第44話 堪えろ
今月はいつもより投稿ができています。これも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます!
水鳥たちとのミーティングを終えた後、乙黒は大川に誘われて彼女の部屋を訪れた。そこはパステルカラーの家具で揃えられていたが、要所要所にマゼンダの小物が置かれている。2人は薄紫色のソファに座りながらマゼンダのマグカップを手にしてホットココアを飲んでいた。
始めのうちは大川が適当な話、最近見たドラマや流行りの漫画についてただ話し続け、乙黒はそれに小さく相槌を打っていた。
(広恵ちゃん、私のこと気にしてくれてるんだ……)
乙黒がそう考えるように、今日の彼女はひどくやつれていた。目の下の隈は隠しきれず、髪や肌はどことなくがさついており、背を丸めてわずかな物音にも過剰に反応するくらいである。今日の標的が自分でなかったことで多少の落ち着きを取り戻したが、それでも平時の様子とは異なっていた。
しばらく話すうちに、大川はだんだん胸を逸らせて足を開いていた。そして、話題が尽きたところで彼女はしばらく黙ったが、パッと顔を明るくすると鼻の穴を膨らませた。
「ねえ、なんで年寄りにこっちが気を配らなきゃいけないのよって思わない?」
今までと毛色の違う話題に乙黒は「え?」と声を漏らした。
「別にさ、虐待するとか言ってるんじゃなくて、なんでこっちが気を配らないといけないのって思ったの。今日の、あの……、あの人を見て」
大川は少し目線を下に向けたがすぐに元に戻すと胸を一層反らせ、ホットココアを少し口に運んだ。
乙黒は頭にクエスチョンマークを浮かべるも、すぐ自分がそこに呼ばれた理由を理解した。
(この話を誰かにしたかったんだね……)
「でも、お年寄りはみんなで支えていくっていうのが法律になっているんじゃない? そういうの詳しくないんだけどね」
乙黒には完全に賛成することも真っ向から反対することもできなかった。チラッと目の前の相手の顔を見るとテーブルの下で手汗を服に拭った。
(怒っていないよね……?)
「だから税金払ってるんじゃない? あんなにバイトしても色々引かれるし、消費税も馬鹿にならないくらいだし……。あと、優先席だって座らないし、混んでいても」
大川は指折り数えながらその度に小さく頷いた。
「でもさ、別にそれ以外のことでいちいちこっちが譲歩することってないでしょ。セールスマンとか医者とか介護士とか、そういう人たちが向こうの特性に合わせるのはそっちの方が都合いいからじゃない。そうじゃないんだったら、別に、向こうもこっちも同じ人間じゃん」
「うん、そうだね。広恵ちゃんの言うこともあるかも」
乙黒は勢いに押されかけていた。単に譲歩するだけではなく、自分も初めからそう考えていたように思えてくる。
「だよね。なんで向こうの都合に合わせる必要があるのかなって思うの。年寄りって同じ話を何度もするじゃない。それって脳の問題とかいろいろ言われても、話を聞いている側はただ嫌じゃん。大事な人ならそれでもいいかもしれないけど、実際他人なら関係ないじゃん。普通に嫌いになって、距離取って、それで終わりでいいのに、こうしてあげましょう、ああしてあげましょうって」
大川は腕と脚を組んで首を傾げた。
「どうして年寄りの方からそうじゃない人に歩み寄れって誰も言わないんだろうって。介護の現場とか実質奴隷でしょ。年寄りの人権と同じくらいスタッフの人権も大事なのに対等じゃないでしょ」
「そうだよね。平等だよね。だよね……」
思い当たる節があった。乙黒の職場に少し前までいた老婆に関して、である。その古株はある日、乙黒たちが地声で話していると聞きとれない、と部長にクレームを入れたのである。もちろん向こうの加齢に伴う難聴が原因なのだが、だからといって補聴器を入れるなどはせず、結局乙黒たちが半ば叫ぶようにしてコミュニケーションを取っていたのであった。
