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第17話 誤魔化すな

 竹崎は朝早く、スマホの着信音で目を覚ました。こんな時間に何事かと思い画面を見ると、「7SUP」に1件、メッセージが来ていた。


 「誰だよ……」

 何故わざわざ着信音付きで送ってきたのかと思いながら、竹崎は重い瞼を片方だけ持ち上げてアイコンをタップした。橋爪からのものだった。


 『ちょい気ずいたことあります。相談いいですか?』

 その具体的な内容を書かないことは彼が馬鹿であることを証明しているようなものだが、竹崎は深く考えるほど目が覚めていなかった。それ以前に平仮名を間違えている。


 竹崎には断る理由がなかった。『いいよ』と返信すると、すぐに橋爪から入室申請が届いた。

 (え、今から? ここに来られるのもなんか……)

 竹崎は、たとえ橋爪を呼んでも自分の身に危険が及ぶとは思っていないが、単純に自分の部屋に入れたくないと思った。白アリと同じで一度侵入されたら事ある毎に湧いて来るような気がした。


 竹崎は工場の作業着を着ながらどうしようかと考えて、試しに自分からも入室申請を送ってみた。すぐに承諾が返ってきた。

 「行くか……」

 橋爪のことが嫌いなわけではないし、自分の部屋に入られなければ話を聞くことを拒む理由もない。竹崎はスマホを何度かタップすると、姿を消した。



 竹崎が橋爪の部屋に入ると、「こっちよぉ」と声量のコントロールができていない声がリビングから聞こえてきた。覗くと、そこは無駄にごてごてと黒光りした家具で揃えられており、橋爪はその中央にある革張りのソファに座っていた。


 「朝飯、牛丼でいい?」

 テーブルの上にはつい先ほど用意したと思われる牛丼が2つ置かれていた。手前にあるのは彼自身の分だろう。すでに半分以上なくなっている。


 「うん、サンキュー」

 竹崎はあまり食にこだわりを持っていないし、何より空腹だった。彼は座って箸を手に取ると、橋爪の顔を見た。

 「で、話って何?」


 「いや、気付いちゃったぽくてさ。あ、食べながらで」

 橋爪は自分も箸を手に取ると、丼の中身をかっ込みだした。竹崎は眉をピクリと動かしたが、何も言わずに牛丼を食べ始めた。

 「このゲーム、防御の意味なくね?」

 いつの間にか朝食を終えていた橋爪が唐突に言った。目を大きく開いて、片方の口角を持ち上げている。


 「どゆこと?」

 竹崎には意味が分からなかった。言葉の意味は分かるが、そう考える理由を先の台詞から推測することはできない。


 「俺ら今、ていうか……7人じゃん?」


 「ん」

 竹崎は牛丼を口に運んだ。


 「でさ、毎日颯真クン守れないからさ、3人が交代で守ってるじゃん? でも、颯真クン狙ってるメンツって、同じだけいても7人じゃん? それが一気に来るわけよ。でも、俺らいつ来るか分からないから、数的にいつもヤバい、的な?」

 橋爪は意気揚々と言った。竹崎は少し考えた。一瞬納得してしまいそうであるが、おかしな話だ。

 「あれじゃね? 死ぬの、点数が一番高い人だけじゃん。だから、颯真クンに7人分票来ても、3人守っているから、3引いて4人分。で、俺らで他の誰かに7人分票入れればセーフっしょ。時田サンたちもいるし」

 竹崎は倍率や同一点などの細かいことを省いて橋爪の説を否定した。余分な情報を追加すると話が逸れていくし、何よりこの手の人間は一度に理解できる量が決まっていると竹崎は知っている。


 「あー確かに。じゃあ、やっぱ颯真クン守ってて正解かー」

 橋爪は自分の説が間違っていると言われても何とも思っていないように見えたが、一応の抵抗らしいものを示した。

「……逆にめっちゃ票入れられたら、死?」


 「そうそう。そんだけヤバいことしてたら、助けるの無理よ。だから颯真クン、票入れられないようにやってるのスゴクね? 的な?」

 竹崎は当たり前だと思いつつも、それらしくポジティブな回答をすると、橋爪は何も疑うことなく笑った。

 「だよな! 颯真クン完璧っしょ!」

 彼は謎の喜びを見せると、「湊斗クン、リアルに助かった、マジで。俺あんま賢くないからさ」と頬を掻きながら小声で言った。


 「いや、俺もたまたま気が付いただけで、基本、頭良くないからね。中卒だし」

 竹崎は咄嗟に謙遜した。しかし心の中ではある種の線引きをしていた。

 (まあ、2人とも虎王クンよりはマシだけど)



