↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/77

第60話 排せよ

 「ほら、ね、夕ご飯にしよう?」

 二瓶は渡辺と日高を自分の家に招くと早速ダイニングテーブルに座らせた。

 「何か食べたいもの、ある?」

 その質問に答える者はいない。


 「じゃあ、私が決めちゃうよ。いい?」

 二瓶が念押しをすると日高がわずかに頷いた。


 彼女はスマホに向かって「卵粥、3人前」とオーダーを出した。一瞬のうちに熱々の湯気が立つ、輝くような黄色が目立つ粥が3人分現れた。


 「ほら、食べよ。いただきますって言って……」

 二瓶は椅子に座り、早速自分の分をレンゲで掬うとふーふーと息をかけて冷まし、口に入れた。それはキノコや魚の出汁が効いていて、病人に出すようなただのお粥とはかけ離れていた。優しく体を温めてくれる。しかし、そんな美味しいお粥でさえも、2人は口を付けようとせず俯いたままであった。


 「ね、食べないと元気が出ないよ。ね、ちょっとだけでも食べよう? 美味しいし、胃にも優しいんだよ……」

 二瓶の説得に効果があったのかなかったのか、日高はゆっくりとお粥を掬って口に運んだが、渡辺はレンゲを持ったまま動かないでいた。


 (どうしよう……食べないともっと元気がなくなるし……)

 二瓶の頭には数日前の渡辺の姿が思い浮かんだ。それと比べると今の渡辺は明らかにやつれている。


 「ほら、掬って。もうそんなに熱くないよ。パクッと食べてみて」

 二瓶が体を前のめりにして圧をかけると、渡辺は言われた通りレンゲを口に運んで……、お粥をゆっくりと噛み、……飲み込んだ。


 「ねっ、美味しいでしょ?」

 「……うん」

 二瓶が無理気味に笑うも渡辺は暗い表情のままである。


 「ほら、もう一口食べてみよう? ね、渡辺さん。日高君はもう半分くらい食べているよ、ね?」

 渡辺は俯いたまま次の1杯を掬おうとするそぶりを見せない。


 (柳原さんが死んでみんな元気ないけど……渡辺さんは特に……)

 二瓶は自分の分をたっぷりとレンゲに掬うと口に入れた。ほんの少しだけ冷めたとはいえ十分すぎるほどに美味しい。しかし、その至極の味を堪能する間もなく彼女はゴクリと飲み込んだ。


 「ほら、ね。こうやって食べればいいんだよ。ほら、もう1回食べてみて」

 何を言われても、渡辺は動かなかった。何故そんなことをしているのか本人にもよく分かっていないが、次の1杯を掬うのがとてつもなく難しいことのように思えてしまっているようであった。


 「なら、私がやってあげる……」

 二瓶は渡辺のレンゲを手に取るとお粥を少量掬い取った。ふわりと湯気が立つそれを渡辺の口元まで持っていくと「ほら、ふーふーって冷まして」と言った。しかし、湯気の形は歪むことなく一様である。


 「じゃあ、私がやってあげようかな……? ふーふーって」

 イエスもノーも返事が返ってこないが、二瓶は一旦レンゲを自分の口元まで持っていくと息を吹きかけてお粥を冷ました。何度かやるうちに、表面から立つ湯気は勢いを失っていた。


