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第55話 遣うな

 「あの、さ……。笠原先生、最近、というかちょっと前から、変、だよね」

 「う、うん……」

 4人の高校生が、その中の1人である笹川の部屋に集まっていた。彼らに共通する話題はこのゲームのこと、あるいはこのゲームの参加者のことにほぼほぼ限られている。このときの話も彼らのリーダー、つまり笠原の挙動についてであった。


 「でも学校の先生ってちょっと変わっているところ、あるから……」

 袴田がフォローらしき言葉を発した。


 「確かにそうかも」

 山田は小さく頷くと、「えーっと」と遠慮がちな音を出した。

 「僕の中学の時の担任もそうだったんだけど、合唱コンクールってあったじゃない?」


 「あったね」

 小野が口角を上げて反応する。


 「それで、よく分からないんだけど、あれでどうしても優勝したかったみたいで、始業式の日から秋のコンクールまで毎日放課後、30分間練習させられたんだ」

 山田はそう言うとペットボトルに口を付けた。


 「音楽の先生だったの?」

 先ほどと同じく小野が相槌を打った。その瞳には好奇が宿っている。


 「ううん。理科の先生。それで、部活に遅れる人もいるし、そうじゃなくても早く帰れないし、みんな嫌だったけど内申点があるから逆らえないし……。一応優勝したけれどなんか貴重な時間を無駄にさせられた感じでさ……」

 山田は小さく鼻で笑った。

 「なんか、いいように使われたのかなって感じで。だから僕たちの同窓会にあの先生は絶対に呼ばないようにしようってみんなで決めているんだ」

 珍エピソードのように話しながらも彼は内心、その教師に向かって負の感情を向けていた。

 (自分の評価しか考えていない。生徒を自分の道具としか思っていない人だったから)


 「ほら、私、S県に住んでいるから……」

 袴田がフッと話し出した。

 「中学生のときだけど、音楽の先生と美術の先生は変な人ばかりだったし、授業も実技以外、自慢話しかしていなかったよ」


 (だってああいう人って、芸術家になり損ねたクズレだから……。格下に自慢しないとプライドが保てないんだ。自分が優れていると思い込みたい、自分の無能を認められない人たちなんだ)

 先の話はS県在住ではない山田にも十分通じる話であった。しかし、口に出した言葉はあくまでもオブラートに包んだものであった。

 「あ……。僕も教科書ほとんど開いたことなかったかな。だから昔の芸術家の名前とか、何とか派とか、そういう常識、世界史の勉強するまで全然知らなかった」


 「そうだよね。多分、その先生のところから音楽や美術の世界に進む人は多分、いないよね」

 袴田は小さく呟いた。


 「僕はずっと実技だったから、それはそれで楽しかったけど、みんなの知っていることを知らないのは何か恥ずかしいかな。でも今から自分で勉強する気にもならないし……」

 小野にも思い当たる節はあった。愛想笑いを浮かべながらも眉を下げている。


 「でもさ……。笠原先生って確か校長先生で、教えていた教科は数学だったよね」

 笹川は首を傾げた。

 「今はちょっと怖いけど、流石に今までの授業くらいはちゃんとやっていたんじゃないかな?」


 「うん。そうだと思うよ。でも、長い間僕たちみたいなのばかり相手をしていると少しずつ変わっていくんじゃないかな?」

 山田は顎に手を当てると今考え付いたかのように続けた。

 「ほら、社会人経験もなさそうだし、実際同じ先生立場の目下の生徒だけを毎日相手にしていたらだんだん考え方とかそういうのが、増長するんじゃない? だからこういう高ストレスのところだとあんな風になるんだと思っているんだけど」


 「そうだね」

 小野は前のめりになって目を見開いた。

 「先生たちって挫折とかしなそうだし。ぬるま湯っていうか、温室育ちっていうか、そういう人たちっぽいし。今の高校もやっぱり変な先生がいて、その人担当するクラスだけその科目の平均点が低かったりして……それでも普通に平然としているんだよね」


 「やっぱり笠原先生も……そういう素養があるんだと思うよ。だから今になってあんな風になっているんじゃないかな」

 そう言うと山田は腕を組んだ。


 笹川は視線をやや上方に向けた。

 「ここだと先生であることって何の価値もないからね。剥き身の実力で考えるとやっぱり、あんまり有能じゃないよね、多分。話し合いの時もあんまり前に出ていないし、今はそれで大丈夫な感じだけど……」


