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第29話 気付くな

 ブクマ増えました! 評価いただきました! O(≧▽≦)O ワーイ♪

 作中のニニィの台詞は例によってGoogle翻訳ですので、間違いがあると思います……。

 笹川は自分の部屋に山田だけを招いていた。普段ならば袴田や小野も招待して4人であれこれと話すのだが、今回は違っていた。なぜならば、彼がこれから話そうと思っていることは、事前知識のない者にとっては荒唐無稽に聞こえるからである。少なくとも笹川はそう思った。


 リビングには腰丈ほどの本棚が置かれており、そこにはライトノベルが数タイトル分と、文芸部の体を装うために有名な文豪たちの作品が並べてある。一部に不自然な隙間が空いているが、いずれにしても笹川にとってその本棚は飾りであった。彼は専らラノベを電子書籍で読んでいた。


 「最近、あの、何かしようと思って、ラノベを読んでいるんだけれどさ」

 ためらいがちに笹川は話を始めた。視線が彷徨って正面の山田を捉えられていない。山田はそれに気が付かず、「あ、うん」と生返事をした。

 「あ、『エターナル・ローグ・オンライン』っていうタイトルなんだけど、知っている?」

 笹川は頬を掻きながら無理に明るい声を出した。当然これも本題ではないが、一足飛びに踏み込むことはできなかった。


 「うん。いわゆるVRゲームものだよね」

 山田はそうした挙動不審ぶりも露知らず、上を向いてどんな話だったのかと思い出す。

 「主人公がその仮想世界から出られなくなって、冒険したりバトルしたりって感じの」


 「そうそう、アニメ化も映画化もしたラノベでね、そのジャンルの中では特に有名なんだけど……」

 笹川は表情を明るくすると思わず言葉に熱を込めた。目の前の人物が、これから話そうとすることの予備知識を持っていて、さらに、好きな話である。しかし――。


 彼はゴクリ、と唾を飲んだ。

 「じゃなくて、その、馬鹿馬鹿しいかもしれないけれども、僕たちが今いるここって、その……仮想世界なんじゃないかな……。だって、『ににぉろふ』とか、現代の科学を超えていない?」


 山田はスッと息を吸って目を大きく開き、止まった。笹川は背を丸めてその様子を窺っている。お互い、1秒を長く感じている。


 「そう……だよね」

 山田は溜めた息に乗せてそう答えた。彼もまた、そういうことがあってもおかしくないかもしれないと思っていた。

 「超最先端の技術だったとしてもここのシステムって物理法則を無視しすぎているし。可能性、なくもないと思うよ」


 「良かった……、ありがとう……」

 笹川が体の力を抜いて山田を見つめると、照れ混じりに「現実にそんなことあるはずないけれど、今のありえない状況を説明するには……」と説明が返ってきた。


 「それで、そういうとき、ゲームから脱出するにはコールすればいいんだけど……、ログアウトって言ってもダメだったんだ。他に何かいい言葉ないかなって……。その、本当に試しに、だよ?」

 馬鹿馬鹿しいことであると笹川自身で思っていても、このゲームが始まってからのことをそれらしく説明するにはその仮説は当てはまりすぎていた。

 しかし、独力でゲームから脱出しようと試しても結局上手くいかなかった。成功すれば正しいと証明できるが、失敗しても間違っているとは限らない。やり方だけが間違っている可能性もある。


 「笹川君が言っていない言葉……、えーっと、メニュー、ステータス、オープン……。あ……、もしかして、スマホに向かって行った方がいい?」

 「その可能性はあるかも……」


 山田はスマホをポケットから出してテーブルに置いた。画面が明るくなり、アプリの一覧が表示される。彼はぼんやりと映る自分の輪郭に向かって話しかけた。

 「メニュー、ステータス」

 しかし、反応はない。数秒待っても心臓の鼓動が激しくなっただけである。


 「あとは……、ログアウト、サインアウト、ゲーム終了……」

 今度は笹川が自分のスマホに向かって言葉を投げかけた。目の前の景色は変わらないし、特殊なサウンドが聞こえることもない。


 上手くいくはずがないと知って始めたことでも、いざ言葉を口にするとその直後に一抹の希望を持ってしまう。しかし上手くいかない。彼らはその分、次の言葉に一層の期待を込めてしまっていた。


