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第39話 聞くな

 いつも読んでくださってありがとうございます!

 少し間が空きました……。

 笹川の部屋には高校生が4人集まっていた。部屋の主、山田、小野、そして袴田である。同じグループに所属している彼らがこうして集まっている理由はグループ内部に小さな集団を作ることで結束力を強めようとすること、あるいは、1人でいるよりも2人、2人でいるよりも大勢でいた方が、恐怖が薄れるからに他ならない。


 「あのさ、昨日ふと気が付いたんだけど……」

 笹川がポツリと声を漏らした。大抵の話題は扱われた後で何を話したらよいか困ることもあったが、今回は先にテーマを思いついていた。むしろ、これを話したいがために3人を呼んだと言えなくもなかった。

 「最近、階段上っていないなって。ほら、このゲームって自分達の部屋と広間以外行き場がないから、それで……」


 「そうだね。学校に行っていれば毎日階段使っているし……」

 小野は小さく頷くと、自身もまた思いつくことがあって「あっ」と声を出した。

 「それから自転車も乗らなくなったよね。乗ろうと思えば広間でできるけれど……、なんか違うし」


 「このゲームって、何でもありでなんでも使えるようで、結構不自由が多いんだ」

 山田がぼそりと言うと、その正面にいる袴田も寂し気に目尻を下げた。

 「そうだよね。私たち以外の動物はいないし、『ににぉろふ』で動物を出してもらうことはできないし」


 「あとは……自然、かな?」

 小野はやや上方を眺め、故郷の風景に思いを馳せる。

 「海とか川とか、あとは山とか風とか太陽とか、こう、自然を感じられるものが全然ないよね。葉っぱとか土の色を見ないからかな、何となく、違和感があるんだよね。うん……違和感」


 その何となく投げられた言葉に3人は一様に眉を上げ、それから深く息を吸っていた。気が付いていなかったが何となく感じていた違和感の正体を的確に言い当てていた。


 笹川は目を輝かせると真っ先に口を開いた。

 「言われてみると、何となく変な感じがするのはそれかもしれないね。なんか、こう、落ち着かないっていうか」


 「うん。雨が懐かしい」

 袴田は胸を膨らませてその独特の匂いを思い出す。

 「冬の硬い冷たさも夏の蒸し暑さも……」


 「なんだろう……」

 山田がぼんやりとした相槌らしいものを打つ。

 「うん……」


 袴田もうまく言葉にできないが、自分の感じていることと最も近いものを例えた。

 「動物園の動物の気分? 自由なんだけど、実際不自由で、なんていうのかよく分からないけれども……」


 「あとは……」

 笹川は前に読んだラノベに似たような設定があったことを思い出した。

 「実験動物? 周りから隔離されているし、温度や照明も管理されているし。一応好きにできているけれど、デフォルトの設定は一定で……」

 実験動物という言葉の響きに袴田と小野はわずかに口角を下げ、俯いた。山田は目の前のコップを手に取ると原風景の味がする麦茶をゴクリと飲む。


 「あっ……例えだよ。別に僕たちがそういうのってことじゃないよ」

 笹川が慌てて説明すると小野もまた慌てて「あ、うん。大丈夫」と答えた。


 部屋の空気が微妙に暗くなる。全員が何とかしなければと思いながらも、全員が自分からこういう状況を積極的に変えようとする性格ではない。目の前のコップに手を伸ばし、麦茶を口元へ持っていき、チラチラと視線を交わし、コップを置く。