 部屋の中にはキンモクセイの香りが漂っている。それは自然の欠けた空間を辛うじて誤魔化すために笹川が用意したものであった。


 「それで、どうする?」

 笹川がやや小さな声で漠然と尋ねると、山田が答えた。

 「……一応、まだ僕たちのグループは安全だと思うから一旦このままでもいいと思う」


 「私もそう思うよ」

 袴田はジャージの膝元を震える指先で撫でながら口を開いた。

 「今のところは大丈夫みたいだから、このまま様子を見ていてもいいし……、あまり刺激しない方がいいんじゃないかな……」


 「他の参加者からそう、笠原先生が僕たちを守っているように見えていると思うし、松葉さんともいい感じの距離を取っているみたいだし……。だけど、いつその壁が壊れるのか分からないってのもちょっと怖いけど……」

 小野は声をだんだん小さくしていく。

 「でも、みんなの言うように現状維持がいいのかも」


 「そう、だよね。まだ何も起こっていないから笠原先生のところから独立するとかそういうことは考えない方がいいのかもね」

 笹川は自分に説明するようにボソボソと声を出した。山田も同じように聞き取りにくい声で賛成した。

 「そうだよね。そんなことしたら今のあの笠原先生が何をするか……そっちの方が危険かもね」


 4人は4人が何となく心のどこかで思っていたことの共通認識を得た。足並みを揃えて事を起こすのは現状、リスクの方が大きい。しかし、笠原から離れるとして、いつそうするのか、何をきっかけにそうするのか、彼らの間で話し合われることはなかった。



*



 「何で警察ってあんなに偉そうなのかしら?」

 利原の部屋には同じグループのメンバーが2人訪れていた。彼女たちはそこで恒例のお茶会、そして、不満大会を開いていた。それぞれの目の前には紅茶の入ったティーカップと皿に並べられたスコーンが置いてある。それらは個々人が用意したものである証拠にティーカップや皿の模様がそれぞれ異なっていた。


 「警察の人がちょっと怖いときってありますよね」

 依藤は軽く身を乗り出した。

 「影山さんも、みんなをまとめてくれていたけれど、上から目線だった時もありましたし……」


 「それで、何があったの?」

 鰐部が今にも話したいと言わんばかりの利原に突っ込むと、「それがね、私」と彼女は水を得た魚のように得意になった。

 「この前、知らない人が死んでいるのを見つけちゃって、大変だったのよ」


 「ええーっ!」

 鰐部が仰々しく驚いた。このゲームの参加者にしてはオーバーなリアクションである。死体は毎日見ているし、それに加えて得体の知れない死に方ばかりなのである。


 「それで、どうなったんですか?」

 依藤は目を丸くして尋ねた。


 「それがね、もう、あれなのよ」

 利原がため息をつくと2人は小さく頷いた。

 「ずっと取り調べ。忙しいのに時間は取られるし、じゃあその分お金がもらえるのかとって言えばそんなことないじゃない? それにね、第一発見者ってだけで、もう犯人扱いよ。こっちは善意で通報したのに、何なのかしら?」

 利原は鼻の穴を膨らませると大きく息を吐いた。


 「それ、嫌ですね……」

 依藤が呟くと、利原はさらに声の調子を上げた。


 「しかもね、指紋もとられたのよ、指紋。もう信じられない。個人情報よ。なにも悪いことしていないのに。これで警察のデータベースとかに記録されるでしょ。どんな使われ方するのか怖くてね、もう」

 利原はわざとらしく首を横に振った。


 「発見しただけなのに、ですよね?」

 依藤が口角を下げると利原は台詞を繰り返した。

 「ホント、見つけただけなのによ」


 「ああいうの後で消すって言っておきながら絶対にそんなことしていないわよね」

 鰐部は指先を軽く動かして自分の指紋のざらざらとした感触を確認した。


 「それにDNA提供しろって言われたのよ、もう無理よ。そんなもの渡したら一生記録が残るし、私だけの問題じゃないでしょ。子供たちや両親や親戚も登録されちゃうのと同じじゃない」

