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第28話 考えろ

 ブクマが増えています! ブクマしてもらえる度に喜んでいます! ありがとうございます!

 ミーティングを終えた後、袴田は独りで寝るまでの時間を過ごせそうになかった。静かな部屋に独りでいるとどこかの死角から人の影が現れるように思えてしまう。動画や音楽でその静けさを埋めきることはできず、寒さを覚える。彼女はどうしようかと考えて、部屋に戻ってすぐ「7SUP」で栗林に連絡を取った。

 連絡をもらった栗林も似たようなものに溺れかけていた。彼女は袴田の問いかけにすぐに返事をして、袴田の部屋を訪れた。


 「こんばんは。急にごめんね」

 「いえ、こちらこそありがとうございます」


 「うん、こっちこそ。あ、座って」

 「あ、はい」

 同じグループにいても特別話すこともない彼女たちは形式的な挨拶を交わしたあとで、次の話題を提案できなかった。共通のトピックこそあるが、それを遠くへやるために一緒にいるわけである。声に出すことはなかった。


 「何か飲む? ココアでいい?」

 「はい。ありがとうございます」

 袴田が「ココア2つ」とスマホに向かって言うと、テーブルの上にパステルカラーのマグカップに入った優しい湯気の立つココアが出現した。


 彼女たちはそれを飲みながら、どちらから話すと言うこともなく、無言のままであった。ただ誰かといるだけで彼女たちへにじり寄る何かは現れない。「ににぉろふ」で血の通ったものを出すことはできないから、接触非接触に関わらず、いわゆる温もりを感じるためには参加者同士で何とかするしかない。


 しかし、無言が続くことに栗林は何とも言えない苦しさを感じた。普段自分の部屋で大人しくしているときとは違って温かみがあるのだが、その分相手を心地よくしなくてはならないと思わずにはいられず、座っているところがむず痒く感じた。

 (袴田さんは悪い人じゃなさそうだけれど、他人の部屋って落ち着かないというか、緊張するというか……)

 その気まずさを何とかしようと彼女はリビングにある物から会話のきっかけを探し始めた。


 (ルームランナーと、筋トレの道具? 私、運動は苦手だし……、多分聞かれても話せない。他のも大体私の部屋と同じみたい……。使い心地を聞くのは変だよね? あと、置いてあるのは……)

 あまり部屋をじろじろと見るのも不作法であるから、彼女はなるべく首を動かさないようにして、見える範囲にあるものからあれこれと考える。袴田はゆっくりとココアを飲む以外、テーブルに目を落としていた。だから栗林がキョロキョロとしていることを気にしていなかった。

 (こんなことならさっき来た時にもう少し見ておくんだった……。あっ、あれ……)


 「あ、あの……、ワンちゃんのぬいぐるみ、かわいいですね」

 栗林は棚の上を指差した。角を丸くデフォルメされた黒い柴犬のぬいぐるみがティッシュ箱の傍らにさりげなく置かれている。


 「あ、うん」

 袴田は指を差した方を向いた。どこか陰のあった表情が自然にほころんだ。

 「ありがとう。同じ犬種のコをうちで飼っているから、寂しくなって、『ににぉろふ』で出したんだ」


 (よかった)

 栗林はその微笑みにつられて、ほっと緊張が解けた。

 「お名前は、なんて言うんですか?」


 「モモ、だよ。名前通り女のコで今は3歳。散歩が好きでよく一緒に走っていたんだ」

 飼い犬のことを説明する袴田の表情は明るくなっていく。

 「他にもね、あのコ、引っ張り合いが好きで、こうやってロープで――」

 両手で何かを掴むジェスチャーをすると、それを前後に動かしながら説明していく。

 「やるんだけど、負けてあげるとすごく喜ぶんだ」


 「かわいいですね、甘えんぼなんですね」

 「うん。うちのコは、あの子……西堀さんみたいな感じかな」


 妙な空気が流れた。

 そう親しくない他人を犬に似ていると言ったためではない。飼い犬の性格を説明するのにグループ外の目立たない人を例えに使ったことが不自然であった。何故、彼女を例にとれるほど人となりを知っているのか? 必要以上に親しくしているのではないか? そう思われてしまうのではないか? 2人の頭によぎった。