 「ほら、これなら食べられるよ。口、開けて……」

 二瓶は再び渡辺の口元にかざした。だが、渡辺は口を開こうとしない。

 「ねえ……食べたくないの?」

 その質問にも「はい」とも「いいえ」とも答えようとしない。二瓶は声のボリュームを落として「食べたく……ないの?」と尋ねた。渡辺はごくわずかに首を左右に振った。


 「じゃあ、食べさせてあげる、ほら、口を開けて……」

 根競べの果てに二瓶は渡辺の口を開かせることに成功した。その隙間に冷めたお粥の入ったレンゲを半ば押し込むようにして入れると傾けた。


 「ね、よく噛んでね」

 レンゲを抜いた二瓶は渡辺の顔をじっと見つめた。その渡辺は弱々しく顎を動かし、そしてゆっくりと飲み込んだ。


 「ほら、もう自分で食べられる?」

 二瓶がそう問いかけるも、柳原はリアクションを取らない。

 「じゃあ、私が食べさせてあげるから、ね。ちゃんと食べようね」


 再び二瓶は渡辺のお粥を掬うと息を吹きかけ、渡辺の口元に運んだ。わずかに口が開く。そこに二瓶はレンゲを押し込むようにして入れ、抜くと渡辺の顎がゆっくりと動き、少しすると喉が動いた。それの繰り返しである。


 すでに食事を終えた日高は空の器をじっと見つめている。隣で行われていることには全く興味を持っていない。二瓶の分のお粥は冷め始めている。

 二瓶は渡辺の口を開いてそこにお粥を流し込むのに精いっぱいだった。少ないボキャブラリーでなだめすかし、口に入れ、口が動くのを確認し、飲み込むまで目を離さず、そうやって皿に入っている渡辺の分のお粥を減らしきった。


 「私もすぐ食べるから、ちょっと待っていてね」

 二瓶は冷めきったお粥を次々に口に入れ、大して噛まずに飲み込んでいった。

 (次は歯を磨くように言わないと……)


 渡辺は宙ぶらりんのまま空の器に視線を落としている。日高はもっと宙ぶらりんのまま、物思いに耽っている。2人がそんな状態にもかかわらず、二瓶は特に何をするようにと言うこともなく黙々と食べている。そんなシュールな光景がしばらく続いた。



 「ごちそうさまでした」

 二瓶がそう言って手を合わせると「……した」と日高が小さな声で追従し、渡辺はかろうじて小さく頷いた。


 「じゃあ、次は歯を磨こうね。虫歯になったら大変だから……」

 二瓶はそう言いながらこの空間で虫歯になったとしてもゲームが終われば元に戻ることを思い出した。さらに言えばこのゲーム中、大抵の体調不良は治っているのだから、そもそも虫歯にはかからない可能性もある。しかし、二瓶は気にすることもなく、2人を洗面所まで連れて行った。