2人はホットココアをこくこくと飲んだ。温かい香りが心を落ち着かせ、体の芯から優しくじんわりとほぐしていく。
(仕方ないのかもね……)
乙黒は胸に刺さる刺々しいものが溶けていくのを感じた。
(だって、私も知らないうちに迷惑かけているかもしれないし……)
しかし、再び開始された話題は先とそう変わらないものであった。
「あとさ、赤信号になっても渡ってる年寄りがいるでしょ。あれもさ、待ってあげましょうってのがなんか普通になっているけど、実際、邪魔じゃん。こっちはその間ずっと動けないし」
大川は髪を後ろに払うとじっと乙黒を見つめた。自信満々の視線に乙黒はためらいがちに眉を下げると首を傾げた。
「でも、赤信号の時間が短いってのもあるんじゃない、かな?」
「それがさ、市民全体にとって特になるならいいと思うよ。でも、赤信号の時間を長くしたら、それだけ車が進まない、ってことは渋滞じゃん? 色々止まるじゃん。金にならないじゃん」
話しながら大川の目はどんどんと細くなっていく。睨む一歩手前の面にまたしても乙黒は押された。
「……そうかも」
確かに、特に急いでいるときに、信号が変わっても渡っている老人を邪魔だと思ったことは一度や二度ではなかったのである。
「だからさ、年寄りは青信号の途中から渡るな。そうすれば時間いっぱい使って青の内に渡れるわけでしょ? それでいいじゃん。それでもダメなら歩行器を買って早く動け。それも無理なら諦めてその道を渡るな。それでいいじゃん」
乙黒はぽかんと口を開けて聞いていたが、いつの間にか顔に笑顔を浮かばせていた。
(そうだよね……。横断歩道じゃないところから出てくることもあるし……。やっぱりそうなんだ)
そして、大きく目を広げると口元を手で覆った。
「広恵ちゃん、政治家とか向いてるんじゃない? すごいよ」
大川は思わずニヤリと笑みをこぼしたが、すぐに真顔を装って手を横に振った。
「ウチ? ムリムリ、今の日本なんて私たちが大人になったら終わるって。だから、まあ、アメリカに引っ越さないとかな?」
しかし、まんざらでもないと思っているのは明らかであった。
(広恵ちゃん、ミーティングのときもたくさん話しているし、すごいなぁ)
ただ、幸いにも乙黒は気付いていなかった。
「向こうなら選挙に出てもいいかな? 海外ドラマ結構見てるし、Y○utubeで色々英語のを見てるし――」
だからと言って大川は本腰を入れて英語やアメリカ文化の勉強をしているということは全くない。別に留学するつもりもない。苛烈なアメリカの社会問題からは目を逸らし、自分の都合の良いアメリカ色を使っているだけであった。
*
武藤は自分の部屋で独り、右手にビールの入ったグラスを持ち、左手で額を押さえながらテーブルに肘をついていた。他にテーブルの上に載っているものと言えば茶色いガラスのビール瓶だけであり、彼はその表面を流れる水滴を目にしていた。
(死ぬ……? このままだと……)
アルコールの回った鈍い頭で考える。鈍らせていないと頭に湧いてくるものを処理しきれない。
(俺も……佐野さんと変わらない。そんなに話すのはうまくない。庇ってくれる人は……いないだろうし……)
つーっと水滴が落ちてテーブルの上に溜まる。
(乙黒さんが助かったのは、やっぱり味方が大勢いたから……。佐野さんが助からなかったのは……。誰も助けに入らなかったから……)
武藤は体を大きく震わせると、ビールを勢いよく喉に流し込んだ。
(話の上手な人が庇ってくれれば……)
佐野の最期の姿ももちろん、話し合いの場で半ば強制的に立たされてからの、何もできないまま周りの参加者になぶられるように囲まれていたときの絶望的な姿はあまりにも鮮烈に残っていた。
彼はうなだれた。
(俺はこう、人前に立つのが苦手だから……。ああなったらもうおしまいだな……)
そして静かに目を閉じた。
誰かが助けてくれる条件、十中八九それは同じ集団に属していることである。そして、そのためには必要なことがある。
(今から、どこかのグループに入れさせてもらえるか……?)
