情記号で感情を伝えているのだが、その記号さえも出していない。


 「こんなの、このゲーム、成立しなくなるじゃん! お前が参加者を殺したらルール違反だって! これで2回目じゃん! だからもうこのゲーム! 終了! 終わりだよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ中津にニニィは非常に端的な返事を再び返した。

 「それ、自業自得だよね」


 「はあっ? 何言ってんだよ!」

 首の血管を怒張させ、中津はモニターに掴みかからんばかりに構えている。


 「ねぇ、紅梨夢ちゃん、もう、いいじゃん……」

 偶々近くにいた白川が弱々しく怒りを鎮めようとするも全く効果はないどころか、却って身の危険さえも感じてしまう。

 「はあっ? あんたニニィの肩持つの?」


 「『ににぉろふ』にピーナッツの入っていないシュークリームって言えばよかったんじゃない? どうして自分のことを自分で守らないの? ニニィが配慮しなきゃいけないの?」

 モニターの中のニニィはクエスチョンマークを浮かべながら中津の言い分を切り捨てていく。


 「殺しかけたんだから、償えよっ! 私をここから出せよっ!」

 絶対の確信を持っているのか、一旦前に出て引くに引けなくなったのか、中津は態度を翻さなかった。


 「償うことは何もないし、そこから出すこともないよ」

 ニニィがやや淡々と答えた。


 「ふざけんなよ! 大体、10日目にミスった時点でもうゲームは終わりなんだよ!」


 誰であっても大声で責め立てられるのは嫌気が差す。特に過去の失態を意味もなく結びつけられたら一層不快になることは間違いない。

 ぎゃあぎゃあと喚きまくる中津の言葉をニニィは無表情で聞いていた。聞いていた。が、突然モニターから「ぷつん」と音がした。


 いつの間にかニニィは怒りマークを頭に貼り付けていた。

 「もういいよ。せっかくニニィがサービスで色々できるようにしてあげたのに、自由にできるようにしてあげたのに……」


 鷲尾は直感的に嫌な予感がした。しかし止めようにももう手遅れであった。


 「あ? 何だよ!」

 中津は息切れを起こしながらも噛みつくのを忘れていない。

 「『ににぉろふ』を停止します」

 「ちょっと待ってよ!」

 誰かが叫ぶもすでにモニターは消えていた。


 「おい、ふざけんな、逃げんなよ!」

 中津が「ににぅらぐ」を連打する、今度こそ、画面は反応しなくなっていた。


 「嘘……だよね……」

 誰かが呟いた。

 「でも、アプリがなくなっているよ……」


 鷲尾はスマホの画面を開いた。……「ににぉろふ」のアプリがあったはずの場所は空白となっている。

 (本当に『ににぉろふ』が使えなくなっている……)


 怒りの熱が引きかけた中津はようやく自分のしたことが何なのかを思い出した。

 「ちょっと、本当に『ににぉろふ』使えなくする必要ないじゃん……」

 しかし、後の祭りだった。


 幾多もの冷たい怒りの視線が中津に注がれる。

 「おいっ、ニニィ返事してよ。私も少し言い過ぎたからさ……」

 その声にニニィが答えることはない。


 「ねえ……? ホントに……」

 突き刺すような視線に中津は耐え切れなくなった。彼女は何かをぶつぶつ呟きながら広間から姿を消した。しかし、行ったことが消えるわけはなかった。



*



 広間はこれまで以上にざわついていた。理由は言うまでもない。「ににぉろふ」が使用できなくなった。つまり、今まで当たり前のように享受していたものが全て使えなくなったのである。お茶もお菓子も、タバコも酒も、薬も食べ物も、これから用意することはできなくなった。数人が「ににぅらぐ」に向かって声をかけ何とかしてもらおうとしているが、「ににぅらぐ」に反応はなかった。


 そのうち広間の照明は落ち、天井近くにモニターが出現する。

 「はい、『透明な殺人鬼ゲーム』31日目の始まりですね。参加者は全員、投票は10分後に行われます。それから――」

 そこにいるニニィはいつもと変りなかった。今まで「ににぅらぐ」に向かって話していた参加者たちも声を発することができない。

 「事務連絡です。すでに反映済みだけど、『ににぉろふ』が使えなくなりました。こっちから色々イベントを仕掛けようとしたのに無駄になっちゃった。それはともかく、開始してください!」