 そこには既に3人分の歯ブラシとコップが用意されていた。



*



 中川たちはいつものように時田の部屋に集まって飲み会を開いていた。そこは食べ物やタバコの臭いに満ちており、一部の大人たちはアルコールを浴びるように飲んでいた。


 「つうかよ。出澤ってマジで裏切ってたんだよなあ」

 中川が箸で唐揚げを突き刺したまま犬歯をむき出しにして唸った。


 「いや、藤田が言ったこと割と当てはまっていただろ。で、俺ら全員からそう見えていたってことは、そういうことだろ」

 時田はジョッキを握りしめたつつ首を傾けて骨を鳴らした。


 「ふざけんなよ。ずっと仲間だと思っていたのに、なあ! マジかよ!」

 中川がテーブルを叩くとドン、と鈍い音がした。皿の上に並べられていた時田の箸が勢いで転がり、テーブルの上に落ちた。しかし中川の怒りは収まらない。

 「俺らの情報抜いて誰かに伝えていたんだろ。投票先を考えるのに首を突っ込んできたときは大体当たっていたし、それ以外もどうせ向こうの投票に合わせていたんだろ……」


 「てことは田川さんや加藤さんが死んだのもあいつのせいってことじゃねえのか?」

 時田が横槍を入れると中川は「そうか! だからあの2人は死んだってのか! 出澤の野郎、田川さんや加藤さんに票を入れてやがったのか!」とますます激昂した。


 「俺たちが守りの票を入れている奴が分かるってことは入れてねえ奴のことも分かるだろ? それで、そういうところを狙って来たんだろ?」

 時田がわざわざ説明を加えると「マジで屑だな。出澤!」と中川が叫ぶように言う。


 少し離れたところで三石が「今日中川さんなんか怒ってるっすね」と水野に声をかけた。


 「ああ、中川さん会社で昔裏切られたことがあって、それでらしいよ」

 水野は具体的に何があったのかをぼかした。


 「何があったんすか?」

 三石が何も考えず詳細を聞き出そうと前のめりになると、水野は重く口を開いた。

 「いや俺も実際詳しく知らないけど……なんか昔、不正経理の分押し付けられてそれで大分追い込まれたらしいよ。まあ、何とかなったらしいんだど、それをやっていたのが会社で顔の広い奴でさ、向こうがイかれているのに何故か、中川さんの方が責められて、お前が代わりにやめればよかったのにって言われまくって、結局退職したって」


 「つうかあいつ裏切ってどこについていたんだよ!」

 中川が再度吠えた。いつの間にか手元には紫煙の昇るタバコを持っている。


 「っすね、吉野とか松葉じゃないですか。そこくらいしかあんな奴受け入れないっすよ」

 畚野が簡単に見解を述べると、「ああ、だな、そこ以外あんな野郎を仲間にする訳ねえもんな」と中川は謎の納得を見せてタバコを咥えた。


 「ワンチャン最初は偵察か何かだったのかもしれねえけどよ、結局向こうと癒着していたのは確実だろ?」

 時田は持っているタバコを一旦灰皿に置くと、ビールを胃袋に流しこんだ。


 「だな! あいつにスパイとかそういうのができるとは思えねえよ。絶対裏切っていたんだって。そうすれば、あいつは吉野や松葉たちからも狙われねえで、俺らからも狙われねえで、っていいポジションを取ってたんだろ? どうせこのゲームが50日くらいだからバレないとでも思っていて。なあ、今まで出澤の野郎はそうやってずっと陰で笑っていたってことだろ!」

 中川が自制の利かない大声で叫ぶ。


 「っすね。中川さんの言う通りっす」

 畚野がタイミングよく相槌を打つ。中川はジョッキを掴んでゴクゴクとビールを飲み干した。時田が口を開いた。

 「でも、結局裏切っていた天罰が今日、下ったじゃねえか。自業自得ってことだな。俺たちが裏切り者を笑って許す訳ねえもんな」



 離れた席で三石は焼鳥にかぶりついていたが、ゴクリと飲み込むと不意に口を開いた。

 「でもよ、出澤がこっちにもプラスになることやってたんじゃないっすか?」

 中川たちには聞こえなくくらいのボリュームで目の前にいる水野に向かって問い尋ねた。


 「あ? どゆこと?」

 水野は思わず声を大きくしてしまった。幸いにも彼に注目が集まることはなかった。水野は再び、今度は声を落として「どゆこと?」と尋ねた。


 「投票先合わせることできていたってことは、それでそいつの票を多くなるしょ? 俺らの誰かに票が入っていても、そいつの方が多くなるってんだから、ってことは、守ることもできていたんじゃないっすか?」

 言い終わると三石は再び焼鳥に手を伸ばした。


 「ああ……結果的にってことだろ? でも、その投票先の操作って吉野や松葉にとって得なわけだろ。あいつらが始末したかった奴に合わせているんだから。遠回しに俺らに不利になっていたかもしれなくね?」

 水野が眉間に皺を寄せた。三石は視線だけを上げた。

 「あれっすね。それもありっすね」


 「で実際出澤って本当に裏切っていたん?」

 橋爪がハムカツを齧りながら誰ともなく尋ねた。


 「いや、俺らがそう思っているだけでワンチャン微妙っしょ」

 三石は興味なさそうに返事を返すと、そこに水野が割り込んできた。

 「でも怪しいのは事実だろ?」


 「ってことは結局アレっすか、アレ」

 アレ、が何を示しているのか言葉にした橋爪以外には分からなかった。


 「大体よぉ!」

 中川の声はどんどん大きくなっていた。

 「あいつの芸もクソみたいな奴ばっかだったしな! 何だったんだよあれ、あのパントマイム! 誰にでもできるようなことばかりだったじゃねえか!」

 数日前までは喝采を浴びていた出澤の宴会芸をとことんけなし始めた。


 「だな、あんなの同じ動きを繰り返しまくっていただけでじゃねえか」

 「っすね」

 時田と畚野も茶化すように追従した。

 「あんなん練習すれば猿でもできるだろ」


*



 白川は自分の部屋に岩倉を招いて一緒に夕食を食べていた。もちろんそれぞれが用意したものではなく岩倉が「ににぉろふ」を使って取り出した最高級のカルボナーラであった。つまり、白川は岩倉を信用しきっていた。