(時田さんと中川さんたちは一番俺に年が近いけれど、あの性格は俺と離れているからな……)
武藤の頭によぎるのは話し合いのときの態度であった。粗暴で傲慢な振る舞いは彼の好むものではなく、決して馴染むことができるとは思えなかった。命がかかっているのだから我慢することはできる。できるのだが、むしろ時田たちの方から仲間外れにされるであろうと察していた。現に、彼らがグループを作ったときに武藤は誘われていなかった。
(松葉さんのところはすごく頼りになると思うけれど、絶対にレベルの高いことを求められる……。できなければ……クビだから……死ぬ)
武藤は両手で顔を覆いこすった。グラスを握っていた方の手が冷たく濡れている。
(俺には……できないよな……)
町内会の寄り合いでもまともに発言できない。その彼が親しくもない大勢の前で自分の意見を発表できるとは思えない。さらに言えば彼らの知的水準に見合うほどの学はないと武藤は自身を評価していた。
(あとは……もう無理だ。野口君のいたところは少年だけのグループだし、あのぐらいの年頃は反抗期だ……)
武藤は遠くを眺めると息子が反抗期だったときのことを思い出した。確かに手を焼いたのだが今となってみれば懐かしさを覚えるものであった。彼はどうしようもなく自分の家に帰りたくなってしまった。しかし、それは血を分けた家族だからこそお互いに耐えられたことであって、出会って1ヶ月も経っていない者同士であれば当然、苛烈な争いになることは疑いようもない。
彼はグラスに手を伸ばし口元で大きく傾けた。少しばかり残ったビールが泡とともに流れ込んでくる。足りない。武藤はビール瓶を持つと手酌をし、再びビールを呷った。
(無理だ……。水鳥君のところは彼がハンサムだから成り立っているわけだし……)
男1人に女数人の集団が維持できているのはまさに武藤の言った理由が第一である。水鳥のリーダーシップが優れているのもあるが、彼には自分がそこに入ったらすぐに始末される、そもそも入れてもらえるとも到底思えなかった。
グラスをテーブルに戻すも彼は手放さず、再びもう片方の手で頭を抱えた。
(吉野さんたちは女性の集団で、なんとなく男を嫌っているような感じがあるから……)
武藤は別段女性を苦手としているわけではない。仕事柄老若男女誰とでも話していた。ただ、妻が近所の中年女性と話しているところに割って入るような性格でもなかった。また彼の言う通り、吉野たちのグループに男がいないということは、つまり彼の予想する通りであった。
(笠原さんのところは子供たちのグループだ。年寄りの俺が加わるなんてのは無理だ)
別に武藤は子供相手に何か、スポーツクラブやら何やらをやっているではない。息子が成長した後は地元の子供たちと関わることもなくなっていた。
息子や妻、近所の誰彼、昔からの町並みが一挙に押し寄せてきた。強烈な郷愁に彼は息が詰まり、気の抜けたビールを飲み干した。そして再び瓶に手を伸ばし、手酌でグラスを満たした。
(今更……、何もしていない、取り柄のない男がグループに混ぜてくれなんて言っても、できっこない)
狙われたら死ぬという恐怖が再燃する。元々この「透明な殺人鬼ゲーム」はその通り、狙われたら死ぬという性質を持っているのであるが、昨日今日の件で露骨に表在化した。
(でも行かなきゃ……狙われたら死ぬ……)
心臓が痛いほど拍動する。アルコールが体中を駆け巡る。
(もし、どこかのグループに入れてくれるよう頼んで、受け入れられなかったら……)
武藤はしょぼしょぼと瞬きをした。
(殺される……。難癖付けられて……)
(今は誰とも関わっていないから、まだ、目立っていないんだ)
彼は思わず後ろを振り返った。誰もいない。見慣れた壁紙があるだけだ。
(それが……一度、注目の的になったら……)
しかし、アルコールのせいでその模様がぼやけて見えてしまう。誰かの姿が描かれているような気がしてならない。
武藤は首を振ると再びそこを見つめた。先の姿はもう見えなくなっていた。彼はほっと一息をつくとテーブルの方に向き直った。