 「そのね、変な意味じゃなくて」

 袴田は頬を薄い桃色に染めると手を小さくブンブンと振った。

 「ほら、今日、話し合いの前に、たまたま2人が目の前に座っていて、西堀さんは結構、あの男の人……柘植さんの真似をしていたんだ。柘植さんが顎を触ると西堀さんも触ったり、スマホを見ていたら覗き込んだり、背筋を伸ばしたら同じようにしたり、それがうちのコと似ていて……」

そして、「ごめんね、なんか変な話で……」と付け加えた。


 「あっ、大丈夫です」

 栗林は慌ててフォローした。疑っていたように見えていたかもしれない。

 「あの子、もしかしたら私の飼っている猫にも似ているかもしれないです。柘植さんといつも一緒にいるけれど、つかず離れずで、自分から積極的にいかないっていうか、構ってほしくてウロウロしているのかな、って感じが……。あの、猫って足元まで来るけれど、じゃれてくることってあんまりないし……」

 話しているうちに変に感じた栗林もまた顔を赤くして「あの、例えば、ですよ……」と付け加えた。


 「あ、それ分かるよ。友達の家の猫ちゃんもそんな感じだよ」

 袴田は背もたれから完全に離れると目を優しく光らせた。

 「栗林さんは猫、飼っているんだね。どんなコなの?」


 「あ、ショウコって名前の、女のコです。胡椒みたいな模様だから、コショウって呼んでいたんですけど、いつの間にかショウコって言わないと拗ねるようになっちゃって、そんな名前になっているんです」

 栗林は顔を柔らかくした。

 「膝の上に乗ってくることはないんですけど、乗せても嫌がらないし、そうじゃないときも、ふと見ると、こっちを見ているんです。そこが可愛いんです」


 「栗林さんは動物、好き?」

 「はい、大好きです。袴田さんもですか?」

 お互いに探り合う体を取っていながらも、共通の話題を見つけられたという喜びが2人の顔に表れている。


 「うん。動物の動画、Y○utubeとかでよく見ていたよ。ここだと……ほら、再生できないから、市販のDVDの映像だけど……」


 「あっ、そうすればよかったんだ……」

 栗林は思わず呟いた。そしてその恥ずかしさをごまかすようにずい、と距離を詰めて「あの、オススメとかありますか?」と尋ねた。


 「あ、うん。これとかかな」

 袴田がスマホをポケットから出して何度か操作し、テーブルの上に置いた。画面にはどこか外国の街中とアヒルの親子が映っている。親鳥が歩く後ろを雛が一心に追いかけている癒される光景だ。


 (あ、これかも。西堀さんって……)

 栗林は先の会話に引きずられてそう思った。しかし、今度は口に出さなかった。

 「わぁ、かわいい」


 「だよね。他にも――」



 栗林と会話をし、DVDを見て何とか恐怖を塗り消すことができた袴田は、その間に眠りに就くことにした。ベッドに潜り込むと安心する。常夜灯の橙色が照らしきれない闇も怖くない。袴田はもぞもぞと掛布団の位置を変えて、眠りに落ちる寸前、不意に頭をある疑問がよぎった。

 (あの子の仕草って、うちのコもしていたけれど、どういうときだっけ?)

 心地良いベッドは彼女を眠りに誘い、直前の記憶を溶かした。だからそれが、散歩中、他の犬が彼女に近づこうとしたときに見せるものだと思い出すこともなかった。そしてそれが他の犬に対する牽制であると想像することもなかった。



*



 「ねえ! 言われた通りにしていれば大丈夫って言ったじゃない!」

 徳田が顔をまだらにして金切り声を上げた。


 そこは吉野の部屋であった。ミーティング前から顔をしかめて吉野のことを睨んでいた徳田は、全員が集まるや否や流れを無視して突っかかった。2人以外のメンバーは様子を戦々恐々と窺いながらも、気持ちは徳田の方に傾いていた。


 (そうよね。徳田さんの言う通りだわ)