 「それでね、後は……信号とか、電柱とか、そういうのも見ていないよね」

 沈黙に耐えられなかったのは袴田だった。彼女は視線をやや手前に落としながら頬を指で軽く掻いた。


 「うん……あと、やっぱりパソコンがないのも大きいかも」

山田がぽつりと呟いた。

 「というよりもインターネットに接続できないって言った方がいいのかな? 何も検索できないし、SNSが使えないのも不便だ」

 一拍おいて、彼はさらに続けた。それは彼自身、ここに来るまでは絶対に考えないようなことであった。

 「でも……一番はやっぱり自然がないことかな。インターネットはなくても不便で済むんだけど、自然がないのは生物としてのリズムが崩れていくような感じがする」


 「僕もそう思う」

 小野は力を込めて答えた。


 「自然っぽいの……用意できないかな?」

 笹川が首をかしげて半ば独り言のようにつぶやく。小野がテーブルの上に置いた手を片方低く持ち上げた。

 「食べ物なら『ににぉろふ』で取り出せるよね。生で食べる野菜を取り出して、水に漬けたり土に埋めたりして育てることはできないかな?」


 「えっと……」

 笹川は返事に困り、口を半開きにしたままコップに指を伸ばし、表面の結露をなぞった。

 (多分できない、と思う。そういうルールというか、世界の隅をついて何かするのを認めていないみたいだから、あくまでも、このゲームをこのゲームとしてやらないといけないから……)


 アイディアを出した小野自身も薄々理解していた。

 「あ、うん、言ってみたけれど、無理そうだね。芽が出たり葉が伸びたりするの。生の食べ物でもそういう処理がされていそうだから」


 「それなら、造り物の花や木を飾ってみようかな。用意できると思うんだ」

 笹川はスマホに向かって「造花の……アジサイと花瓶」と指示をした。一瞬のうちに、彼らが座るテーブルに白いアジサイの造花が同じく白い陶器の花瓶に入って現れた。

 「あ、できた。これなら少し楽になるかも」


 「うん。そうだね」

 山田はその実物のような、しかし、しばらく観察すれば造り物と分かる花をじっと見つめた。すん、と鼻を動かした袴田が小さく口を開けた。

 「香りを付けてみたらもっといいかもしれないよ」


 「あ、なるほど」

 笹川は再びスマホに向かって「アジサイの香り」と伝えた。小瓶に入った透明の液体が現れた。彼はその蓋を慎重に開けると瓶の口を軽く仰いだ。

 「あっ、確かにアジサイの、それっぽい香りがする」


 しかし、それはあくまでも香水や石鹸に使われる材料が彼の最も望むとおりに作られたものであった。自然の香り、様々なものが複雑に入り混じった本物の香りではなかった。

 笹川はそれを敏感に感じ取ったがわざわざ口に出すことはなかった。提案をした袴田に悪いと思ったことももちろんだが、全員がある程度の満足をしているように見えたからであった。



 その後の雑談は早めに切り上げられた。各人がそれぞれの部屋に思い思いの自然もどきを作りたいと考えていた。不完全な物であっても構わなかった。いずれ満足できなくなり、どんどん本物を渇望することになるとおよそ見当がついていても目の前の癒しを求めずにはいられなかった。



*



 妹尾は竹島の部屋に招かれていた。落ち着いた色合いで構成された和洋交じりのレイアウトがなされているそこはいかにも竹島らしい、というのが妹尾の率直な感想であった。2人はベージュ色のソファに向かい合って座り、紅茶だけを前にして俯いていた。

 「松葉の力は私たちの手に負えねぇです。抑えきれねぇです」

 妹尾が眉間に皺を寄せながらカップに指をかけた。コースターと触れ合ってカタカタと音を立てる。彼女はハッとして指を離し、ゆっくり深呼吸をして掴み直した。


 「私も、そう思います」

 竹島は顔を上げて同意すると再び目を伏した。

 「影山さんと君島さんのお2人が亡くなるとは想像もつきませんでした」


 2人は紅茶を口に運んだ。カラメルのような甘みが舌の上を軽やかに流れ、すっきりとした後味が上品な気分にさせる。ソーサーに戻すと紅檜皮の液体がわずかに揺れて、そこからまた仄かに甘い香りが漂う。