 利原は両眉を吊り上げた。


 「それ、怖いですよね……。血がつながっている人全員を巻き込んじゃうし」

 依藤は肩を下げて囁いた。


 「絶対に消されるわけがないから、子供たちや孫たちにまで悪い影響与えるわよね。普通に犯罪なんか起こさなくても、そこにたまたまいたなんてこともあるし……」

 鰐部も利原の意見に同意する。


 「そうなのよ、私S県に住んでいるから警察の冤罪に敏感なのよ。だってあそこ、恐喝で自白強要して死刑にするなんてことやってたのよ」

 利原は目を細くして冤罪で有名な某を思い浮かべ、睨みつけた。


 「私のところもひどいのよ。あっ、K県なんだけど、もう、捜査は杜撰だし、ストーカーとか、問題が起こってからじゃないと助けてくれないし……。それでこの前1人重傷になって、それからやっと動いてもねえ? 怪我が完治するって限らないし、大体手遅れなのよ」

 鰐部はため息交じりに呟いた。


 「もうね、警察って正義の味方じゃなくてそういうシステムで動くただの道具だと思えばいいのよ」

 利原が冷たい笑みを浮かべる。

 「結果として正義になることもあるけれど、民事不介入とか言って助けてくれないことの方が多いし、上級国民相手になるとすぐ態度を翻すじゃない? というかそういうときの方が困っているときが多いのよ。大体……」


 鰐部の頭に最近ニュースになった出来事が思い浮かんだ。

 「そうそう、上級国民の時だけサービスが過剰なのよ。加害者でも上級なら家の前に24時間警察が交代で番をしていたなんてこともあったじゃない? 普通の加害者にそんなことしないでしょ。もちろん被害者にだってしないのに……」


 「あとアレ、同じ警察の起こした不祥事は基本的に隠蔽でしょ? 知人の親戚が警察に行っても全然捜査されなくて、それで結局後から分かったんだけど、身内がやっていたことだったらしくて。ほら、どの事件を捜査して誰を逮捕するかって警察の自由じゃない?」

 利原が苦虫を噛み潰したような顔をすると、鰐部も同じような顔をする。少なくとも彼女たちの周りにいる警察の某らに対してはその表情通りの感情しか浮かばないようだ。

 「そうよね。警察とのトラブル……向こうが車をぶつけた時も100対0でこっちが悪いことにされたってご近所さんが言っていたし……。当たり前みたいにこっちが犯罪者扱いされるんですって」


 「そう言うのよくあるわよね。警察の天下り先の会社だと、その人を前に出してうやむやにするし。ネットで大騒ぎになっても何も動かないし、それに、何だったら、そういう話をした人のところによく分からないところから火花が飛んでくるんですって。遠回しに黙らないと出世させないとか、子供を高校に入れさせないとか……」


 この手の不幸自慢は大抵、うちの都道府県は運転マナーが悪い、警察の質が低い、ヤンキーやTeam.何とかが未だに存在するというものである。それは本来ただ恥であるだけなのだが、何故か主に僻地に行くと勲章のように扱われるのである。利原と鰐部は汚れた勲章の汚れ具合を自慢し合っていた。



*



 (私たちは死んだらどうなるの……)

 沓内はリビングのソファに身を預けながら考えてしまった。彼女の瞳には力が籠っていない。

 (天国に行くの……、それとも地獄……。死んだら……そこで会うのかな……ここで死んだ人たちとも……)


 (天国行き……? でも、間接的だけど、私たち、人、死なせているんだから……行くなら地獄の方……なのかな……。そこで他の、私より先に死んだ参加者と会って……。怖い……)

 いつの間にか沓内の両腕には鳥肌が立っていた。

 (だって、絶対に恨まれている……。投票を誰にしたかなんてわからないんだから……無実でも……)

 彼女は今までの犠牲者が、その血肉がベタベタと体中にまとわりつくような気味の悪さを覚えた。思わずカーペットから足を離してしまう。行き場のなくなった脚はソファの上に乗せられた。


 (そうじゃなくても、それに、このゲームで死ぬときは苦しい死に方だってニニィが言ってたけど、天国……はともかく地獄に行った後のことは……分からない……)

 彼女はつい透明なケースの中で起こった出来事を想像してしまった。

 (もしかして……苦しい死に方をするってことは……ずっと、死んだ後の世界でも苦しみ続けるのかな……)