 御法川は眼鏡越しに彼女と、冷たく目を細める吉野を見た。言う通りにしていれば死ぬこともなく、2000万円を与えるというのが吉野の触れ込みだったと彼女は思い出していた。


 対する吉野は、たっぷりと間を空けた後で醜い顔を歪ませて「へぇ?」と返した。それは彼女の思惑通り徳田のヒスに油を注いだ。


 「どうして谷本さんが死んじゃったのよぉ!」

 ただ、それは同じ立場の自分の身を案じただけであり、谷本のことを悼んでいるわけではない。さらに言えば、自分の思った通りにいかなかったストレスと、単に他人のミスを責めたい陰険さから発せられたことは明らかである。


 「ごく簡単な話じゃないか」

 吉野はようやく答えを返した。その声は普段と変わらず自信に満ちている。

 部屋の中が静まり返る。誰もが説明を聞こうと集中している。その中で鼻息を荒くする徳田の音だけが大きく聞こえる。

 「いずれこうなることは分かっていただろう?」


 「え?」

 徳田は口をポカンと開けた。そしてすぐに青筋を立てて口角を持ち上げた。

 「約束と違うじゃない! アタシたち、守っていたでしょ! 吉野さんを!」


 「じゃあ聞くけどね、あんた、ここにいるのといないのとで、どっちが生き残り易いと思う? ここにいなかったら当に死んでいたと思わないのかい?」

 吉野が顎を上げて冷たく言い放った。

 それはifの話なのだから、正しいのか間違っているのか分からない。徳田がこのグループに所属しなかったことで、このゲームにおいて何が起こるのかなど、誰も計算できない。ただ、今徳田が生きているというのは事実であり、吉野の言葉には、自分のグループにいなければ生き残ることができなかったと思わせるような力があった。


 「アタシだって万能じゃない。その中でやっているじゃないか。100%助かる保証なんて誰にもない」

 いとも簡単に徳田を黙らせた吉野は続けた。

 「それにねぇ、このまま時田たちから圧をかけられていたんじゃ、丸ごと潰れていてもおかしくなかっただろう? 谷本サンには悪いけれども、結果としてあたしたちは助かった」


 徳田は何も返すことができなかった。自分も死ぬ可能性があったとなれば話は別であった。引きつった笑いを浮かべるも、突っかかっていた手前引くに引けない。


 「この中の全員が、自分じゃなくてよかったと思っているだろう?」

 吉野の目が細くなり、口元が歪む。全員の答えは一致した。徳田は何もできずそのままの表情で椅子に座ることしかできなかった。


 (お年寄りでも、ためらいなく票を入れるのね。昨日……の犠牲者は小学生だったもの。もう、弱い人を狙うくらい……)

 御法川はセンチに浸ったが、すぐに吉野の話に耳を傾けた。聞き逃したら死、である。


 「もういいだろう? それじゃ、明日の投票先は――」


 このゲームにおいて参加者間に強い弱いの差はない。公平である。誰の1票でも1票で、倍率はランダムなのだから、同じ重みを持っている。老若男女を問わず、等しく脅威である。あとは実力をどれだけうまく使いこなすか、つまり知恵の問題である。


 (河本サンは、あれ、自分から大騒ぎしたから、吉野さんも助けられなかった。でも、谷本サンは何も悪いことをしていなかった。本当に知らなかったの?)

 御法川は何か引っかかるものを感じた。


 吉野はルール十について言及していない。どんなに運よくメンバーが死なないことが続いても、どこかで自分たちの方から誰かを切り離す必要がある。



*



 ようやく独りになった水鳥は木の椅子に腰を掛けてため息をついた。冷たい水を飲むと疲れた脳が少しだけリラックスする。わずかな間目を閉じて休憩すると、彼はすぐに頭の整理を始めた。


 (まず今日の話し合いだ。流れは悪くなかった。野口を黙らせながら彼の作り出そうとする風潮に釘を刺すことができた。あれが最も厄介だ)

 水鳥は静かに呼吸をした。室内には砂糖菓子のようなにおいが未だに漂っている。

 (あの提案……、『投票で亡くなった方に誰が何故投票したのかを話し合いの場で持ち出さない』)