 「すごい、これ本当に美味しいね」

 白川が顔を輝かせる。表情で表しきれないほどの美味しさを感じていると分かる顔付きである。


 「でしょ? このお店のはどれも美味しいんだよ」

 岩倉はお澄まし顔でパスタをクルクルと器用に巻き取った。


 (本当に美味しい。やっぱり上級国民の由香里ちゃんはこういうの食べ慣れているんだね……)

 一噛み毎に口の中で幸せが爆発するような美味しさに白川は酔いしれた。単に「ににぉろふ」を使って取り出した最高級のものであるというだけで十分すぎるほど美味しいのだが、岩倉の好みの味を岩倉と一緒に食べているという調味料が加わることでその美味しさを一段階高いものにしていた。


 クルクルと麺をフォークで巻き取るといい具合にパンチェッタやチーズが巻き込まれる。それを小さな口にパクリと放り込むと小麦の甘さとパスタソースのまろやかな旨味が口の中に溶け込む。黒コショウのピリッとした辛みが味を引き締める。とにかく美味しい。


 (それにしても……由香里ちゃん)

 白川は一緒に食事をしている相手をちらりと見た。

 (食べている姿も可愛い……)


 岩倉が口を小さく開くと形の良い唇の間にある空隙に視線を持っていかれる。そこにパスタを口に入れると実に美味しそうにモクモクと口が動く。柔らかそうな頬の下で筋肉が動く。頬に自然な赤みが差しているのはパスタソースの温かさ故だろう。コクリと飲み込むと喉が可愛らしく動き、そこから食道を通っていくのが見えるようについ視線も下に向かっていく。細い首筋が艶めかしい。

 続いて岩倉はカボチャのスープに手を伸ばした。滑らかで透明感のある指でスプーンを正確に持ち、黄色のとろける液体を静かに掬い、口元で小さく傾けると赤い唇が銀食器に反射して輝く。スプーンに残った輝きが、ともすると口内から出てきた煌めきのようである。自然な少女らしい笑顔を浮かべて食べる岩倉の姿はそのままCMか何かに使えそうなくらいサマになっている。


 (由香里ちゃん……可愛い……)

 白川は同席した少女の食事姿に目を奪われてぼうっとしていた。先ほどからフォークを持ったまま動いていない。


 「彩々ちゃん?」

 岩倉は微動だにせず自分を見つめる白川を不思議そうな視線で見つめた。


 「あっ、何でもないの、うん……」

 慌てて白川は自分の分に手を付け始めた。何度食べても慣れることのない美味しさに白川は酔いしれるが、ふとした拍子に岩倉の可憐で美しいさまに目を奪われるのである。


 岩倉は気付いている。元々自分に向けられる視線に敏感であるのに加えて、一緒に食事をするたびに何度も先のような状況を起こすのである。気付かないわけがない。その度に声をかけていたら時間がもったいないのだから、ある程度白川の意識を戻しつつ、ある程度は放っておいているのである。第一彼女ほどになると自分に視線が向けられることなどしょっちゅうであり、気にしていられないのである。


 「彩々ちゃん、デザートは何食べたい? ショートケーキ? プリン? レアチーズケーキ?」

 「何でもいいよ。由香里ちゃんのオススメが食べたいな」




*



 鷲尾は藤田の部屋で開かれているミーティングに他のメンバーとともに参加していた。彼らはそこで事務机を囲み、ホワイトボードを前にして今後の立ち回りを計画していた。


 「現状全員が注目しているのは裏切り者の有無ですよね」

 唯一立ち上がっている藤田がそう言うと、猪鹿倉が「ええ」と返事をした。他の者同様鷲尾も頷くことで同意の意を示している。藤田はホワイトボードに『裏切り者』と書き込んで丸で囲った。