 妹尾は落ち着きを取り戻すと自分たちが置かれた現状を語り始めた。

 「猪鹿倉さんはそういうのはあまり得意じゃないみたいですし、東さんも鈴木さんも積極的に前に出るタイプじゃないです。藤田と仁木は別にして、あとはみんな松葉の息がかかっていやがります」


 「それでも一応、性質は彼と違うみたいです」

 竹島が淡く微笑んだ。妹尾もつられて照れながら小さく笑みを浮かべる。

 「あんなのが2人もいたら最悪ですよ。それに何考えているのか、普通の人には絶対理解できねえです。ロクなこと考えていないに決まってます」


 2人の胸に嫌なものがざわりと走った。わずかな間でも近くで見てきたからこそわかる邪悪さ、しかしいざその姿を捉えようとしても全く正体を現さず、ともすると善人の皮を被っているように見える奸譎さがいかに危険であるか2人はすでに知ってしまっている。

 竹島はその考えから気を逸らすように目を伏せると、やや小さく声を出した。

 「彼も自分の命が一番だから、命を懸けてまで誰かを破滅させるようなことはしない、はずです」


 「そこはそうだと、思います」

 妹尾はしかめっ面でしぶしぶ認めた。


 竹島はわずかに身を後ろに引きながら続ける。

 「だから、少なくとも彼の意に反しない限り、突然窮地に追い込まれるということはなさそうですが……」

 だんだん尻すぼみになっていく竹島の姿を見て妹尾は慌てて笑顔を形作った。

 「そうですよ。あいつも決して馬鹿ってわけじゃねえですし……」

 ただしすぐに顔をしかめていく。あくまでもただの事実として述べているが、それさえも彼女にとっては不快であった。

 「あんないけ好かない奴に……。でも、生きるためにはしょうがないことです……」


 部屋の空気は重い。


 「この、『透明な殺人鬼ゲーム』……」

 竹島はその言葉を口にしただけで体に生ぬるい気味の悪いものがまとわりつくように感じた。誤魔化すように紅茶に手を伸ばす。


 「ここで生きていくにはああいう人とでも上手くやっていかないといけないんです。やるしかないんです。私たちが生きていくために」

 妹尾は苦虫を噛んだような笑いを浮かべたが、だんだんと真顔になっていく。

 「でも、操り人形になったら終いです。利用されてだけ利用されて、ポイですよ」

 そして静かに目を閉じると斜め下を向いた。竹島も目を閉じると囁いた。

 「そう、ですね」


 「あと1ヶ月です。何とかグループを守らないと」

 妹尾は力強く言い切った。


 「そうです。全員、良い人です」

 竹島も大きく頷いた。

 「私たちは他のグループよりも結構うまくやっている……と思います。だから、もう1人も失いたくないんです」


 妹尾の胸に温かいものが溢れる。言葉にも熱が込められていく。

 「猪鹿倉さんは人をまとめるのや人前で話すのが得意じゃないみたいですが、やってくれてます。鈴木さんは非常に慎重で、私たちが衝突しないように上手にフォローしてくれていますし、東さんはすごく深いところまで考えて、よく周りを見てくれています」

 「もちろん竹島さんも、です。面と向かって言うのは……恥ずかしいんですけど……気を配ってくれてありがとうございます」


 「私も、感謝しています。しっかりしているところ、見習わないといけないと思うし」

 微笑みながら話す竹島に対して、妹尾はどんどん顔を赤くすると視線を左右に動かし、中央に戻ってもなお竹島が自分の方を向いているのを見つけた。


 「って、とにかく、だから、もう1人も失いたくないんです」

 照れ隠しに妹尾はカップを勢い良く掴むと思い切り口元に運んでいった。はずみで少しこぼれたが、その跡は瞬く間に消えていった。んく、んく、と喉が動き、空になったカップをテーブルに戻し、深く息を吐き、吸った。