 竹崎は工場で働く中で分かるようになった。無知な者のアイディアが突出して優れているというのは稀であり、だから語り継がれていると。馬鹿の言うことが何でも優れているわけではなく、たまたまある馬鹿が優れたことを言っただけの話で、賢いものは何百、何千倍も優れたことを考えて、自分の中で選別して口にしているのであると。

 さらに、無知な者と言っても、違う分野を背景に持つ者は違う角度からものを見ているからこそ口を開く価値があるのであって、何も学んでいない馬鹿が同列と思い込むことは失礼であると。



*



 古柿基実は焦っていた。昼前、彼女はリビングの椅子に腰かけながらスマホの「メモ機能」を開いていた。

 (私、やっぱり仲間外れにされている……)

 彼女の心臓が嫌な跳ね方をする。彼女の考えが正しければ、昨日彼女が吉野から聞いたことを基にすれば、死ぬ。

 (メンバーを減らすために切り捨てられるのはそういう人だよね。味方だと思っていたけれど、もちろん味方だけど、そうじゃなくて、もう選ばれた後だった……)


 古柿はもともと地味で目立たないところに、見栄えに金をかけるのがもったいないと考えている。そのため職場では空気のような存在になっていた。ごく普通に挨拶はされるし、全員参加のイベントにも呼ばれるから、無視をされているわけではない。ただどの職員からも、仕事以外のことになると、その他の人に分類されているだけである。


 彼女はそれでいいと考えていた。出世は期待していないし、毎日FAXやハンコと向き合っていれば給料はもらえる。黙っていても昇級する。公務員だからクビになることはない。そうやって、競争のない世界に身を隠して生きてきた。だから、表に引きずり出されたときに何もできなくなっていた。誰も手助けしてくれない。


 古柿は、架空のぬるま湯から抜け出そうと書き起こしたメモを見直した。そこにはメンバーの名前がいくつかの改行を挿みながら入力されていた。

 (まず、吉野さんは吉野さんで――)

 古柿は吉野が基本的に1人でいることを知っている。積極的に雑談に加わることはなくとも、話しかけられれば物怖じせずに真っ当な対応ができている。


 (徳田さんと福本さん、それから政所さんと、……亡くなった河本さん。よくおしゃべりしているタイプ? そういう感じ)

 古柿は胸が苦しくなった。次にグループから抜けるのは自分であるとどうしても想像してしまう。河本の死ぬ姿から連鎖的に、7日目、6日目……と犠牲者の最期が思い出されていく。古柿は椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がり、洗面所に駆けていった。


 やがて顔を青白くした古柿がスマホの元に戻ってきた。彼女は「ににぉろふ」を開いて「水」と弱々しく呟くと、テーブルに片手を付いて寄りかかり、2割ほど飲んで口の中をさっぱりとさせた。

 (それから、室賀さんと利原さん、依藤さん。仕事ができる人たち?)

 倒れた椅子を起こしながら、古柿はそれぞれに勝手なラベリングを施していく。どこのサブグループならば自分が加わる余地があるだろうかと考える。

 しかし、単純な話、相手方に古柿を仲間に入れるメリットは今のところないし、仮にどこかに加わったからと言って、そこでも社交的に振る舞えなければ、死ぬ。


 (沼谷さんは吉野さんと一緒にいることが多いけれども、大浜さんや鰐部さんたちと一緒のときもある。ここは疲れそう。ずっとお菓子食べていそう)

 そのくせ古柿は自分の方からグループを選別している。なまじ自分が中級国民だという驕りがある。


 (お婆さんたちは固まっている。夏里さん、御法川さん、江守さんと谷本さん。私、そこまで老けていないけど、ここなら安心できる?)