 彼は仕事で鍛えた記憶力で淀みなく思い出した。

 (あれは笠原を黙らせつつ、野口に話をさせないためだろう。これ自体に対して意味はない。泥仕合の予定が無くなった分、話し合いの速度は増すが……)


 次に、水鳥は両肩を交互に持ち上げ、首を左右に伸ばしていった。普通ならば気味の悪いはずの動きは彼が行うとなぜか格好良く見えてくる。

 (有利にも不利にもなった。メンバーの誰かが犠牲になっても話し合いの場で言及する必要がなくなった代わりに、誰かのせいにしてプレッシャーをかけることもできなくなった。悼む必要は当然あるが……)

 彼はゆっくりと立ち上がると台所へ向かい、椅子に腰を下ろした。明かりが勝手に灯った。


 (話し合いの前に広間で起こったこと……。野口たちがバスケットボールをしていた。時田たち喫煙者が苛立っていて吉野たちの陰口を聞こえるように叩いていた。対する吉野は全く気にしていなかったようだ)

 それぞれのグループに何の気なしに接触して聞き取った情報は、断片的ながらも蓄積すれば役に立つものである。

 (それから、君島たちの松葉に対する不信感は強まっている。それでも話し合いのときに演技ができていた。僕にはかなわないが)


 水鳥は深呼吸をした。新鮮な空気が肺いっぱいに満ちて、ガス交換が行われる。

 (谷本の死は時田たちの吉野に対する報復、あるいは身内切りと考えられる。まだメンバーの数は飽和していないが、早めに手を打ったのだろう)

 (それにしては彼女たちの反応は自然すぎた。メンバーが身内に票を入れて、ということはなさそうだ。そうなると吉野が陰で行った可能性が高い。時田たちが票を集めるのに合わせて、裏で手を組んでいるどこかにも票を集めるように依頼した。そんなところだろう)

 考えなければ死ぬと水鳥は強く自分に言い聞かせた。自分も、自分の一番大事な人も、メンバーの誰かも、死ぬ。同じグループにいる以上、自分にできることを行わなければならない。

 彼は本村のことを一瞬思い出し、胸にズキリと痛みが走った。


 (僕たちのグループに……裏切り者はすでに潜り込んでいるだろうか?)

 眉根を寄せて彼女たちの顔を思い浮かべる。信用できないのは仕事を全うしないメンバーだ。

 (まだ裏切っていなくても、探す素振りを続けていれば、抑制できる)


 (僕たちは、生き残るために全員で協力をしている。その手を抜くのは、僕たち全員に対する攻撃でしかない。そのときは始末をつけるしかない)

 水鳥は目を開けて正面の冷蔵庫を悲しそうに睨んだ。それは優雅でサマになっていた。彼はそこでそうやって頭を動かし続けた。



 水鳥のスマホが震えた。彼は何度か操作すると、立ち上がってリビングの中央に行った。そして、訪れた来訪者に柔らかい微笑みを向けた。

 「こんばんは。夜も遅いのに、ありがとう」


 「は、はいっ」


 「それじゃあ、明日、君のグループはどこに票を集める予定なのか教えてくれるかな?」



*



 (ああいう奴らはここで殺しておいた方が世間のためになるんじゃないか?)

 飲み会が終わり、自分の部屋に戻った水野はソファに座ってウイスキーを飲んでいた。ストレートでちびちびとあおることで、彼は死の恐怖から逃れようとしていた。背中を丸め、目を大きく見開いて遠くに見ながら、負の感情を負の感情で塗り潰そうとしていた。


 水野の思う奴らとは仁多見と北舛のことであった。広間にいるとき以外は全く関わることがない人たちであったが、十数日間、話し合いの場でその言動を見ることで、その性質は明らかになった。今まで彼が出会った人たちと重ねれば、その2人が、自身の所属する組織で周りにどういう影響を与えているのか手に取るように分かった。


 (ああいうのは、他人に迷惑をかける……)

 眉を吊り上げて睨む先には彼の職場の某の影があった。

 (ああいうのは温室育ちで、何か都合が悪いと喚いて、拗ねて、不貞腐れて、まともな人に迷惑をかけるんだ)