 沓内は大きくぶるりと震えると、細い指でスマホをテーブルの上から取った。しかし、手に取っただけで何か操作をすることはなくソファの端に置くだけであった。

 (『ににぅらぐ』で聞いても答えてくれないよね。それに……変な質問したって他の人に知られちゃったら……標的にされるし……)


 (それで、それが永遠に続くなら……)

 沓内の目にじわりと涙が浮かんだ。

 (怖いよ……。死にたくないよ……)


 (死んだ後……死んだ後……。私、今まで普通に暮らしていたから、多分、だから、天国に行けると思っていたのに、もう、何人も投票しているから、それってだから……もう、天国には行けなくて、そうしたら地獄行きで……)

 死ぬときの苦痛はもちろん、死後に苦痛を受けることも恐ろしくてたまらない。


 (どうしたら赦されるの……。でも、こんなにたくさんやっていて赦してなんて……そんな都合のいい話は、ないんだよね)

 死後の世界で自分がどういった扱いを受けるのか、止めどなく溢れてくる。


 (だって、こんなことをした人が地獄でも普通に扱われることなんてありえないし……、きつい罰があるし……。天国のおじいちゃんとおばあちゃんからも見放されているし、いつか家族が死んでも天国に行くから私、会うこともできないし、それに、いつか子供とか旦那さんとかも死んだ後、会えないし……)

 考えれば考えるほどその結果は恐ろしいものであった。

 (そうだって知っていながら普通に暮らすのも……無理だよ)


 沓内はぼうっと鈍くなった頭でそれを回避する方法を考えた。

 (お寺とか神社とか教会とか……そういうところに行って贖罪すればいいのかな? そういうところなら天国とも近いと思うし……だけど……)


 (それとも善行を積めば……引かれるのかな……その分何かが……)

 単純な足し算引き算の話ではないと彼女は分かっている。しかしそう考えれば少しだけ楽になるのである。本当に効果があるかはともかくとして。

 (何人も死なせた分を贖う方法なんて……できないよ、そんなすごいこと)


 (それとも、もう手遅れだから……諦める……)

 涙がポロリとこぼれ頬を伝った。

 (私が地獄に行っても……行くとしても……もう、決まったことなら……いつ死んでも同じだし、早い方が苦しむ時間少ないし……)

 沓内はポケットに手を入れるとハンカチを取り出し、涙を拭いた。

 (でも、ダメだよそんなの……。このゲーム中に私が死んだらお母さんを苦しませて死なせちゃう……。そんなの、ダメ、耐えられないよ……)


 (生き残らなきゃ……生き残らなきゃ……だって、お母さんは関係ないのに巻き込んじゃう……)

 幸せな家族の姿が思い浮かぶ。

(いつも優しいのに、こんな、私のせいで一緒に地獄に行くのなんて……嫌だよ……)

 拭いても拭いても涙は止めどなく溢れてくる。

 (ここで死にたくないよ……。天国に行きたいよ……)


 しばらくの間、沓内の嗚咽が部屋の中に流れていた。感情も考えもぐちゃぐちゃになって、何が何だか分からなくなったころ、ようやく涙は止まった。

 彼女は今度こそ目から流れ落ちた涙を拭き取るとスマホを手に取って「温かいおしぼりと冷たいおしぼり」と口にした。いつの間にかテーブルの上にそれらはなれんで置かれていた。



*



 広間にいる参加者はお互いにある程度の距離を置いていた。不用意に近づいた場合、毒殺、あるいは別の手段で殺そうとしていると考えられても仕方がないくらいピリついた空気が漂っているためである。しかし、話し合いの席には限りがあるから、多少距離が近くてもどうすることもできない。