 「ログアウト……ログアウト! サインアウト!」

 「ホーム! アカウント!」

 何も起こらない。

 「ゲーム終了! 設定!」

 「終了! 離脱!」

 何も起こらない。

 「システム! コンフィグ!」

 「Qy@! ユーサネージャ!」

 何も起こらない。

 彼らは思い思いにそれらしい言葉を叫んだ。一度堰を切ったら止まらなかった。


 それでもやがて醒めるものである。2人はどちらともなく黙ってしまった。静寂に耐え切れなくなった笹川の乾いた笑いが響いた。

 「本当にもしかしたらだったし、実際、ここが現実なことに変わりはないのかな」


 その寂しげな様子を見かねた山田は膝の上に手を乗せて俯いた。

 「でもさ、ここが仮想世界だったとして、今、僕らの肉体はどこに置かれていると思う? こんなオンラインゲーム聞いたことないし、僕は学校が休みだったけど……」

 彼は顔を上げた。

 「その、笹川君もみんなも学校にいたんだよね」


 「うん」

 笹川は自分の最後の記憶を思い出した。


 「だから、みんなをVRゲームに接続させるには、気絶させて、誘拐しないと難しいと思うんだ。だって学校だったら周りに人がいるから、止めるはずだし」

 山田は笹川、と言うよりもその間にある机に向かって話しかける。

 「と言うことは僕たちの肉体のある場所って、絶対黒幕がいるよね。だから、敢えてログアウトしない方が安全なのかもしれない、って」


 「そう、かもね……」

 笹川は小さく笑った。彼らはそう考えることで意識を逸らしていた。自分が死ぬかもしれないこと、自分が誰かに殺意を向けたこと、これからも向けること、それらから犠牲者の末期……。


 「ニニィはこのゲームが終わったら記憶以外は元に戻るって言っているし、一瞬って言っていても多少のラグはあると思うけれども、クリアすれば無事に帰してくれると思う」

 半ば自分に向かって山田は呟いた。


 「クリア、すれば……」

 「うん……」

 すれば、と彼は言ったが、実際はできれば、である。



*



 (PC触りたい……ネットしたい……)

 仁木はリビングをうろうろとしながら思った。

 (悲報ワイ、ネット依存ンゴ……というより、PC依存……)


 仁木は自分の今までの生活を振り返ってみた。

 (平日は仕事でプログラミングをして椅子に座ったPCの前から動いていない。で、残業して、家に帰った後はネットをしてストレス解消。休日は寝ているか、PCの前から動いていないかだ……。動画見て、ゲームして、ネットして――)

 特別何もなければ常にPCの前に座っていた。

 (あ、一応家事もやっているから、そこまででもないのかな)

 さすがにそれでは不健康すぎると思ったのか心の中で自分にフォローを入れた。


 彼はネットに繋げなくてもよい一昔前のゲームを「ににぉろふ」を使って取り寄せ、遊んでいた。しかし、何か物足りなかった。

 (ゲームはゲームでも、昔のPCゲームがやりたい。ぶろっくをポンって崩すあれとか……。でも、とにかく息抜きをしよう。ストレスでどうかなりそうだ)

 特に野口や長堂たちが自由に体を動かしているのを見ると、ストレスは増していった。自分の趣味は制限されているのに、彼らは活き活きと楽しんでいる。


 仁木がテーブルの上に置いてあるスマホをチラリと見ると、ちょうど振動した。彼は立ち止まってそれを手に取ると「カードキー」を開いた。それから、スーツの襟元を引っ張って皺を取り、咳払いをしてから「あー、あー」と声を出す練習をした。


 「あ、お邪魔します」

 少し経って現れたのは若林だった。顔に変な力が入っており、声も小さい。仁木はつられて緊張した。


 「あ、どうぞ。今日はよろしくお願いします」

 「いえ、こちらこそです」

 仁木に勧められるままに若林はソファに座ると、「ありがとうございます」と言いながら頭を下げた。仁木はその対面のソファに腰を掛けた。

 「それじゃ、いきなりですが、どのゲームやります?」

 彼らが集まった目的は一緒にゲームをすることであった。


 「そうですね……。あ、これ、子供の頃、友達の家でよくやっていました。懐かしいなぁ」

 若林はブラウン管モニターの前に並べられたいくつかあるハードの1つに目を付けた。仁木の目が輝いた。

 「僕もです。持っている友達の家で遊びまくっていました。でも、今、独りでやっていてもあまり楽しくないんですよね。流石にRPGは……ほら、中途半端になったら……」

 ふと、途中で自分が死ぬかもしれないと思ってしまう。


 「ええ……」


 「だから、対戦ゲーの方がストレス解消になります。ただ、CPUとやっても、この頃のAIはそんなに賢くないですし……。格ゲー、レースゲー、パズルゲー……、何がやりたいとかありますか?」