 彼もまたその手の人に手酷い目に合わせられたうちの一人であった。


 (あいつらの謝罪は鳴き声と同じだ。その音を出せば事が終わると思って出しているだけだ。何も反省、改善というのはない)

 琥珀色の液体を彼は掴むと少量、口の中に入れた。


 (で、タチが悪いことに大体こういうのを無責任に可愛がるのがいて、それで……)

鼻から息を吐くと、ピート香と酒精の爽やかさがスーッと抜けていく。

 (俺たちが潰されるんだ)


 水野は思い出した。数限りないトラブルの中でまず真っ先に思い出すのはいつもそれだった。

 (俺は『評定に繋がるからするように』と言った。)


 しかし、某が定時で帰った後、彼はいきなり険しい顔の課長から呼び出された。そして、「某ちゃんから『評価しないんだから、やりたくない』と相談された」と睨み付けられたのであった。

 (意味が分からなかった。何故言ったことを真逆に受け取るんだ?)


 (そして、その始末は、『やりたくないって言っているんならやらせなくていいんじゃない?』だった。誰が代わりにやるのかと言ったら黙り込んで、そして――)

 酔いもあって、彼は、思わずテーブルを拳で叩いていた。

 (人に言葉を伝えるのは難しいよね、と言われた。そして、会議で決まったその仕事を「なかったこと」にすることで決着した。今までの努力が全て消えた)


 ヒリつく痛みをあるいは恥ずかしさを誤魔化すように彼はウイスキーをついゴクリと飲んだ。

 (翌日、何事もなかったように来て、課長も聞き損じについて何も注意していなかった。似たようなこと小さくても繰り返し繰り返し……それでただただこちらが不快になる)


 (ああ、甘やかす方が楽だもんな。ガキの躾……、いや……犬猫の躾と同じだ……。自分が嫌われるよりも、人に迷惑をかけても笑っている方が楽だ)

 水野は腹の内が熱くなるのを感じた。それはアルコールの効果ではなく、某のせいであると彼はよく分かっていた。


 (そういうことが続くと、いつの間にか、本当は俺が間違っているみたいなことを言われだす。嘘も十回重ねれば真実になると、テレビの何かで聞いたような……。邪悪……、邪悪極まりない言葉だ)

 目を閉じてそこに手のひらをかぶせると、アルコールで増大した感情のせいでうずく眼球の熱がじわじわと引いていくのが分かった。

 (だから、ここで殺しておけば、奴らの職場の、かつての俺と同じ立場で苦しんでいる誰かを助けることができる。社会全体をクリーンに、より良くできる)


 水野は決してミソジニストではない。特段マキュリストでもない。彼はむしろ男女平等主義者である。

 彼が嫌悪しているのはつまり、職場で、ホニャララという性質、仮に例えば女性であるというだけで甘やかす輩や、そのぬるま湯に浸かったままで自分の能力不足を責められると先の理由に転嫁する某が嫌いなのである。

 しかし、それを表でも裏でも口にできない。差別主義者だとレッテルを貼って総叩きに合うのが目に見えているからである。


 (現実では、人殺しなんかできない。でも、ここならできる。ああいうのが何人か減れば、俺たちの誰かが幸せに生きることができる。それは社会に対する貢献じゃないか? 言ってもやらない変わらないなら、始末した方が俺のようなまともな誰かのためもになるし、このゲームの参加者にとっても得になる。そうに違いない)

 彼は立ち上がるとコップを残してリビングを去った。



*



 深夜、すでに飲み会から解放されて眠っていても不自然ではない時間、田名網の部屋のリビングには明かりが灯っていた。

 (もう少し……、もう少しバラしたら寝る……)

 彼は1/150姫路城のプラモデルを作っている途中だった。それは彼の趣味であり、悔いなく生きるために没頭しているところであった。


 リビングのテーブルは広いものに交換されており、その上は大きな紙で覆われている。そこに部品と道具と説明書、それから外した部品がタッパーに小分けされており、作業をするのに都合よく配置されていた。


 (色、少し、くすませようかな。その方が年代物っぽいし……)