どちらを選択しても死ぬ可能性はある。どちらも上手くいかないような気がする。武藤はスマホをポケットから取り出してテーブルに置いた。しかし、それを見つめるばかりで操作することもない。彼は「うぅ……」と唸り声を上げ、両手で頭を抱えるとしばらく動かなくなった。
眠ってしまったのかと思われるほどの間が空いた後で、武藤は頭を上げてグラスを手に取った。
(明日……明日からだ……。もし、明日からも俺みたいなはぐれ者が狙われたらその時は……)
「そうだ……。明日……、明日、決めればいいんだ……」
武藤は呟いた。しかし、決意したつもりでも、簡単に割り切ることはできない。アルコールを飲んで恐怖を鈍らせなければ、明日までをまともに過ごせない。彼は瓶が空になるまで繰り返し悩んだ。
(でも、明日俺が狙われたら……)
自分の手足が自分の物ではないような奇妙な感覚がする。
(でも、今まで独りでやって、生き残ってきたんだ)
結局結論は変わらなかった。
武藤はグラスに注いだ最後のビールをどうにも飲むことができなかった。片付けて床に就くことがどうにもできない。それは明日に対するささやかな抵抗であった。
*
時田の部屋で行われている宴会は何故かこの日早めに切り上げられた。いつもは宴会が終わってすぐベッドに入る生活を送っていた竹崎にとって、半端にできた時間は落ち着かなく、死の恐怖が何もないはずの空間からぼんやりと現れてくる。独りで夜を過ごすことに限界を感じた彼は小嶋の部屋を訪れた。
彼らは床に胡坐をかいてしばらくの間漫画を読んでいた。海賊が一般市民や商船から強奪し、おまけと言わんばかりに殺戮を繰り返す世界で海賊を殲滅するために立ち上がった人々の活躍を描いたそれは、あくまでも物理現象に従った迫真の描写が評価されている。そして、海賊、つまり悪が、絶対的な悪として描かれている点も注目されている。過去の回想も、スタイリッシュな台詞も、温かい人間性も表現されていない、ただの「あの、さ」小嶋が不意に声をかけた。
竹崎はビクリと体を震わせたが、すぐに「どしたん?」と平然を装った。
「ニニィ……というか、ニニィの中の人、国際的な組織だよな。じゃなかったら吉野とか君島さんとか岩倉さんとか、上級国民を捕まえることなんてできないし。ほら、前に外国語で何か言ってたし……」
竹崎はパチパチと瞬きをして、それから手にしていた漫画を裏返しにして伏した。
「もしかして、あれ……、利権ってことか? 吉野とか君島さんとか、あと、岩倉さんの親とか、そういう人たちが何かのアレ、バトル的なことがあって、その争いの巻き添えで……俺たちも?」
「じゃね?」
小嶋はエクステの先端を指先でいじった。
「じゃなきゃ、そういう連中に手を出さないだろ、普通……」
「っても俺、あいつらのこと全然知らなかった感じだけどな……」
竹崎は眉をひそめると首を傾げた。3人との接点は……どう考えてもありそうにない。
「いや、逆にじゃね?」
「逆に?」
「例えば最上級国民の誰かが家とか仕事場の近くでいきなり刺されて死んだら、それ、絶対そいつ憎んでいる誰かの仕業って分かるじゃん? でも、例えば、そいつが飛行機に乗ってるときに、その飛行機が墜落したら? そいつ狙ったんじゃなくて、事故に偶然遭ったってことになるんじゃね?」
彼はエクステから手を離すと今度はその手を自分の膝に当てた。
「あー……。かも」
竹崎は目を丸くした。自分よりも年下の小嶋が考えた説がそれらしく聞こえてくる。見た目の派手さが彼に偏見を与えているが、決して馬鹿ではない。
「だから、実質ニニィのターゲットってその3人なんじゃね? 吉野と君島さんと岩倉さんの父親の……」
「ってことは完全に俺たち巻き込まれた、だけ?」
2人の動きが止まった。心のどこかで「透明な殺人鬼ゲーム」に参加することになった何かしらの理由を求めていたのだろう。それがただの数合わせであり、何の意味もなく、別に自分である必要は全くないということになってしまえば、これまでは何だったのか、これからは何なのか、考えてしまわざるを得ない。