 「うん。私もそうです」

 竹島も頬をわずかに染めながら同意した。


 「頑張りましょう」「はい」

 2人は強く頷いた。こっ恥ずかしさも生死の前では些事であった。



*



 武藤は普段通りの簡単な朝食を終え、熱い緑茶を飲もうとしてテーブルの上にあるスマホに手を伸ばした。その一瞬でつい先ほどまで置いてあった使用済みの食器は消えていた。丸い形の水滴も消え、まったく何もなかったかのようである。


 「あ……」

 武藤は未だに慣れない現象に驚きながらもとりあえずスマホを手にした理由を思い出し、「お茶」と言葉にした。目の前に上品な香りの漂う緑茶が湯呑に入れられて現れる。おあつらえ向きに茶柱が立っている。彼はじっと見つめた。一度気になってしまうと、いや、以前から無意識下で気になっていたことがついに表面に露出すると、武藤の頭に続々と疑問が沸き上がってきた。

 (こんな現実離れしたことがあるはずがない。物が勝手に出たり消えたりする。俺たちも瞬間移動できる……)


 彼はひとまず湯呑に手を伸ばしたが、持ち上げることなくただ握るだけであった。手元に目線は注がれていない。数十秒前に触っていたスマホを見ていた。

 (このスマホもおかしい。充電していないのにいつまでも動いているし、どの機能も異常だ。『ににぅらぐ』はまだ分かる。ただニニィとチャットする機能だ。『7SUP』も参加者間でチャットする機能だ。『時計』も『投票箱』も『ルールブック』も『メモ機能』も普通のスマホに搭載されていてもおかしくない。『カメラ』も高性能すぎることに目を瞑ればありえない話でもない)

 電器屋として働く彼は当然その手の最先端のものに詳しいが、そうでなくとも知りうる科学技術を超越していることは明らかであった。

 (明らかに異常なのは『カードキー』だ。広間と自分の部屋と……あと、誰かの部屋をテレポートできる。ありえない。ありえないんだ。こんなことがあるはずがない)


 湯呑を握る手はだんだんと熱くなっていく。武藤は反対の手に持ち変えると今度こそお茶をすすった。

 (『ににぉろふ』もだ。指定したものが突然現れる。それに、旨いものばかりだ。使っているものも高級であることがよく分かる)

 彼の考える通り、彼が今しがた飲んだものは重厚な渋みと香ばしさが口の中に広がる、まさに求める茶の風味であった。


 (この部屋もだ。必要なものは勝手に用意されて、勝手に掃除されている)

 茶の旨味に舌鼓を打った武藤は自分のいる部屋をチラチラと見渡した。掛け時計の秒針が滑らかに動いている。無意識のうちに彼は今日の「透明な殺人鬼ゲーム」まであと何時間、と考えてしまった。


 (そうだ。この『透明な殺人鬼ゲーム』そのものがあり得ない。100人近くを攫ってどこかに閉じ込めて、それで世間が何も騒いでいないのも、世間と隔離できているのもおかしい)

 一度考え始めたら止まらない。普段あまり使っていない脳に糖が送られていくが、回転が早まることはない。すでにバテ気味であった。それでも止まることはない。

 (誰かが透明なケースの中で亡くなるときの、奇妙な亡くなり方も、現実離れしている。それなのに俺たちは精神的に持ちこたえている。あれだけ衝撃的な出来事なのに緩和されている)


 武藤は荒く呼吸をし、湯呑を両手で抱えた。得体のしれない恐怖が彼の内側から沸々と発生し、自分の体が自分のものでないような感覚が襲ってくる。

 (これは夢だ。悪夢だ。夢であってくれ。早く目が覚めて、日常に戻してくれ。五感が生々しいけれども、夢じゃなければ説明がつかない……)

 武藤はギュッと強く目を瞑った。そして、一心に念じた。

 (これは夢だ……! これは夢だ……!)