 古柿は自分の両手の甲を見た。年並みの皺とシミが入っているが、まだお婆さんの域には早すぎると思った。


 彼女はペットボトルに残った水を飲み干すと、再びスマホに目を落とした。

 (どこなら私が加わっても大丈夫だろう? もし拒否されたら、死ぬよね、多分)

 古柿のカサついた両腕にゾワリと鳥肌が立った。それは肩を通って背中と脇腹まで広がった。


 (死にたくない……)


 (でも、どこかに加わっても死ぬときは死ぬし、独りでいても生き残るときは生き残るよね。今、私たちは16人だから……)

 古柿は目をつむりメンバーを1人ずつ思い浮かべていく。

 (周り……、他の参加者から嫌われていそうなのは、うーん……、徳田さん? あとは……)

 その次を思いつくほど古柿はメンバーと交流していなかった。


 (私たちの中で、その、味方から狙われそうなのは……吉野さんに文句を言っている人なら……、福本さんや谷本さん? それとも、あんまり考えたことを言わないお婆さんたち? 私?)

 考えても分からない。彼女には今のところ全員がそこまで悪い人には見えていなかった。自分と自分の一番大事な人のためなら他人の命を犠牲にすることを選ぶ人たちであっても、ここではそれが当たり前である。


 (やっぱり無理にどこかに加わらなくても、というより、私の性格的にそっちの方がいいかも)

 古柿はこの考えに自分が納得したということにした。無理に慣れない立ち回りをするよりも、ひたすら潜んでいた方が生き残る確率が高いと考えた。ただ単に問題を後回しにしたとも言えなくもないが、自分で決めたことなのだからと自分に言い聞かせた。



*



 「んああああああぁ!」

 昼食を終えて、歯を磨き、一段落したところで仁木が叫んだ。ゲージの解放ではないし、彼が1人であったことは幸運以外の何物でもない。広間でこれをしたら、死ぬ。


 「いや、え? 忘れてる? 1週間で? ド忘れ?」

 彼が謎の声を出したのは、今まで毎日打ち込んでいたプログラム言語の、初歩の部分を数秒間、全く思い出せなかったからだった。

 (あり得ないだろ。えー……)

 仁木は愕然として、とにかく落ち着こうと冷蔵庫からペットボトルを取り出し、水をごくりと飲んだ。


 (1週間でこれなら、このゲームが終わるころには……)

 彼はリビングに向かい、ひじ掛け付きの大きな椅子に腰かけた。手が嫌に汗ばんでいく。仁木はシャツの腹のところで手を拭った。十分な栄養と睡眠のおかげでようやく人並みの体型になっていた。


 彼は指を組むと、このゲームに参加する前に作成していたPCゲームの一部分を頭の中で再生して、そのコードを必死になって思い出そうとした。

 (ギリギリ……大丈夫……多分。見たら思い出すから、うん)


 (だいたい、橋田先輩の書いたのがカオスすぎるから……。コメントもないし、それで人に丸投げされても……)

 仁木は会社の先輩に心の中で文句を垂れた。そう言う自分もハイになっているときは同じようなものを作っているのだが、それでも橋田のものに比べたらましであると彼は思っている。


 仁木は会社や生活の愚痴をこぼしていく。年金、税金、サビ残、二徹、薄給……。そうやって元の生活のことを考えているうちはこのゲームのことを考えずに済む。敵意を向けているうちは気を大きく保つことができる。ただ、早々にネタは尽きる。すでに何度か、恐怖に耐えきれなくなったときに同じことしているからである。

 (何で生きているんだろ、俺)


 (母ちゃん……)

 そして、次に仁木が考えるのは母親の事であった。


 (母ちゃんが喜ぶから、俺、生きているんだ)

 彼は胸にこみ上げてくるものを感じて、自分らしくないと思った。仁木の精神はそれほどまでに不安定になっている。彼はパチパチと瞬きを数回繰り返し、スマホを手に取って、落胆した。


 (写真は基本、出せないんだった)

 母親の写真が掲載されているような出版物はないかと仁木は頭を巡らせるが、あるわけがないとすぐに諦めた。メディアに出るような有名人ではないし、何かで表彰されるほどのものもない。


 (女手一つでこんな不出来な俺を育ててくれた、母ちゃん……)

 仁木は優しい母との思い出を懐かしさとともに辿っていく。保育園の頃のおぼろげな記憶から始まり、今に至るまでのことを浮かぶがままに再生し、最近の姿が浮かんだところで胸に重いものを感じた。


 (あんなに小さくなって、食も細くなって……)