 広間の照明が暗くなると、天井の少し下に複数のモニターが現れた。そこに映っているのはニニィだった。

 「『透明な殺人鬼ゲーム』、28日目、全員参加で始めます。投票は10分後です。では、始めてくださいっ」

 彼女はくるくると指を回しながら開始の合図を告げた。


 「さて、今日も不要な人物を決めなくてはなりません。どなたか候補はいますか?」

 真っ先に松葉が無機質な瞳で参加者の姿をざっと流し見た。誰も動く気配はない。

 「では私が提案しますね。畚野康介さん、あなたが生きていることは全員にとって得ですか?」


 具体的な名前が出るとその人物と関係のない参加者に安堵が広がる。あとはその人物が選ばれるのか、それとも選ばれないのかの話だが、選ばれた方が都合がよいのである。


 「あ……これ、俺?」

 畚野はやや遅れて反応を見せた。


 「おい! お前ふざけんなよ!」

 そのすぐ後に反応したのは時田だ。

 「どう考えても畚野さんは俺たちが生きていくうえで大事だろぉが! こんだけ筋肉あったら力仕事かなりできるだろ!」


 「そうだ! コミュニケーションだって仕事してんだからできるに決まってるだろ! 」

 中川も大声で加勢する。


 「ええ、確かに畚野さんは筋肉質で腕力があるでしょうが、そこまで過剰な力は必要ないのではないでしょうか? むしろ1人だけ腕力が突出している分、彼が近藤さんのようなことをやったら誰にも止められませんね」

 松葉は薄っぺらい笑いを貼り付けたままそう言った。


 広間には早くも24日目のような流れが出来上がる。その流れに従うならば、数分後の畚野は加藤と同じ末路を辿ることとなるが、しかし、その日と決定的に違うのはその流れの中に吉野がいないということであった。


 「そんなことはないだろ。少し力あるけど、男3人くらいいれば捕まえて縛られるって」

 畚野は激しく心臓が動いていることを気取られないようにしながらぶっきらぼうに否定した。更に時田が援護する。

 「それに、近藤みたいなことしたらみんなから話し合いの時に選ばれるだろ! 分からないわけないし、大体、人に暴力を振るおうなんて考えるわけねえじゃねえか!」


 「まあ、可能性の話ですよ。それから、過剰な筋力はむしろ必要ないというのが前の話し合いの結論だったと思います」


 「そんな話した覚えがねえよ! なあ!」

 中川が噛みつく。メンバーが声を上げるのはもちろんなのだが、他の参加者に同意を求めるも曖昧な頷きが返ってくるだけである。


 「筋肉はいくらあってもいいだろぉが!」

 時田が大声を張ったが、松葉は微動だにしていない。

 「ええ。しかしいくらあっても一定以上のプラスの評価にはならないでしょう? 『ににぉろふ』で工具を取り出して使えばいいのですから。要するにそれ以外の生き残るべき理由があるのかないのかという話ですが、つまり、ないということですね」


 「んなこと言ってないって! 人と一緒に働いているんだからコミュ力だって人並み以上にあるだろ!」

 畚野が必死になって反論すると、松葉は言葉尻を捉えた。

 「以上? 何か特別なコミュニケーションを要する仕事をされているのですか?」


 「いや、そういうことじゃなくて……」

 畚野は答えることができなかった。それこそが答えであった。


 「普通のコミュニケーションができることは当然のことですよね? 私たち全員が持っているものと変わらないのであれば強みではありませんよね」

 薄い笑いを貼り付けたまま松葉は言った。

 「要するに畚野さんには何の強みもないと、そう言うことですね」


 「ふっざけんなよ! なあ、道具だって使い方知らなきゃ使えねえだろ!」

 時田は最早怒鳴らんばかりの勢いであった。


 「まずその道具がここでの生活に必要なのかどうかですね。それからそういう扱いの難しいものは危険ですから、『ににぉろふ』で取り出すのは不可能ではありませんか?」

 松葉は全く調子を変えず、畚野ばかりか時田や中川も押して倒そうとせんばかりである。


 「いや、体力と筋力はあった方がいいし、人並みのコミュ力があるなら普通に役に立つだろ。頭使う奴だけが残っても何もできねえだろ」

 畚野が唸るように言うと、すかさず松葉は反撃を加える。

 「学歴が全てではありませんが、一応聞いてみましょうか? どこの大学、いや、高校を卒業したのでしょうか?」


 「今はそんなこと関係ねぇだろ!」

 畚野の顔に恐怖に加えて苛立ちが見え隠れし始める。松葉は見逃さない。

 「つまり言えないようなところを卒業したんですね」


 「んなわけねえだろ。そう思いたきゃ勝手に思ってろよ」

 頬をピク付かせながら畚野は声を張った。


 「やはり畚野さんを生き残らせるべきという主張はどうにも薄いようですね。やはり今日の投票先は畚野さんに決まりでしょうか?」

 松葉は緩やかに腕を動かした。畚野はまさに今飛びかからんとしているようである。

 「何勝手に決めてんだよ! ふざけんな!」


 「そこまで畚野さんを殺したい理由でもあるのかよ!」

 「そうだ! 意味分からねぇよ! どう考えても畚野さんにはいてもらった方がいいだろ!」

 大声で怒鳴るように2人が主張すると、松葉は「意味が分からないのは2人が畚野さんを庇う理由ですね」と淡々と言って全てをうやむやにしてしまう。


 ああ言えばこう言う松葉の手腕に3人が敵うことはなく、他の参加者は黙って見守るばかりである。自分と畚野を比較して後者の方が生き残るべきと思うのか、それとも前者だと思うのか……。そして時間は流れていき――。