 「私たちの中にいるかいないかですが、昨日のミーティングでいないだろうと結論が出ました。従って私たちがこの状況を上手く利用するには、他のグループにいる裏切り者を炙り出すことです」

 藤田は咳払いをした。それは彼の手柄であった。

 「今日の話し合いで判定表をつくることの有効性も判明しました」


 「ええ、実際に出澤を見つけるのに成功しましたから。藤田さんの立ち回りのおかげです」

 猪鹿倉は小さく口角を持ち上げた。


 「裏切り者を見つけようとすれば相手のグループに亀裂が入り、また、人数を減らすことができる場合もあります」

 藤田もまた隠しきれない笑みを浮かべた。猪鹿倉の目が藤田をまっすぐ捉えた。

 「ええ、私たちにとってこの上なく有利な展開です。しかし、今日使ったフローチャートでは出澤以外の裏切り者を炙り出すのには弱いのかもしれません。実際他に挙動のおかしい人物はいませんでした」


 (……静かだ。全く争いがない……)

 鷲尾は藤田と猪鹿倉のやり取りを見ながら思った。

 (無意味な対立もない。全員が同じ方向を向いているようだ)


 松葉がいなくなった結果、ミーティングはスムーズに進むようになったのは紛れもない事実であった。つまり、松葉はミーティングをはっきりとは分からない程度に阻害していた。その環境に身を置いていると身近過ぎて気付かない程度であったが、阻害していたのは事実だった。


 (話が恙なく進んでいる。進んでいるが……)

 鷲尾には懸念することがあった。

 (僕たちは3人とも表立って発言をするのは不得意だ……。妙な展開に持っていかれたら何もできない。その点は松葉さんがいた時の方がしっかりしていたと思う)

 隣に並んで座る若林と別宮をちらりと見る。

 (2人とも少し顔色が良くなっている気がする。僕自身も鏡で見た感じ顔色が良くなっていたと思う、同じように……)

 (松葉さんがいた時の方が僕たちにとって有利だったこともあると思う。その代わりエネルギーを吸い取られるような、心にひびを入れて染み込んでいくような……そんな気味の悪さを味わわなくちゃならないんだけれど……)


 鷲尾は周りに気付かれないように小さく素早く震えた。

 (何が良くて何が良くないのか……よく分からなくなってくる)


 室内を意見が飛び交っている。裏切り者を見つける条件に何か良いものはないかと話が飛び交っている。

 (今、主に発言をしているのはこの部屋の主である藤田さんと、以前から少し前に出ていた猪鹿倉さん……特に君島さんが亡くなった後からは積極的に前に出ていたと思うけれど。その2人がメインだ)

 鷲尾も裏切り者探しのためになるようなことを考えながら、目の前の2人をじっと見た。


 (後のメンバーも輪を乱すようなことを言うような人はいない。かと言って迎合してばかりってわけでもなくて、意見の対立は起こるけれど……松葉さんがいたときよりもずっと少なくて、意味のある対立だと傍目で分かるものばかりだ)


 裏切り者探しに使えそうな条件を彼らは話し合った。しかし、今日のもの以上にクリティカルな条件を彼らは見つけることができなかった。結局話し合いは中途半端に終わった。



*



 住本は風呂上りのふわふわとした匂いが立ち上る体をソファに預けた。

 (もし、死んだら次は何に生まれ変わるんだろう……)

 漠然とした疑問が頭に浮かんだのは彼女がすでに眠気を感じているためであった。

 (こんなゲームに巻き込まれて不幸だった分、次はもっと幸せな家庭に生まれる? それともこんなゲームで殺人に加担した分、次は人間じゃなくて、もっと小さな……ネズミとか、カエルとか……虫とか……?)