 彼は去年、久しぶりに母と外食に行ったときの事を思い出した。定食屋のありふれたメニューの中から仁木は生姜焼き定食、母親はハンバーグ定食を選んだ。そして、品が届いて一番に母親がハンバーグを切り分け、「食べなさい」と笑って彼に差し出したのであった。


 (……)

 自分に気遣って言ったものと思った仁木は断った。母親に美味しいものをたくさん食べてもらいたかった。

 (食べきれなかったんだ)

 しばらくして、彼の母は寂しそうに笑うとご飯を半分、ハンバーグも一切れ残して「ごちそうさまでした」と小さく言った。彼女が食べ物を粗末にしたことを恥じているのが仁木には分かった。幼い頃、自分が食べきれなかった分を「もったいないからね」と食べてくれた若い母親の姿が見えた。


 (俺はどうしたら良かったんだ……)

母親の残りを食べることは彼にはできなかった。汚いと思ったからではない。それをしたら母が余計に小さくなってしまうと思ったからであった。


 仁木は目頭が熱くなり、ぶわりと涙が溢れてくるのを止められなかった。


 「母ちゃん死んだらワイも死ぬンゴ」

 仁木は自嘲気味に笑った。


 ただ、仁木は母親が末期の際に「佑ちゃんに生きてほしい」と言うだろうと予想がついている。その後どうするのか、彼はその答えを先送りしていた。このゲームを生き残ることが先決であるが。

 つまり彼がこのゲームで生き残ろうとする理由はただ母親のためだけである。



*



 今日の話し合いのテーマは決まっているが、今日も何も起こらないとは限らない。参加者の行動は昨日と変わらないようで、違っている。1つは柘植と瑞葉に向けられる視線が増えていること、1つは昨日のように誰かが自分に言いがかりをつけてこないかと警戒していること、1つは、主要なメンバーの注意が、ある人物にそれとなく集まっていることである。

 つまり、6日目の、7日目の、そして最後に昨日の動きで、分かってしまったということであった。100人目の母親が。


 誰かが動くか、動かないか、沈黙とざわめきが交互に起こる。そして、時間が来た。広間が暗くなった。やけに元気な声がモニターから響く。


 「はいはーい! 今日も元気に『透明な殺人鬼ゲーム』、9日目の始まりでーす! 参加者はぜんいーん! だーれも休まないね。それはともかく、10分後に投票開始でーす。はじめ―!」

 ニニィの声が明るいのは、持っているボンボンと関係があるのかもしれない。しかし、何かを応援しているわけではないようだ。モニターが消えた。


 「それじゃ」

 吉野が言い出した。

 「もう今日の話は決まっているだろう? ――100人目の母親が分かったのさ」


 広間に大きなざわめきが起こり、いくつもの視線がキョロキョロと周りを探り、交錯する。


 「あんただろう? 鈴木雪子サン?」

 吉野が冷たく、どこか怒りを込めたように名前を呼ぶと、参加者の視線が一様に集まった。背中を丸めた鈴木が「えっ?」と小さく呟くのが聞こえた。


 1秒、2秒……。鈴木は固まったまま目だけを左右に動かして、何も言わない。松葉が前かがみになって眉をひそめると、間を埋めるように、親身になったような声を出した。

 「反論があるなら今のうちですよ」


 「えっ?」

 鈴木は壊れたラジオのように同じ音を繰り返した。

 「えっ?」

 体の硬直が解けていく。首、胴、手足が本来の役割を思い出す。

 「えっ? 違う、違うわぁ」


 「ふうん」

 吉野が片眉を上げる。

 「それなら、証明してもらおうか」


 「待って、違いますよぉ」

 鈴木はゆっくりと、無理に作った笑顔でにこやかに対応する。怯えているようであるが、会話は全く前に進んでいない。意図的に話を引き延ばしている。


 「だからそれを証明してもらおうかと言っているんだよ」

 吉野は特に苛立つこともなく、調子を変えずに同じことを問いかける。この程度のやり取りはごまんとある。感情的になれば話を逸らそうとする相手の思うつぼであると知っている。