「まあ、最上級国民の命に比べたら、俺たち下級国民の命なんて……おまけみたいに考えているんじゃないかな……」
小嶋がギリッと奥歯を噛んだ。それに対し竹崎は目を閉じると額を手のひらで覆った。
「最上級を殺すためなら関係ない俺たちを巻き込んでも、ってことか……」
「あいつらの命、何千何万倍の価値があるってか? その生き死にのためなら、下級国民が数十人死んだところで実質プラマイゼロってか? ふざけんなよ、クソが! てめえらで勝手にやっていろよ! 人のことなんだと思ってんだよ!」
小嶋は息を急き切ると、「クソっ!」と叫び床に拳を叩きつけた。力加減が上手くできていないのは明らかである。結果、彼の右手は傷みだしたが、その痛みが頭に血の上った小嶋に冷静さを取り戻す機会を与えた。
「わりぃ、熱くなった……」
「いや全然。手、大丈夫?」
竹崎は平静を装いつつも心臓が激しく脈打っていた。しかし驚きよりも小嶋の手の具合に意識が向いている。
「ああ……、平気っぽい」
小嶋は床にぶつけた部分を目にしながら軽く指を動かした。多少の痛みは残っているが、動かせないほど痛いこともない。打撲程度であった。
気まずい空気の中、小嶋はうっすらと額に汗をかき、耳を赤くして「あーっと……」と呟いている。竹崎はその左下に何か非常に面白いものがあったかのように注目している。2人とも漫画に手を伸ばすことはない。そして――。
「それとさ……死に方なんだけど……」
再び小嶋は口を開いた。ただし先ほどとは違って上手い具合に視線をずらし、目を合わせないようにしている。
「もしかしたら、俺らの中で嫌われていた人……他の人よりひどい死に方だったんじゃね? 気のせいかもだけど……」
それぞれの死に方はどれも印象的であり、衝撃的である。従って当然覚えているがあえて思い出したくはないものである。竹崎は数秒間「えー……」と呟きながら床を見つめていた。沈黙が続く。観念した彼はちらりと小嶋の方を見た。
「どれも結構エグかった気がするけど……、あんまり思い出せないな」
「わりぃ。キツいよな、あれ……」
慌てて小嶋は頭を下げると、「いや、全然」と竹崎も慌てて返し、「いやまあ、でも……、かもな」とフォローした。そして、2度深呼吸をするとぎゅっと目を閉じて考えた。
「女の方の鈴木とか、近藤とか、全員に嫌われていたけど、まあ、エグめな死に方だったのかな」
「だよ、な」
小嶋は歯切れの悪い口調で喜びを見せるものの、唇を舐めるばかりで積極的に何かを言うことはない。
(本当に……そうなのか……)
何とも言えない間の中で、他の参加者の最期が一層鮮明に思い出されていく。体に冷たいものが走るが、この疑問の答えが何故か異様に気になってしまい、気を逸らそうにも逸らせない。
(初日は草野さん……首を千切られて……、次が青井さん……何か見えない刃物で……)
2人は眉に皺を寄せて同じように目を瞑りぼうっと考えた。
そして最後まで、つまり今日の佐野の死に方までを思い出した小嶋は深くため息をつき、目を開けた。目の前の竹崎は小嶋の顔色を窺いながら何か言いたそうにしているが、小嶋が何も言わないままでいると竹崎は重たそうに口を開いた。
「でも外崎さんは一瞬だったから……一番マシだったと思うけど、別にあの人、好かれていたってこともないから……」
「……だな。俺の気のせいだな……」
小嶋はうなだれると「わりぃ。忘れてくれ。なんかテンションがおかしい感じっぽい」と弱々しく言った。
それから2人は大して話すこともなく、静かに漫画を読み続けた。海賊の一団が略奪を繰り返し、屈強な男を見せしめに切り殺し、老人をまとめて火を放ち、それを見て笑いながら酒を飲み、女子供に鞭打って奴隷船へ乗せるところで物語は止まっている。続きを知るには来週まで待たなくてはならない。つまり、生きてこのゲームから脱出しなければならない。
*