 一気に目を開くと――景色は変わらない。


 彼は椅子から立ち上がるとカーペットの上に仰向けになった。長年使っている煎餅布団よりも柔らかく、暖かく、心地よい感触が背中に伝わる。目を閉じる。

 (これは夢だ……夢なんだ……)

 深呼吸を何度か繰り返す。青畳のような香りを感じる。心臓は半信半疑の鐘を強烈に打っている。目を開きながら、勢いをつけて上半身を起こした。覚めることはない。


 (これは夢なんだ……、夢であってくれ……)

 武藤は何度も目を瞑り、開いたが、考えれば考えるほど明晰になっていき、やがて彼は小さくため息を漏らすとゆっくり立ち上がった。緑茶はすっかり冷めていた。


 この思いに囚われてばかりいたら、このゲームを生き残るのに不利である。万が一、これが現実なら、ここで死んだらお終いである。だから夢であると願いながらも、彼は現実的な思考を手放すわけにはいかなかった。



*



 参加者がぽつぽつと広間に集まり、円状に並べられた白いブロックに腰を掛けていく。中には自分で椅子を用意する者もいるが、座る場所はブロックの近くであることに変わりはない。時間になれば明かりが落ちて広間は薄暗くなり、それと同時に天井近くにモニターが出現する。ニニィが現れた。


 「はいっ、始まりました『透明な殺人鬼ゲーム』20日目、実況はわたくしニニィがお送りします! えー投票は10分後、参加者は全員ですね。それでは、すたーとー!」


 「さて、今日も決めなくてはなりませんね」

 真っ先に口を開いたのは松葉だった。片手を前に差し出して自然体をとりながら何かを欠いた声で言った。

 「この中で最も不要な人物を」


 非常に端的な物の言い方に時田はにやけを浮かべると挑発するように口を開「これから何が起こるのかわかりませんが」

 しかし松葉の目は彼を捉えていた。

 「全員にとって最悪なのは全滅することです。それを避けることは全体にとって利になるわけですよ」

 勢いを失った時田に松葉は薄い笑顔を浮かべ、吉野はその様を鼻で笑った。時田は眉を吊り上げて赤面すると身を縮めた。


 いつの間にか笠原が立ち上がっていた。磨りガラスのような瞳が松葉にピントを合わせている。

 「子供たちは大人でも気づかないことをひらめくことができます。少なくとも私の近くにいる子たちは」


 「ええ、それに」

 藤田が口を挿む。

 「年の功という言葉もあります。お年寄りも洞察力がありますよね」

 その言葉を裏付けるかのように吉野が鋭く差し込んだ。

 「待ちなよ。馬鹿は用無しってことかい?」


 松葉は矢継ぎ早に答えた。

 「いやいや、人手のいるときがあるでしょう。『ににぉろふ』がいつ使えなくなるか分からないですから。そんなときに例えばここが崩れてしまったら、瓦礫の撤去には人力が必要になります。何かを作るのにもマンパワーは必要です。それ以外にも……また近藤のような人間が現れでもしたら、止めるのは腕力のある人間ですよね」


 「じゃあ一体、誰なんだい?」

 吉野が口を歪にして形式張りに尋ねる。松葉の答えはその通りであった。

 「頭の回転が速いわけでもなく、力があるわけでもない人物、ということになってしまいますね」


 その意見に納得したのか吉野はそれ以上追求することはなかった。話し合いの進行権が松葉に戻る。

 「それでは、昨日と同じように自分が最も無能と思う方は私たちに自身の価値を説明していただけますでしょうか?」


 もしこれが「投票されるかもしれないと不安に思う人」と尋ねられていたら、あるいは「自信のない人、何か言いたい人」と尋ねられていたら、誰かが手を挙げただろう。しかし、今不用意に発言すれば、自分で自分が最も無能とであるとアピールすることとなってしまう。その沈黙を吉野や中川は愉快そうに眺めていた。