 「ええと、吉野さんもみんなも、証明できないと思いますよぉ」

 自分に向かう注意を分散させようと鈴木がごまかしをかけたが、吉野は許さない。むしろ命とりだ。

 「アタシは証人が大勢いるよ。アタシの知る限り、誰かと一緒に確認した人は他にもいてねぇ」

 何人かが堂々と頷きはしないまでも、目を伏せ、口元をわずかに動かして同意をする。吉野の醜い口が大きく開く。

 「確認ができていない中で、鈴木サン、あんたが一番愕然としていたね。一昨日の投票の後に」


 吉野は、他の何名かと同じように、事前に得た情報と参加者のリアクションで母親の候補を複数立てていた。そして、一昨日の投票の後、100人目の入ったケースが床に消えていき、参加者の体が自由に動くようになった直後から「カードキー」を使って広間から姿を消すまでの間に、ほとんど特定していた。体に起こった何らかの現象に無意識に反応してしまった隙と、部屋に戻ることができると気を緩ませた隙を見逃さなかった。

 そして、昨日。全く別の話が展開されていくことにいつも以上に安堵していたその表情で、吉野は確信した。


 「私、実は調べていないんです。だから、可哀想だなって思ったけれど……、それくらいですよ。だから、そのときの表情で決めたのなら間違っています」

 鈴木が切り返した。彼女の言うことが正しいなら、吉野の判断した根拠は間違っていることになる。懸念すべきは……。鈴木の目が水鳥の方を向く。いつもと同じ表情をしている。


 「直感的に分かってしまったのかい? 事前に知っていなくても。え?」

 吉野が目を細くして追い込みをかけた。鈴木は立ち所に不利になった。

 「私じゃないですよぉ」


 「いや、鈴木さん。あなただ」

 らちが明かないとしびれを切らした影山が言い放った。

 「俺はこれでも嘘を見抜く目はある」


 鈴木は声のした方を向くと、わずかに前かがみになった。

 「そんなぁ、影山さんまでひどいですよぉ」

 眉を八の字にして、口元には笑顔を残しているが、影山は意に介さない。

 「ねぇ、ひどいでしょ?」

 鈴木は声に一層の色を乗せると、時田たちのいる方向に流し目を送る。その手のモーションに耐性のない参加者を味方にしようと、味方になれば何かよいことがあると思わせぶって、「ねぇ」と手助けを乞う。


 時田たちは一様にバツが悪そうな顔をした。野口も時田も中川も話さない。頼られても悪い気はしないのだが、自分の命を投げてまですることではない。お互いに知り合って間もないのだから尚更だろう。ついでに、隣同士で牽制し合っているのかもしれない。

 いつまで経っても援護は訪れない。鈴木は「私、違うわよ」と再度アピールをした。


 「いや、あんただね」

 吉野がきっぱりと否定した。

 「どっちにしろねえ、鈴木サンにできることは、自分がアタシたち全員の役に立つ人物であると説明することだけだ。そうでなければ今日の投票先は決定だよ」


 「こんなのおかしいですよ。そんな、どうして私が……」

 鈴木は弱々しく体を震わせる。しかし、誰もフォローをしようとしない。同じグループのメンバーでさえも、動かない。理由は極めて単純である。嘘や隠し事をする人を助けることはできないと水鳥が言ったからだ。


 このまま時間が来れば、死ぬ。鈴木はそう思った。何もしなければ死ぬ。

 「そもそも、こんなのおかしいですよ。赤ちゃんを見つけて殺すなんて」


 殺すという言葉にたじろぐ参加者の中で、君島が冷静に返事をした。

 「今更になって言っても意味がない。そう思ったのなら早く言わなくてはならなかった」

 全ては話し合いで決まったことであった。全員に発言の機会があった。


 「もう赤ちゃんは死んじゃったでしょ? それなのにママを見つけるのって可哀想じゃない?」


 「いや、そうはいかない」

 影山が鋭く否定する。

 「再三言うようだが、100人目が誰と共にあるのかはっきりしなければ俺たち全員が死ぬことだってありえた。それを隠したということは、全滅してもよいと考えているということだ。そいつを放っておくわけにはいかない」


 「そんなの、ないですよぉ。だってみんな出席していますよ」

 鈴木は内心を暴かれないように媚びつつ、生き延びる道を探っていく。

 「だから、ママはもう十分辛い思いをしたでしょ。心の中で泣いているのよ」


 「へえ。あれが、かい?」

 吉野は耳の後ろを軽く触りながら、珍しいものを見るような目をした。

 「それでもね、100人目が片付かないうちは、女を選んだ方が生き残る確率が高かったんだ。母親が死ねば100人目も死ぬ。母親が誰か分からなくても、毎日やっていればいずれ当たるだろう? 要はあんたは、女全員を敵に回していたってわけだ」