 まだ使っていない塗料の数々をチラリと見て、田名網は完成図を想像した。彼はますます乗り気でゲートやバリの処理をして、そのノリで何となく足を動かした。何か直方体の物を踏んだ。硬くはないが柔らかくもない。


 (あー……)

 彼はテンションが下がった。一旦作業を中断するとテーブルの下に顔を入れてそれを取った。電気工事士の参考書だ。気を紛らわすために、始めの頃に「ににぉろふ」で取り出したものだ。

 (勉強は大丈夫、明日からやるから……)

 田名網は表紙を裏にするとテーブルの下にそっと戻した。


 彼はこのゲーム中の時間を資格勉強に当ててしまおうと考えていた。何故ならば、会社の命令で受けることになっていたのに、勉強が到底間に合いそうにない状態であったからだ。遅れを取り戻すには絶好の機会であった。

 ただ勉強しようとしても自分が動かないことを田名網は知っていた。だから勉強の動機付けに、ゲームをクリアした後でも役に立つことをすれば、きっと誰かが見ていてくれて、生き残らせてくれると思い込むようにしていた。


 (キリのいいところまで作っておかないと、逆に集中できない。先に脳をリラックスさせた方が、効率が上がる)

 彼はまだランナーに付いたままのパーツの山を一瞥した。1日の内何時間か勉強にあてる計画を立てていたが、早速その通りにいきそうにない。


 (今から勉強しても、眠くなるだけで体に良くないんじゃないか? 酒も入っているし……頭に入らないんじゃないか?)

 そう思いながらもベッドに向かう気配はない。

 (明日の自由時間を前借りしたことにして、今日は寝るのが一番いいんじゃないか?)

 手を止める気配もない。


 (いや、1日くらい遅れてもいいんじゃないか?)

 結局、一段落着くところまで終えてから、田名網はようやく迷ったように手を止めた。

 (でも、こんな高価なもの、ここじゃないと作れないし、中途半端になるのも勿体ないし……元々の計画が無謀だったんじゃ……)

 彼はここ1時間近くを思い返した。夢中になって、充実して、恐怖を忘れることができていた。


 (勉強だったらここから出た後でも……できる)

 水を飲みながら今日の成果を眺めると、まだまだ工程は残っていた。

 (早く完成させたいし、それに……生きて出られる保障もないし……)


 (いや、それはさすがに……。明日からやろう。今日はなかったことにして、明日からだ)



 彼がこの後どうなるのか、彼は過去の行動パターンから何となく分かっていた。夜更かしをした自分は翌朝起きる気になれず、二度寝をして昼時に起床する。昼食を食べて、リラックスをし、少し勉強を始めるも、話し合いの時間が近づいて緊張し、勉強をしていると落ち着かないからと模型の続きに移る。何事もなければそうなると予想していた。

 しかし、何故か彼は今回こそは大丈夫だと思っていた。過去にそう考えて上手くいった試しはないが、この今回こそは大丈夫だと思った。




**



 リンチ


 勝ち戦に乗るのはある意味正解なのかもしれないし、弱ったところを総叩きにするのは戦いの場では正攻法だろう。でも、(その人たちにとって)ポジティブな理由で攻撃してもよい(というレッテルを貼られた)ものに対してどこからともなく湧いて出て、群がって血祭りにして、骨の髄まで齧り尽くして、おまけに文字通り死体蹴りにするのは、野生の肉食動物が弱い動物を食べるために狙うことよりもよっぽど畜生ムーブだと思う。便乗して自分をアピールすれば儲かるし、それで憂さ晴らしすれば楽しいのかもしれないけれど。

 メディアを介したこれは、何と言うか、相手も生身の人間であることを忘れているような残虐性を帯びている。それなら1人で相手に面と向かって言えるのかというと、全くそんなことはないところが心底陰湿極まりないとニニィは思うし、それでいて自分がひ弱で良心的な振りをするのがまたおぞましい。

 もしよろしかったら、ブクマ登録や評価、感想をいただけますととても嬉しいです! どれか1つでももらえたら、ものすごく励みになります! よろしくお願いします!

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