 誰も名乗り出ない。

 「いないようですね。それなら――」


 「ちょっと待ってください」

 進行を止めたのは水鳥だった。一気に好奇や期待の混ざり合った視線が集まる。

 「僕たちが全体で生き残るためには他にも求められるものがありますよね?」


 「何でしょう?」

 松葉が社会人として取るべき姿を取る。水鳥の方もごく善人らしく、善人に対して話しかけるような笑顔を向ける。

 「コミュニケーション能力です。何が起こるか分からない中、全滅を避けるためには集団で行動する必要があります」


 「ああ、確かにそうですね」

 松葉は平坦な声でまさに今知ったと言いたいように一瞥した。

 「それなら、誰がこの中で最も不要な人物となるのでしょうか?」


 誰が、誰が、誰が……? 水鳥が新たな条件を投げかけたことで問題は複雑になっていく。候補者が絞られれば選択肢は減るはずなのに、ほとんど前に進んでいない。ともすると後退している。


 再び静寂が訪れる。


 「必要な人物の条件をまとめようじゃないか」

 吉野がゆっくりと重たそうに立ち上がった。

 「まず、コミュニケーション能力。これが最優先だね。その中でも発想力のある子供、経験のある老人、力仕事ができる人物……今まで挙げられたのはこんなところかい?」


 「コミュニケーション能力というのは話し合いに積極的に参加できているかどうかということでもありますね」

 藤田が余計な茶々を入れる。吉野はすっと無表情になると腰を下ろした。


 微妙な空気の中すぐにイニシアチブを取りに行ったのは松葉だ。

 「つまり、必要な人物でない参加者は不要、ということになってしまいますね」

 薄い笑いを貼り付けて飛び飛びに参加者の顔を見ていく。

 「この中から一番、必要な人物からかけ離れているのは誰でしょう?」

 見られているのは――。


 「ま、男には力があるからな」

 中川が当然のように大声の独り言を言うと中津が「女子はコミュ力高いんだよ」と膨れっ面で歯向かう。


 「どちらもそういう傾向があるという話で、個々人が必ずそうというわけではありません」

 その両者にちくりと棘を刺したのは猪鹿倉だ。水鳥が寂しそうな表情を浮かべてフォローする。

 「本人の実力、ですよね……」


 (なら、子供でも老人でも全員すごいってこともないよね……)

 田辺の頭に考えたくないことがよぎってしまった。


 十分は長くも短くもある。一手一手を考えて話している。一瞬のミスが命取りとなる。誰も数分後の自分がどうなっているのか分からない。それを明確に認識しつつも精神に影響を及ぼさないよう切り離して考えることが極めて重要である。ただし今日だけを乗り切ればよいということでもない。いくら予想していても一寸先は闇である。


 水鳥が優雅に立ち上がった。

 「僕たちがこれから先の起こるかもしれない何かから生き延びるには協力が必要になります」

 物憂げな瞳が主に女性陣へ注がれる。

 「だから、他人に情報を正確に伝え、他人から伝えられた情報を正確に理解できる能力は必要です。僕たちは時にデマというものに踊らされてしまいます。話すのが得意不得意ではありません。口下手よりも余計な情報を思い込みで付け加える人の方が危ないです」


 「それは伝える側の問題でもありますね」

 松葉がさらりと水を差す。

 「相手に合わせた表現を使って伝わるようにすることが伝える側の義務でしょう」


 水鳥は柔らかい表情を維持したままゆっくりと瞬きをして、松葉の方を見つめた。

 松葉も表情を変えないまま口を開いた。

 「その当たり前の表現を理解できない人は水鳥さんのおっしゃるように、投票した方がよいということには私たちも賛成です」


 「ええ、そうですね」

 水鳥は見事な微笑みを返した。


 「とにかく今後は今日話したとおりに投票先を決めていくということで、反対意見は?」

 猪鹿倉が鋭く誰ともなく質問した。返事は中川の投げやりな「ま、それでいいんじゃねえの」という呟きくらいであった。しかし言葉に出さずとも表情は語っている。その手の能力に欠ける人には自覚がないか、あるいは、その事実から目を背けている。