 (そういうのに生まれ変わりたいとは思わないけれども……。どうなんだろう?)


 「ホットミルク」

 住本は「ににぉろぐ」を立ち上げると一声かけた。目の前のテーブルにホットミルクの入った水色のマグカップが現れた。彼女はその取っ手を掴むとほんの少しだけミルクを口にした。心が穏やかになる。


 (でも、来世の私と今の私ってある意味別物だから、来世で幸せな家庭を望む必要もないんじゃない? だって前世の何かが原因で今私がこうしているんだとしても、そのことを私は全然覚えていないし。前世の私が今の私に悪いと思っていたとしても分からないし、もしかしたら全く悪いと思っていないかもしれないし……)

 住本はマグカップをテーブルに置くと、「ふう」と息を吐いた。


 (ってことは結局、前世や来世なんてそんなものがないのと同じじゃない? 本人が今そう思っているかいないかの違いだけで、誰も確認できるものじゃないし。前世や来世があると思えばあるし、ないと思えばないとしか言いようがないんじゃない?)

 室内には甘いミルクの匂いが薄く広がっている。


 (前世……私は前世で何をしたからこのゲームに巻き込まれているんだろう?)

 住本はソファにもたれかかった。

 (詐欺? 窃盗? でも、それくらいでこうなるのはちょっとペナルティが重すぎるかな……?)


 (強盗や殺人? それくらい悪いことじゃないと釣り合わない気がする)

 頭の中を鈍い嫌なものが駆け巡る。

 (でもその場合、人間じゃなくて虫とかに生まれ変わると思うから、そう考えると……何をしたんだろう? 本当に……)


 (人間で、普通の家庭に生まれて……そして、特に大きなトラブルもなくこの年まで生きていて、で、『透明な殺人鬼ゲーム』に巻き込まれる……)

 自分の人生を振り返ると首周りに冷たい何かが走るような気がした。

 (もしかしたら……今まで平和だったのは……人生が短く定められているから? ということは、私、このゲーム中に死ぬってこと?)

 住本は慌てて彼女はマグカップを両手に取るとホットミルクをコクリと飲んだ。優しい温かさが胸いっぱいに広がる。


(100歳まで生きるとして、そのトータルの幸せをこの約20年で味わっていたとすると……それでようやく人並みの幸せが得られていて……、残りの80年分の不幸を1、2ヶ月に凝縮してあるとしたら……私、確実に死ぬよね)

 少しだけ冷静さを取り戻しながら先ほどの考えを反芻していく。

 (で、こんなゲームでこんなことやっているから来世ももっとひどい一生を送ることになると……)


 住本はため息をつくと鼻で笑った。

 (……ま、前世や来世が存在すればの話だけどね。私そういうの信じていないから……)


 彼女は半分ほど残ったミルクをそのままにして立ち上がった。そして寝室へ向かった。彼女が目を離した隙にマグカップは中身ごと姿を消していた。



 ベッドに入り込んだ住本は目を閉じて睡魔に身を任せようとしたが、先の考えが妙にちらついていた。

 (逆に、ここでかなり不幸になった分、このゲームが終わったら埋め合わせするみたいに幸運がやってこないかな。宝くじ買ったら1億当たったみたいな……)

 寝返りを打つも頭の中はすっきりとしない。

 (いや、逆に、生き残るって幸運を使い果たして、後の人生は不幸だらけって可能性もあるかも)


 (ということは来世が恵まれているかもしれないし、人間になれないくらいひどい来世なのかもしれない。どっちとも取れる……)

 住本はぎゅっと身を丸めた。

 (考えたってしょうがないか。実際、分かることじゃないし、そう思うことしかできないんだから……そうあってほしい方に考えた方が幸せだよね)


 彼女は掛布団をずり上げて顔が半分隠れるようにした。

 (このゲームに参加した分、現世でも、幸運に見舞われる……。宝くじが当たったり……、そして、来世でも幸せな家庭に人間として生まれるんだ。そうに違いない……)