森本は洗面所から出ると早足でリビングに向かい、椅子に勢いよく座った。
「セーフ!」
大げさなガッツポーズをすると彼は立ち上がり、今度はソファに寄りかかった。
(また勝った。これでほんの少しだけ、運がよくなった)
彼は賭けをしていた。それは他愛もないレベルの物であり、「洗面所から出たときはリビングの椅子に10秒以内に座らなくてはならない」というものであった。大して離れていないのだから、適当に歩けば当然達成できる時間設定である。その分オッズは低いが、それはともかく、森本が賭けているものは幸運であった。つまり、先の行為に成功したらほんの、ほんの少しだけ幸運になる。その代わり、失敗したら死ぬ。
(幸運が積み重なっていったら……きっと、このゲームを有利に進めることができる……。ぎりぎりで助かるかもしれないから、しれないから……)
「そうだろ! ねえ! 悪魔!」
森本は契約相手に向かって叫んだ。
(僕は命をかけているんだ。本当に少しだけ、少しだけ運が良くなるくらいの高レートなんだから、悪魔なら食いついてくるんだよ)
ただ、森本は悪魔の存在を信じているわけではない。漠然とした概念として自分が契約するのに都合の良い存在を勝手に作り上げているだけであった。
最早ただの願掛けである。
「そうだよ……自分で何とかするしかないんだって……」
森本はソファのクッションを掴むと力なく壁に向かって放り投げた。
(湊斗クンは一番優しいけど、あんまり頭よくないし、いざってときに普通に騙されて僕も巻き込まれそうだし、なんか……)
(裕司クンは見た目怖いけど意外と良い人で、でも、挑発されたら普通に乗ってヤバいことになりそうだし)
(隼クンは一番年上だからなんか、野口クンの跡を継いで僕たちをまとめているけれど、普通に頭悪いし。でも、ワンチャン時田たちみたいなのに好かれている感あるから、ギリ……いやでも……)
(怜誠クンは、かなりヤバい……。簡単に人、殺そうとしている。あれ、本気で広間にいる人たちを普通に殺そうとしていたよ、絶対。濱崎クンもヤバかったけど、別のタイプだよ)
(というか、全員、トーク力ないから絶対、話し合いのとき、狙われたら終わりでしょ……)
同じグループのメンバーはもはや誰も信用できない。森本はもう1つのクッションを投げつけた。それは壁にぶつかって落ちると、ちょうど先のクッションの上に乗っかった。
(契約してから今のところ、31回賭けに勝っている。だから、少しくらい運が良くなっているよね……。だから、だから……)
意味もなく何度も往復しないのは悪魔を騙すためであった。そんなことを繰り返していれば悪魔の方も部の悪い賭けだと気づいて契約を打ち切られてしまう。そう森本は考えていた。あくまでも彼の中にいる架空の悪魔であるにもかかわらず、その性格まで都合のよい存在にしていないのは、そうしてしまえばただの児戯になってしまい、何の意味も持たなくなると考えていたからであった。
(大丈夫、僕は大丈夫……)
そもそも、森本の言う悪魔は存在しないものであり、彼自身もそのことを分かっている。しかし、悪魔は彼の心の拠り所となっていた。
**
主人公
「透明な殺人鬼ゲーム」の参加者は100人だが、誰が主人公で誰が脇役と言うことはない。全員が主人公である。もちろん、この世界に暮らす者すべてにも人格があって、人生があって、過去も未来もある。
当然のことだが、それでも全世界のこれらを把握することは、ハイパーサイメシアでもない限りまず不可能である。それならどうして脳がパンクしないのかと言えば、自分と関わる人物、あるいは自分の興味のある人物の名前とキャラクターだけ覚えているからであろう。後の者は名称や設定こそあれどただのモブに過ぎない。興味のある人物だけを覚えていればいい。それはこのゲームにおいても変わらない。
ブクマ登録評価感想のどれか1つでもいただけますと本当に励みになります。助かります。
よろしくお願いします! ( ゜ー゜)/゜*゛:¨*;.・';゛:..・☆