 「しゅーりょー! 投票の時間でーす!」

 ニニィの掛け声とともに全員が深い闇の中に閉じ込められる。絶対秘密の下で、誰かを守り、誰かを排除しようと参加者たちはスマホを操作していき、最後のボタンが押されると彼らのほぼ全員は元の位置に戻っていた。

 「今日の犠牲者は、じゃん! 長堂マリアさんです!」



*



 (どうして?)

 丸橋は透明なケースの中にいる人物がそこにいる理由が分からなかった。

 (だって……長堂さんは若くて、スポーツ選手だから力もあってコミュニケーションもできて、今の話と違うよね?)


 (なんで?)

 疑問に思いながらも彼女は体にかかっていた過剰な力が抜け、呼吸が楽になっていくのを感じた。ケースの中に入っているのは彼女でもなければ彼女と同じグループのメンバーでもない。


 「それじゃ、始めますねー」

 ニニィのテンションはやや落ち着いてきていたが、対照的に、長堂はケースの中で暴れ回っていた。


 長堂は壁を何度も叩き、少し離れて助走をつけて、思い切り壁を蹴り飛ばし……とにかく今までの人物とは比較にならないほど攻撃を加えており、ぽつぽつと水玉模様に彼女の服が濡れ始めるも、壁に対する攻撃の手は緩まず、だんだんその範囲が大きくなり、髪がべったりと頭皮に貼り付いてボリュームが失われ、顔を涙か涎か分からない液体とともに濡らし、膝元の衣服が揺らいだところで長堂は目元を大雑把に拭うと左右を見渡し、自分がつい数分前ほどまでいた場所を見て……大きく目を開き、すぐに歯をむき出しにしてあらん限りの力で睨みつけ、再び左右を見渡すと、今度は別の方を向いて両手を複雑に動かし、何度も同じような動きを繰り返し、腰元……胸元……、と液体に浸かっていき、長堂は上を向いて、足が床を離れ、液体から逃れるように上に上に向かい、荒く呼吸をしていたが、ついに頬を大きく膨らませるとしばらくもがき、唇の隙間から空気が漏れ、最後にがばっと大きく口を開くとでたらめに両手足をばたつかせて……中途半端な位置に浮いて動かなくなった。



 「それではみなさんまた明日―!」

 ニニィが最後にそう言うとモニターは跡形もなく消え、液体で満たされた透明なケースが床に沈んでいった。


 体の自由が戻った後、参加者たちはあっという間にその場から離れていった。彼らのその行動には丸橋の疑問に対する答えが含まれていた。



**



今日の犠牲者 長堂マリア

一番大事な人 弟



 地方のチームに所属するプロの女子サッカー選手。ポジションはMF。弟とは専ら手話でコミュニケーションを行っている。弟を心配するあまり実家暮らしを貫いており、それを理由に上のリーグに挑戦することを避けていた。もしかしたら心のどこかで弟を出汁に実力不足を誤魔化していたのかもしれない。その癖同じチームのメンバーよりも自分は優れていると内心見下している。そもそも、サッカーが下手な人を(別にサッカー選手でなくとも、そもそもサッカーと関係のない人物でも、物事でも)見下していた。好きな物は弟の作る焼きそば。隠し味は鶏のささみと唐辛子。まとめて細切りにしてたっぷりの油で炒め、他の具材や麺と絡めるのがお好み。

 奇しくもまさに今、世界的なスポーツの祭典がありますね……。

 もしよかったらブクマ登録や評価、感想をどれか1つでもいただけますとめちゃくちゃ励みになります。よろしくお願いします。_〆(・ω・)

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