 仁木は事前に用意してある有名な作品の山を指差した。


 「えーっと、あ、僕、これやりたいんですけど、仁木さんはどうですか?」

 「いいですね」

 仁木が慣れた手つきで本体やソフトをセットする。彼らはコントローラーを握った。タイトル画面を素早くスキップして、キャラクターを選択しようとして、あることに若林が気づいた。

 「あ、これ全キャラ開放されています」

 「これ、僕がやったんじゃなくて、『ににぉろふ』を使って用意したときからこうだったんですよ」


 「謎ですね」などと曖昧な感想を言いあいながら、彼らは淀みなく操作を続け、バトルが始まった。


 カチャカチャと操作音が部屋に響く。キャラクターが軽快に動き、技を出し合う。実力は五分五分でガードも回避も上手く決まっている。彼らの目は、モニターの光を反射して輝いている。

 ――今回は仁木が勝った。


 「操作方法は覚えているものですね」

 次に使うキャラクターを選択しながら仁木が懐かしげに言った。

 「昔のゲームは色褪せないですね。今やっても面白いです」

 若林も同感であった。

 「ブラウン管ってのがまた懐かしいです」


 「あえてなんですよ。遅延が少ないんですね。1F遅れれば相当操作感が違うって前に聞きまして。僕はそんなに強くないので関係ないんですが」


 彼らにとって勝敗はどうでもよかった。適度に勝って適度に負けて、身に迫っているかもしれない死の恐怖から目を逸らし、楽しんで、本番で全力を出すことができればそれでよかった。


 次の一戦は若林の勝利に終わった。



*



 須貝と仁多見はほとんど同時に広間を訪れるとお互いの姿を確認し、一緒に白いブロックのところまで向かった。すでにそこには先客の佐野がいる。彼女たちはその老人から十数人分ほど離れた所に座った。


 須貝はスマホを作業着のポケットから取り出して、何度か操作をした。隣の仁多見から振動音が聞こえる。彼女はそれに反応して自分のスマホをポシェットから取り出した。


 『あの人、この前もいたかも……』

 須貝からのメッセージが届いていた。仁多見は須貝の方を向き表情で「だよね!」と伝えると、スマホに目を落として返事を入力し始めた。

 『イヤホンしているから何か聞いているみたいだけど、聞いてみる?』


 答えはすぐに返ってきた。

 『でも、怖いし、いいよ』

 仁多見は『分かった!』と簡単に返すとようやく本来の目的に移った。彼女たちはタブレットを手に取り空白だらけの小説を読み始めた。


 広間は静かであるが、静かすぎることはない。誰かが本のページをめくり、体をもぞもぞと動かし、呼吸して、ごく小さな環境音を奏でている。参加者の部屋は使用者が音を立てなければ、あるいは音の出る物を設置していなければ無音である。

 だから、広間では孤独を癒しながら独りでいることができる。そこが誰かの死に場所で、吐物が散らされた場所であっても、痕跡も瘴気もなく、ただ白っぽいだけの空間である。



 少しして、須貝は本を読むのを諦めた。頭に情報が入ってこない。仁多見をチラリと見ると、タブレットにめり込むようにして没頭していた。

 代わりに須貝は漫画を読むことにした。選んだのは今まできっかけがなく敬遠していたが、友達から度々勧められた少年向けのバトル漫画であった。


 (舞台はファンタジーの世界で、この優しそうな男の子が主人公ね。出だしは普通だけど……)

 須貝はスイスイとページをめくる。絵柄はともかく話は王道そうで彼女好みである。


 両親を亡くして村の外れで妹と2人で暮らしている彼はその日、狩りに出かけていた。ところが獲物は中々見つからず、一休みしていると、何故か周りの自然が騒がしくなった。嫌な予感がした彼は一目散に家に帰ると――。


 (あ、死んだ)

 妹が、主人公の目の前で魔物に首をはねられて殺された。主人公が悲しみと憎しみの混ざった表情で魔物に跳びかかるが一撃で吹っ飛ばされる。


 それは、漫画ではよくあることで、ただ主人公が魔物に挑む動機付けやストーリーの都合で殺されただけである。

 須貝は全く感傷に浸れなかった。別に漫画のキャラクターは生きているわけではないし、目の前で毎日起こっていることの方が衝撃的であるからだ。


 (……)