 「でもぉ――」

 鈴木が更に何かを言おうとしたが、影山が遮った。

 「もう十分なくらいに自分たちの価値を説明する機会を与えただろう。もはや本人だけになってしまったが」


 「おかしいよ、ねぇ、助けて」

 遂に鈴木は焦りを見せるとなりふり構わず隣にいた須貝の肩を掴んだ。周りに救いを求めて色を込めた視線を飛ばしていく。

 「赤ちゃんも女子の私も、か弱いのよ? 弱いんだから、殺しちゃダメでしょ?」

 沈黙が生じた。


 「はいはーい! 投票の時間でーす!」

 ニニィのやけに明るい声が聞こえると、暗い暗い世界の中に参加者たちは孤独となり、そこでどれだけの時間が流れたのか、再び明るい世界に戻ってきたとき、そこは全てが巻き戻った直後であった。


 「今日の犠牲者は、鈴木雪子さんでしたー!」



*



 君島は静かにその結果を見ていた。彼は、自分が人の命を救う立場でありながらも、目の前の誰かを助けられないことにどうしようもなさを感じた。


 (自分が生き残るためだ。情に流されてはいられない)

 それでも、すぐに心を落ち着かせる。それとこれとは別であって、自分が死んでまでして誰かを助けようとは思えない。

 (憤りは、このゲームに関しては、自分に向けても意味がない)

 彼はこのゲームそのものに問題があると理解している。システムがそうなっているのだから、その中で自分が生き残るためにはそうするほかない。それは、現実も変わらない。


 「はじめまーす!」


 鈴木は涙で顔をぐしゃぐしゃにして、化粧が剥げかけていることも気にせず、四方八方を振り向いて、ケースの外にいる男性陣に救いを求めている。今や彼女にとって魅力的な男性ばかりに目を向けているが、それは全く無駄なことであって、ピクリと鈴木が何かに反応して、右手の甲を左手で掻いて、上を向いて、下を向いて、両腕を掻き毟って、頬を頭を腹を掻いて、その場で地団駄を踏みながら目を大きく開き、閉じて、大きく口を開けると、両腕を限界まで素早く動かして、体中を掻き毟り、血が出ても、爪に肉がこびりついても、腕は止まらず、歯を食いしばって、背中や足をケースにこすりつけて、顔をズタボロに裂いて、最後に首を掻っ裂いて、血みどろになっても両腕はすぐに止まらなかった。


 「みんな、また明日―!」

 モニターの中のニニィが手をブンブンと振ると、モニターが見えなくなり、透明なケースが床に溶けていった。吐物の臭いが広間に漂い出す。


 君島は近くにいた影山にアイコンタクトを送るとスマホを懐から取り出した。

 (妊娠していたことが、このゲームにおいては不利だったのかもしれない。しかし、これまでの話し合いで何とかする機会は与えられていた。それを棒に振ったのは他でもない本人だ)

 彼はスマホを何度か操作すると姿を消した。


 このゲームは平等だ。腕力が、知能が、容姿が、どうであろうが立場は等しく、あとは自分の力でどうにかするしかない。不利だなんだと言っているだけでは何も変わらない。実際、昨日の彼らも他と比べれば難しい状況に置かれている。それでも彼らは生きることを諦めていないのである。



**



今日の犠牲者 鈴木雪子

一番大事な人 パパ(2番目の)


 100人目の母親。既婚。ところでこの人、旦那さんのことをパパって呼んでいるけれども、その他に専務が1人目のパパで、イケメンの医師が2番目のパパで、近所の鳶職が3人目のパパで、後は血の繋がるお父さんと育てのお父さんのこともパパって呼んでいるし……って、とーっても複雑なご家庭だね。あと、お向かいのパパも一回だけパパ? ニニィもうよく分かんない。ちなみに100人目は彼女と2番目のパパの子供で、鈴木は旦那にそのことを伝えない予定だった。第一子は鈴木と1人目のパパの子供。旦那は知らない。お金持ちやイケメンとなら誰とでもすっごーく仲良くすることから、職場では陰でレグホンと呼ばれている。すっごーく仲良く、って一緒にお山に登るのかな?

もしよろしかったら、ブクマ登録や評価、感想をいただけますととても嬉しいです。

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