 「はーい、投票の時間だよ」

 ニニィの合図とともに参加者は孤立した闇の中に囚われた。彼らはそこで誰を死なせたいか、誰を死なせたくないか、それぞれの意思を投票に反映し、そして、周囲の明るさが元に戻ると、大勢の人物と透明なケースに囚われた人物が視界に入った。


 「今日の犠牲者は松葉アレックスさんでしたー!」



*



 (俺……じゃない……!)

 畚野は目の前の光景が信じられなかった。透明なケースの中に入っているのは自分だと覚悟して投票を終えたのが一瞬前のことであり、今、透明なケースに入っているのは自身ではなく、松葉であった。


 (よか……よかった……)

 全身の力が一気に抜ける。脚の筋肉も例外ではないが、彼が立ったままの姿勢を保てているのはこのゲームのシステムが原因であった。


 「始めるね」

 ニニィはいつぞやのように頬に指を当てて口角を持ち上げた。


 松葉は薄い笑いを貼り付けて平静を装ったまま、天井付近に浮かんでいるモニターの中のニニィに向かって手振りを添えて何か語りかけているが、ニニィは全く相手にしておらず、松葉の表情に変化はないが、こめかみに1滴汗がツーと流れていて、なおも両手を見事に動かしてプレゼンを行い続けていたが、途端に松葉が背筋を伸ばし両手足をピンとまっすぐ伸ばすとバチバチと青白い電気が胸の辺りに広がり、腰から転んでパクパクと口を動かして、だんだんと唇が青白くなっていき、電気が体中に広がって、一気に眼球が濁って体中から湯気が立った。


 「じゃあ、また明日ね。ばいばい」

 ニニィが小さく手を振ると、モニターとともに姿を消した。


 体の自由が戻った途端、参加者たちが「え、なんで……」「あれ……」と呟く声が畚野の耳に入った。彼らはそう言いながらもそれに過剰な興味を持つことはなく、一目散に広間から立ち去っていった。


 (よか……よ……かった……。助かった……)

 畚野はその場に尻もちをついた。ドタンと大きな音を立てたせいで何人かの参加者から注目されたが、畚野は気にならなかった。彼は腰の力が抜けたままスマホの「カードキー」を立ち上げると、自分の部屋に帰っていった。




**



今日の犠牲者 松葉アレックス

一番大事な人 妻(洗脳済み)


 邪悪なサイコパス。人生のどこかで出会ったら逃げろ。決して2人きりになってはならない。遭遇したらその手の本を読め。戦うな。逃げろ。あらゆる証拠を記録しろ。それから、味方がいるとは思うな。大抵良い感じのポジションにいることが多く、手助けは期待できないどころか、加勢される可能性もある。(一応補足するとサイコパス全員が邪悪というわけではないし、邪悪な人が全員サイコパスというわけでもない)

 松葉は日本で暮らしていれば誰もが知っている大企業で若くして企画部の1チームを任されており、海外を相手に活躍しているが、しかし、彼が思うほどの給料は貰えておらず、副業で臓器売買の仲介を(当然違法で)行っていた。最近の売れ筋は食べられるものに制限のある人から取り出した臓器や、年齢が「なろう規制」の膵臓や、「なろう規制」、「なろう規制」、「なろう規制」。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ブクマ登録評価感想のどれか1つでもいただけますと本当に、本当に助かります。モチベに繋がります。

(ノ・ω・)ノよろしくお願いします!ヾ(・ω・ヾ)

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[気になる点] なぜ松葉は今回畚野を攻撃してしまったのか?時田グループの中でもわりと好かれてそうで、庇われそうな感じがあるのに...。筋肉嫌いとか、あまり理性的な理由ではない気がする(あるいはサイコパ…
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