 魔物の手が彼に迫る。抵抗する力もない。そして、寸でのところで遠くから騎兵隊が近づいて来る音がした。魔物は逃げ出した。


 (それで、魔物を滅ぼすために修業の旅に出て、って感じかな)

 1話目を読み終えた須貝は満足げに息を吐くと、次のページに進もうとして思い出した。

 (あ、広間には偵察に来たんだった)


 須貝は諦めて小説の続きを見ることにした。ぼーっと眺めて、白黒のバランスで何か形が見えないか試しながら、耳を澄ませ、時々広間に目を走らせた。



 「今日もバスケでよくね?」


 少し経って、フリースペースに野口たちが現れた。途端に広間が賑やかになった。うるさくなる。今までとは比べ物にならないボリュームで、振動を伴っている。


 (野口君、小嶋君、竹崎君と、橋爪君、三石君、森本君。昨日とそんなに変わらない。チーム分けは昨日と違うけど……)

 須貝は顔を上げて横目で彼らを見た。何だかんだチーム間の連携はとれているようだ。


 (どこにあんな元気が残っているんだろう……)

 橋爪が森本にパスを回し、「大希クン、チャンス!」と叫んだ。マークしていた小嶋がディフェンスの手を緩める。森本が期待に応えようとゴール目掛けてボールを放った。

 しかし、ゴールに上手く入らなかった。

 「ドンマイ!」

 野口が森本の肩を叩く。森本は照れくさそうに「アザッス!」と叫ぶとプレイに戻った。


 (特に報告することはないかな……)

 今度は野口にボールが回った。小器用なドリブルで相手をいなして、シュートを決めて、パスリとゴールに入った。


 「颯真クングッシュ!」「ナイッシュ!」

 「マグレてかミラクル的な?」

 敵味方問わず称賛の声が上がる。当人は謙遜……の振りをしていることは明らかだ。気取ったポーズで、そして――。

 (もしかして、こっち見ている? 気のせい?)


 須貝の予想は正しかった。彼らは注目を浴びるためにそれを行っていた。が森本に手加減をしているのも、そうしなければゲームが成立しないからということもあるが、周囲に対するアピールである。

 ただの遊びなら勝利に固執せず、全員が楽しみながら適度に競争できる。命がかかっていないからだ。「透明な殺人鬼ゲーム」はゲームと銘打っておいて、一切手加減はしていられない、勝たなければ死があるのみである。


 (というか、私と仁多見さんを見比べている……。見比べて、仁多見さんにアピールしている……)

 その証拠に仁多見が愛想笑いを浮かべると声のトーンが心なしか高くなった。須貝はもう見られていない。


 (確かに仁多見さんと比べれば私はカワイクないけれど、そんな露骨にする?)

 彼女は赤面して下唇を噛んだ。

 (こんな子供たちにも見下されるのかぁ……)



*



 今日も広間には参加者が集まっている。あと30分もすれば少なくとも誰か1人が死ぬ。それは隣に座っている人かもしれないし、自分かもしれない。誰がターゲットになるのか予想はできても、誰がならないのか予想することはできない。


 定刻になるといつものように明かりが弱まり、天井付近にモニターが現れた。その宙に浮いたような光の中にニニィがいた。シンプルな白いワンピースを着ているが、襟飾りや腕輪は黄金色に輝いており、首からアンクの描かれた大型のペンダントを吊るしている。

 「هذه المرة أستخدم تطبيق ترجمة. لا أعرف ما إذا كانت القواعد صحيحة. لكن أعتقد أنك تستطيع أن تفهم. سيشارك الجميع. يبدأ اليوم الخامس عشر.」

 ニニィが何かを話すとモニターは消えた。


 (今のは何語だ?)