 「今日の投票先は中津紅梨夢さんに決まりですね」

 真っ先に言ったのは藤田だった。

 「『ににぉろふ』が使用できなくなったのは彼女のわがままが原因です」


 すでに中津は涙をダラダラと流しながら白いブロックに腰を掛けていた。彼女の周りには誰も座っていない。数人分の空白がある。


 「ええ、それよりも現状を話し合うべきでしょう」

 水鳥が聞き取りやすい声で言った。


 「究、究君、助けてよ……」

 中津はもう何度目になるか分からないが、話し合いが始まっても水鳥に助けを求めて涙を流していた。


 「ええと……残念ですが……不可能です。それだけのことをやったのですから、自業自得としか言いようがありません。それで、現状、残ったものですが――」

 水鳥は中津の申し出を一刀両断にすると話を元に戻した。


 「お願い……お願いします……。ごめんなさい……」

 中津のすすり泣く声が聞こえるも誰も相手にしていない。


 水鳥がスラリと立ち上がった。

 「まず、ペレット入りの紙袋とペットボトルに入った水は無制限に取り出せますね。台所の棚の中に勝手に補充されています。それから歯ブラシと歯磨き粉、トイレットペーパー、タオル類、今着ているこの服、シャンプーやボディソープなど、衛生的な生活に必要なものは割とこれまで通り自動的に補充されているようです」


 「でもメイクに必要なものは補充されてなかったわよ」

 福本が眉間に皺を寄せて首を傾げた。藤田が口を開いた。

 「なるほど。ニニィの判定としては不必要な物との認識なのでしょう」


 「つうかよ、酒もタバコも取り出せねえんだが」

 今度は時田が両眉を吊り上げて中津を睨みながら言った。再び藤田が口を開いた。

 「ペレットと水があれば死にはしないからでしょう」


 「それから」

 水鳥が美声で注目を集める。

 「これまでに『ににぉろふ』で取り出したものが消えてなくなるということはないようです。しかし、これから本やビデオ、ゲームなどの娯楽を新しく用意することはできなくなっています」


 「究君……ごめんなさい……、許してください……」

 中津の泣き声が合間合間に聞こえるが、誰も相手にしていない。もちろん件の水鳥もである。


 「掃除は? 今まで通り行われているの?」

 鳥居が首を傾げると、再度藤田が答えた。

 「私の感覚だと、今まで通りにはいかないようですね。ごみ箱に捨てたものはきれいさっぱり消えてなくなっていましたし、浴槽やお手洗いも自動的にきれいになっているようですが、テーブルの上に置いたものが勝手に片付くことはないようです」


 「それからベッドも自分で整えないといけなそうでしたね。一応清潔にはなっているみたいですが……」

 猪鹿倉が目を細める。


 「コップとか箸とかはずっと使うこと自体はできますが、洗剤もスポンジもないので洗うことができませんね。実質使えないのと同じです」

 水鳥が困ったように微笑んだ。


 「室温とか、あと、部屋の照明とかは今まで通り使えているみたいですけど……」

 竹島が思い出したように呟く。


 「ごめんなさい……許してください……ごめんなさい……」

 合間合間の静寂にすすり泣きが入り込む。中川が業を煮やして叫んだ。

 「うるっせえんだよ! ごめんで済んだら警察いらねえんだよ!」


 今度こそ静寂は静寂となった。


 「なるほど」

 藤田が顎を高くした。

 「要するに生命や衛生の危機はありませんが、今まで通り自由にリラックスできなくなったということでよろしいでしょうか?」


 「そんなところでしょう」

 水鳥が全体に向かって辛そうに微笑んだ。

 「しかし、これからどうしますか? 多少は何かを多めに持っている方もいるでしょうし……」


 「物々交換をするのはどうでしょう?」

 提案したのは……笠原だ。

 「何かのストックを持っている参加者は狙われにくくなります。その人が亡くなれば部屋に置いていたストックごと消えてしまいますから……」



 「いえ、必ずしもそうとは限りません」

 水鳥が静かに訂正した。

 「それがなくてもあと13日くらいならどうとでもなるはずです。むしろ持っていることが嫉妬を生み出すとも限りません。自分が苦しんでいるのに相手がゲームに楽に臨んでいる、そう思えばその手の感情を動かすことは不思議でもないでしょう」


 「それならば、新しいルールを提案します」

 藤田が眉間に皺を寄せた。

 「『物々交換は自己責任』。どうでしょうか? ほら」

 彼が広間のある一点を指差すと参加者の視線はそちらに注がれる。

 「あそこに使っていないホワイトボードがありますから、あれに記入して募集をかければいいのではないでしょうか? あるいは個人間で直接やり取りをすればよいでしょう。『7SUP』を使えばできることでもあると思います」


