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20節 零れたソレは、毒でしょうか

やっと2章おしまいです。


 「зима(ズィーマ)、ちゃんと染野ちゃんを守ってくれよ。」


 главни(グラヴニー)は視線を染野から、彼女を抱きしめるзимаに移した。зимаが頷いたのを見届ける。

 たった二言分、главниが他者へ意識を向けたのは、たったその2言分だった。

 その2言の間分、染野が、感情の閾値を超えたような、認識の閾値を超えたような、表情というもののそげ落ちた顔でглавниを見ている、その向こう側の感情を認識したのは、恐らくは、адмирал(アドミラール)1人であったのだろう。


 「さて、ウリエル、少し話をしよう。」


 かつての尊き支配者は、有無を言わせぬ笑みを浮かべる。己の意に沿わぬことをまるで考慮しない傲慢に、じり、と温度が上がっていく。


 「お前が殺せるのはадмиралだけだ。俺や染野ちゃんが死んだら、困るのはお前だろう?」


 ひとつに、互いが直に交戦することを禁ずる。

 ひとつに、人を直に傷つけることを禁ずる。


 天の主と古の神の戦争の、絶対の原則。それがあるからこそ、魔法少女などという回りくどい手段に出ているのだ。

 もしもウリエルがглавниを傷つければ前者に抵触し、その余波で染野に擦り傷ひとつでも付けば後者に抵触する。


 「なりません、ウリエル様、抑えてください……」


 憤怒と憎悪に染まる、太陽の色の瞳。そのペナルティすら恐れず、再び地獄の底に繋がれることすら気にもとめず、この大地諸共塵に返しそうな怒りを前に、адмиралは思わず口を開く。


 「ウリエルさま、なりません。今度はその御身だけでなく、魂ごと損なわれるかも……!」


 発言など許されてはいなくとも、直視すら不敬に当たろうとも、адмиралはウリエルに訴えた。

 ウリエルは何も言わない、何もしない。


 「ほら、健気なадмиралもこう言っている。再会を祝って楽しい話をしようじゃないか。」


 まるで旧友にでも語りかけるように、главниは手を広げて朗らかに言う。


 「ほざけ、貴様との間に成立する愉快な話などあったものか。」


 「あるだろう、ほら、俺たちの娘の話とか。」


 それ、をглавниが言った瞬間、ウリエルの目が零れそうなほど見開かれる。笑外を得たり、とглавниはその笑みを深めた。


 「娘など……」


 「随分俺たちから遠い殻を作ったものだ、その上、俺に勘づかれないように鉄の匂いを擦り付けて、許し難い、と、言いたいところだが、お前があの子を殺さなかったことに免じて許そう。」


 なんの話しをしているのか、адмиралには分からない、маршалはと言えば、ウリエルの怒りを感じてか、彼を視界に留めたまま、染野に目をやっている。

 万1の時は、彼女だけでも、救おうとでも考えているのか。

 зимаの腕の中の方が、ずっと安全なのに。

 それにしても彼らは、なんの話しをしているのか。


 「黒い髪の、俺たちのどちらにも似ていない娘……

 父の目を欺けると思ったか?」


 「あれはヒトの娘だ!!」


 ウリエルが絶叫した、長く、ウリエルの傍にあった時期があるが、その時だって一度も、ウリエルがこれほどまでに言葉を乱したことはない。


 「私とも貴様とも無関係のこどもだ!」


 「いいや、俺たちの子だ、見紛うものか。」


 ウリエルもглавни(グラヴニー)も、何を言っているのだろうか。まるで、それでは、главниがウリエルを、孕ませたようではないか。ウリエルがその子を、産み落としたようではないか。

 あんなにも、まるで、怯えるような、焦るような、そんな感情を含んだ怒りなど。


 「その口と喉諸共やはり、焼き潰すしかないらしい。」


 その言葉と共に、周囲が照らされた。

 ウリエルの足元に、小さな小さな、その大きさのくせに異様な光量と熱量を持つ炎が出現する。

 する、とадмиралの手を、何かが掴んだ。


 「逃げるぞ、адмирал。あれは言葉では止まらぬ。……“吾子”には知らせたが、間に合うかもわからぬ。」


 視線を落とすと、小さな母が、адмиралの手を掴んで引いていた。


 「главни(グラヴニー)も愚かなこと、『女』を侮るにも程がある。」


 「え、おん……」


 「逃げるぞ、再びウリエルか拘束される様など、見たくはなかろう。」


 母はадмиралの言葉を聞かない。聞かないまま、世界が液状に変質する。知の眷属が、移動する時の、巻き込まれる側は甚だ不快な感覚。


 「маршал(マルシャール)!」


 視界の遠くに、もう染野とзимаはいない。


 「зимаがいるから染野ちゃんは大丈夫です。せめて迎えに行って安心させなさい!」


 「адмир……」


 маршалの返答も待たずに、世界は解け落ち、パズルのように再構築される。

 再構築された世界で、адмиралの傍らに、母がへたりこんでいた。


 「あやつら、妾を万能と勘違いしてはおらぬか……」


 毛脚の長いカーペットの上で、浅い息とともに小さな肩を揺らす少女の傍らに跪き、その背を緩やかに撫でる。

 あの広大な湿原の保護と、天上まで及ぶ認識阻害、恐らくはウリエルの怒りにより、その範囲をさらに広げたことだろう。


 「大事になる前にミカエルが来る筈ではあるが……」


 「ウリエル様は……」


 「案ずるでない、あれは、天にあるあやつに必要な剣、この程度のことで潰されはせぬよ」


 母はадмиралを見て優しく笑う。疲弊を強く示す姿、それでもなお、адмиралを気遣う優しさに、己のこの場での不安を拭わせたことが心苦しい。


 「зимаが染野を逃がした、染野は火傷1つ負っておらぬ故、対した叱責も受けまい。」


 「お母さまたちにはご迷惑を……」


 「よい、よい、妾がそなたを甘やかしたのも、зимаが染野を守ったのも己がしたくてしたこと、ではあるが。」


 母はにまりと笑った。


 「何故、そなたにとって邪魔でしかない染野を呼んだ?маршалだけでも良かったであろう。」


 адмирал(アドミラール)は凍りつく。その様に、母はますます興味をひかれたらしい、ずい、と顔を近づけてくる。


 「それに答えたら、質問攻めにしても構いませんか?」


 「許そう。」

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