 誰にも見当がつかない。恐らく大学の第二外国語として学ぶ言語ではない、と幾人かが分かったくらいだ。


 「今日のもさ、昨日と同じで何語か分からないけれど」

 今日も口火を切ったのは野口だ。髪型をキめて、明るい黄色に染めている。昼前までは昨日と変わらなかったにもかかわらず、であった。

 「まあ、いつも通りのこと、言っているんじゃね?」


 すぐに反応がないのは昨日と変わらない。しかしそれは妨害する者がいないということでもある。野口は気にせずに立ち上がった。

 「で、やっぱさ、みんなでイベントやらね? 広間の半分使って。ここを使えるのは5時から17時だから、ランチタイムにさ、パーティー。どう?」

 視線が集まる。

 「そこで盛り上がって、食事とか一緒にすると距離近くなるじゃん?」


 今日、彼を抑える者は……いない。毎回妨害する意味はない。自分たちに利がなければ、外野が勝手に戦い合ってくれるのだから一歩引いていた方がよい。そのタイミングが重なったのだろうか。


 「で、パフォーマンスがあればさ、そこでやるって感じにしようと思ってるんだけど。よくね?」

 野口に同調するメンバーたちが「ありじゃね?」「イケるよ、颯真クン」と下手な小芝居を打つと「な? な? ワンチャンアピールにもなるし!」とそれに仰々しく反応した。

 「明日、どうよ?」


 松葉が作り笑いを浮かべて、手を前に出した。

 「でしたら、自由参加はどうでしょうか? 今出席を募るより気楽に参加できますし、野口さんも当日まで楽しみがあった方が面白いですよ」


 ようやく現れた身内以外からの賛成に野口は年相応に頬をほころばせたが、すぐさま調子に乗った。

 「いや、別に普通に全員参加でよくね?」


 「野口君、人前に出るのが苦手な人だっています。強要はできません」

 横から諫めたのは笠原だ。


 「それ、コミュ力の問題じゃね? できないからやらないってのは協調性がないってことでしょ」

 ただ全く効いていない。


 「若いうちは挑戦も大事ですが、周りの意見を聞き入れることもまた大事ですよ」

 笠原が冷たく断言すると野口は頬をヒクつかせた。


 「それなら、まずは自由参加にして、その反応を見てからみんなが参加するよう提案したり、あるいは何か変えたりすればよいでしょう」

 素早くとりなしたのは水鳥だ。彼が本気で微笑む演技をすれば、同性であっても攻撃性を削いで悪くない気にさせることができる。

 「どうでしょうか?」


 「まあ、その辺が妥当じゃね?」

 野口は頬を掻いた。

 「じゃ、明日の12時から2時間くらい? 飛び入りも可ってことで」


 野口は一旦プレゼンを止めると参加者の返事を待った。笑いかける者、凝視する者、目を合わせない者……。反応はさまざまである。ということは腹の内もまたさまざまである。


 (その時間帯は広間に出にくくなる。離れた所で観察していたら参加しないかと声をかけられるだろう。断ることは難しい。だからと言って全く関与しなければ、そこで行われる情報のやり取りに参加できない)

 (その集団が強くまとまれば、1つのグループと見なされてもおかしくない。しかもそれは人前に晒されているわけだ)

 (何か颯真クン、今日、調子よくね? やっぱ体動かすと頭も動く、的な?)

 (何でもいいから早く終わってよ)


 「それ、完璧じゃねえか!」

 時田は大声を上げて大きく手を叩いた。すぐに中川や畚野が続き、つられるようにして浮かないようにと、参加者は拍手を行っていく。音が引くと野口は名残惜しそうにしたが、十分に満足した。