 「しかし……交換したもの、特に食べ物に毒が入っていないとも限りません。その保証は誰もやってくれないでしょう」

 水鳥が顎に手を当てて考えると、藤田がニヤリと笑った。

 「だから自己責任ということになりますね」


 「しかし、どうやって多数決を取りましょう? トータライザーの用意もできませんし、他にも匿名でするには物がいると思いますが……」

 水鳥が再び顎に手を当てると、今度は笠原が静かに口を開いた。

 「こうなったらやむをえませんから挙手にしましょう」


 「ええ、それより他ありません」

 藤田は大きく頷くと続けた。

 「では、『物々交換は自己責任』。この提案に賛成の人は挙手を願います」


 その提案はよく効けば至極当たり前のことを言っているに過ぎなかった。したがって、賛成か反対かと問われれば賛成派が圧倒的に多数であることはやる前から大体分かりきったことであった。


 「賛成多数、ですね。では、私たちの新しいルール『物々交換は自己責任』は可決されました」

 藤田が嬉しそうに言いまとめた。


 「時間が多少余っています。何か話すことはありますか?」

 笠原が全体に静かに尋ねた。


 「ええと、とりあえず明日まで過ごしてみないと『ににぉろふ』が停止した影響を語ることも難しいでしょうし……」

 水鳥が顎に手を当てて考える。

 「今のところ、これというトピックもないような気がします」


 笠原が「そう、ですね……」というと藤田がウンウンと頷く。彼らの他に何か提案を出すものはいない。中途半端に空いた時間は中津のすすり泣きが聞こえるばかりで、誰も何も提案することはなかった。


 「はーい、終了でーす」

 モニターとともにニニィが現れると参加者はピクリと反応した。そのすぐ後に参加者は暗闇の中に隔離される。そこで今日死なせたい人と、守りたい人にそれぞれ1票ずつ投票を行い、気が付くと広間に元通り参加者が円形に並んでいた。


 「今日の犠牲者は中津紅梨夢さんでーす」



*



 (これからどうなるんだ……?)

 土井が意識を向けているのは今日の犠牲者ではない。「ににぉろふ」が使用できなくなったところでこれからどうやっていくのか、その現実だけであった。

 (ニニィもキレたからってそこまでしなくてもよかったのに……)


 大多数が似たようなことを思う中、その渦中のニニィは実に事務的に「それじゃ、始めまーす」と合図を出した。


 中津は涙で顔をぐしゃぐしゃにしなからモニターに向かって何かを叫んでいるが、不自然に体が動いて手のひらをケースの壁に押し付けるような形になって、自身を固定する何かから逃れようと歯を食いしばって体を揺すっていたが、その顔が苦悶に歪むと右手の小指が潰れそこから赤い液体が滴っていて、薬指……、中指……、人差し指……、親指……と潰されていき、その度に喉が千切れそうなほどに大きく口を開き、右手が終われば左手が、一層顔を汚し、すべての指が使い物にならなくなると絶望的な顔を浮かべ、髪の毛のボリュームがそこだけ何かに押し当てているように失われ、そして、必死の抵抗は全く意味をなさず、口から赤い液体を漏らし、頭が不自然に潰れて、切れた頭皮からぶちゅりと潰れた脳がはみ出した。


 「うーん、そろそろネタ切れだよね、殺し方。でもあと少し、ニニィも頑張るね」

 そう言い残すとニニィはモニターとともに霧散した。透明なケースは亡骸ごと床に沈んで消えていった。


 (本当に、これからどうやって生活すれば……)

 土井は「カードキー」を使いながら思った。



**




 今日の犠牲者 中津紅梨夢

 一番大事な人 友人


 ニニィにアブられる前は現代文の授業を退屈しながら受けている途中であった。クラスの中心、というよりもクラスの中心にある集団で大きな声を出しているタイプ。はっきりと言うことを言い、簡単に引き下がらないためある意味頼りにされていた。一番の成果は教育実習生にもっと上手く教えろと散々迫って結局教師が教えるように仕向けたこと。おかげでその科目のテストの平均点は他のクラスよりも高かった。なおその教育実習生は子供のころからの夢をあきらめ、心療内科に通院中。何にしても大体、ニニィに向かって盾突く時点で何様って話だよね。

いつも読んでくださってありがとうございます。

もしよかったら、ブクマ登録評価感想のどれか1つでもいただけますと本気で助かります。それが執筆のモチベに繋がります。書籍化できるかな、なんて幸せになれます。

<(_ _)>どうか、お願いします。本当にどうか、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 怒涛の連日更新お疲れ様です。楽しみに読ませていただいています。 [気になる点] 今回ので、時田グループにダメージがありそう。連日開いていた宴会が難しくなる。あとは故吉野グループの茶会的なの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。