*



 依藤はダイニングの椅子に座って息子の描いた絵を見ながらゲームの外側の思い出に浸っていた。

 (あなた……佑都……もう少し……、あともう少しだからね……。お母さん、頑張るからね……)

 彼女の脳裏には息子や夫との楽しかった思い出がひたすらに流れている。微妙に顔がぼやけているのが彼女にとって気がかりであったが、しかし、どれも素敵なものであった。


 息子が保育園の劇でおおきなかぶのおじいさん役を伸び伸びとやっていたこと……、一緒におにぎりを作ったこと……、誕生日のケーキを美味しそうに食べていたこと……。夫が結婚記念日にネックレスを買ってくれたこと、一緒に温泉に行ってのんびりとしたこと、夜景の見えるレストランでプロポーズされたこと、3人で遊園地に行ったこと……。それらは止めどなく溢れてくる。


 依藤は微笑みながら静かに涙を漏らしていた。涙を静かに拭きながら彼女は息子の描いた絵を大事そうにクリアファイルに仕舞うと両手の指をぎゅっと組んだ。


 (吉野さんがいなくなったときはもうどうしていいか分からなかったけど、別に攻められて全滅するなんてことにはならなかったし、意外と何とかなっているのよね……。それが逆に怖いんだけど……。何もないってことはこれから何かがあるかもしれないってことだと思うし……)


 (今のところ、吉野さんがいなくなったから話し合いのときの発言力がなくなって……今は裏切り者探しをしているからいいかもしれないけれど、これから何かあったときに私たちの意見が反映されなくなるかもしれないし……)

 依藤は両肩を持ち上げて身を縮めた。


 (それにミーティングの時も、なんかみんな力が入っていない感じで……。私も人のこと言えないけれど……。福本さんが仕切っていても何か身に入らない感じ……。吉野さんと比べたら、だけどね……)

 依藤は唇を震わせながら両手の指をますます強く組んだ。

 (やっぱり吉野さんは、毒殺さえやらなければ……すごくいい人だったのかも……。生き残ったら2000万円くれるって言っていたし……。指示も分かりやすかったし……)


 (吉野さんって言えば、みんなが自分でお茶やお菓子を用意するようになったのもあるけど、それは大したことじゃなくて……)

 普段使わない頭のどこかを動かしたことで依藤は脳が重たくなるような感覚を覚えた。そしてそれは眠気に繋がっていくのであった。

 「もう……寝よう……」

 彼女は椅子から立ち上がると、スマホとクリアファイルを持って寝室に向かった。


 ベッドの前まで来ると依藤は靴を脱ぎ、サイドテーブルにスマホとクリアファイルに入った絵を置いた。そして、もぞもぞと布団に入り込んだ。



**



 地雷


 どこかの集団の晴れの舞台をめちゃくちゃにする方法。それは、色々と予定を立てて、お金を動かして、いよいよ大詰めってところで、その集団のクリティカルなところにいる人や場所に致命的なスキャンダルを作り出すことである。そうすれば最早予定を変えることもできず、大事な舞台はくっちゃくちゃになるし、その集団の黒歴史として未来永劫残ってしまう。江戸前からくり真っ青々!

 むしろ初めからその集団に混ざっていて、地雷な人物を要所に置いているのかもしれない。ほら、金を積まれればそういうことしそうな(積まれなくてもしそうな)人っていない? そういう地雷に限って集団の中にべったりと粘着していて簡単に取り除けない。最近もそういうことあったよね。


 でも、なんと、そういうのをらくーに見つけて取り除く方法がありました! それはこの洗z

 ここから先は会員専用です。「ニニィちゃんかわいい」と心の底から呟いてログインすることで続きを読むことができます。

いつも読んでくださってありがとうございます。

もしよかったら、ブクマ登録評価感想のどれか1つでもいただけますと本気で助かります。それが執筆のモチベに繋がります。書籍化できるかな、なんて幸せになれます。

<(_ _)>どうか、お願いします。本当にどうか、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。