 「で、何か質問ある?」

 すぐさま尋ねる者はいない。が、少し経ってから手を挙げる者が現れた。


 「だったら、持って行った方がいいものとか、ある?」

 「何でもありよ」


 「あれ決めようぜ。プログラム。始めは野口の挨拶からだよな? 主催者だし」

 「マジすか!」


 岩倉や中川が質問をすると野口は鼻高々に答えた。彼の方も誰に向けたわけでもない問いかけを広間に行う。

 「あとはアルコールどうするよ? 未成年いるし、あとで話し合いあるけど、あった方が話しやすい感じ?」


 「野口、任せるわ」

 時田がそう言うと、野口は素早く用意していた答えを放った。

 「じゃ自己責任で飲みたい人は飲むってことで、よろしく」


 「他、ある?」

 肩を持ち上げ、笑顔を浮かべながら野口は誰彼構わず発言を促していく。


 「後はどんな予定なの?」

 「いちお、バイキング形式の予定。色々選べるし、テーブルいくつも用意する感じで」


 「だったら、食べ物は『ににぉろふ』で取り出す形式にするのは? アレルギーがある人もいるだろうし」

 「それ、ありだね」


 依藤と利原がそれに応じると彼はテンポよく答え、「えーっと、バイキングはサンプルだけで、始めの挨拶を考えて――」とこれまでに出た案を繰り返した。


 「後は……」

 「いや、もう野口君が決めていいと思うよ」

 君島が淡々と言うと、参加者の間にざわめきが広がった。それは懐疑や不満の音ではなく、むしろどこか明るい響きを持っている。

 「そうだねぇ、野口サン抜きじゃパーティーは成立しないよ」

 その中で吉野がしみじみと呟いた。その声は野口にも届いた。


 「じゃ、あと、こっちで決めるんで、明日のサプライズってことで、いい?」

 時田が再度拍手をすると、その音はどんどんと増して広間を包んでいき、野口は「まあまあ」とジェスチャーと言葉では収めていたが、その表情は緩んでいる。


 「حان وقت الاختيار. هل هذه الجملة صحيحة؟」

 いつの間にか現れたニニィがそう告げると、モニターは白く発光し、その光に飲み込まれるように参加者たちは闇の中にいた。そこで彼らは自分と自分の一番大事な人が生き残るために最も適当な選択を行い、全員の選択が終わると元いた場所に元のように戻っていた。


 「الضحية اليوم هو ذلك الرجل. يمكنك أن تعرف من خلال النظر إليها.」

 ただ、1人だけ、中央に置かれた透明なケースの中に閉じ込められていた。野口颯真だった。



*


 (そうなったのか……)

 酒瀬川は迷っていた。パーティーに参加するべきか否か、そもそもそんなことがこの状況で不謹慎ではないのか、彼自身には判断がつかなかった。本当はついていたが、つい先ほどまでの、あるいはさらに前からの雰囲気で、何が正しいのか分からなくなっていた。


 自分と、自分の一番大事な人が生き残るために誰かを犠牲にする。そして、それを歯牙にもかけず、享楽的に活動する。


 倫理とは何なのか、道徳とは何なのか、酒瀬川には何も導き出せなかったが、1つ答えは出た。


 野口は涙を流しながら怒りと絶望を露わにし、かつてのメンバーがいる方の壁を振りかぶった両の拳で叩いており、その拳から滲んだ血が透明な空間に平べったく浮いている。何度か叩いて、野口は拳をケースの壁に押し付けたまま肩で息をしていたが、それが上半身を大きく上下させるものに変わり、膝から崩れ、青紫色の唇をパクパクと動かし、顔色が青白くなって、全身を痙攣させて、数回あえぐように口を動かすと、止まった。


 「سوف أتحدث اليابانية من الغد. أليس هذا خطأ؟ وداعا.」

 踊りながらニニィは姿を消した。透明なケースに入っている野口の死体も床面に吸い込まれるようにして、ケースごと消えた。


 (これは答えだ。参加したくない人たちからの)

 これで明日のパーティーは中止になる。多数決が絶対正しいわけではないし、完全にオーバーラップするわけではないが、彼が選ばれたということは最も多く点数が入ったということである。彼の後釜となって続きをやろうとする者はいないだろう。


 そして、野口のようにガチャガチャ飾り付けることは死に繋がると言外に周知することにもなった。同じノリを共有していた参加者は熱がどんどんと引いていくのを感じずにはいられなかった。


 それなのに、嘔吐をした者はいなかった。センシティブな参加者もグロテスクな展開に慣れてしまったのだろうか。野口の死に方程度では戻さないほど麻痺してしまったのだろうか。だから、広間にわざわざ留まる者もいなかった。彼らは次々に姿を消していった。



**



今日の犠牲者 野口颯真

一番大事な人 友人(男性)


 人並みの幸せを受け入れつつもタイクツな日常に飽き飽きだと授業中に考えていたところをニニィにアブられる。何故か言葉によく分からないこだわりを持っていて、「国民全員が英語を勉強しているのだから話せないのはおかしい」と地元のバスの運転手に英語で突っかかり、相手の下手な発音に「Pardon?」と連呼して数分バスを止めるという迷惑行為をやったことがある。そしてそれを友人に隠し撮りさせて、あとで武勇伝のようにバカ騒ぎする実にどうしようもない奴。要領はよいが何にでも1番にはなれないタイプ。

 ニニィについて、その地域の歴史や伝統、風習に詳しい方には「?」となるかもしれませんが、あくまで本作はフィクションということでよろしくお願いします。

 そして、もしよろしかったら、ブクマ登録や評価、感想をいただけますととても嬉しいです! どれか1つでももらえたら、ものすごく励みになります! よろしくお願いします!

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